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「お前を愛することはない」と言われたので婚約破棄されました。でも、私は愛を貫いたので、全力でお嬢様を愛でます。  作者:


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19/20

第19話:ロロードのその後

 アリア・サロモンとルーメン・エルドラドの婚約が、正式に発表された。


 エルドラド伯爵家から近隣の貴族家に書簡が送られ、数日のうちに社交界の話題になった。


 元婚約者のメイドが、主家の跡取りと婚約。異例ではあるが、エルドラド家の当主アーレンが公認し、書簡には「家族として迎える」と明記されていた。


 その知らせは、当然、ロロード・ファウデンの耳にも届いた。


―――


 ロロードは、自室で書簡を読んだ。


 窓の外は秋の終わり。木の葉がほとんど落ちて、枝だけが空に伸びている。


「……ルーメンか」


 (つぶや)いた。


 複雑な感情がある。嫉妬ではない。悔しさでもない。もっと穏やかなもの。


 (……よかった。アリアさんには幸せになってほしかった)


 それは本心だった。


 婚約を破棄した日から、ずっと思っていたことだ。自分が与えられなかった幸せを、誰かが与えてくれるなら、それでいい。


 (ルーメンなら、大丈夫だろう。あいつは不器用だが、誠実だ。俺よりずっと)


 書簡を折り畳んで、机の引き出しにしまった。


 少しだけ、胸が痛んだ。


 でも、その痛みは、もう古い傷のようなものだった。新しく開いた傷ではない。


 窓辺に立って、遠くの山並みを見た。


 (あの日、俺がアリアさんに「お前を愛することはない」と言ったとき、あの子はどんな顔をしていたっけ)


 思い出そうとした。でも、はっきりとは出てこない。


 覚えているのは、アリアの目が泣いていなかったことだ。悲しそうではあった。でも、折れていなかった。


 (あの強さが、ルーメンを()きつけたんだろうな)


