空振りのスペシャリテ
その日の午後、仕込み中の厨房で、俺は生気の抜けた顔でデザート皿を見つめていた。
丸一週間、あの仕込みノートで迷走を極めた結果、俺が辿り着いた「最高のプロポーズ」──それは、ある新作デザートにすべてを託すことだった。
「音羽さん、ちょっといいかな……。これ、新しいデザートの試作なんだけど」
やってきた音羽の前に置かれたのは、真っ白な四角い皿。
そこには、飴細工で作られた一本の「鍵」と、チョコレートソースで描かれた「お店のロゴ」、そして小さなイチゴのタルトが美しく並んでいた。
「……? 可愛いですね。これ、夏限定ですか?」
音羽が純粋に料理としての感想を述べる。
俺は首筋をペタペタと激しく触りながら、ゴクリと唾を飲み込んで、一世一代の「こねくり回した台詞」を放った。
「これね、『永久ライセンス』っていうコンセプトなんだ。この鍵があれば、うちの厨房の裏口も、レジの金庫も、仕込みノートの秘密も……なんなら、この店のマスターキーとして、一生いつでも、誰にも遠慮せずに開けられるよ、っていう……そういう、メニューなんだよね!」
──『だから、俺の人生のマスターキーも、君に一生預かってほしい』
俺の頭の中では、その後に続くはずの最高に格好いい言葉まで完璧に繋がっていた。
そんな俺の思いを知ってか知らずか、音羽は、飴細工の鍵をじーっとジト目で見つめ、それから俺の顔をのぞき込んだ。
何かを見極めるような、そして見通すような視線だった。
次の瞬間、音羽はふっと、優しい微笑みを浮かべた。
「ふふ、大丈夫ですよ、店長」
「え?」
「分かってますよ。寂しかったんですよね、アタシに『美味しい』って言ってほしくて、そんなおとぎ話みたいなメニュー考えて」
「い、いや、音羽さん、これはそういうのじゃなくて、その──」
「いいんですよ、無理に隠さなくても。店長が構ってほしいときは、いつでもお相手しますから。……あ、でもこの飴細工、ちょっと手が込んでて仕込みが大変そうなので、メニュー化は却下です。まかないとしてアタシが美味しくいただきますね」
音羽はパッと皿を奪うと、「ふふ、可愛い鍵」とちょっと上機嫌そうに、客席の方へ持っていってしまった。
厨房に取り残された俺は、口を開けたまま、完全に魂が抜けた状態でへなへなと崩れ落ちた。
……空振りだ。完全に、ただの構ってちゃんだと思われて終わった……っ!
人生最大の覚悟を決めた一打が、ただの「可愛い甘えん坊」として優しく対応されてしまった。
客席で「美味しいです」と嬉しそうに飴細工を齧っている音羽。
あの「お店の鍵」にかけた比喩表現こそ、最高のプロポーズになるはずだった。
……だが、ダメだった。
だが、こねくり回しすぎたのか?。
あまりにも遠回しすぎたのか?。
「どうしてこうなった……」
俺は厨房の床にうずくまった。
俺のプロポーズ大作戦は、音羽さんが誤解してしまい、まさかの超絶大空振りで次回へと持ち越されるのだった。




