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第8話 ファインダーに映る蒼星

 茂みの奥から、低い唸り声が聞こえた。


 岳が大剣を抜き、瑞希がその少し後ろへ下がる。凛花は二人から距離を取り、右手にある木の陰へ視線を向けていた。先ほどまで穏やかだった森の空気が、一瞬で張り詰めたものに変わっていく。


 映斗はカメラを構えたまま、ゆっくりと足を動かした。正面の茂みだけを映していては、右側にいる凛花の動きが見えなくなる。少し左へ回り込むと、三人の姿と、その向こうに広がる薄暗い森が一つの画角に収まった。


「……来る!」


 凛花の声と同時に、正面の茂みから灰褐色の影が飛び出した。フォレストウルフだ。普通の狼より一回り大きな体には、木の幹を思わせる暗い模様が走っている。鋭い牙を剥き出しにした一体が岳へ向かって駆け出すと、その左右からも二体が姿を現した。


「正面は俺が引き受ける!」

「うん! 凛花、右に二体いる!」

「見えてる!」


 岳が大剣を構え、正面から飛びかかってきた一体を迎え撃った。振り下ろされた刃を避けようと、フォレストウルフが空中で体をひねる。だが、岳はその動きに合わせて踏み込み、大剣の軌道をわずかに変えた。重い一撃が魔物の胴を捉え、その体を横へ弾き飛ばす。


 続けて二体目が低い姿勢で飛び込んできた。岳が大剣を引き戻すより早く、瑞希が片手を前へ突き出す。


「させない!」


 地面を這うように放たれた水流が、フォレストウルフの前脚を払った。魔物は勢いを失い、湿った土の上を滑る。そこへ岳が踏み込み、振り下ろした大剣でとどめを刺した。


 映斗はその一連の動きを、少し離れた位置から撮影していた。岳の大剣が振り下ろされる瞬間だけを追っていては、瑞希の援護が映らない。二人の連携を見せるには、岳の肩越しに瑞希の姿が入る角度がいい。映斗はカメラをわずかに引き、二人の動きを一つの画面に収めた。


 いいな。


 思わず頬が緩む。岳の攻撃は力強いが、ただ大剣を振り回しているわけではない。瑞希が援護しやすいよう、敵を正面に集めようとしている。その瑞希も、岳が攻撃を終えるまで待つのではなく、次に生まれる隙を見越して魔法を放っていた。まだ若いパーティーだが、三人で戦ってきた時間が動きに表れている。


 そんなことを考えた直後、右側の茂みが大きく揺れた。二体のフォレストウルフが、木々の間を縫うように走っている。片方は凛花へ向かい、もう片方は大きく回り込んで瑞希の背後を狙っているようだった。


 映斗は一瞬だけカメラを下げ、足元を確かめた。右前方には太い木の根が張り出し、その先に少し開けた場所がある。凛花が今の位置から敵を迎え撃つなら、あの木を足場にするかもしれない。瑞希も、背後から近づく魔物に気付けば、そちらへ魔法を放つはずだ。映斗は木の根を飛び越え、斜め前方へ移動した。


「凛花、後ろ!」

「分かってる!」


 凛花は振り返らなかった。目の前のフォレストウルフが飛びかかってくる直前、横に伸びた木の幹へ片足を掛け、そのまま体を跳ね上げた。魔物の牙が空を切る。凛花は木の幹を蹴り、敵の背後へ着地した。両手の短剣が素早く閃き、振り向こうとしたフォレストウルフを斬りつける。


 映斗はその動きを横から捉えた。木を蹴った瞬間から着地まで、凛花の姿が途切れることなくファインダーに収まっている。背後に流れる木々の景色が、彼女の動きの速さを際立たせていた。


 いい。今のはかなりいい。


 だが、喜んでいる暇はない。凛花が倒した魔物の向こうで、もう一体が瑞希へ向かって走り出していた。瑞希はすでにそちらへ体を向けている。片手を上げたまま、敵が木々の間から出てくるのを待っているようだった。


 映斗はカメラを右へ振り、瑞希とフォレストウルフの間にある細い木を画角の端へ寄せた。


「そこなら!」


 瑞希が腕を振る。水の塊が地面に叩きつけられ、勢いよく弾けた。飛び散った水と土がフォレストウルフの視界を遮り、魔物が反射的に足を止める。その瞬間、凛花が横から飛び込んだ。短剣が魔物の脇腹を捉え、続けざまにもう一撃が入る。フォレストウルフは短く吠え、地面へ崩れ落ちた。


