夜道のガッツポーズ
カラン、とドアベルを鳴らして店を出たアタシは、誰もいない夜の商店街を歩きながら、ふっと夜空を見上げて小さく吹き出した。
「……バレバレなんですよ、店長」
夏野菜の仕入れルートの計算なんて言いながら、赤くなった首筋をペタペタと触る。
どう考えても、建前としてごまかしているのは明らかだ。
おまけに、あのノートの端から「指輪」とか「婚姻届」とか、実務的?な単語がチラリと見えていたのを、アタシが見逃すはずがない。
──あんなに必死に隠しちゃって。
プロポーズの計画なんて、厨房の仕込みノートに書くことじゃないでしょうに。
思い出すだけで、おかしくてたまらない。
きっと今頃、あの狭い厨房で一人、頭を抱えてノートとにらめっこしているに違いない。
ひょっとすると、明日のオムライスのケチャップ文字で何か仕掛けてくる可能性だってある。
あの人のことだ、こちらの予想の斜め上をいく、とびきりスマートで、とびきり的外れな演出を大真面目に考えているのだろう。
本当に、どこまでもヘタレで、不器用で、愛おしい人だ。
考えてみれば、法人化に共同経営と、もう十分すぎるほど未来の約束はしているのかもしれない。
しかし税理士さんに言われて、実務上の理由でも構いませんけどとは言いつつも、結婚まで話を進めたのはアタシの方だ。
あの人は今、男としてのプライドを大爆発させて、必死に『格好いいプロポーズ』を考えているのだろう。
「……」
ロマンティックなプロポーズを受ける。
そんなことを想像していると、自分の両頬が急激に熱くなっていくのを感じた。
ただの妄想なのに、まるで今そこで言われているかのように胸が締め付けられる。
あんなに毎日一緒にいて、酸いも甘いも噛み分けてきたはずなのに、どうしてアタシは今更、こんな初心な女子高生みたいにドキドキしているんだろう。
誰もいないのをいいことに、ぎゅっと拳を握りしめる。
──よしっ。
心の中で、小さく、だけど最高に幸せなガッツポーズ。
10年前、失敗ばかりで泣いていたアタシを「笑顔にできないなら店をやめる」とまで言って救ってくれたあの広い背中が、今はアタシを一生隣に置くために、必死に迷走してくれている。
どんなにくだらないボケたプロポーズを用意してきても、全部受け止めてあげる心の準備は、もう10年も前からできているのだ。
──なーんて、あんまり安売りするのも癪だけど。
「まぁ、せいぜい頑張ってください。簡単には合格点、あげませんから」
アタシは、わざとフンと鼻を鳴らして真顔に戻ると、いつもより少しだけ軽い足取りで、明日の「店長の迷走」を楽しみにしながら帰路につくのだった。




