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「お前を愛することはない」と言われたので婚約破棄されました。でも、私は愛を貫いたので、全力でお嬢様を愛でます。  作者:


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17/20

第17話:アリアの夜と、受け取ること

 眠れなかった。


 ベッドの中で天井を見つめている。


 秋の夜は冷えるのに、体の中が温かい。心臓がずっと速い。落ち着くどころか、時間が経つほど鮮明になっていく。


 (ルーメン様が、私を……ずっと……)


 「ずっと」の重さが、何度()みしめても変わらない。


 (でも、私はリリーメルお嬢様のメイドで……ルーメン様はお嬢様のお兄様で……)


 身分のことが頭をよぎる。サロモン子爵家の娘とはいえ、婚約を破棄された元令嬢だ。今はメイド。エルドラド伯爵家の跡取りであるルーメン様とは、立場が違いすぎる。


 (でも……ルーメン様があんな顔で言うわけがない。(うそ)をつく人じゃない。私は知っている、あの人が)


 三年間、すぐそばで見てきた。


 ルーメン・エルドラドは、嘘をつかない人だ。言葉が少ないのは、嘘を言いたくないからだ。口に出す言葉は全部、本当のことだけ。


 だから、あの「ずっと好きだ」は。


 (……本物だ)


 毛布を頭からかぶった。


 顔が熱い。暗闇の中で、自分の頬に手を当てた。熱い。


 (……どうしよう。どうすればいいんだろう)


 答えは、出ない。


 出ないまま、夜が更けていった。


―――


 朝。


 一睡もできなかったが、体は動く。メイドの体は丈夫にできている。三年間で鍛えられた。


 リリーメルの部屋に向かった。ノック三回。


「お嬢様、おはようございます」

「おはよう、アリア」


 扉を開けた。


 リリーメルが毛布から顔を出している。いつもの寝ぼけ顔。


 (かわいい)


 この感情は、何があっても変わらない。ルーメン様に告白されても、世界がひっくり返っても、お嬢様のかわいさは宇宙の定数だ。


 髪を()かす。今日のリボンは桃色。リリーメルが「桃色」と指定した。復活している。昨日の落ち込みから完全に立ち直っている。


 鏡越しに、リリーメルがこちらを見た。


 目が、鋭い。


「……告白されたんですね」


 (!!!!)


「お、お嬢様、なぜ!?」

「わたしが仕組んだんですもの。それに、昨日から顔が違うわ」


 にこにこしている。完璧な笑顔。全てを見通した十歳の策謀家の笑顔。


「顔が、違いますか……?」

「ええ。赤い」


 (!!!)


 鏡を見た。確かに、頬がうっすら赤い。一睡もしなかったせいで顔色が悪いはずなのに、赤い。矛盾している。でも事実だ。


「お嬢様……あの……」

「どうするかは、アリアが決めること」


 リリーメルの声が、少し変わった。策謀家ではない。真剣な声だった。


「わたしは、アリアの答えを待ちますわ」


 鏡の中のリリーメルの目が、真っ直ぐだった。


 十歳の目。でも、嘘がない目。


「……でも、私がルーメン様と……そういうことになったら、お嬢様のメイドを続けられるかどうか……」


 言った瞬間、声が震えた。


 これが一番怖かった。ルーメン様の気持ちに応えることよりも、お嬢様のそばを離れることの方が、ずっとずっと怖かった。


 リリーメルが、少し黙った。


 髪を梳かす手が止まった。


 鏡越しに目が合った。


「……アリア」

「……はい」

「わたしが望んでいるのは、アリアがずっとエルドラドにいること」


 静かな声。十歳の子供が、こんなに静かに話すことがあるのか。


「お兄様の奥方でも、わたしのメイドでも、どちらであっても、アリアはここにいる。それが大事なんですわ」


 (――。)