「よし、こっちは二体!」

「あと二体だ!」


 岳の声が返ってきた。映斗はすぐにカメラを正面へ向けた。残る二体は、岳を挟むように左右へ分かれていた。一体は大きく唸りながら正面に立ち、もう一体は木々の間をゆっくりと移動している。どちらも、すぐには飛びかかってこない。


 岳が大剣を構え直すと、正面の一体が小さく後ずさった。その間にも、もう一体は少しずつ距離を詰めている。


 なるほど。


 映斗はファインダー越しに二体の動きを見比べた。正面の個体は、岳の注意を引こうとしているのかもしれない。だとすれば、先に仕掛けるのは横へ回っている方だろう。


 映斗は木々の隙間を確かめながら、数歩だけ後ろへ下がった。今の位置では、岳の背中が横の個体を隠してしまう。少し離れれば、岳と二体のフォレストウルフ、それに援護へ入ろうとしている瑞希の姿まで収められる。


「岳、左から来るよ!」


 凛花が叫んだ。ほぼ同時に、左側のフォレストウルフが地面を蹴った。岳はそちらへ大剣を振ろうとしたが、正面の一体も飛びかかってくる。二方向から迫る牙に対し、岳は一歩だけ後退した。


「瑞希!」

「任せて!」


 瑞希が両手を前へ突き出す。地面を走った水流が、左側のフォレストウルフの進路を横切った。魔物は咄嗟に跳び上がってそれを避けたが、そのせいで空中に体をさらすことになった。


 岳の大剣が、正面の敵を弾き飛ばす。その直後、凛花が跳び上がった。木の根を踏み台にして高さを稼ぎ、空中で身動きの取れないフォレストウルフへ短剣を突き立てる。魔物が地面へ落ちるより早く、凛花は身をひねって着地した。


 残る一体は、岳の攻撃を受けてよろめいていた。


「これで最後だ!」


 岳が大剣を握り直す。瑞希の水魔法が敵の足元を打ち、体勢を崩したところへ岳が踏み込んだ。大剣が大きな弧を描き、最後のフォレストウルフを斬り伏せる。


 森に、短い静寂が戻った。やがて六体の魔物は順番に光の粒となって消え、地面には魔石だけが残された。


「……よっし!」


 岳が大剣を持ち上げた。


「六体、全部討伐!」

「ちょっと、まだ周り確認してないでしょ」


 瑞希がすかさず注意する。岳は「あ、そうだった」と慌てて大剣を下ろし、凛花が小さく吹き出した。映斗はそんな三人の様子まで撮影してから、ようやくカメラを下ろした。戦闘の緊張が解けていく瞬間も、映像に残しておきたい場面の一つだった。



◇ ◇ ◇



「山陰さん!」


 周囲の安全を確認し終えると、岳が真っ先に駆け寄ってきた。


「さっきの連携、ちゃんと撮れました?」

「はい。かなり良い映像になったと思いますよ」

「本当ですか!」


 岳の顔がぱっと明るくなる。


「最後のところ、俺が正面のウルフを弾いて、凛花がもう一体を倒したじゃないですか。あそこ、絶対格好よかったと思うんですよ!」

「岳、自分のことばっかり」

「いや、凛花のところも格好よかったって!」

「今、絶対ついでに言ったでしょ」


 二人が言い合う横で、瑞希が映斗へ向き直った。


「でも、山陰さん。あの場面も撮れていたんですか? 岳と凛花、ほとんど同時に動いてましたよね」

「はい。少し離れた位置から撮っていたので、二人とも画面に入っていると思います」

「すごいですね……。私たちがああ動くって、分かっていたんですか?」

「ある程度は。岳くんが大剣を構え直したとき、正面の魔物を引き受けるつもりなんだろうなと思いましたし、瑞希さんも左側を気にしていましたから」


 映斗は先ほどの場面を思い返しながら答えた。


「凛花さんも、少し前から木の根の位置を確かめていましたよね。あそこを足場にすれば、飛びかかってくる魔物に届きそうでしたし。だったら、三人が同時に映る位置にいた方がいいかなと」

