第7話「やっちゃおうか、“宿敵令嬢フェア”」
開店前のミーティングは、さながら貴族同士の夜会めいた探り合いだった。
……なんてこともなく。ここはあくまで現代社会の飲食店、しかも楽屋ということもあり、いつも通りロッカーや段ボールといった現実に包まれていた。
そこに漂う空気は、決して重苦しくない。むしろ普段は表情をほとんど変えない店長ですら、今日は柔らかな雰囲気を隠し切れなかった。元々怖い人じゃなかったけれど。
「えー、ここ最近はチェキの売り上げが極めて好調で、予約も順調に埋まっています。それもみんなが頑張ってくれたおかげで、とくにルミアリエルとラフィエラの組み合わせ……ファンの人たちが口にしている、『ルミラフィ』の影響が大きいね」
「やっぱり私とルミア様の組み合わせこそが公式、それ以外のカップリングはいわゆる二次創作、“あっていいけれど、原作の関係性を揺らがせるものではない”というポジションなんですよね……」
「言いたいことはわかりますけど、開店前から腕組みをして得意げに頷く同僚を見ていると、苦言の一つも呈したくなるのはなぜでしょうか……」
手狭な楽屋のテーブルは、こうして主要スタッフで囲むにはいささか狭い。だからこそ、同僚の『ほら、私の言ったとおりでしょう?』というリアクションも視界に入りやすくて、私は言葉に窮したまま渋い顔をした。
そんな相手に対しても「ルミア様の言葉なら苦言でも甘言でもウェルカムです!」なんてのたまえるあたり、安海さんは毎日絶好調みたいだ。そんな彼女に『ルミアリエルだけでなく、松林留美としても私を見ているのかもしれない』と感じた自分は、悪役令嬢にふさわしくない程度に間抜けかもしれない。
「安海さんのドヤ顔はさておいて、即興劇によるファンサービスは間違いなく好調だったよ。それで、その反響に応えるためにも……やっちゃおうか。“宿敵令嬢フェア”」
「……と言いますと?」
「簡単に言うと、お店からもルミアリエルとラフィエラの組み合わせを推していくイベントだね。イベント期間中は二人セットで売り出して、それにちなんだ催しとして……そうだな、たとえば」
「大賛成です!! こんなこともあろうかと、使えそうな企画案をご用意しておりました!!」
「店長が話し終える前から分厚い資料を当たり前のように出すのはやめてくださる!? というか、こんな場合も想定して別の資料を作ってましたの!?」
コンカフェにおけるフェアとは、お客さんの財布の紐を緩めるための……もとい、喜ばせるための期間限定イベントだ。けれど、対立する二人をセットで売り出すのは初めてだった。
……劇中でバチバチと火花を散らす二人を並べるのは、世界観的にどうなのかしら。
なんて疑問を口にする前に、安海さんはどこからか──本当にどこから?──取り出した紙の束を机に置いて、頼まれてもいないのにプレゼンを開始した。
「まず最初におすすめしたいのは『ラフィエラ完全敗北チェキ』ですね! これはラフィエラがルミア様の足にキスをしていたり、首輪……んんっ、手錠をつけられてリードで引っ張られていたり、そんな感じで『ラフィエラはルミア様に勝てない』という証拠をチェキにして売り出すんです!」
「あくまでも演技ですけど、あなたはそんな扱いでいいんですの!? あと『首輪』って言おうとしてましたわよね!?」
「うーん、一部のファンは喜びそうだけど、世界観がボロボロになりそうだから却下で」
「ならば『ルミア様名言百選』を小冊子として販売するのはどうでしょう! 本当なら百じゃ足りないのですが……今回は私が厳選したものだけ掲載することで、第一弾、第二弾、というふうに段階的な展開ができます!」
「私、『宿敵フェア』って言ったよね?『ルミアリエル崇拝祭』の案は求めてないんだけどな? 段階的なイベントはありだと思うけど」
私と店長が一つずつ、安海さんの案を却下していく。けれどもその分厚い資料は伊達じゃないのか、却下される端から次のアイデアが出てくる。
……この子、本当に自宅では勉強しているのでしょうか……まさかとは思いますが、こんなものを作るために徹夜とかしてませんわよね……?
