第8話 ファインダーに映る蒼星
茂みの奥から、低い唸り声が聞こえた。
岳が大剣を抜き、瑞希がその少し後ろへ下がる。凛花は二人から距離を取り、右手にある木の陰へ視線を向けていた。先ほどまで穏やかだった森の空気が、一瞬で張り詰めたものに変わっていく。
映斗はカメラを構えたまま、ゆっくりと足を動かした。正面の茂みだけを映していては、右側にいる凛花の動きが見えなくなる。少し左へ回り込むと、三人の姿と、その向こうに広がる薄暗い森が一つの画角に収まった。
「……来る!」
凛花の声と同時に、正面の茂みから灰褐色の影が飛び出した。フォレストウルフだ。普通の狼より一回り大きな体には、木の幹を思わせる暗い模様が走っている。鋭い牙を剥き出しにした一体が岳へ向かって駆け出すと、その左右からも二体が姿を現した。
「正面は俺が引き受ける!」
「うん! 凛花、右に二体いる!」
「見えてる!」
岳が大剣を構え、正面から飛びかかってきた一体を迎え撃った。振り下ろされた刃を避けようと、フォレストウルフが空中で体をひねる。だが、岳はその動きに合わせて踏み込み、大剣の軌道をわずかに変えた。重い一撃が魔物の胴を捉え、その体を横へ弾き飛ばす。
続けて二体目が低い姿勢で飛び込んできた。岳が大剣を引き戻すより早く、瑞希が片手を前へ突き出す。
「させない!」
地面を這うように放たれた水流が、フォレストウルフの前脚を払った。魔物は勢いを失い、湿った土の上を滑る。そこへ岳が踏み込み、振り下ろした大剣でとどめを刺した。
映斗はその一連の動きを、少し離れた位置から撮影していた。岳の大剣が振り下ろされる瞬間だけを追っていては、瑞希の援護が映らない。二人の連携を見せるには、岳の肩越しに瑞希の姿が入る角度がいい。映斗はカメラをわずかに引き、二人の動きを一つの画面に収めた。
いいな。
思わず頬が緩む。岳の攻撃は力強いが、ただ大剣を振り回しているわけではない。瑞希が援護しやすいよう、敵を正面に集めようとしている。その瑞希も、岳が攻撃を終えるまで待つのではなく、次に生まれる隙を見越して魔法を放っていた。まだ若いパーティーだが、三人で戦ってきた時間が動きに表れている。
そんなことを考えた直後、右側の茂みが大きく揺れた。二体のフォレストウルフが、木々の間を縫うように走っている。片方は凛花へ向かい、もう片方は大きく回り込んで瑞希の背後を狙っているようだった。
映斗は一瞬だけカメラを下げ、足元を確かめた。右前方には太い木の根が張り出し、その先に少し開けた場所がある。凛花が今の位置から敵を迎え撃つなら、あの木を足場にするかもしれない。瑞希も、背後から近づく魔物に気付けば、そちらへ魔法を放つはずだ。映斗は木の根を飛び越え、斜め前方へ移動した。
「凛花、後ろ!」
「分かってる!」
凛花は振り返らなかった。目の前のフォレストウルフが飛びかかってくる直前、横に伸びた木の幹へ片足を掛け、そのまま体を跳ね上げた。魔物の牙が空を切る。凛花は木の幹を蹴り、敵の背後へ着地した。両手の短剣が素早く閃き、振り向こうとしたフォレストウルフを斬りつける。
映斗はその動きを横から捉えた。木を蹴った瞬間から着地まで、凛花の姿が途切れることなくファインダーに収まっている。背後に流れる木々の景色が、彼女の動きの速さを際立たせていた。
いい。今のはかなりいい。
だが、喜んでいる暇はない。凛花が倒した魔物の向こうで、もう一体が瑞希へ向かって走り出していた。瑞希はすでにそちらへ体を向けている。片手を上げたまま、敵が木々の間から出てくるのを待っているようだった。
映斗はカメラを右へ振り、瑞希とフォレストウルフの間にある細い木を画角の端へ寄せた。
「そこなら!」
瑞希が腕を振る。水の塊が地面に叩きつけられ、勢いよく弾けた。飛び散った水と土がフォレストウルフの視界を遮り、魔物が反射的に足を止める。その瞬間、凛花が横から飛び込んだ。短剣が魔物の脇腹を捉え、続けざまにもう一撃が入る。フォレストウルフは短く吠え、地面へ崩れ落ちた。
