ペットボトルは爆弾みたいに
昼のピークは、今日も容赦がなかった。
注文が飛び交い、皿が鳴り、油の音と呼び出しの声が重なっていく。
音羽はホールとカウンター裏を行き来しながら、ほとんど反射で体を動かしていた。
「すみません、お水……」
返事をまつ間もなく、手を伸ばす。
いつもの場所にあるペットボトルを掴んで、キャップを開けた。
一口。
二口。
喉を通る冷たさが、ようやく意識を“今”に戻してくれる。
(……生き返る)
小さく息を吐いて、カウンターの端にそれを戻した。
その時だった。
ふと、ラベルが目に入る。
見慣れたようで、見慣れていないデザイン。
(……あれ?)
視線を少し下げる。
残量。
半分。
そこで、ようやく気づいた。
これは、自分の水ではない。
厨房の奥で、店長が自分のペースで包丁を動かしている。
「これ、もうちょっとで上がるからねー」
いつも通りの声。
完全に、日常の延長線上。
だからこそ、音羽は動けなくなった。
(……え、これ店長の……?)
さっき自分が口をつけた場所を、見つめる。
キャップの縁。
何も変わっていないはずなのに、急に距離が近く感じる。
喉の奥が、さっきとは別の意味で熱くなった。
(いやいやいや)
頭の中で、必死に否定する。
(ただの水でしょ)
(ペットボトルでしょ)
(間接キスとか、そういうのじゃないし)
そこまで考えて、逆にその単語を脳内で認識してしまった。
一気に温度が上がる。
顔が熱い。
耳まで熱い。
手元のペットボトルを、どう扱っていいかわからなくなる。
(アタシ、何やってんの……)
(中学生じゃあるまいし……)
心の中で自分に突っ込む声だけが、やけに冷静だった。
けれど心臓はまったく冷静じゃない。
バクバクと、さっきより明確に存在を主張してくる。
音羽は、そっとペットボトルをカウンターの隅に置いた。
まるで“爆弾”でも扱うみたいに。
厨房の奥では、店長が何事もなかったかのように次の皿を仕上げている。
こちらの異変には、まだ気づいていない。
(……これ、絶対バレたら終わる)
そう思った瞬間、さらに心臓が跳ねた。
そして音羽は、何事もなかった顔を作るために、いつもより少しだけ強く息を吸った。
その後、仕事に余裕が出来たところで、そっと水を足しておく音羽であった。




