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スラムの孤児は慎ましく生きたい~大賢者の遺産を継いだけど、救世主にはなりません~  作者: 鳥助
第一章

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2.受け継ぐ

「力?」


 意味が分からなくて首を傾げた。力って貰えるものなの? 自分で鍛えるものじゃないの?


「私はね……異世界転生者だったんだ。前世で死んで、神様から能力を与えられて、この世界に来た」


「凄い……神様に会ったの?」


「あぁ、会ったよ。優しい方で、願ってもないのに心配して色んな能力をくれた。そのお陰で、私はかの地で大賢者として生きることが出来た」


 おとぎ話のような事が本当にあったんだ。なんだか、それを聞いていると心がワクワクとした。


「魔法で火山を鎮め、錬金術で失われた秘薬を作り、魔道具で風の力がなくても進む船すら生み出した。人々が一生をかけて辿り着く技術を、私は神から授かった力で容易く扱えてしまったんだ」


「おじいさんは神様になったの?」


「……あぁ、そうかもな」


 神様になったのに、とても寂しそうに目を細めた。力があっても、おじいさんが幸せじゃないなら、なかった方が幸せだったかも?


「この力があれば、自分の道を切り開ける。どうだい、欲しくなっただろう?」


「ううん。力よりも、明日食べるパンが欲しい」


 私にとって大事なのは、その日の食べるもの。だから、力なんて貰ったって、どうしようもできない。


 だけど、そう言うとおじいさんの笑みが深くなった。


「その気持ちが大事だ。この力があれば、明日食べるパンも手に入れられるよ」


「……本当?」


 パンを手に入れられる力ってどんなものだろう。考えるだけでパンが出てくるとか? 鳥さんが運んできてくれるとか?


「この力を貰ってくれるかい?」


「うん、貰う!」


 明日のパンが食べられるのなら、その力が欲しい。そういうと、おじいさんは嵌めていた指輪を取った。


「これは、『箱庭』に行くための鍵。これに『箱庭に行きたい』と願えば、扉が開く」


 その指輪を私の人差し指に嵌めると、指輪は私の指に形に合わせて変化した。すると、今度は手を握ってくる。


 手がポカポカと温かくなり、何かが手を伝って流れ込んできた。その何かが全身を巡ると、体から力が溢れてきそうだった。


「わぁ……なんか、凄い」


 自分が自分でないような気がする。なんか、こう……新しい自分になったような、そんな感じがした。


 おじいさんの手が離れると、それは力なく地面に落ちる。


「……私の全てを、君に託した。あとは……君次第だ」


「……おじいさん?」


 ずるずると体がズレて、おじいさんの体は完全に地面に転がってしまった。


「お、おじいさん! だ、大丈夫?」


「……最期の力を、使ったからね……急激に……」


「また水飲む? 元気になる? どうしたらいい?」


 このままだと、本当におじいさんが死んでしまう。折角、仲良くなったのに……一人になるのは嫌だ。


「……願わくば……君に、幸が……あらんことを……」


「そんな……おじいさんも幸せじゃなきゃダメだよ。ねぇ、おじいさん!」


「……君のお陰で……とても、幸せだったよ。……最後に、ありがとう。……私が、死んだら……必ず、箱庭に……。そこに、君の……味方……」


 かすれた声がどんどん小さくなっていって、息がスッと消えた。恐る恐る、その体を揺らす。だけど、ピクリともしない。


「おじいさん……おじいさん……。いかないで……一人に、しないで……」


 悲しかった。悲しくて、悲しくて……久しぶりに涙が出た。胸がギュッと押しつぶされて、苦しくて仕方がない。


 久しぶりにまともに喋ったのに、これからも話せると思ったのに……笑って褒めてくれると思ったのに。


「……ぐすっ……えっ?」


 涙を拭いたその時、おじいさんが光り出した。その光りが強くなり、眩しくて思わず目を瞑る。


 しばらくすると、光りが収まったようだ。目を開けると――そこにいたはずのおじいさんがいなくなっていた。


「……おじいさん?」


 どこに行ったの? まさか、神様が連れて行ったの? ……まだ、傍にいたかったのに。


 おじいさんまでいなくなって、とても心細くなった。今まで全然平気だったのに、今日はダメだ。久しぶりに触れた人のぬくもりを思い出してしまった。


 その場に座り込み、膝を抱える。また、一人ボッチになってしまった。これから、どうしたらいいのだろう。また、毎日の繰り返し?


 ……そうだ。おじいさん、最期には必ず箱庭にって言っていた。


「……行ってみよう」


 立ち上がると、人差し指に嵌めた指輪を見る。


「……お願い。箱庭に連れて行って」


 強く願う。すると、指輪から光が放たれ――目の前に光りの扉が現れた。


「凄い……これ、何?」


 思わず惹かれる。その光りの扉を手で触れると、向こう側にすり抜けた。ビックリして、手を引いてしまう。


「だ、大丈夫……だよね?」


 おじいさんから貰ったものだから、きっと大丈夫。勇気を振り絞ると、その光りの扉の中へと入って行った。


 光の中を抜けた瞬間、ふわりと柔らかな風が頬を撫でた。


「……わぁ」


 思わず声が漏れる。そこは、今まで自分がいたスラムとはまるで別世界だった。


 目の前には、大きな家が建っている。赤い屋根が目を引くその家は、灰色の石で造られていた。壁は分厚く、まるで小さなお城みたいに頑丈そうだ。


 窓には綺麗なガラスが嵌められ、二階部分には小さなバルコニーまである。そして屋根からは、大きな煙突が一本伸びていた。


 煙は出ていないけれど、誰かが暮らしていた気配が残っている。


「……凄い」


 こんな立派な家、遠くから見た貴族の屋敷くらいでしか見たことがない。


 恐る恐る周囲を見回す。すると家のすぐ近くには、白い柵で囲まれた畑があった。黒く柔らかな土が綺麗に耕されていて、緑色の野菜が規則正しく並んで育っている。


「野菜……!」


 思わず目を輝かせた。スラムでは腐りかけの野菜ですら奪い合いだった。なのに、ここには食べ物が普通に育っている。


 しかも畑の隣には、小さな果樹まで植えられていた。さらに少し離れた場所には石積みの井戸も見える。木桶まで置かれていて、ちゃんと使えるようになっているみたいだ。


「水もある……」


 さっきまで井戸の水すら貰えなかったのに。その事実だけで胸がいっぱいになる。


 辺りを見回せば、家の周囲はぐるりと木々に囲まれていた。高い木々が壁のように並び、外の景色はほとんど見えない。だけど、不思議と閉塞感はなかった。


 葉の隙間から木漏れ日が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえる。風が吹くたびに枝葉が揺れて、さらさらと心地良い音を立てていた。静かで、穏やかで、まるで別の世界みたいだった。


「ここが……箱庭……」


 呆然と呟く。スラムの汚れた空気も、怒鳴り声も、誰かを罵る声も聞こえない。あるのは優しい風の音だけ。その静けさに、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 すると――。


「やぁ、いらっしゃい。新しいご主人様」


 声がした。ビックリして聞こえた方を見てみると、地面に一匹の黒猫が座っていた。

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