 目が、熱くなった。


 涙が出そうだった。出た。


「……お嬢様……」

「泣かないで! わたしまで泣くから!」


 リリーメルの声が裏返った。鏡の中のリリーメルの目も、赤くなっている。


「ほら、アリアが泣くとわたしも……もう……!」


 リリーメルが目を拭った。小さな手で。


 私も泣いていた。笑いながら。


「はい……ありがとうございます、お嬢様」

「もう、感謝はいいですわ。わたしの方こそ……」


 リリーメルが照れくさそうに横を向いた。耳が赤い。兄と同じだ。


「……アリアがいなくなったら、わたし、朝の支度ができないんですもの」


 それは冗談だった。でも、冗談の中に本音があった。


「……ずっとお側にいます、お嬢様」

「……うん」


 小さな声。十歳の、子供の声。


 策謀家でも、伯爵令嬢でもない。ただの、アリアを必要としている女の子の声。


―――


 昼前。廊下でマルカとすれ違った。


「アリアさん、今日は少し顔色がいいわね」

「え、そうですか?」

「ええ。……何かあった?」


 マルカの目が優しい。いつもの穏やかな笑み。


 でも、見透かしている目だ。この屋敷の侍女長は、何でも見ている。


「……マルカさん」

「ええ」

「前に、『自分のことを見なさい』とおっしゃいましたよね」

「言ったわね」

「……少し、見えてきた気がします」


 マルカが目を細めた。(うれ)しそうに。


「そう。よかった」

「マルカさんは、いつから知っていたんですか。ルーメン様のこと」

「そうねえ……あなたが来て半年くらいかしら。若様の目が変わったの」


 (半年!? 三年じゃなくて、最初の半年から!?)


「そんなに前から……」

「若様は態度に出る方だから。本人は隠しているつもりでも、わかる人にはわかるのよ」


 マルカが少し笑った。


「ドレンさんも気づいていたし、アーレン様も。……気づいていなかったのは、アリアさんだけ」


 (全員知っていたんですか!?!?!?)


「あ、あの……」

「いいのよ。あなたは一生懸命お嬢様のことを見ていたから。それは素敵なことだわ」


 マルカが私の肩にそっと手を置いた。


「でもね、アリアさん。これからは、自分のことも大事にしなさい。あなたには、その価値があるの」


 目が熱くなった。今日、二度目だ。


「……ありがとうございます、マルカさん」

「はいはい。さ、お仕事お仕事」


 マルカがぱっと手を離して、いつもの侍女長の顔に戻った。背筋が伸びて、足取りが軽い。


 (……この屋敷の人たちは、みんな温かい)


―――


 午後。


 中庭のベンチに座って、一人で考えていた。


 リリーメルは昼寝の時間だ。マルカが見守っている。


 秋の風が吹いている。花壇の花が、もうすぐ終わりだ。


 (お嬢様が、「ここにいる」と言ってくれた)


 それは、答えを出すための最後の壁を取り払ってくれた言葉だった。


 ルーメン様のことが好きかどうか。


 もう、わかっている。


 ずっと前から、わかっていたのかもしれない。


 図書室で本を渡すときの「ありがとう」が嬉しかった。


 廊下ですれ違うときの短い挨拶が、一日の中で一番待ち遠しかった。


 雨の日に傘を持ってきてくれたとき、胸が痛かった。


 ホットミルクが温かかったのは、ルーメン様の手の温度だったから。


 全部、好きだったのだ。


 ずっと。


 (……私も、ずっとだったんだ)


 認めた。


 今度は、怖くなかった。


 名前をつけた。


 好きだ。ルーメン様のことが、好きだ。


 風が吹いた。花びらが一枚、ベンチに落ちた。


 拾い上げて、掌に乗せた。


 (……明日、伝えよう)


 決めた。


 自分の言葉で。自分の声で。


―――


 夜。日記帳。


『お嬢様に全部見透かされていた。

「ここにいることが大事」と言ってくれた。

 泣いてしまった。

 お嬢様も泣いた。

 二人で泣いた。

 午後、中庭で考えた。

 答えが出た。

 私は、ルーメン様のことが好きだ。

 ずっと好きだった。

 明日、伝える。

 お嬢様は今日もかわいかった。

 泣いたお嬢様も、かわいかった。

 桃色のリボンが最高に似合っていた』


 ペンを置いた。


 今夜は、眠れそうだった。

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