↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/27

シン 『熊を狩る…だと?』

挿絵(By みてみん)



 冬の寒さが緩み、森に春の気配が漂い始めていた。

 眠りから覚めた獣たちが動き始める季節。


 村では熊の被害が出ていた。

 犠牲になったのは、一人の女性とその父親だった。


 二人は、村人の祝いの日には手づくりの品を贈っていた。

 シンの家にも「作りすぎたから」と、よく料理を届けてくれていた。


 シンは、二人が安らかに眠れるように祈った。




 村で熊を狩る話が出て、シンは熊の討伐を引き受けた。


 村で唯一の狩人の家系として。

 再び、大切な人が襲われないように。


 ――これ以上、熊を村へ近づけるわけにはいかない。


 無理な話だと分かっていた。


 ――それでも、やる。


 迷いはなかった。


 ***


 冬の名残を留める冷たい空気の中、シンは足を踏み入れた。まだ葉をつけていない木々がそびえる、静かな森の中へ。

 枝の隙間からは、淡い光が差し込んでいた。


 背には弓。

 手にした杖の先端には刃が付き、獣の突進に備えた横突起がある。

 普段は杖として使い、いざという時には槍になった。


 ――熊は、危険だ。

 硬い皮膚と厚い毛は容易に刃を通さず、頭蓋骨も硬い。

 速く走り、木にも登る。

 鼻も利き、頭もいい。

 

 とにかく、正面から挑める相手ではない。


 奥に進むにつれて、森は薄暗さを増していった。

 濃い緑の針葉樹が立ち並び、陽光を遮る。


 足跡、糞、折れた枝、残された匂い。

 シンは獣の痕跡を追った。

 やがて、苔むした倒木が横たわる、小さな空き地に出た。


 食いちぎられたような小動物の死骸。

 露出した土には、地面をえぐるような、大きな足跡。


 (まだ近くにいる?)


 背中に寒気が走る。

 身を低くし、這うようにその場を離れた。


 ***


 シンは、太いモミの幹に身を寄せ、倒木の周囲をうかがっていた。

 風向きの変化を警戒しながら、横風を受ける位置で弓を握る。


  ――その時、小動物の死骸に近づく影が見えた。


 (小熊か)


 わずかに注意を奪われた。

 その瞬間、背後に気配を感じた。

 転がった。反射的に前へ――。


 ブォン!


 空気を押し潰すような音。

 振り返ると、巨大な影……そこには熊がいた。



 シンは矢をつがえながら、後ろに跳び退く。

 しかし、迫りくる熊が振り下ろした爪で、弓は壊れた。


 弓を捨て、杖を構える。

 前足を地につけた熊の頭を突くが、刃が硬い頭蓋骨で滑る。

 次の瞬間、熊が太い前足を振るい、鋭い爪が杖をへし折った。


 シンは腰元から目つぶし玉を取り出して放ち、後ろに跳ぶ。

 目つぶし玉が地面で弾け、 仕込んだ石灰と、すり潰した辛子の粉が舞い上がった。


 鼻を突く強烈な匂いが周囲に広がる。

 熊が鼻先をひくつかせ、動きを止めた。


 ……熊との攻防。いや、攻防と言えるものなのか?

 シンは折れた杖を捨てた。


 残る武器は、獲物を捌くためのナイフ、それと目つぶし玉がひとつ。


 ――逃げるか?しかし、ここで後退はできない。

 再び、大切な人が襲われないように。


 ――生きて帰れないかもしれない。

 帰りを待つ父と母。


 (ここで、戦う。父さんと母さんも、きっと分かってくれる)


 ナイフと目つぶし玉を握り直す。


 (ここに再び来るな。来れば、お前もただでは済まない)

 シンは、心の中で熊に語りかけていた。


 熊の初動に意識を集中させる。

 時間が止まったような感覚。


 ――その時、熊の背後で、小熊の鳴き声がした。

 石灰の粉塵と辛子の匂いが薄く残るなか、目の前の熊が、ゆっくりと後ずさる。

 やがて、熊は後ろ姿を見せて、森の奥へと消えていった。


 ***


 シンは村に帰り、村人に熊の現れた場所を伝えた。


 あの親熊が再び姿を見せることはなかった。

 小熊を連れて森の奥へ移ったのか、それとも人里の危うさを覚えたのか、シンには分からない。


 誇れるものなどない。

 隣人も帰ってはこない。


 それでも、誰もが……熊もまた、ただ生きようとしていた。



 了





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。