けれどもその顔は、水を得た魚どころか、ようやく海へ帰った人魚のように生気に満ちていた。そんな姿に一瞬だけ安心しかけたものの、自分も徐々に毒されてはいないかと不安になった。
「……あの。この『ルミアリエルを奪われて愕然とするリオネ』は……アリかもしれません……」
「高町さん!? あなたまで厄介ファンに影響を受けちゃダメです! 安海さん、まさか変なことを吹き込んでませんわよね!?」
それまでは静かにプレゼンを眺めていた高町さんは、資料の片隅にあった、何のために作ったのかわからないメモ書きを指差し、頬を赤らめて提案してくる。
……本当に、なんでよりにもよってそれなのです!?
安海さんによる布教を本気で疑ったけれど、「私の推し活は“ルミア様の素晴らしさを広める。ただし押し付けてはならない”がモットーです!」なんて胸を張られてしまった。
結局、店長に「ほらほら、じゃれ合いはここまで。そろそろフェア内容を決めようね」なんて言われるまで、安海さんのルミア崇拝プレゼンは終わらなかった。
*
幸いなことに、店長主導の具体的なフェア内容はスムーズに決まった。いろいろ口出しをする安海さんだけど、『ルミアリエルとラフィエラのイベント』というのがわかっているのか、妨害することはない。
ルミアリエルとラフィエラのペアチェキの期間限定割引。
二人がそれぞれ監修する、対立した味わいの紅茶とお菓子セットの提供。
相手へ渡すことをイメージした『挑戦状カード』の配布。
こうした主なイベント以外にも、名台詞投票や即興舌戦などの企画を並行して進めることになった。
それから数日後。正式発表に先立ってSNSへ投稿された匂わせは、多くの憶測を生んでいた。
そして今日は、その企画を発表するための即興劇をおこなっていた。常連客が多いこともあり、ホールへ踏み出した途端、期待を帯びた視線の熱が肌を刺した。けれど胸を高鳴らせたのは、緊張だけではなかった。
「あなたとは言葉が通じませんわね。『同じものを目指している』、いつもそうのたまる口から出てくるのは、わたくしを苛立たせる世迷い言ばかり」
「ですが、それでも誰よりも長くルミア様と言葉を交わしてきたのは、ほかならぬ私です。私はこの関係を、はっきりと言葉にできます」
ホールの中心、舞台へと伸びる通路にて、私はラフィエラを演じる安海さんに言葉の刃を突き立てる。ルミアリエルになって間もない頃は、演技とはいえ「傷つかないといいのですが……」なんて心配したものだった。
けれど目の前の少女は、その痛みすら心地いいとばかりの、不敵な笑顔で応じてきた。
……この子の場合、本当に「この痛みが私のルミア様への愛を強くするんです……!」なんて言いそうで怖いですわ……。
「私たちの関係、それは『友情』です。とても強く、近づくほど反発し、それでも離れることを許さない……奇妙なまでの、友情」
「戯れ言を……ならば、わたくしたちが何者なのか、観衆に委ねましょう。わたくしたちの関係は、もはや私的な対立では終わらせられなくなりましたもの」
よかった、ちゃんと事前の打ち合わせ通り……安海さんのセリフを聞き届けた私は安堵に緩みかけた表情を引き締め、扇子でびしっと彼女を指し示す。
……この人、友情の部分を『愛情』にしようとして、店長に止められたんですのよね……。
ともあれ、ホール担当の衣装に身を包んだ高町さんが静かに舞台へと上がり、一身に集まった視線に少しだけ緊張しつつも、「最終章に先駆けて、『宿敵令嬢フェア』が開催されます」と告げた。
真珠色の丸襟ブラウスと淡い水色のハイウエストワンピースの組み合わせは、お忍びでバカンスに訪れた聖女めいていた。