「そ、そこまで見てたんですか?」


 瑞希が目を丸くする。


「撮影していると、自然と気になるんですよ。誰がどこを見ているとか、次にどちらへ動きそうかとか。そういうのを考えながら撮っているので」

「へえ……」


 凛花が感心したように映斗を見た。


「山陰さんって、私たちの考えてることまで分かっちゃいそうですね」

「そんなことないですよ。外すこともありますし」

「じゃあ、今の私が何考えてるか当ててみてください!」

「えっ?」


 突然の問いに、映斗は戸惑った。凛花は両手を腰に当て、期待するようにこちらを見ている。瑞希が「また急に変なこと言って」と呆れる横で、岳まで面白がって身を乗り出してきた。


「山陰さん、当ててみてくださいよ!」

「うーん……」


 映斗は少し考え、凛花の手元へ目を向けた。彼女は先ほどから短剣を鞘に戻したり、また少し引き抜いたりしている。


「……短剣の手入れをしたい、とかですか?」

「えっ、なんで分かったんですか!?」


 凛花が驚いて声を上げた。


「さっきから刃の方を気にしていたので。戦闘中に何か引っかかったのかなと思って」

「あ、そっか……」


 凛花は自分の手元を見下ろし、それから笑った。


「なんだ。心を読まれたのかと思いました」

「いや、それでも十分すごくないか?」


 岳が感心したように言う。


「山陰さん、カメラ持ってないときも人の動き見てるんですね」

「癖みたいなものかもしれません」


 映斗が答えると、瑞希がくすりと笑った。


「でも、凛花。短剣が気になるなら、ちゃんと確認しておいた方がいいよ」

「はーい」


 凛花は短剣を抜き、刃の状態を確かめ始めた。岳も大剣に付いた汚れを拭い、瑞希は周囲を見渡しながら魔石を回収していく。


 映斗は三人の様子を眺め、それから手元のカメラへ目を落とした。先ほどの戦闘では、木々の間を動くフォレストウルフを追いながら、三人の連携を途切れさせずに撮影できた。少し暗い場所もあったが、露出の調整は間に合っていたはずだ。


 ただ、最後の一撃はもう少し低い位置から撮れたかもしれない。岳の大剣が振り抜かれる瞬間、背景に木の幹が重なってしまった気がする。


 映斗は小さく頷いた。次に似た場面があれば、もう少し工夫してみよう。


「山陰さん?」


 岳に呼ばれ、映斗は顔を上げた。


「どうかしました?」

「いえ。そろそろ戻ろうと思うんですけど、大丈夫ですか?」

「あ、はい。もちろんです」


 岳が頷き、瑞希と凛花も帰還の準備を整える。今回の予定は四階層まで。ここから先へ進めば、五階層のボスが待っている。三人ともまだ余力はありそうだったが、無理に挑む理由はなかった。


 映斗はカメラを持ち直し、歩き始めた三人の背中を映した。帰り道も、まだ撮影は終わっていない。



◇ ◇ ◇



 青梅ダンジョンを出た頃には、空が少し傾き始めていた。


 入口付近には、これから探索へ向かう者や、帰還して装備を片付ける者たちの姿がある。森の中にいたときとは違い、周囲には人の話し声が絶えず響いていた。


 四人は入口から少し離れた休憩スペースへ移動し、空いていたベンチに腰を下ろした。


「いやあ、今日は楽しかった!」


 岳が大きく伸びをする。


「いつもと同じダンジョンなのに、なんか違う感じがしましたね」

「撮られてるって思うと、ちょっと意識しちゃうよね」


 凛花が笑う。


「岳なんて、最初からずっと格好つけてたし」

「だから、普段どおりだって!」

「それはそれでどうなの?」


 瑞希の一言に、凛花が吹き出した。


 映斗も笑いながら、バッグから小型の確認用モニターを取り出した。カメラと接続し、撮影した映像を再生できるようにする。


「まだ編集前なので、撮ったままの映像ですけど。少し見てみますか?」

「見たいです!」


 岳が勢いよく身を乗り出す。


「ちょっと岳、近いって」

「だって気になるだろ!」


 三人がモニターを覗き込めるよう、映斗は少し位置をずらした。


 最初に映したのは、一階層でのフォレストゴブリンとの戦闘だった。画面の中では、岳が大剣を振るい、瑞希が水魔法で敵を押し流している。その向こうを凛花が走り抜け、木々の間から敵の背後へ回り込んだ。


