42.親しい人
銀奏の屋根の中に誰もいないことをチェックすると、中へと入って行った。
「あら、リマちゃん。今日もポーションを?」
「えっと、今日はポーションではないんですけれど、先日の答えを伝えに来ました」
「……えぇ、良いわよ。奥の方で話を聞くわね」
そう言って、ミレナお姉さんは店の奥へと誘ってくれた。言われた通りに店の奥に行き、部屋に入って、ソファーに座った。
すると、ミレナお姉さんが深呼吸をした。まるで、結果発表を緊張しているような素振りだ。
「ふぅ、待たせたわね。それで、リマちゃんはどうしたい? ベルネルゼ商会と契約を結ぶ?」
「いえ、私は結びません。このまま、銀奏の屋根とだけ契約させてください」
「……それは本当?」
「はい」
決意に満ちた目で見ると、緊張していたミレナお姉さんの顔が嬉しそうに緩んでいく。
「それは、とても嬉しい報告だわ。でも、本当にいいの? 迷宮都市一の商会よ? 専属契約ともなれば、名声も高まるし、きっと報酬だって多くなるわ」
「……私には合わない商会のようでした。それに、身の丈以上の名声も報酬もいりません。私は普通の人が暮らせるような生活を送れれば満足ですから」
商会の裏の顔を見たとは流石に言えない。だけど、嘘を言いたくなくて、本心を伝えた。おじいさんのように大変な目には合わないように、普通を目指していきたいから。
「……そう、リマちゃんの気持ちは分かったわ。そういう気持ちだったら、ぜひ今後とも私の店と取引をしてくれないかしら」
「はい、今後ともよろしくお願いします」
「私の方こそ、よろしく。……でも、本当に良かったぁ。リマちゃんと別れなくて。もし、ベルネルゼ商会にいったら、もう二度とリマちゃんに会えないような気がして、寂しかったのよ」
「そ、そうですか?」
私に会えないのが寂しい? それって、多少は仲が良くなったってことかな? ……嬉しい、そんな人はあんまりいないから。
「そうだ! これからもリマちゃんと交流したいから、一緒に食事でもどうかしら? 美味しいお店を知っているのよ」
「お店ですか? い、良いんですか? 私となんかいってもつまらないんじゃ……」
「そんなことないわ。色々お話をしたいと思っていたのよ。仕事だけの関係じゃつまらないじゃない。だから、ね。一緒に食事でもどう?」
その誘いに嬉しくなる。でも、一緒に行っても大丈夫なのだろうか? チラッとエルリカを見ると、満足そうに頷いているのが見えた。
……だったら、受けても大丈夫だよね。
「……一緒に食事がしてみたいです」
「だったら決まりね! 早速なんだけど、今夜の夕食を一緒にしましょう。絶対にリマちゃんを楽しませてあげるから!」
「た、楽しませる? だったら、私も楽しませます」
「ふふっ、リマちゃんはいるだけでいいのよ。じゃあ、お店が終わる時間になったら、またここに来て」
「はい」
ミレナお姉さんと一緒の食事……一体どうなるんだろう。とても、楽しみだ。
◇
夕暮れになり、約束の時間に銀奏の屋根を訪れると、ミレナお姉さんが笑顔で迎えてくれた。
二人で街を歩き、案内されたのは路地裏にひっそりと佇む可愛らしいお店だった。木の温もりを感じる店内には小さな花や雑貨が飾られ、優しい灯りが落ち着いた雰囲気を作り出している。思わず見回してしまうほど居心地の良い空間だった。
席に着くと、色鮮やかな料理が次々と運ばれてくる。焼きたてのパンに香り豊かなスープ、丁寧に調理された肉料理や新鮮な野菜。どれも驚くほど美味しく、自然と頬が緩んでしまった。
食事を楽しみながら、ミレナお姉さんは商人になった頃の失敗談や、お店で起きたちょっとした出来事、街で流行っている話などを次々と聞かせてくれた。どの話もテンポが良く、思わず笑ってしまうようなものばかりで、時間が過ぎるのを忘れてしまうほどだった。
私も最近あった出来事や錬金術師としての仕事、迷宮での出来事を少しずつ話した。人に自分のことを話すのは得意ではなかったけれど、ミレナお姉さんは最後まで楽しそうに耳を傾けてくれたので、不思議と緊張せずに話すことができた。
気が付けば食事は終わり、外はすっかり夜になっていた。
最初は緊張していたはずなのに、帰る頃には胸の中がぽかぽかと温かい。美味しい料理を食べて、たくさん笑って、たくさん話して、とても充実した時間を過ごすことができた。
そして何より、ミレナお姉さんとの距離がほんの少しだけ縮まったような気がして、そのことが何より嬉しかった。
箱庭の家に帰り、体を綺麗にするとベッドに入る。楽しい時間を過ごせて、気持ちがふわふわしていて中々寝付けない。
「リマ、ずっとニコニコしているね」
「……うん、楽しかったから。冒険者のみんなと探索するとは別の楽しさがあって、こんな楽しさもあるんだなって思ったら嬉しくなっちゃって……」
「それは良かった。色んな人に出会うと、それぞれ違う楽しさがあるんだね。これからも、色んな人と関わっていくといいよ」
「ちょっと怖いけど、私のペースで関われたらなって思う。スラムでは一人だったから、本当に温かくて……」
まだ、ちゃんと信じられないけれど、少しずつ知っていけば心を許せる相手にも恵まれるかもしれない。そうなったら、きっと人生は楽しくなる。
エルリカと話をしていると、どんどん気持ちが落ち着いてきて、眠たくなってきた。
「おやすみ、エルリカ」
「おやすみ、リマ。明日もいい日でありますように」