「よし、こっちは二体!」
「あと二体だ!」
岳の声が返ってきた。映斗はすぐにカメラを正面へ向けた。残る二体は、岳を挟むように左右へ分かれていた。一体は大きく唸りながら正面に立ち、もう一体は木々の間をゆっくりと移動している。どちらも、すぐには飛びかかってこない。
岳が大剣を構え直すと、正面の一体が小さく後ずさった。その間にも、もう一体は少しずつ距離を詰めている。
なるほど。
映斗はファインダー越しに二体の動きを見比べた。正面の個体は、岳の注意を引こうとしているのかもしれない。だとすれば、先に仕掛けるのは横へ回っている方だろう。
映斗は木々の隙間を確かめながら、数歩だけ後ろへ下がった。今の位置では、岳の背中が横の個体を隠してしまう。少し離れれば、岳と二体のフォレストウルフ、それに援護へ入ろうとしている瑞希の姿まで収められる。
「岳、左から来るよ!」
凛花が叫んだ。ほぼ同時に、左側のフォレストウルフが地面を蹴った。岳はそちらへ大剣を振ろうとしたが、正面の一体も飛びかかってくる。二方向から迫る牙に対し、岳は一歩だけ後退した。
「瑞希!」
「任せて!」
瑞希が両手を前へ突き出す。地面を走った水流が、左側のフォレストウルフの進路を横切った。魔物は咄嗟に跳び上がってそれを避けたが、そのせいで空中に体をさらすことになった。
岳の大剣が、正面の敵を弾き飛ばす。その直後、凛花が跳び上がった。木の根を踏み台にして高さを稼ぎ、空中で身動きの取れないフォレストウルフへ短剣を突き立てる。魔物が地面へ落ちるより早く、凛花は身をひねって着地した。
残る一体は、岳の攻撃を受けてよろめいていた。
「これで最後だ!」
岳が大剣を握り直す。瑞希の水魔法が敵の足元を打ち、体勢を崩したところへ岳が踏み込んだ。大剣が大きな弧を描き、最後のフォレストウルフを斬り伏せる。
森に、短い静寂が戻った。やがて六体の魔物は順番に光の粒となって消え、地面には魔石だけが残された。
「……よっし!」
岳が大剣を持ち上げた。
「六体、全部討伐!」
「ちょっと、まだ周り確認してないでしょ」
瑞希がすかさず注意する。岳は「あ、そうだった」と慌てて大剣を下ろし、凛花が小さく吹き出した。映斗はそんな三人の様子まで撮影してから、ようやくカメラを下ろした。戦闘の緊張が解けていく瞬間も、映像に残しておきたい場面の一つだった。
◇ ◇ ◇
「山陰さん!」
周囲の安全を確認し終えると、岳が真っ先に駆け寄ってきた。
「さっきの連携、ちゃんと撮れました?」
「はい。かなり良い映像になったと思いますよ」
「本当ですか!」
岳の顔がぱっと明るくなる。
「最後のところ、俺が正面のウルフを弾いて、凛花がもう一体を倒したじゃないですか。あそこ、絶対格好よかったと思うんですよ!」
「岳、自分のことばっかり」
「いや、凛花のところも格好よかったって!」
「今、絶対ついでに言ったでしょ」
二人が言い合う横で、瑞希が映斗へ向き直った。
「でも、山陰さん。あの場面も撮れていたんですか? 岳と凛花、ほとんど同時に動いてましたよね」
「はい。少し離れた位置から撮っていたので、二人とも画面に入っていると思います」
「すごいですね……。私たちがああ動くって、分かっていたんですか?」
「ある程度は。岳くんが大剣を構え直したとき、正面の魔物を引き受けるつもりなんだろうなと思いましたし、瑞希さんも左側を気にしていましたから」
映斗は先ほどの場面を思い返しながら答えた。
「凛花さんも、少し前から木の根の位置を確かめていましたよね。あそこを足場にすれば、飛びかかってくる魔物に届きそうでしたし。だったら、三人が同時に映る位置にいた方がいいかなと」
「そ、そこまで見てたんですか?」
瑞希が目を丸くする。
「撮影していると、自然と気になるんですよ。誰がどこを見ているとか、次にどちらへ動きそうかとか。そういうのを考えながら撮っているので」
「へえ……」
凛花が感心したように映斗を見た。