「うわっ、すごい!」


 岳が声を上げる。


「俺、こんなふうに映ってるんですか!?」

「岳、声大きい」


 凛花が笑いながら注意するが、その目も画面に釘付けになっていた。


「でも、これ本当にすごいね。私が回り込んでるところまで、ちゃんと映ってる」

「はい。あそこは凛花さんの動きがきれいだったので、少し先から撮ってみました」


 映斗が答えると、凛花は嬉しそうに頬を緩めた。


「なんか、自分じゃないみたい」

「いや、凛花はいつもあんな感じだろ」

「自分の動きって、自分では見えないじゃん」

「それはそうだけど」


 映像が進むと、岳の大剣が敵を弾き飛ばす場面に切り替わった。その直後、瑞希の水魔法が別の敵を捉える。


 岳が「あれ?」と声を漏らした。


「瑞希、ここで魔法使ってたんだ」

「うん。岳が前に出たから、右側を止めようと思って」

「全然気付かなかった。俺、正面の二体しか見えてなかったから」


 岳は画面を見つめたまま、感心したように頷いた。


「こうして見ると、結構助けてもらってるんだな」

「今さら?」


 瑞希が少しだけ得意げに笑う。


「いや、いつも助かってるとは思ってるけどさ。こうやって見ると、改めて分かるっていうか」


 映斗はその会話を聞きながら、次の映像へ切り替えた。


 三階層での探索風景だ。岳が進む方向を確かめ、瑞希が周囲を警戒し、凛花が先行して安全を確認している。戦闘のない場面が続いた後、フォレストスパイダーとの戦いが始まった。


「これ、私たちが歩いてるところも撮ってたんですね」


 瑞希が少し驚いたように言う。


「はい。戦闘だけじゃなくて、普段どうやって探索しているのかも残したかったので」

「でも、歩いてるところって、見てて面白いですか?」

「俺は面白いと思いますよ」


 映斗は画面を指さした。


「ほら、ここ。岳くんが地形を確認している間、瑞希さんは周囲を見ていますよね。その後、凛花さんが戻ってきて、三人で少し話してから進んでいる。こういう場面があると、皆さんがどういうパーティーなのか伝わりやすいんです」

「なるほど……」


 瑞希が小さく頷いた。


「確かに、私たちの配信だと、こういうところはあまり意識していませんでした」

「ドローンって、基本的に斜め上から撮ってるもんね」


 凛花が言う。


「そうそう。戦ってるところは見やすいけど、こういう表情まではあんまり分かんないかも」


 岳も頷いた。映斗は嬉しくなって、もう少し説明を続けた。


「上から撮る映像にも良さがあるんですよ。三人の位置関係が分かりやすいですし、敵がどこから来たのかも見せやすいです。ただ、近くから撮ると、表情や細かい動きが伝わりやすくなるんです」


 言いながら、映斗は三階層で凛花が木を蹴って跳び上がる場面を再生した。


「例えば、ここです。凛花さんが跳ぶ直前、足を置く場所を確かめているのが分かりますよね。その後で一気に動くので、速さがより伝わるんです」

「本当だ……」


 凛花が画面へ顔を近づける。


「私、こんな顔してたんだ」

「すごく集中してますね」

「なんか恥ずかしいなあ」


 そう言いながらも、凛花は楽しそうだった。


 映斗は四階層の映像へ切り替えた。薄暗い森の中、六体のフォレストウルフが姿を現す。岳が正面から迎え撃ち、瑞希が水魔法で敵の動きを止め、凛花が木々の間を駆け抜けていく。


 モニターを覗き込んでいた三人が、揃って口を閉じた。画面の中では、岳が大剣を振るう瞬間、その奥に瑞希の姿が映っている。水流が敵の進路を塞ぎ、続けて凛花が横から飛び込んでくる。


