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「お前を愛することはない」と言われたので婚約破棄されました。でも、私は愛を貫いたので、全力でお嬢様を愛でます。  作者:


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第8話:舞踏会と三つの視線

 王都の大広間が、光に満ちていた。


 シャンデリアの燭台(しょくだい)が何百と灯り、磨き上げられた大理石の床が金色に光っている。楽師団の音楽が天井に反響し、色とりどりのドレスが花畑のように揺れている。


 秋の大舞踏会。


 ヴェルダニア王国で最も華やかな夜。


 そして今夜の私の視界には、一人の妖精がいた。


 リリーメル・エルドラド。


 白と薄青のドレス。亜麻色の巻き毛に小さなティアラ。青い瞳がシャンデリアの光を映して、宝石のように(きら)めいている。


 (天使!!! 妖精!!! 女神!!! 語彙が足りない!!!)


 会場に入った瞬間から、私のモードは全開だった。


 リリーメルがドレスの裾を軽く持ち上げて、くるっと一回転した。


「アリア、どう?」

「……この世のものとは思えないほどお美しいです、お嬢様」

「ふふ、大げさ!」


 大げさじゃない。控えめに言っている。本音を言えば「宇宙が生んだ最高傑作」だ。


 貴族の子女たちの視線がリリーメルに集まる。ひそひそとした称賛の声が聞こえる。


 (そうでしょう! わかりましたか! うちのお嬢様は世界一です!!)


 内心で誇らしげに胸を張りながら、外面は完璧なメイドの表情で控えている。


―――


 舞踏会は進む。


 アーレン伯爵は社交の輪に入り、リリーメルは同年代の令嬢たちと挨拶を交わしている。


 私はリリーメルの周りを整えつつ、時折お嬢様の元へ走る。飲み物を運び、裾を直し、髪が乱れていないか確認する。


 リリーメルが令嬢たちと歓談している横顔を見て、胸がいっぱいになった。


 社交の場でも堂々(どうどう)としている。背筋が伸びて、声は澄んでいて、笑顔が自然だ。十歳とは思えない品格。でも笑い方だけは十歳そのもので、それがたまらなくかわいい。


 (お嬢様が輝いている……! この光景を絵に残したい……! 画家が十人いても足りない……!)


 しばらくリリーメルの給仕を終えた後、指示通りルーメンの傍で補佐に回った。


 ルーメンは壁際に立っていた。社交が得意ではないのだ。無口で目つきが鋭いから、話しかけてくる人も少ない。


「ルーメン様、お飲み物はいかがですか」

「……いい」

「何かございましたらお申し付けください」

「……ああ」


 会話が短い。いつものことだ。


 でもルーメンの視線が、時折こちらに来ているのは感じた。


 (ルーメン様も、お嬢様のことが気になるのだろう。お嬢様は向こうで楽しそうにしていらっしゃるから、ご安心を)


 そう思っていたとき。


 一人の青年貴族が、こちらに歩いてきた。


 二十歳前後だろうか。薄茶色の髪を整え、柔らかい笑みを浮かべている。


「失礼。エルドラド家の方ですよね? もしよろしければ、一曲いかがでしょう」


 私に向かって言っている。


 (え、私? メイドですけど?)


「あ、申し訳ございません。私はメイドですので、お相手は……」


 言いかけた瞬間、ルーメンが動いた。


 壁際から一歩。


 音もなく、青年とこちらの間に入った。


「彼女は、うちの使用人だ」


 端的。


 冷たくはないが、近寄れない空気。目つきの鋭さが、この場面では効果を発揮していた。


 青年は一瞬たじろいで、「失礼しました」と頭を下げて去っていった。


「ルーメン様、ありがとうございます」


 にっこり。


 (ルーメン様がかばってくださった! お兄様としてのご判断で、使用人を守るのは当然のことと思っていらっしゃるのね。さすがだわ)


 ルーメンの口が動いた。何か言いかけた。


 でも結局、何も言わずに壁際に戻った。


 (そうじゃない……!!!)