「山陰さんって、私たちの考えてることまで分かっちゃいそうですね」
「そんなことないですよ。外すこともありますし」
「じゃあ、今の私が何考えてるか当ててみてください!」
「えっ?」
突然の問いに、映斗は戸惑った。凛花は両手を腰に当て、期待するようにこちらを見ている。瑞希が「また急に変なこと言って」と呆れる横で、岳まで面白がって身を乗り出してきた。
「山陰さん、当ててみてくださいよ!」
「うーん……」
映斗は少し考え、凛花の手元へ目を向けた。彼女は先ほどから短剣を鞘に戻したり、また少し引き抜いたりしている。
「……短剣の手入れをしたい、とかですか?」
「えっ、なんで分かったんですか!?」
凛花が驚いて声を上げた。
「さっきから刃の方を気にしていたので。戦闘中に何か引っかかったのかなと思って」
「あ、そっか……」
凛花は自分の手元を見下ろし、それから笑った。
「なんだ。心を読まれたのかと思いました」
「いや、それでも十分すごくないか?」
岳が感心したように言う。
「山陰さん、カメラ持ってないときも人の動き見てるんですね」
「癖みたいなものかもしれません」
映斗が答えると、瑞希がくすりと笑った。
「でも、凛花。短剣が気になるなら、ちゃんと確認しておいた方がいいよ」
「はーい」
凛花は短剣を抜き、刃の状態を確かめ始めた。岳も大剣に付いた汚れを拭い、瑞希は周囲を見渡しながら魔石を回収していく。
映斗は三人の様子を眺め、それから手元のカメラへ目を落とした。先ほどの戦闘では、木々の間を動くフォレストウルフを追いながら、三人の連携を途切れさせずに撮影できた。少し暗い場所もあったが、露出の調整は間に合っていたはずだ。
ただ、最後の一撃はもう少し低い位置から撮れたかもしれない。岳の大剣が振り抜かれる瞬間、背景に木の幹が重なってしまった気がする。
映斗は小さく頷いた。次に似た場面があれば、もう少し工夫してみよう。
「山陰さん?」
岳に呼ばれ、映斗は顔を上げた。
「どうかしました?」
「いえ。そろそろ戻ろうと思うんですけど、大丈夫ですか?」
「あ、はい。もちろんです」
岳が頷き、瑞希と凛花も帰還の準備を整える。今回の予定は四階層まで。ここから先へ進めば、五階層のボスが待っている。三人ともまだ余力はありそうだったが、無理に挑む理由はなかった。
映斗はカメラを持ち直し、歩き始めた三人の背中を映した。帰り道も、まだ撮影は終わっていない。
◇ ◇ ◇
青梅ダンジョンを出た頃には、空が少し傾き始めていた。
入口付近には、これから探索へ向かう者や、帰還して装備を片付ける者たちの姿がある。森の中にいたときとは違い、周囲には人の話し声が絶えず響いていた。
四人は入口から少し離れた休憩スペースへ移動し、空いていたベンチに腰を下ろした。
「いやあ、今日は楽しかった!」
岳が大きく伸びをする。
「いつもと同じダンジョンなのに、なんか違う感じがしましたね」
「撮られてるって思うと、ちょっと意識しちゃうよね」
凛花が笑う。
「岳なんて、最初からずっと格好つけてたし」
「だから、普段どおりだって!」
「それはそれでどうなの?」
瑞希の一言に、凛花が吹き出した。
映斗も笑いながら、バッグから小型の確認用モニターを取り出した。カメラと接続し、撮影した映像を再生できるようにする。
「まだ編集前なので、撮ったままの映像ですけど。少し見てみますか?」
「見たいです!」
岳が勢いよく身を乗り出す。
「ちょっと岳、近いって」
「だって気になるだろ!」
三人がモニターを覗き込めるよう、映斗は少し位置をずらした。
最初に映したのは、一階層でのフォレストゴブリンとの戦闘だった。画面の中では、岳が大剣を振るい、瑞希が水魔法で敵を押し流している。その向こうを凛花が走り抜け、木々の間から敵の背後へ回り込んだ。
「うわっ、すごい!」
岳が声を上げる。
「俺、こんなふうに映ってるんですか!?」
「岳、声大きい」
凛花が笑いながら注意するが、その目も画面に釘付けになっていた。
