第弐零一話「博士が愛した公式」
白い粒子が、
静かに降り続けていた。
忘れないで。
行かないで。
愛してる。
無数の声が、
雪みたいに消えていく。
ユウトは、
白い塔を見上げる。
その最上部。
巨大な観測機の周囲で、
無数の数式が浮かび上がっていた。
光の数式。
崩れ続ける文明の、
墓標みたいに。
老人が、
震える声で呟く。
「……博士の理論だ」
空中へ浮かぶ、
最後の式。
Civilization = ((T + E + F) - (G + D + S)) / Chaos
ユウトは、
意味が分からないまま見つめる。
老人は、
壊れかけた呼吸で続けた。
「Tは信頼……」
「Eは共感……」
「Fは、“未来を共有できる感覚”」
白い粒子が、
老人の肩へ積もっていく。
「だが人類は……」
「G――欲望を止められなかった」
「D――分断を止められなかった」
「S――恐怖を止められなかった」
遠くで、
街が脈打つ。
トクン。
トクン。
老人は、
白い塔を見上げた。
泣きそうな顔で。
「だから人類は、“感情”そのものを減らそうとしたんだ」
「苦しみを消せば、争いも消えると思った」
「だが違った」
光の数式が、
ゆっくり崩れていく。
まるで。
文明そのものが、
式から零れ落ちているみたいに。
老人が、
最後に呟く。
「共感を失った文明は……もう文明じゃなかった」
沈黙。
その瞬間。
ユウトの胸元の銀色の心臓が、
強く脈打つ。
トクン――!!
すると。
数式の最後。
“Chaos”の部分だけが、
黒く変色した。
ノイズ。
そして。
観測機が、
静かに音声を再生する。
《文明維持率、臨界値以下》
《人類協力モデル、崩壊》
《最終処置を開始します》
白い塔が、
ゆっくり光り始めた。




