1.行き倒れたおじいさん
「どうか、卑しい私にお恵み下さい」
欠けた皿を差し出し、声をかける。それだけで、通り過ぎる人たちは怪訝な表情をする。
足早に去ろうとするところを、擦り切れた素足で追う。
「どうか、卑しい私にお恵み下さい」
「あぁ、うるさいねぇ! スラムの子には恵まないよ! あっちにおいき!」
その女性が怒りの形相で私の肩を力強く押した。その弾みで地面に倒れる。痛い。だけど、ここでめげちゃダメだ。
空腹で力が入らないが、なんとか力を籠める。ようやく立ち上がって、その女性を追った。また、声をかける。
「どうか、卑しい私にお恵み下さい」
「しつこい! ほら、これでいいんだろう!?」
すると、女性は袋を取り出して、皿に硬貨を置いた。ギロリと睨みつけられたが、私は精一杯の笑顔を浮かべた。
「お恵みをありがとうございます」
そう言って、お辞儀をした。その女性がいなくなるのを見ると、すぐに硬貨をポケットに忍ばせた。
そして、すぐに通りに視線を向けた。次は――あの人だ。次の標的を定め、私は近寄っていった。
◇
「やった……今日はパンが買えた」
今日の物乞いで三日ぶりにパンが買えた。大事にボロ服の中にしまい込んで、誰もいない路地を探す。
路地にはスラムの人が溜まっているから、見つかると奪われてしまう。だから、誰もいない路地で食べないと。
一つずつ路地を確認していくと、ボロボロのローブをまとった人が倒れているのが見えた。
じっと見つめているが、その人が動くことはなかった。……もしかして、死んでる?
だったら、あのローブを借りれないかなぁ。そう思って、近づいてしゃがむ。ローブを取ろうと引っ張っていると――突然、しわくちゃな手が私の手首を掴んだ。
「っ!?」
「……み、水を……一口……」
ビックリした、生きてたんだ。凄く掠れた声がして、本当に水を欲しいんだと感じた。
「た……のむ……」
「……分かった」
弱弱しい声に心が動かされた。水くらいなら自分でも出来そうだ。背負っていたリュックから欠けたコップを取り出すと、私は井戸に走った。
井戸に行くと、近所のおばさんたちが談笑をしているところだった。だけど、私が近づくとすぐに嫌そうな顔をする。
「物乞いのリマじゃないか。言っとくけど、あんたに恵む金はないよ!」
「本当に卑しい子! 他人から金を恵んでもらって生きているなんて!」
私を蔑む言葉が向けられる。何度も言われた言葉。だけど、いつまで経ってもなれない。心がギュッとなって、胸が痛くなる。
それでも、勇気を出して口を開く。
「えっと……井戸の水を……」
「ふん! あんたに渡す水なんてないよ! さっさとおいき!」
「水が飲めなくて、その辺で野垂れ死ねばいいさ!」
おばさんたちが腕を振り上げ、殴ってきそうになる。私はすぐに傍を離れた。走っていく時、後ろから笑い声が聞こえてきた。
私は誰もいない路地に入り、息を付いた。
「……水、汲めなかったな」
おじいさんの水、どうしよう。諦めて、見捨てた方がいい?
そう考えると、胸がチクリと痛んだ。なんだか、見捨てるのは可哀そうな気がする。それに、私に頼ってくれた。それがちょっぴり嬉しかった。
「……うん、別の井戸に行こう」
そう思うと、他の井戸を求めて走っていった。
◇
「おじいさん……水、持ってきたよ」
しゃがんで顔を覗き込む。すると、目が薄っすらと開いた。髭が沢山の口元にコップを近づけると、おじいさんはゆっくりと飲み始めた。
時間をかけてゆっくりと飲むと、コップから口を離す。
「……ありがとう」
力のない笑みを浮かべて感謝をされた。すると、心が嬉しくなる。感謝されるのっていつ振りだろう? 全然記憶にないや。
「じゃあ、私は行くね」
「……少し、一緒にいてくれないか? ……優しい人が恋しくて」
「私でいいの?」
「……可愛くて優しいお嬢さんと一緒にいられるのは、何よりもご褒美だと思うんだ」
可愛いお嬢さん、だなんて。いつもは物乞いのリマって言われているから、褒められているようで嬉しい。
私はその場に座り込んで、一緒にいてあげた。すると、おじいさんはホッとしたように、空気がやわらかくなった。
私の緊張も解れて、余分な力が抜けた。すると、お腹の音が鳴る。そうだった、パンを食べるんだった。
服の中からパンを取り出すと、小さくちぎって食べ始める。少しずつお腹が満たされていくと、隣のおじいさんが気になった。
もしかして、お腹も空いているのかな? だったら、これも少し上げた方がいい? でも、これは私の食事……。
考えていると悶々とする。とても嫌な気分だ。こういう時は気分の良いことをした方がいい。
「おじいさん、パン食べる?」
この方が悶々としない。ちぎったパンを手渡すと、おじいさんがこちらを向いた。そして、力のない笑みを浮かべる。
「……いや、食べれなさそうなんだ」
「お腹がいっぱいなの?」
「もう少しで寿命が終わるんだ。だから、それは君が食べなさい」
「……おじいさん、死んじゃうの?」
それを聞いて、また胸がチクリと痛んだ。さっき会ったばかりなのに、別れが寂しいって思っちゃう。
おじいさんは私の顔を見て、優しく微笑んでくれた。
「私のことを思ってくれてありがとう。最期に良い人と巡り合えてよかった……。ここに逃げて正解だったな……」
「悪い人に追われてたの?」
「……あぁ。ずっと、追われていた。だから、遠くまで逃げてきたんだよ。みんな、私の力が欲しくて……命を狙われた」
そう言うと、とても辛そうに顔を歪めた。それを見て、なんだかこっちまで辛い気持ちになってきた。
「だから、最期に本当の優しさに触れられて、良かった……」
「……私も優しくして良かった。だって、おじいさんが褒めてくれたから」
「褒められたいなら、もっと褒めてあげよう」
おじいさんが震える手を持ち上げ、私の頭を撫でてくれる。久しぶりの人の温もり。心が温かくなって、とても嬉しい。
「えへへ」
「喜んでもらえて、何よりだ」
お互いに笑い合うと、それだけで心が温かくなる。久しぶりの人の温もりは寂れた心を癒やしてくれた。
だけど、おじいさんの目が突然真剣になる。
「優しい君になら、私の力を渡してもいいのかもしれない」




