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却下とまかないの糖分

 昼のピークが過ぎたあとの店内は、ようやく呼吸を取り戻しつつあった。


 食器の片付けを終えた店長は、カウンター越しにメモ帳を見ながら、ふと思いついたように言った。

「アルバイトでも取ろうか、お昼時忙しくて大変でしょ」

 軽い提案のつもりだった。


 実際、ここ最近のランチタイムは少しだけ手が足りない。

 昔ほど余裕がなくなってきたのも事実だった。

 しかし、音羽の返事は一拍も遅れなかった。


「却下で」


 即答だった。

「人件費馬鹿にならないんですから、その時はアタシが頑張りますから。それより“まかない”に、甘い物追加してくださいよ」

 言いながら、洗い物の手を止めない。

 まるで最初からその結論しか存在しなかったかのような言い方だった。

 店の数字も、客の流れも、現場の負荷も、全部わかった上での判断。


 そして何より、「この店の今の形」を一番壊さない答えでもあった。


 店長は少しだけ苦笑する。

「しょうがないなぁ」

 その言い方には、諦めでもなく、命令への従属でもなく、妙な納得が混じっていた。

 音羽がそう言うなら、まあそうなんだろう、という感覚。

 10年のあいだに積み上がった信頼は、すでに議論という形を取らない。


「その代わり、糖分切れで動けなくなったら即クビだからね」

「それ、誰が店回すんですか」

「俺」

「無理でしょ」


 短いやり取りのあと、二人とも同時に笑った。

 冗談のようでいて、冗談ではない。

 この店は、二人で回っている。

 そしてその事実だけが、いつも静かにテーブルの上に置かれている。


 音羽はふと、ちらりと店長を見る。


(この人、一人じゃ絶対ダメだな)


 そしてすぐに思い直す。


(でも、多分アタシも同じか)


 その思考には、名前のつかない感情が混ざっていたが、どちらも口には出さないまま、洗い場の水音に流れていった。

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