 それぞれ別の場所で動いていたはずなのに、映像では三人の攻撃が一つの流れとしてつながっていた。


「……すごい」


 最初に口を開いたのは、瑞希だった。


「私たち、こんなふうに動いてたんだ」


 岳も、珍しく黙ったまま画面を見つめている。凛花は自分が木の幹を蹴って跳び上がる場面で、小さく息を呑んだ。


「これ……山陰さん、どうやって撮ったんですか?」

「このときは、凛花さんが右側へ動きそうだったので、先に少し回り込んだんです。木が多かったので、なるべく邪魔にならない場所を探して」

「先に?」

「はい。後ろから追いかけると、木の陰に入ってしまいそうだったので」


 映斗は何気なく答えたが、凛花はしばらく画面と映斗の顔を見比べていた。


「……カメラマンって、大変なんですね」

「そうですね。でも、こういう場面が撮れると嬉しいですよ」


 映斗は笑った。映像は最後の二体との戦闘へ進む。岳が正面の敵を引き受け、瑞希がもう一体の進路を塞ぐ。空中へ跳び上がった魔物に凛花が飛び込み、最後は岳が大剣を振り抜いた。


「うおおっ!」


 岳が思わず声を上げた。


「これ、めちゃくちゃ格好いいじゃないですか!」

「岳、さっきからそればっかり」


 凛花が笑う。


「でも、確かに格好いいね」

「でしょ!?」


 岳は嬉しそうに笑い、それから映斗へ顔を向けた。


「山陰さん、ありがとうございます! 俺たちの戦いが、こんな映像になるなんて思ってませんでした!」

「いえ、皆さんの連携が良かったからですよ」


 映斗はそう答えながら、もう一度最後の場面を再生した。岳の大剣が振り抜かれる瞬間、画面の端に太い木の幹が映り込んでいる。


「……ただ、ここはもう少し工夫できたかもしれません」

「え?」


 岳が首を傾げる。


「この木が少し邪魔なんですよね。もう半歩右から撮れていれば、大剣の動きがもっときれいに見えたと思うんです」


 三人が画面を覗き込んだ。


「……そうですか?」


 瑞希が不思議そうに言う。


「私は、十分きれいに撮れていると思いますけど」

「俺もです!」


 岳が大きく頷く。


「むしろ、これ以上格好よくなるんですか?」

「なりますよ。たぶん、もっと」


 映斗は即答した。その言葉に、三人が顔を見合わせる。凛花が先に吹き出した。


「山陰さん、本当に撮影が好きなんですね」

「はい」


 映斗は迷わず頷いた。


「やっぱり、良い場面が撮れると嬉しいですし。あとで見返して、次はもっと良く撮れそうだなって考えるのも楽しいんですよ」

「ふふ。なんだか、こっちまで楽しくなってきますね」


 瑞希が笑う。映斗は少し照れくさくなり、モニターの電源を落とした。


 まだ編集前の映像だ。これから必要な場面を整理し、見やすい形にまとめる作業が残っている。それでも、三人がこれほど喜んでくれたのなら、今日の撮影は成功だったと言っていいだろう。


 何より、自分が良いと思った場面を、撮られた本人たちにも喜んでもらえた。それが、映斗には何より嬉しかった。



◇ ◇ ◇



 映像の確認を終えると、瑞希が荷物の中から端末を取り出した。


「山陰さん、今日の報酬なんですけど」

「あ、はい」

「魔石の換金分から、事前にお話しした取り分をお渡ししますね。あとで金額を確認できるようにしておきます」

「ありがとうございます」


 映斗が頷くと、瑞希は手際よく手続きを進めた。岳と凛花は、その間も今日の戦闘について話している。岳は最後の一撃がどれほど気持ちよく決まったかを語り、凛花はその前に瑞希の援護があったことを指摘していた。


 映斗は二人のやり取りを聞きながら、カメラをバッグへしまった。


「それじゃあ、今日はありがとうございました」


 手続きを終え、映斗が立ち上がると、三人も顔を上げた。


「こちらこそ、ありがとうございました!」


 岳が勢いよく頭を下げる。


「すっごく楽しかったです!」

「私もです。いつもの探索と全然違って、新鮮でした」


 凛花も笑顔で続けた。


「山陰さん、今日の映像、完成したら見せてもらえますか?」

「もちろんです。編集が終わったら連絡しますね」

「ありがとうございます。楽しみにしています」


 瑞希が丁寧に頭を下げた。映斗は三人にもう一度礼を言い、カメラバッグを肩に掛け直した。


 初めて一緒に探索した相手だったが、不思議と緊張することは少なかった。三人ともよく声を掛け合い、戦闘中も互いの動きを信頼している。その様子を近くで撮影できたのは、映斗にとって良い経験になった。何より、撮っていて楽しかった。


