純粋な一言と特大の爆弾
家族連れで賑わう店内に、カランカランと小気味よいドアベルの音が響いた。
テーブル席に座っているのは、若いお母さんと、まだ小学校に上がったばかりくらいの大変可愛らしい男の子の親子連れ。
ハンバーグのセットを綺麗に平らげ、満足そうにお腹をさすっていた男の子が、
レジカウンターの奥で片付けをしていた音羽をじっと見つめ、それから厨房でお皿を洗っている店長へ視線を移した。
そして、母親の袖をくいっと引っ張って、店中に響くような元気な声で言った。
「この店のお母さんにお会計してもらおうよ!」
一瞬、本当に、一瞬だけ、店の空気がピキッと凍りついた。
次の瞬間、厨房の店長は包丁を持ったまま完全にフリーズ。
レジの前にいた音羽も、伝票を持ったまま石のように固まった。
「ちょっ……!こら、やめなさい、たっくん!」
お母さんは顔を真っ青にして慌てて立ち上がり、子供の頭を軽く押さえながら、消え入りそうな声で平謝りした。
「す、すみません!本当にすみません!この子、まだよく分かってなくて、変な勘違いを……っ」
「あ、いえっ、あの、大丈夫です……っ」
音羽は、お盆で顔を隠すようにしながら真っ赤な顔でうろたえる。
厨房の奥からは、店長がどこか調子の外れた声を上げる。
「い、いやぁ、よく言われるんで気にしないでください、ハハハ……」
これまた限界の動揺を滲ませた声だ。
そんな様子をみていた、常連の田中さんが、耐えきれずにビールを吹き出しそうになった。
「ぶふっ!!」
「あー俺もう駄目だ(笑)」
「店長、頑張れよ(笑)」
常連たちのヤジと爆笑が飛び交う中、親子連れは恐縮しながらお会計を済ませ、嵐のように去っていった。
──閉店後のまかないの時間。
いつもなら「今日の客数は〜」と現実的な話をする音羽が、今日に限っては無言で、ジト目で、猛烈な勢いでブロッコリーを口に放り込んでいた。
「……あの、音羽さん、そんなに怒らなくても」
「怒ってません」
「いや、フォークでお皿を刺す音が怖いんだけど……」
店長がバツの悪そうに視線を逸らすと、音羽はフォークを持ったままぽつりと言った。
「……店長、アタシ、そんなにお母さんっぽく見えますか」
音羽は少しだけ俯いた。
そして、店長の手が止まる。
「……いや。お母さんっていうか、その……」
「なんですか」
店長は誤魔化すようにパスタを巻きながら、聞こえないくらいの声で呟いた。
「……そんな風に呼ばれる関係も、悪くないかな……とか、思ったり、思わなかったり」
「へっ?」
「なんでもないです!さ、まかない食べよ!」
今度は店長が必死に逃げ、音羽は身を乗り出す。
「今なんか言いましたよね!?」
「言ってない!」
「絶対言いました!」
「気のせい!」
「気になります!」
夜もすっかり更けて、店内の明かりが消える時間は、予定よりもずいぶん遅くなるのだった。