「でも、これ本当にすごいね。私が回り込んでるところまで、ちゃんと映ってる」
「はい。あそこは凛花さんの動きがきれいだったので、少し先から撮ってみました」
映斗が答えると、凛花は嬉しそうに頬を緩めた。
「なんか、自分じゃないみたい」
「いや、凛花はいつもあんな感じだろ」
「自分の動きって、自分では見えないじゃん」
「それはそうだけど」
映像が進むと、岳の大剣が敵を弾き飛ばす場面に切り替わった。その直後、瑞希の水魔法が別の敵を捉える。
岳が「あれ?」と声を漏らした。
「瑞希、ここで魔法使ってたんだ」
「うん。岳が前に出たから、右側を止めようと思って」
「全然気付かなかった。俺、正面の二体しか見えてなかったから」
岳は画面を見つめたまま、感心したように頷いた。
「こうして見ると、結構助けてもらってるんだな」
「今さら?」
瑞希が少しだけ得意げに笑う。
「いや、いつも助かってるとは思ってるけどさ。こうやって見ると、改めて分かるっていうか」
映斗はその会話を聞きながら、次の映像へ切り替えた。
三階層での探索風景だ。岳が進む方向を確かめ、瑞希が周囲を警戒し、凛花が先行して安全を確認している。戦闘のない場面が続いた後、フォレストスパイダーとの戦いが始まった。
「これ、私たちが歩いてるところも撮ってたんですね」
瑞希が少し驚いたように言う。
「はい。戦闘だけじゃなくて、普段どうやって探索しているのかも残したかったので」
「でも、歩いてるところって、見てて面白いですか?」
「俺は面白いと思いますよ」
映斗は画面を指さした。
「ほら、ここ。岳くんが地形を確認している間、瑞希さんは周囲を見ていますよね。その後、凛花さんが戻ってきて、三人で少し話してから進んでいる。こういう場面があると、皆さんがどういうパーティーなのか伝わりやすいんです」
「なるほど……」
瑞希が小さく頷いた。
「確かに、私たちの配信だと、こういうところはあまり意識していませんでした」
「ドローンって、基本的に斜め上から撮ってるもんね」
凛花が言う。
「そうそう。戦ってるところは見やすいけど、こういう表情まではあんまり分かんないかも」
岳も頷いた。映斗は嬉しくなって、もう少し説明を続けた。
「上から撮る映像にも良さがあるんですよ。三人の位置関係が分かりやすいですし、敵がどこから来たのかも見せやすいです。ただ、近くから撮ると、表情や細かい動きが伝わりやすくなるんです」
言いながら、映斗は三階層で凛花が木を蹴って跳び上がる場面を再生した。
「例えば、ここです。凛花さんが跳ぶ直前、足を置く場所を確かめているのが分かりますよね。その後で一気に動くので、速さがより伝わるんです」
「本当だ……」
凛花が画面へ顔を近づける。
「私、こんな顔してたんだ」
「すごく集中してますね」
「なんか恥ずかしいなあ」
そう言いながらも、凛花は楽しそうだった。
映斗は四階層の映像へ切り替えた。薄暗い森の中、六体のフォレストウルフが姿を現す。岳が正面から迎え撃ち、瑞希が水魔法で敵の動きを止め、凛花が木々の間を駆け抜けていく。
モニターを覗き込んでいた三人が、揃って口を閉じた。画面の中では、岳が大剣を振るう瞬間、その奥に瑞希の姿が映っている。水流が敵の進路を塞ぎ、続けて凛花が横から飛び込んでくる。
それぞれ別の場所で動いていたはずなのに、映像では三人の攻撃が一つの流れとしてつながっていた。
「……すごい」
最初に口を開いたのは、瑞希だった。
「私たち、こんなふうに動いてたんだ」
岳も、珍しく黙ったまま画面を見つめている。凛花は自分が木の幹を蹴って跳び上がる場面で、小さく息を呑んだ。
「これ……山陰さん、どうやって撮ったんですか?」
「このときは、凛花さんが右側へ動きそうだったので、先に少し回り込んだんです。木が多かったので、なるべく邪魔にならない場所を探して」
「先に?」
「はい。後ろから追いかけると、木の陰に入ってしまいそうだったので」
