表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

寝たフリとフリース

 営業が終わると、店の音は一気に引いていく。


 冷蔵庫付き作業台(コールドテーブル)を拭き終えた店長は、厨房からホールへ戻ったところで、ふと足を止めた。


 カウンター席の一つに、音羽が伏せている。

 両腕を枕代わりにして、完全に力が抜けた姿勢だった。


(……寝てるな)


 今日も昼から夜まで、ほぼ休みなしだった。

「……そりゃ疲れるわけ、か」


 店長は小さく呟いて、バックヤードからフリースを持ってくる。

 軽く広げて、音羽の肩にそっと掛けた。


 乱暴にならないように、慎重に。

 こういう時だけ、やけに手つきが丁寧になるのは自分でも不思議だった。


「いつも、頑張ってくれてありがとうね」


 言ってから、自分でも少し気恥ずかしくなる。

 普段はわざわざ口に出さない言葉だ。

 それを、今日に限っては自然に言えてしまった。


(……寝てるよな)

 そう思って、すぐに視線を外す。


 しかし、その瞬間。


 バッ、と音羽が顔を上げた。


「……起きてます!」


 完全に目が合う。


 一瞬、空気が止まる。


「うわっ!? 起きてたのかよ!」


「起きてました!」


 即答だった。


 間髪入れず、まっすぐ睨んでくる。


 耳まで真っ赤だ。


「なんですか今のは、恥ずかしいこと言わないでください!」


「お前が寝たフリするからだろ! 感謝の言葉を言って損したわ!」


「寝たフリじゃないです、休憩です!」


「同じだろ!」


 言い合いになりかけて、しかしどちらも本気ではない。

 声だけが少し大きくて、内容はどこかくだらない。


 しばらくして、音羽が小さく視線を逸らした。

「……でも」


「ん?」


「フリース、ありがとうございます」


 ボソッとした声だった。

 さっきの勢いが嘘みたいに、小さい。


 店長は一瞬だけ言葉に詰まり、

「……どういたしまして」

 とだけ返した。


 それ以上は、何も言えなかった。


 音羽はそのまま、何事もなかったようにテーブルを拭き始める。

 店長も厨房へ戻る。

 背中を向け合ったまま、作業が再開される。


 どちらの口元も、少しだけ緩んでいた。

 気づかれない程度に。

 でも、確かに。


 この店は今日も、いつも通りで、少しだけ違っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