 ルーメンの内心の叫びを、私は知らない。


―――


 会場の反対側。


 ロロード・ファウデンは柱の影から、リリーメルを見ていた。


 白と薄青のドレス。くるくると動く巻き毛。令嬢たちに囲まれて、楽しそうに笑っている横顔。


 (……綺麗(きれい)だ)


 ドレスを着たリリーメルは、普段よりもずっと大人びて見えた。十歳とは思えない品格がある。でも、笑い方はやっぱり子供で、そのギャップが胸を刺す。


 リリーメルの視線が、一瞬だけこちらに向いた。


 ロロードの心臓が跳ねた。


 だが、リリーメルはすぐに目を逸らした。意図的に。明確に。


 (……逸らされた。まあ、当然か)


 「アリアを傷つけた男」は、まだ許されていない。


 わかっている。わかっているが。


 リリーメルが令嬢たちと笑い合っている。


 その笑い声が、遠くから聞こえてくる。高くて、澄んでいて、楽しそうで。


 ロロードは柱にもたれたまま、その笑い声に耳を傾けていた。


 (……あの笑顔を向けられることは、もうないのかもしれない)


 でも、不思議と絶望はなかった。


 (それでも、あの一瞬、目が合った)


 それだけで、ロロードの夜は少しだけ明るくなった。


 自分でも情けないと思う。侯爵家の嫡男が十歳の令嬢の一瞥(いちべつ)で浮き沈みしている。でも、胸の奥は温かかった。


―――


 夜が更けて、舞踏会はお開きの時間が近づいていた。


 帰りの馬車。


 エルドラド家の四頭立て馬車に、アーレン伯爵、ルーメン、リリーメル、そして私が乗り込んだ。


 馬車が動き出してしばらくすると、リリーメルが私の肩にもたれかかってきた。


「……すぅ」


 寝息。


 眠ってしまった。


 小さな体が私にもたれている。温かい。軽い。


 亜麻色の巻き毛が私の肩に広がって、かすかに花の香りがする。


 (お嬢様が寝ている……私の肩で……この瞬間を永遠にしたい……)


 向かいの席で、アーレン伯爵が微笑んでいた。穏やかな目。家族を見守る父親の目だ。


 ルーメンは向かいに座って、こちらを見ていた。


 正確に言えば、リリーメルを支える私を、見ていた。


「……今日は、お疲れ様」


 静かな声。低い声。


 アリアだけに向けられた言葉だった。


「ルーメン様もお疲れ様でした」


 にっこりと微笑んだ。


 (お嬢様の重みが心地いい……今日は最高だった……お嬢様のドレス姿を見られたし、舞踏会で輝くお嬢様を見られたし……最高中の最高だ……)


 ルーメンが少しだけ目を伏せた。


 表情が、ほんの一瞬だけ崩れた。笑いなのか諦めなのか、読み取れない微かな変化。


 すぐに元に戻った。


 アーレン伯爵が窓の外を見ながら、小さく笑っていた。何が面白かったのかは、誰にも言わなかった。


 馬車が揺れる。


 リリーメルの寝息が続く。


 秋の夜風が窓の隙間から入ってきて、馬車の中を優しく()でた。


 (今日は、最高の夜だった)


 目を閉じた。


 お嬢様の温もりが、肩に残っていた。


―――


 翌朝。


 日記帳を開いて、昨夜のことを書いた。


 お嬢様のドレス姿のこと。お嬢様がくるっと回ったこと。令嬢たちに囲まれて笑っていたこと。帰りの馬車で眠ってしまったこと。私の肩にもたれてきたこと。


 四ページ書いた。まだ足りない。五ページ書いた。まだ足りない。


 ルーメン様が青年貴族からかばってくれたことも書いた。「さすがお嬢様のお兄様」と添えた。


 お疲れ様と言ってくれたことも書いた。


 最後に一行。


『舞踏会のお嬢様は宇宙で一番だった。予言通りだった。来年もお嬢様の傍にいられますように』


 ペンを置いて、顔を上げた。


 窓の外に、秋の朝日が差していた。

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