映斗は何気なく答えたが、凛花はしばらく画面と映斗の顔を見比べていた。
「……カメラマンって、大変なんですね」
「そうですね。でも、こういう場面が撮れると嬉しいですよ」
映斗は笑った。映像は最後の二体との戦闘へ進む。岳が正面の敵を引き受け、瑞希がもう一体の進路を塞ぐ。空中へ跳び上がった魔物に凛花が飛び込み、最後は岳が大剣を振り抜いた。
「うおおっ!」
岳が思わず声を上げた。
「これ、めちゃくちゃ格好いいじゃないですか!」
「岳、さっきからそればっかり」
凛花が笑う。
「でも、確かに格好いいね」
「でしょ!?」
岳は嬉しそうに笑い、それから映斗へ顔を向けた。
「山陰さん、ありがとうございます! 俺たちの戦いが、こんな映像になるなんて思ってませんでした!」
「いえ、皆さんの連携が良かったからですよ」
映斗はそう答えながら、もう一度最後の場面を再生した。岳の大剣が振り抜かれる瞬間、画面の端に太い木の幹が映り込んでいる。
「……ただ、ここはもう少し工夫できたかもしれません」
「え?」
岳が首を傾げる。
「この木が少し邪魔なんですよね。もう半歩右から撮れていれば、大剣の動きがもっときれいに見えたと思うんです」
三人が画面を覗き込んだ。
「……そうですか?」
瑞希が不思議そうに言う。
「私は、十分きれいに撮れていると思いますけど」
「俺もです!」
岳が大きく頷く。
「むしろ、これ以上格好よくなるんですか?」
「なりますよ。たぶん、もっと」
映斗は即答した。その言葉に、三人が顔を見合わせる。凛花が先に吹き出した。
「山陰さん、本当に撮影が好きなんですね」
「はい」
映斗は迷わず頷いた。
「やっぱり、良い場面が撮れると嬉しいですし。あとで見返して、次はもっと良く撮れそうだなって考えるのも楽しいんですよ」
「ふふ。なんだか、こっちまで楽しくなってきますね」
瑞希が笑う。映斗は少し照れくさくなり、モニターの電源を落とした。
まだ編集前の映像だ。これから必要な場面を整理し、見やすい形にまとめる作業が残っている。それでも、三人がこれほど喜んでくれたのなら、今日の撮影は成功だったと言っていいだろう。
何より、自分が良いと思った場面を、撮られた本人たちにも喜んでもらえた。それが、映斗には何より嬉しかった。
◇ ◇ ◇
映像の確認を終えると、瑞希が荷物の中から端末を取り出した。
「山陰さん、今日の報酬なんですけど」
「あ、はい」
「魔石の換金分から、事前にお話しした取り分をお渡ししますね。あとで金額を確認できるようにしておきます」
「ありがとうございます」
映斗が頷くと、瑞希は手際よく手続きを進めた。岳と凛花は、その間も今日の戦闘について話している。岳は最後の一撃がどれほど気持ちよく決まったかを語り、凛花はその前に瑞希の援護があったことを指摘していた。
映斗は二人のやり取りを聞きながら、カメラをバッグへしまった。
「それじゃあ、今日はありがとうございました」
手続きを終え、映斗が立ち上がると、三人も顔を上げた。
「こちらこそ、ありがとうございました!」
岳が勢いよく頭を下げる。
「すっごく楽しかったです!」
「私もです。いつもの探索と全然違って、新鮮でした」
凛花も笑顔で続けた。
「山陰さん、今日の映像、完成したら見せてもらえますか?」
「もちろんです。編集が終わったら連絡しますね」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
瑞希が丁寧に頭を下げた。映斗は三人にもう一度礼を言い、カメラバッグを肩に掛け直した。
初めて一緒に探索した相手だったが、不思議と緊張することは少なかった。三人ともよく声を掛け合い、戦闘中も互いの動きを信頼している。その様子を近くで撮影できたのは、映斗にとって良い経験になった。何より、撮っていて楽しかった。
「それじゃあ、失礼します」
「はい! 山陰さん、お疲れさまでした!」
「気を付けて帰ってくださいね!」
「今日はありがとうございました」
