表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/51

勘違いのオーブン

 それは、先日の「仕込みノートのプロポーズ案」から数日後のことだった。

 アタシはホールの冷蔵庫を拭いていた。

 そこへ、厨房で発注書を見つめていた店長が、何気なく声をかけた。


「あ、音羽さん。ちょっと相談なんだけどさ」


「はい? なんですか」


 実はここ数日、アタシは気が気ではなかった。

 あの仕込みノートの件以来、店長がいつストレートな言葉を投げかけてくるかと、内心ずーっと身構えていたのだ。


 そんなアタシの緊張を知ってか知らずか、店長は業務用オーブンのカタログを指差しながら、いつも通りのんきな声で言った。

 何度も見返したのだろう、カタログはヨレヨレだ。


「これさ、もう思い切って『一生モノ』にしちゃおうと思うんだよね。初期投資はちょっとかかるけど、『(せき)を入れるから安定する』んだよね。『発注書にサイン』しちゃってもいいかなって。どう思う?」


 店長の話は、表面的には『業務用オーブンの話』だが、このアタシの目はごまかせない。

 少し大袈裟に表現している所など、バレバレだ。

 アタシの優秀な脳内フィルターを通せば、それを完全に変換できる。


『一生モノ=夫婦、せきを入れる=(せき)を入れる、発注書にサイン=婚姻届にサイン!』


「……ッ、」


 一瞬、店内に静寂が訪れる。

 アタシの耳の裏が、茹でダコを通り越して一瞬で沸騰した。

 心臓が爆発しそうなほどの勢いでドクドクと鐘を鳴らす。


──つ、ついに来た……って、ちょっと待ってよ!


 待ちに待った瞬間のはずだった。

 なのに、ヨレヨレのカタログを片手に持ったまま「どう思う?」なんて、あまりにも雑すぎる。


 緊張と、恥ずかしさと、男としてのムードのなさに、アタシのメーターは限界を突破して振り切れた。


「──な、なんですかそれ!!! サイテーです!!!」


 ドンッ!

 アタシはカウンターを激しく叩いた。


「ええっ!? サ、サイテー!?」


 アタシの抗議に気圧されたのか、店長は、しきりに首をかしげている。


「な、なんで!? やっぱり高すぎるかな? でも、法定の耐用年数は8年だから──」


「金額の問題じゃありません! なんですかその、ついでみたいな言い方は! しかも一生モノとか言っておいて、8年ってなんですか! 籍を入れるとか、サインするとか、そんな大事なことを、ヨレヨレのカタログを持ったまま、業務連絡みたいに済ませようとしないでください! 信じられません!」


「え、いや、業務用オーブンの話だし、一応ちゃんとしたメーカーなんだけど……」


「うるさいです! アタシは絶対に認めませんからね! もっとちゃんと……っ、ちゃんと場所とか言葉とか、考え直して出直してきてください!!」


 それだけを猛烈な勢いでまくしたてると、アタシは涙目になりながら、バタン!!と激しく裏口のドアを閉めて休憩室に移動した。


 厨房に取り残された店長が、あっけに取られたように独り言をいっているのが聞こえた。


「……え? えーっと、ピザ用の蓄熱石板が入るオーブン、そんなに嫌だった……? 場所とか言葉って何だ……? ショールームに一緒に行って、メーカーの人と直接話をしたいってこと……?」


 アタシはそれを聞き、今さらになって本当にオーブンの話だったのだと気づいた。

──あ、アタシ、何勘違いして怒ってんのよっ!


 もうアタシが、その場で出来ることと言えば、恥ずかしさに悶絶して頭を抱えることだけだった。

「……っ、すいません、ちょっと低血糖でイライラしてました! で、その石板入りのオーブン、ピザは何分で焼き上がるんですか?」

「そ、そうか、お腹空いてたんだね。さっき試しに焼いたクッキーあるんだけど食べる?」


「石板タイプなら、バゲットみたいなハード系のパンも本格的なのが焼けるし、ローストチキンもジューシーになりますよね。……メニュー増やすなら、手伝ってあげなくもないですけど」

「お、おう、詳しいね……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