「え!? ルミアリエル様とラフィエラ様のフェア!? やばいやばい、有給取ってでも通い詰めないと!」
「挑戦状カード、コンプ目指してがんばらなきゃ……!」
フェアの内容も説明されると、店内は最終章の告知に負けないほどの熱気に包まれる。店長の狙いは見事に的中したようで、その前祝いとばかりに各テーブルからお茶やお菓子のオーダーが殺到した。
(……にしても、わたくしとラフィエラが対立するのではなく、セットで売り出されるのをこんなに喜ぶだなんて……安海さんの掲げる生存ルート、思いのほか需要があるのかしら……)
オーダーを取りながらも、私はホールに充満する空気の正体を探ろうとする。けれど、すぐには答えが出せなくて。
こういう時、安海さんならすぐに回答できるのだろう。それも、分厚い資料を片手に。
もしも私までもそんなことになれば店長の心労が増えるのは明白だから、せめて私は役に徹しようと襟を正した。
*
「ルミア様の味覚を理解しなければ、私と対になる紅茶セットの提案なんてできません。だからこそ、デート……お出かけ……“共同視察”を提案いたします!」
「生まれて初めてデートのお誘いを受けたのに、そのお相手が厄介ファンであることの悲哀をご存知?」
「生まれて初めて!? 私がルミア様の初めての相手……ああっ、これは最高のエスコートをしなくては……!」
「“悲哀”の部分だけ都合よく無視しないでくださいまし!」
本日のラ・クーロンヌも盛況のまま営業が終了し、私たちは楽屋にて、店長からある宿題を渡された。
『フェア中に出す紅茶セットの内容を決めたいから、候補になりそうなお茶やお菓子について調べておいてね。どこかのお店で食べてくるなら経費になるから、領収書もお願い』
ルミアリエルとラフィエラをイメージした紅茶セットを出す以上、リアリティのために私と安海さんに決めさせようとするのは、実に店長らしい判断だった。
……そしてそれが安海さんにとっての『ルミア様とのデートの口実』につながるのも、あの人ならわかっていそうなものだった。
こうなったら、思いっきり高いお茶とお菓子でも食べてしまおうかしら……。
「わたくしたちが一緒に行動しないといけない理由もないでしょう? むしろ味に集中するのなら、別々に行動したほうが……」
「でも……松林さんがいないと、安海さんは『ラフィエラの考えたルミア様が好きなお茶とお菓子のセット』に決めそうなんですけど、それはいいんでしょうか……?」
「うぐっ……」
高町さんはこういう時、かなり冷静に、そして第三者らしい視点で私たちの懸念を見つけてくれる。
帰り支度を進めながらおずおずと指摘してくれた内容に、私は思わず口をつぐむ。肝心の安海さんは「さすが高町さん、私のことを理解してくれています!」なんて笑っていた。そこはちゃんと否定してくださいまし……。
となれば、安海さんによる『ルミア様の概念をイメージした紅茶セット』を阻止できるのは、私だけだった。
「はぁぁぁ……わかりましたわよ、もう。あなたがちゃんとラフィエラのお気に入りとして選べるよう、わたくしも同行して監督します。それでいいですか?」
「もちろんです! 私はいつだって完璧なラフィエラとしてご一緒しますので、ルミア様もぜひ、お店の中と同じくらいのルミア様でいてくださいね!」
「なぜ休日までお仕事の肩書きを背負うことになるんですの……」
高町さんは「やっぱり松林さんって、面倒見がよくて優しいです」と感心していたけれど、私には休日まで仕事の肩書きを背負う羽目になったようにしか思えない。
こうして次の休日、私はルミアリエルとして、厄介ファンとの“共同視察”へ出かけることになった。
……これは視察というより、“休日出勤”ではなくて?