三人に見送られ、映斗は休憩スペースを後にした。
歩きながら、頭の中ではすでに編集のことを考えていた。一階層の戦闘は、凛花の回り込みから始めると面白いかもしれない。三階層の探索風景は少し長めに残したいし、四階層のフォレストウルフとの戦闘は、できるだけ連携が分かるようにつなげたい。
帰ったら、まずは映像を整理しよう。
映斗は自然と足を速めた。
◇ ◇ ◇
「……行っちゃったね」
映斗の背中が見えなくなると、凛花がぽつりと言った。岳はベンチに腰を下ろし、先ほどまで映像が映っていたモニターのことを思い返していた。
「いやあ、すごかったな」
「うん。私、あんなふうに撮ってもらったの初めて」
凛花も隣へ腰を下ろす。
「ドローンの映像も見やすいけど、山陰さんの映像って、なんか自分たちが戦ってる場所にいるみたいだった」
「実際、山陰さんは近くにいたからね」
瑞希が答える。
「それに、私たちの動きをちゃんと見てくれてた。戦闘中だけじゃなくて、探索してるところまで」
「そうそう!」
岳が大きく頷いた。
「俺、あの映像見て、瑞希があんなに周り見てくれてるんだって初めて分かったよ」
「普段から見てるんだけど」
「いや、分かってるって! でも、映像で見ると違うだろ?」
「まあ、それはそうだね」
瑞希は少し笑った。凛花は膝の上に頬杖をつき、考えるように空を見上げた。
「それにしても、山陰さんって不思議な人だよね」
「どこが?」
「だって、あんなに撮影が上手いのに、全然偉そうにしないし。私たちの戦いを見て、ずっと楽しそうにしてたじゃん」
「ああ、それは思った」
岳が頷く。
「なんかさ、俺たちより俺たちの戦いを楽しんでた気がする」
「それはちょっと分かるかも」
瑞希も笑った。
少しの間、三人は今日の探索を振り返っていた。既に攻略したことのある青梅ダンジョン。出現する魔物も、見慣れたものばかりだった。それなのに、映斗が撮影した映像を見た後では、自分たちの戦いが少し違ったものに感じられた。
岳が大剣を振るう間、瑞希が何をしていたのか。凛花が敵の背後へ回るまで、二人がどう動いていたのか。これまでも三人で連携してきたつもりだったが、映像を見て初めて気付くことがいくつもあった。
「ねえ」
瑞希が口を開いた。
「今日の映像、山陰さんから送ってもらったら、三人でもう一回ちゃんと見てみない?」
「もちろん!」
岳が即答する。
「俺、自分の攻撃もっと見たいし!」
「岳、そればっかりじゃん」
凛花が笑う。
「でも、私も見たいな。どこで動いたらもっと連携しやすいか、分かるかもしれないし」
「うん。私もそう思う」
瑞希は頷いた。映像は、ただ自分たちの活躍を記録するだけのものではない。見返せば、気付かなかった長所や、改善できる部分が見つかるかもしれない。そして何より、あの映像を撮っていた映斗自身が、三人の戦いを心から楽しんでいた。
「……なあ」
岳が不意に口を開いた。
「次の五層のボス戦さ」
凛花と瑞希が顔を向ける。
「あれも、山陰さんに撮ってもらえないかな」
「あ、それ私も思ってた!」
凛花が身を乗り出した。
「せっかくなら、ボスを倒すところも撮ってほしいよね」
「うん。私も賛成」
瑞希も頷く。
「今日の映像を見たら、ボス戦もお願いしたくなるよね」
三人の視線が自然と交わった。今回の探索を終えたばかりだというのに、もう次の撮影のことを考えている。
岳は背負った大剣の柄に手を添え、楽しそうに笑った。
「だったらさ、次はもっとすごいところを撮ってもらわないとな」
その言葉に、凛花がにやりと笑う。
「言ったね、岳。ボス戦で格好悪いところ見せないでよ?」
「見せるわけないだろ!」
瑞希は二人のやり取りを聞きながら、小さく笑った。
次に目指すのは、青梅ダンジョン五階層。
そして、そこで待つボスとの戦いだ。
読んでいただきありがとうございます。
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