髪型と減点
昼のピークが一段落した、午後1時半。
ホールの片付けをする音羽の姿に、カウンター席の田中さんが真っ先に気づいて声を上げた。
「おっ、音羽さん、髪切ったね! 随分バッサリいったなぁ、似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます、田中さん」
音羽は少し照れくさそうに、新しくなった毛先を指先でいじった。
肩まであった髪を、耳が少し覗くくらいのショートボブにカットしたのだ。
首元がすうすうして、自分でもまだ落ち着かない。
続いて、テーブル席の常連客たちも口々に言い始める。
「本当だ、可愛い! 雰囲気変わるねぇ」
「失恋でもしたの? するわけないか(笑)」
「これだけ可愛いんだから、惚れ直すんじゃない?」
「ちょっと、皆さんからかわないでください。仕事、仕事」
音羽はにこにこと営業スマイルを振りまきながらも、ちらりと厨房の奥へ視線を送った。
──店長はといえば、
「はーい、オムライスお待ちどうさまー」
……いつも通りの調子でフライパンを振っている。
すぐ横を音羽が通り過ぎても、注文の伝票を受け取っても、店長は完全にスルー。
視線すら泳がない。
本当に、1ミリも気づいていない顔だった。
音羽の目が、じわじわと鋭いジト目に変わっていく。
気づけば、お皿をテーブルに置く音が、いつもよりほんの少しだけトントンと硬くなっていた。
──閉店後
夜の営業も終わり、シャッターを下ろした店内に、換気扇の低い音だけが残る。
いつものようにまかないのパスタを食べていた店長
ふとフォークを止めて正面の音羽を、じーっと、見つめる。
「……なんですか。アタシの顔に何かついてます?」
音羽はまだ昼間のトゲを微かに残したまま、ツンとした声で返す。
店長は首を少し傾げ、それから、ぽかんと口を開けた。
「……あれ?」
「……」
「音羽さん、もしかして……髪、切った?」
音羽はフォークをお皿の端にカツンと置いた。
「今さらですか」
「あ、いや、ごめん! なんか雰囲気が違うなとは思ったんだよ! ほら、昼間はバタバタしてたから、さ!」
必死に両手を振って言い訳する店長を、音羽はこれ以上ないほどの冷ややかな視線で一蹴する。
「言い訳は見苦しいです。田中さんも、他のお客さんも、お店に入ってきた瞬間に気づいてくれましたよ。10年も働いているのに、店長失格ですね」
「うぐっ……ごめん。本当にごめんって」
頭を下げて平謝りする店長に、音羽はふっと鼻で息を抜いた。
そして、少しだけ視線を斜め下に逸らしながら、ぶっきらぼうに告げる。
「──10点減点です」
「えっ、何点満点なの!?」
「店長が知る必要はありません」
「厳しいなぁ」
店長はガックリと肩を落とし、うなだれた。
その情けない姿を見て、音羽は少しだけ目元を緩める。
首元を触る。
確かに短くなった髪はまだ少し落ち着かない。
でも胸の奥のもやもやは別の場所にあった。
そんな音羽の内心を知る由もない店長は、気まずそうに首の後ろを掻きながら、ボソッと呟いた。
「……でも、さ」
「なんですか」
「似合ってるよ。前の長いのも良かったけど、今のも、すごく可愛いと思う」
「ッ、」
不意打ちだった。
一気に温度が上がる。
首筋から、新しく露出した耳の付け根にかけて、じわじわと熱い血が巡っていくのが分かった。
顔が赤くなるのを隠すように、音羽は慌てて残りのパスタを口に放り込む。
「……加点はしませんからね」
「あ、はい……」
「明日のまかない、デザート付きにしたら、一ミりくらいは戻してあげてもいいです」
「一ミリなんだ。……よし、じゃあ気合入れて作るわ」
店長は現金なもので、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
お互い、まともに目を合わせられないまま、フォークの音だけが静かに響く。
減点されたはずの店内の空気は、なぜか、いつもよりもずっと、甘酸っぱい熱を帯びていた。




