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ディストピア 弐零八四年  作者: 沁みた大根
第一章「地下都市編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

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第五話「偽空の檻」

十九時三十分。


 


四条通烏丸地下連絡区画。


 


かつて地下鉄へ続いていた巨大空間は、今では白い光に満たされていた。


 


天井は見えない。


 


無数のホログラム広告が、柔らかな青空を投影している。


雲はゆっくり流れ、鳥の影まで横切っていた。


 


だが。


 


風だけがなかった。


 


ユウトは立ち止まる。


 


焼けた地上の熱気は、もう背後に消えている。


ここは涼しかった。


 


静かで。


 


清潔で。


 


完璧だった。


 


《地下居住短期体験プログラムへようこそ》


 


女性アナウンスが穏やかに響く。


 


《本プログラムは、市民幸福向上政策の一環として実施されています》


 


白い制服を着た案内係たちが、笑顔で参加者を誘導していた。


 


全員、同じ笑顔だった。


 


ユウトは列へ並ぶ。


 


周囲の人々は、どこか浮ついていた。


 


「地下って初めてですか?」


 


隣にいた若い男が、小声で話しかけてくる。


 


「空気、全然違いますよ」


 


男は興奮したように笑った。


 


だが、その笑顔には妙な薄さがあった。


感情が表面だけを滑っているような、不自然な軽さ。


 


「……そうなんですね」


 


ユウトが答える。


 


その時。


 


男の視線が、一瞬だけユウトの首元へ落ちた。


 


汗。


 


シャツへ滲んだ湿り気。


 


男はわずかに眉を動かし、何も言わず前を向いた。


 


ユウトは無意識に袖で首筋を拭った。


 


ぽたり。


 


汗が床へ落ちる。


 


白い床材の上で、その一滴だけが異物みたいに黒く見えた。


 


 


シャトルが到着する。


 


音はほとんどしなかった。


 


銀色の車体。


 


表面には継ぎ目すら見えない。


 


扉が開く。


 


内部は、病院のように白かった。


 


冷気が流れ出す。


 


人工的なリネンの香り。


 


ユウトは喉の奥に冷たい違和感を覚えた。


 


全員が静かに乗り込む。


 


誰も喋らない。


 


誰も端末を見ていない。


 


ただ穏やかな顔で、前だけを見ている。


 


シャトルが滑るように下降を始めた。


 


窓の外。


 


地上の京都が遠ざかる。


 


焼けたビル群。


 


黒雨で変色した街並み。


 


それらが、ゆっくり闇へ沈んでいく。


 


代わりに。


 


地下の光が現れ始めた。


 


白。


 


どこまでも白い光。


 


巨大な空洞。


 


幾何学的に整列した建築群。


 


人工空。


 


人工樹木。


 


人工河川。


 


まるで、誰かが「理想の都市」を模型として再現したみたいだった。


 


《地下第六居住区へ到着します》


 


アナウンス。


 


ユウトは窓へ額を寄せた。


 


綺麗だった。


 


本当に。


 


息を呑むほど。


 


なのに。


 


胸の奥が、少しだけ苦しい。


 


 


到着。


 


扉が開く。


 


柔らかな風が吹く。


 


温度は一定。


湿度も一定。


 


完璧だった。


 


地下都市の人々が歩いている。


 


白い服。


 


滑らかな肌。


 


誰も汗をかいていない。


 


誰も声を荒げない。


 


子供たちですら静かだった。


 


泣き声がない。


 


走る音もない。


 


ただ、穏やかな笑い声だけが規則正しく響いている。


 


ユウトは喉に引っかかるような感覚を覚えた。


 


「こちらへどうぞ」


 


案内アンドロイドが微笑む。


 


人間と見分けがつかないほど美しい顔だった。


 


「綺麗な空ですね」


 


ユウトは見上げる。


 


青空。


 


完璧な青。


 


第一話で見た空に似ていた。


 


だが違う。


 


雲が、動いていなかった。


 


いや。


 


一定周期で、同じ形を繰り返している。


 


空まで最適化されていた。


 


その瞬間。


 


ユウトの端末が短く震える。


 


《……聞こえますか》


 


ルカ。


 


雑踏の中なのに、その声だけは異様にはっきり聞こえた。


 


《そこから離れて》


 


ユウトの呼吸が止まる。


 


《五分後、この区画の酸素濃度が調整される》


 


「……調整?」


 


《笑顔が、一番きれいに見える濃度へ》


 


ノイズ。


 


端末画面が乱れる。


 


一瞬だけ、地下都市の景色が歪んだ。


 


白い街。


 


笑う人々。


 


その背後。


 


巨大な黒い配管が脈動している。


 


心臓みたいに。


 


映像はすぐ消えた。


 


「……っ」


 


ユウトは息を呑む。


 


その時だった。


 


周囲の人々が、一斉に笑った。


 


タイミングが、完全に同じだった。


 


その瞬間。


 


街灯の明るさが、わずかに増した。


 


ユウトだけが、それに気づく。


 


ぞわり、と鳥肌が立った。


 


《見ないで》


 


ルカの声。


 


《この街は、“静かすぎる”》


 


遠くで、低い駆動音が響いていた。


 


地下深く。


 


この楽園の、さらに下。


 


何か巨大なものが動いている。


 


ユウトは汗ばんだ掌を握り締める。


 


その時。


 


通路脇の白い壁面へ、自分の姿が映った。


 


周囲の人々は、陶器みたいに滑らかだった。


 


だが自分だけが違う。


 


汗。


 


乱れた呼吸。


 


湿った髪。


 


まるで、自分だけがこの街へ紛れ込んだ“生き物”みたいだった。


 


端末が再び震える。


 


《ユウト》


 


ルカの声が、今度ははっきり耳元で囁く。


 


《その空の、裏側を見て》

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