 自分にはない強さだった。ロロードは自分が誠実であろうとしたことは誇りに思っている。でも、それだけでは足りないこともある。


―――


 数日後。


 リリーメルの十一歳の誕生日会が開かれた。


 大きな宴ではない。エルドラド家の家族と、ごく親しい者だけを招いた小さなお茶会だ。


 中庭の東屋に花が飾られ、秋の最後の陽光が差し込んでいる。


 招待状が、ロロードにも届いていた。


 アーレン伯爵の判断だった。ファウデン子爵家との関係は商談を通じて良好であり、ロロード個人への評価も変わっていない。


 ロロードは少し迷ったが、出席を決めた。


 避ける理由がなかったからだ。


 東屋に入ると、見慣れた顔が並んでいた。


 アーレン。ルーメン。アリア。マルカ。ドレン。


 そして、主役のリリーメル。


 リリーメルは新しいドレスを着ていた。薄紫色。アリアが選んだらしい。


 髪には金色のリボン。十一歳になっても、相変わらず小さい。でも、目の輝きは大人と変わらない。


 ロロードが東屋に入った瞬間、リリーメルの目がこちらを捉えた。


 一瞬だけ、表情が揺れた。


 嫌そうではない。でも、すんなりとも受け入れていない。微妙な顔だ。


 ロロードが歩み寄った。


「リリーメル、お誕生日おめでとう」

「……ありがとうございます、ロロード様」


 丁寧だった。塩ではない。冷たくもない。ただ、慎重な距離を保っている。


 お茶会が進んだ。


 アーレンが笑い、マルカがお茶を注ぎ、アリアがケーキを切り分け、ルーメンが隅に座って静かにお茶を飲んでいる。


 穏やかな時間だった。


 途中、リリーメルがロロードの隣に来た。


 自分から来たのだ。ロロードが目を丸くした。


「……あなたは、アリアに対して誠実でしたね」


 唐突に言った。


「えっ」

「婚約を破棄したことは許していませんけれど。でも、アリアを傷つけようとしてやったわけではないことは……認めます」


 リリーメルの声は静かだった。策謀家の声ではない。大人になろうとしている子供の声だった。


 ロロードは少し間を置いて、答えた。


「……ありがとう。それだけで、十分だ」

「でも」


 リリーメルが続けた。


「それがわたしへの誠実さとは、別の話ですわ」


 すぐに元の澄ました顔に戻った。完璧な伯爵令嬢の表情。


「……それは、認める可能性があるということか?」


 ロロードが聞いた。自分でも、なぜそう聞いたのかわからなかった。


 リリーメルが少し黙った。


 目を逸らした。


「……まだ、わかりません」


 小さな声。


 ロロードの顔が、緩んだ。


 自分でも止められないくらい、緩んだ。


 (……なぜ(うれ)しいんだ俺は。十一歳の子に「わからない」って言われて……でも、これは……)


 リリーメルがちらっとこちらを見た。ロロードの顔が緩んでいるのを見て、ぷいっと横を向いた。


「にやけないでくださいまし」

「……すまない」


 全然すまなそうではなかった。


―――


 お茶会の終わり。


 ロロードが屋敷を出るとき、玄関でアリアが見送りに立っていた。


 メイドの制服ではなかった。淡い青のワンピース。婚約者としての装いだ。


 でも、笑顔は変わらない。あの、にっこりとした笑顔。


「ロロード様、今日はお越しいただきありがとうございました」

「……ああ。いい会だった」


 少しの間。


「……幸せそうで、よかった」


 ロロードが言った。本心だった。


「ありがとうございます、ロロード様」


 アリアが少し微笑んだ。穏やかな笑み。


「あなたが誠実に破棄してくださったから、今があります」


 (……それはそれで少しだけ複雑だが……まあ)


「……そうか。ならよかった」


 ロロードが歩き出した。


 数歩進んで、振り返った。


「アリアさん」

「はい」

「ルーメンは不器用だが……いいやつだ。大事にしてくれ」

「……はい。もちろんです」


 ロロードが手を振って、馬車に向かった。


 馬車の中で、窓の外を見た。


 エルドラド屋敷が遠ざかっていく。秋の空が高い。


 (……俺が婚約を破棄したことで、あの二人は出会った。そう考えると、あの決断も悪くなかったのかもしれない)


 少しだけ、自分を許せた気がした。


 (それに……)


 リリーメルの「まだ、わかりません」が、耳に残っている。


 「まだ」だ。「永遠に」ではない。


 (……六年後か。リリーメルが大人になったら、もう一度、ちゃんと向き合いたい)


 それは、恋と呼ぶには気が早い。


 でも、種のようなものだった。いつか芽が出るかもしれない、小さな種。


 窓の外を流れる風景が、秋の枯れ色から、少しだけ明るく見えた。


―――


 屋敷では。


 アリアがロロードを見送った後、中庭に戻った。


 リリーメルがベンチに座って、ケーキの最後の一切れを食べていた。


「お嬢様、ロロード様をお見送りしましたよ」

「うん」

「……今日、ロロード様とお話しされていましたね」

「……少しだけ」

「何をお話しになったんですか?」

「秘密」


 リリーメルがにっこりした。前にも聞いた答え。前にも見た笑顔。


 でも今回は、少しだけ照れくさそうだった。


「……お嬢様」

「何?」

「お嬢様も、いつか素敵な方が現れますよ」


 リリーメルがケーキのフォークを止めた。


「……別に、そういうのじゃないですわ」


 耳が赤い。


 (お嬢様の赤い耳……! かわいい……! 日記に書く……!)


「ふん。アリアこそ、のろけないでくださいまし」

「の、のろけてません!」

「顔がにやけてますわ」


 私の手が、自分の頬に触れた。


 緩んでいた。確かに。


「……す、すみません」

「いいですわよ。幸せそうなアリアは、好きだもの」


 リリーメルが笑った。


 十一歳の、素直な笑顔。


 秋の最後の陽光が、二人のベンチを照らしていた。

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