「それじゃあ、失礼します」

「はい! 山陰さん、お疲れさまでした!」

「気を付けて帰ってくださいね!」

「今日はありがとうございました」


 三人に見送られ、映斗は休憩スペースを後にした。


 歩きながら、頭の中ではすでに編集のことを考えていた。一階層の戦闘は、凛花の回り込みから始めると面白いかもしれない。三階層の探索風景は少し長めに残したいし、四階層のフォレストウルフとの戦闘は、できるだけ連携が分かるようにつなげたい。


 帰ったら、まずは映像を整理しよう。


 映斗は自然と足を速めた。



◇ ◇ ◇



「……行っちゃったね」


 映斗の背中が見えなくなると、凛花がぽつりと言った。岳はベンチに腰を下ろし、先ほどまで映像が映っていたモニターのことを思い返していた。


「いやあ、すごかったな」

「うん。私、あんなふうに撮ってもらったの初めて」


 凛花も隣へ腰を下ろす。


「ドローンの映像も見やすいけど、山陰さんの映像って、なんか自分たちが戦ってる場所にいるみたいだった」

「実際、山陰さんは近くにいたからね」


 瑞希が答える。


「それに、私たちの動きをちゃんと見てくれてた。戦闘中だけじゃなくて、探索してるところまで」

「そうそう!」


 岳が大きく頷いた。


「俺、あの映像見て、瑞希があんなに周り見てくれてるんだって初めて分かったよ」

「普段から見てるんだけど」

「いや、分かってるって! でも、映像で見ると違うだろ?」

「まあ、それはそうだね」


 瑞希は少し笑った。凛花は膝の上に頬杖をつき、考えるように空を見上げた。


「それにしても、山陰さんって不思議な人だよね」

「どこが?」

「だって、あんなに撮影が上手いのに、全然偉そうにしないし。私たちの戦いを見て、ずっと楽しそうにしてたじゃん」

「ああ、それは思った」


 岳が頷く。


「なんかさ、俺たちより俺たちの戦いを楽しんでた気がする」

「それはちょっと分かるかも」


 瑞希も笑った。


 少しの間、三人は今日の探索を振り返っていた。既に攻略したことのある青梅ダンジョン。出現する魔物も、見慣れたものばかりだった。それなのに、映斗が撮影した映像を見た後では、自分たちの戦いが少し違ったものに感じられた。


 岳が大剣を振るう間、瑞希が何をしていたのか。凛花が敵の背後へ回るまで、二人がどう動いていたのか。これまでも三人で連携してきたつもりだったが、映像を見て初めて気付くことがいくつもあった。


「ねえ」


 瑞希が口を開いた。


「今日の映像、山陰さんから送ってもらったら、三人でもう一回ちゃんと見てみない?」

「もちろん!」


 岳が即答する。


「俺、自分の攻撃もっと見たいし!」

「岳、そればっかりじゃん」


 凛花が笑う。


「でも、私も見たいな。どこで動いたらもっと連携しやすいか、分かるかもしれないし」

「うん。私もそう思う」


 瑞希は頷いた。映像は、ただ自分たちの活躍を記録するだけのものではない。見返せば、気付かなかった長所や、改善できる部分が見つかるかもしれない。そして何より、あの映像を撮っていた映斗自身が、三人の戦いを心から楽しんでいた。


「……なあ」


 岳が不意に口を開いた。


「次の五層のボス戦さ」


 凛花と瑞希が顔を向ける。


「あれも、山陰さんに撮ってもらえないかな」

「あ、それ私も思ってた!」


 凛花が身を乗り出した。


「せっかくなら、ボスを倒すところも撮ってほしいよね」

「うん。私も賛成」


 瑞希も頷く。


「今日の映像を見たら、ボス戦もお願いしたくなるよね」


 三人の視線が自然と交わった。今回の探索を終えたばかりだというのに、もう次の撮影のことを考えている。


 岳は背負った大剣の柄に手を添え、楽しそうに笑った。


「だったらさ、次はもっとすごいところを撮ってもらわないとな」


 その言葉に、凛花がにやりと笑う。


「言ったね、岳。ボス戦で格好悪いところ見せないでよ?」

「見せるわけないだろ!」


 瑞希は二人のやり取りを聞きながら、小さく笑った。


 次に目指すのは、青梅ダンジョン五階層。


 そして、そこで待つボスとの戦いだ。

読んでいただきありがとうございます。

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