女優の直立不動
ここ数日、店長の行動は怪しさの極みだった。
ディナー営業の合間に、ホールの照明の調光スイッチを何度もいじってみたり、BGMの音量を不自然に変えてみたり。
極めつけは、店の発注用タブレットで『ぷ』って打ったら、検索履歴に『プロポーズ 喜ばれる 言葉』『プロポーズ 音楽』『プロポーズ 仕事終わり』『プロポーズ 休日前』がズラリと並んでいた。
プロポーズだけじゃなくて、検索もちゃんとシークレットモードにしなさいよね……。
……まさかとは思うけど、定休日前の今日、この店でプロポーズするつもり?。
アタシはカウンターに隠れて、小さくため息をついた。
本当を言えば、オシャレなレストランとかでのサプライズを期待していなかったと言えば嘘になる。
だけど、これまでのオーブン勘違い事件や、その他諸々の事件を見るに、あのヘタレ店長にこれ以上の難易度は無理だ。
これ以上失敗して、あの人が凹んでプロポーズ自体が白紙になるのだけは絶対に避けたかった。
──分かったわよ。
アタシが世界一の女優になって、飛びっきりの『えっ、嘘、嬉しい……!』を演じてあげるわ。
おとなしく騙されたフリしてあげるんだから、一発できめなさいよ、店長。
アタシは冷静な顔の裏で、健気な覚悟を決めていた。
夜の営業が終わり、最後の客を送り出す。
明日は定休日だ。
カチャリとドアを閉めると、店内の照明が、店長の不器用な手つきによって、いつもより少しだけ暗く落とされた。
ムードのあるBGM。
恭しく、厨房から店長が歩いてくる。
その手は緊張のあまり、見たこともないほど小刻みに震えていた。
「お、音羽さん。ちょっと、話があるんだ」
「はい。なんですか? 店長」
アタシはトレイを胸に抱き、完璧に『何も知らない優秀な従業員』の顔を作った。
店の中央、少し暗めの照明の下で見つめ合う。
張り詰める空気。
「じ、じっ実は……」
店長がゆっくりとポケットに手を伸ばし、あの日仕込みノートに書かれていた『本物の箱』を取り出そうとした、まさにその時──。
ガチャ!!!
「店長ー! 音羽さん!」
それは、田中さんの声だった。
「「ッッッ!!!!!」」
◇◆◇◆◇◆◇◇
「美味しいメロンもらったからお裾分けねー!」
俺が店のドアを開けた、その瞬間だった。
何かが弾けるような物音がしたと思ったら、店内には異様な光景が広がっていた。
店長と音羽さん、二人は店の両端にいる。
まるで先生に怒られて廊下に立たされた小学生のように、完全に直立不動で壁を見つめて黙り込んでいた。
ピキピキと凍りついた静寂の中、二人の耳の裏だけが、あり得ないほどの真っ赤な色に染まっている。
「あれ?」
俺はメロンを持ったまま、首を傾げた。
背筋をピンと伸ばしたままの店長と、ワナワナと震えている音羽さんを交互に見つめる。
「なんか、よくないタイミングだった……?」
「ち、ちちち違います田中さん! これはただの、その、壁のクロスの汚れのチェックをしてただけで、ねぇ!?」
店長が裏返った声で、かなり無理のある言い訳を叫ぶ。
「そ、そうです! アタシも、レジ周りの、防犯上の死角を確認していただけです! 田中さん、メロン2倍速でカットしますから、早く厨房に持って来てください!!」
音羽さんも壁を向いたまま、涙目になりながら怒鳴り散らした。
「あ、そう? いやぁ、それなら良かった。じゃあ店長、このメロンさ、今夜の最高の酒の肴にしてみんなで食べようよ! スパークリングワインも持ってきたから」
「えええええ今夜!?今から!?」
そういや、なんか今日の店は少し暗いかな。
まぁいいや、それじゃ今夜はワインメロンパーティと行こうじゃないか。
あの夜、店長は最後までポケットに手を突っ込んだままだった。
音羽さんもスパークリングワインをヤケクソみたいに飲んでいた。
……あの二人、何かあったんだろうけど、俺は知らない。
まあ、そのうち何とかなるだろう。




