余り物と本気の味
夜の営業が終わり、いつものように静まり返った店内。
片付けを終えてカウンター席で一息ついていた店長の前へ、音羽がトレイを片手に歩み寄ってきた。
「はい、これ。余り物の試作です」
事も無げに言われて差し出されたのは、小さな白いお皿。
その上には、ココアパウダーを綺麗にまとったトリュフチョコレートが3粒、ちょこんと並んでいた。
「お、チョコレート? 珍しいね、音羽さんがお菓子作るなんて」
「たまたま材料が余ってただけです。早く食べて、感想聞かせてください」
音羽は腕を組んで、ツンとすました顔で促す。
「今日はやけに急かすじゃないか。それじゃあ、いただきます」
店長は深く考えず、ひょいと一粒つまんで口に運んだ。
──その瞬間、店長の動きがピタッと止まる。
なめらかな口溶け、上品なカカオの香りと、ほんのり奥から広がる高級ブランデーの風味。
洋菓子店のショーケースに並んでいてもおかしくない、いや、それ以上に緻密に計算された、完璧なクオリティだった。
「……ッ、これ、美味いな……」
店長はプロの料理人として、本気で感動してしまっていた。
「余り物でこのレベル!? チョコのテンパリングも完璧だし、この洋酒の効かせ方、凄すぎるよ。音羽さん、いつの間にこんな技術を……」
ひとくち食べては「うーん!」とうなり、2粒目、3粒目と、まるで宝物を味わうように大事に食べる店長。
そんな彼の「本気の絶賛」を目の当たりにして、音羽は予想外だったのか、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
「な、何ですか本気で分析しちゃって。ただの、気まぐれですから」
「いや、本当に美味しいよ。ありがとう」
店長は心の底から嬉しそうに微笑み、ふと、カウンターの壁に掛けられたカレンダーへ目をやった。
【2月14日】
そこには、赤いマジックで小さくハートマークが……ではなく、ただ今日の日付が刻まれていた。
「あ、」
店長の中で、すべての点と線が繋がった。
今日が何の日か。
そして、普段お菓子作りなんてしない音羽が、なぜ「余り物の試作」なんて言いつつ、こんなにも完成度の高い特製トリュフを作ってきたのか。
「……今日、バレンタインデーか」
「うっ、」
気づかれた、と察した音羽は、一瞬にして耳の裏まで茹でダコのように真っ赤に染まった。
いつもなら「店の試作です!」と言い張るはずの彼女が、言い訳の言葉も見つからないようで、激しく動揺してトレイをぎゅっと握りしめている。
静まり返った店内で、カチ、カチ、と時計の音だけが大きく響く。
お互いを意識しすぎて、急に空気の熱が跳ね上がる。
「……あの、音羽さん」
「な、なんですか」
「これ、本当に美味しかった。……来年も、食べたいな」
店長は赤くなった首筋をペタペタと触りながら、ヘタレなりに、精一杯のストレートな気持ちを告げた。
音羽は猛烈に顔を背け、うわずった声でピシャリと言い放つ。
「……来年余り物が出るかは、ア、アタシの気分次第です!」
「じゃあ、来年じゃなくてもいいや。また食べられる日を楽しみにしてる」
「うっ……」
数秒間、トレイを抱えたまま俯いてしまう音羽。
「……気が向いたら作りますね。それより、ほら、早くお茶淹れてください、店長!」
「あ、うん、すぐ淹れるね!」
湯気の立ちのぼる湯のみを見つめながら、音羽はそっと耳の熱を隠した。




