2.受け継ぐ
「力?」
意味が分からなくて首を傾げた。力って貰えるものなの? 自分で鍛えるものじゃないの?
「私はね……異世界転生者だったんだ。前世で死んで、神様から能力を与えられて、この世界に来た」
「凄い……神様に会ったの?」
「あぁ、会ったよ。優しい方で、願ってもないのに心配して色んな能力をくれた。そのお陰で、私はかの地で大賢者として生きることが出来た」
おとぎ話のような事が本当にあったんだ。なんだか、それを聞いていると心がワクワクとした。
「魔法で火山を鎮め、錬金術で失われた秘薬を作り、魔道具で風の力がなくても進む船すら生み出した。人々が一生をかけて辿り着く技術を、私は神から授かった力で容易く扱えてしまったんだ」
「おじいさんは神様になったの?」
「……あぁ、そうかもな」
神様になったのに、とても寂しそうに目を細めた。力があっても、おじいさんが幸せじゃないなら、なかった方が幸せだったかも?
「この力があれば、自分の道を切り開ける。どうだい、欲しくなっただろう?」
「ううん。力よりも、明日食べるパンが欲しい」
私にとって大事なのは、その日の食べるもの。だから、力なんて貰ったって、どうしようもできない。
だけど、そう言うとおじいさんの笑みが深くなった。
「その気持ちが大事だ。この力があれば、明日食べるパンも手に入れられるよ」
「……本当?」
パンを手に入れられる力ってどんなものだろう。考えるだけでパンが出てくるとか? 鳥さんが運んできてくれるとか?
「この力を貰ってくれるかい?」
「うん、貰う!」
明日のパンが食べられるのなら、その力が欲しい。そういうと、おじいさんは嵌めていた指輪を取った。
「これは、『箱庭』に行くための鍵。これに『箱庭に行きたい』と願えば、扉が開く」
その指輪を私の人差し指に嵌めると、指輪は私の指に形に合わせて変化した。すると、今度は手を握ってくる。
手がポカポカと温かくなり、何かが手を伝って流れ込んできた。その何かが全身を巡ると、体から力が溢れてきそうだった。
「わぁ……なんか、凄い」
自分が自分でないような気がする。なんか、こう……新しい自分になったような、そんな感じがした。
おじいさんの手が離れると、それは力なく地面に落ちる。
「……私の全てを、君に託した。あとは……君次第だ」
「……おじいさん?」
ずるずると体がズレて、おじいさんの体は完全に地面に転がってしまった。
「お、おじいさん! だ、大丈夫?」
「……最期の力を、使ったからね……急激に……」
「また水飲む? 元気になる? どうしたらいい?」
このままだと、本当におじいさんが死んでしまう。折角、仲良くなったのに……一人になるのは嫌だ。
「……願わくば……君に、幸が……あらんことを……」
「そんな……おじいさんも幸せじゃなきゃダメだよ。ねぇ、おじいさん!」
「……君のお陰で……とても、幸せだったよ。……最後に、ありがとう。……私が、死んだら……必ず、箱庭に……。そこに、君の……味方……」
かすれた声がどんどん小さくなっていって、息がスッと消えた。恐る恐る、その体を揺らす。だけど、ピクリともしない。
「おじいさん……おじいさん……。いかないで……一人に、しないで……」
悲しかった。悲しくて、悲しくて……久しぶりに涙が出た。胸がギュッと押しつぶされて、苦しくて仕方がない。
久しぶりにまともに喋ったのに、これからも話せると思ったのに……笑って褒めてくれると思ったのに。
「……ぐすっ……えっ?」
涙を拭いたその時、おじいさんが光り出した。その光りが強くなり、眩しくて思わず目を瞑る。
しばらくすると、光りが収まったようだ。目を開けると――そこにいたはずのおじいさんがいなくなっていた。
「……おじいさん?」
どこに行ったの? まさか、神様が連れて行ったの? ……まだ、傍にいたかったのに。
おじいさんまでいなくなって、とても心細くなった。今まで全然平気だったのに、今日はダメだ。久しぶりに触れた人のぬくもりを思い出してしまった。
その場に座り込み、膝を抱える。また、一人ボッチになってしまった。これから、どうしたらいいのだろう。また、毎日の繰り返し?
……そうだ。おじいさん、最期には必ず箱庭にって言っていた。
「……行ってみよう」
立ち上がると、人差し指に嵌めた指輪を見る。
「……お願い。箱庭に連れて行って」
強く願う。すると、指輪から光が放たれ――目の前に光りの扉が現れた。
「凄い……これ、何?」
思わず惹かれる。その光りの扉を手で触れると、向こう側にすり抜けた。ビックリして、手を引いてしまう。
「だ、大丈夫……だよね?」
おじいさんから貰ったものだから、きっと大丈夫。勇気を振り絞ると、その光りの扉の中へと入って行った。
光の中を抜けた瞬間、ふわりと柔らかな風が頬を撫でた。
「……わぁ」
思わず声が漏れる。そこは、今まで自分がいたスラムとはまるで別世界だった。
目の前には、大きな家が建っている。赤い屋根が目を引くその家は、灰色の石で造られていた。壁は分厚く、まるで小さなお城みたいに頑丈そうだ。
窓には綺麗なガラスが嵌められ、二階部分には小さなバルコニーまである。そして屋根からは、大きな煙突が一本伸びていた。
煙は出ていないけれど、誰かが暮らしていた気配が残っている。
「……凄い」
こんな立派な家、遠くから見た貴族の屋敷くらいでしか見たことがない。
恐る恐る周囲を見回す。すると家のすぐ近くには、白い柵で囲まれた畑があった。黒く柔らかな土が綺麗に耕されていて、緑色の野菜が規則正しく並んで育っている。
「野菜……!」
思わず目を輝かせた。スラムでは腐りかけの野菜ですら奪い合いだった。なのに、ここには食べ物が普通に育っている。
しかも畑の隣には、小さな果樹まで植えられていた。さらに少し離れた場所には石積みの井戸も見える。木桶まで置かれていて、ちゃんと使えるようになっているみたいだ。
「水もある……」
さっきまで井戸の水すら貰えなかったのに。その事実だけで胸がいっぱいになる。
辺りを見回せば、家の周囲はぐるりと木々に囲まれていた。高い木々が壁のように並び、外の景色はほとんど見えない。だけど、不思議と閉塞感はなかった。
葉の隙間から木漏れ日が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえる。風が吹くたびに枝葉が揺れて、さらさらと心地良い音を立てていた。静かで、穏やかで、まるで別の世界みたいだった。
「ここが……箱庭……」
呆然と呟く。スラムの汚れた空気も、怒鳴り声も、誰かを罵る声も聞こえない。あるのは優しい風の音だけ。その静けさに、胸の奥がじんわりと温かくなった。
すると――。
「やぁ、いらっしゃい。新しいご主人様」
声がした。ビックリして聞こえた方を見てみると、地面に一匹の黒猫が座っていた。




