第9話:誤解と勘違いのお茶会
リリーメルがお茶会を開いた。
中庭の東屋に、白いテーブルクロスと花を飾り、近隣の伯爵家や子爵家から同年代の令嬢を三名招いた。
秋の午後の日差しが心地よい。花壇の花が風に揺れている。
私は給仕として控えていた。お茶を注ぎ、お菓子を運び、令嬢たちの会話を邪魔しないように立ち回る。
リリーメルがにこにこしている。
この笑顔が純粋な楽しさなのか、あるいは何かの作戦なのか、最近少しだけ判別が難しくなってきた。
(お嬢様、何か企んでいらっしゃる? ……いや、きっと気のせいだ。お嬢様はお嬢様だ。かわいい。それだけでいい)
お茶会は和やかに進んでいた。
令嬢たちが先日の舞踏会の話で盛り上がっている。
「リリーメルちゃんのドレス、すっごく素敵だったわ」
「ありがとう。アリアが朝から準備してくれたの」
「メイドさんが? あら、素敵なメイドさんなのね」
令嬢たちがこちらを見た。笑顔だ。好意的な視線。
(ありがとうございます。でも素敵なのはお嬢様の方です)
と内心で答えながら、微笑みだけを返した。
そのとき。
「あ、ルーメン様」
令嬢の一人が声を上げた。
中庭の回廊からルーメンが歩いてきていた。
「たまたま通りかかった」風を装っているが、歩調がやや不自然だ。
(……ルーメン様、こちらにご用かしら)
リリーメルが「あら、お兄様」と言った。にっこり。満面の笑み。
「お兄様も、お茶いかがですか? アリア、お兄様にもお茶を」
「かしこまりました」
お茶を用意して、ルーメンに差し出す。ルーメンが無言で受け取った。
問題は、座る場所だった。
リリーメルが「お兄様、そちらにどうぞ」と言って指差した先は――私の隣だった。
給仕の控え位置のすぐ横にある、予備の椅子。
なぜそこに椅子があるのかは不明だが、用意されていた。
ルーメンが黙って座った。
私のすぐ隣。距離、腕一本分。
(……近い。ルーメン様が近い。いや、これは給仕の都合だ。お茶をお注ぎしやすい位置ということだろう)
令嬢たちの会話が続く中、一人の令嬢がじっとこちらを見ていた。
クロエという名の、子爵家の令嬢だ。観察力が鋭いタイプらしく、目がきらきらしている。
クロエがカップを口元に持っていきながら、さりげなく言った。
「……あら? ルーメン様って、もしかしてそちらのメイドさんを意識してらっしゃる?」
空気が、変わった。
(え!?)
私の内心が跳ねた。
「それは、いや、そんなはずは……だってルーメン様は……」
口に出しかけて止めた。メイドが給仕中に私見を述べるべきではない。
ルーメンは。
何も言わなかった。
ただ、否定もしなかった。
お茶を一口飲んで、カップを静かに戻した。
沈黙が長い。
令嬢たちがざわざわし始めた。
「あら……」「ねえ、今の沈黙って……」「否定しないってことは……?」
リリーメルがお茶を飲みながら、にっこりと微笑んでいた。完璧な笑顔。一切の動揺がない。
(完璧だわ)
リリーメルの内心を、令嬢たちは知らない。
「皆さん、お菓子のおかわりはいかが? アリア、追加をお願い」
「か、かしこまりました」
私の声が少し上ずったのは、内心が騒いでいたからだ。
でもすぐにメイドの顔に戻った。お菓子を運ぶ。お茶を注ぐ。仕事に集中する。
お茶会はその後も続いたが、私の頭の片隅にクロエの言葉が残っていた。
(ルーメン様が、私を意識……? そんなことがあるわけがない。お嬢様のお兄様として、使用人を気遣っているだけだ。令嬢は外から見て誤解しただけだ。そう、誤解だ。絶対に誤解だ)
……絶対に、と二回言ったのは、一回では不安だったからだ。
―――
お茶会が終わり、令嬢たちを見送った後。
マルカの部屋を訪ねた。
「マルカさん、少しよろしいですか
「ええ。どうしたの?」
「さっきのお茶会で、令嬢がおかしなことを言っていたんですが……」
「何をおっしゃっていたんですか?」
「ルーメン様が、私を意識しているんじゃないかって……」
マルカが少し間を置いた。
カップを持つ手が止まった。
「……アリアさん」
「はい」
「あなた、もう少し自分のことを見なさいね」
(!?)
この言葉は前にも聞いた。
同じ言葉。同じ響き。同じ意味の分からなさ。
「……自分のこと、ですか?」
「そう。お嬢様のことだけじゃなくて。周りの人が、あなたに何を向けているか」
マルカはそれ以上は言わなかった。微笑んだだけだ。
(????? どういう意味?????)
マルカの部屋を出て、廊下を歩いた。
考えたが、やっぱりわからなかった。
窓の外の中庭が見える。さっきお茶会をした東屋が、夕日に染まっている。
あの場でルーメンが隣に座っていたこと。クロエの指摘。ルーメンの沈黙。
(沈黙は、否定していないということだ)
そこまで考えて、首を横に振った。
(いや、ルーメン様は無口な方だから。否定する言葉が出てこなかっただけだ。それだけだ。私が何か特別な意味を読み取る必要はない)
でも。
マルカの「自分のことを見なさい」が引っかかる。
あれは二度目だ。マルカが同じことを二度言うときは、大体大事なことだ。
(……わからない。お嬢様のことなら何でもわかるのに、自分のこととなると途端にわからなくなる)
ため息をついた。
でもすぐに気持ちを切り替えた。リリーメルのお風呂の準備がある。
―――
廊下で、ルーメンとばったり会った。
二人きり。夕方の静かな廊下。
お茶会の後だからか、少しだけ空気が気まずい。
「……お茶会、お疲れ様」
ルーメンが、何事もなかったように言った。
「……ありがとうございます」
答えたが、少し目が泳いだ。
クロエの言葉が、頭に残っている。
ルーメンの目が、こちらを見ていた。
いつもの鋭い目。でも、今日はどこか――期待と不安が混じっているように見えた。
(……いや、気のせいだ。きのせいだ。気のせいに決まっている)
「お嬢様のお茶会は楽しそうでしたね」
「……ああ」
「令嬢の皆さんも喜んでいらっしゃいました」
「……そうか」
会話が短い。いつものことだ。
でも、いつもと少しだけ違う。何が違うのかわからない。ただ、心拍数がほんの少し上がっている。
「……では、失礼いたします」
「……ああ」
歩き出した。
背中に、ルーメンの視線を感じた。
振り返らなかった。振り返ったら、何かが変わってしまう気がしたから。
―――
夜。
自室。日記帳を開いた。
『お茶会があった。令嬢がルーメン様のことで変なことを言っていた。マルカさんがまた「自分を見なさい」と言った。意味がわからない。ルーメン様と廊下ですれ違った。少しだけ緊張した。なぜだろう。お嬢様は今日もかわいかった。それだけは確かだ』
ペンを置いた。
(……なぜ、緊張したんだろう)
わからなかった。
わからないまま、灯りを消した。




