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第7話 カメラ越しの蒼星

 青梅ダンジョンの入口には、朝から何組もの探索者が集まっていた。


 ここは、都内にあるEランクダンジョンの中でも、比較的初心者が訪れやすい場所として知られている。内部は森林が広がる特殊な環境で、出現する魔物も低ランクのものが中心だ。もっとも、森という地形そのものが探索を難しくすることもあるため、決して油断していい場所ではない。


 映斗は入口から少し離れた場所で立ち止まり、肩に掛けたカメラバッグの位置を直した。今日の仕事は、若手探索者パーティー『蒼星』の撮影だ。


 先日の探索者協会で話がまとまり、試しに一度、一緒にダンジョンへ入ることになった。普段の彼らは小型ドローンを使って生配信をしているらしいが、今日は映斗がカメラを持って同行し、探索の様子を映像として残す予定になっている。


 事前に彼らの配信を見返し、どんな動き方をするのかもある程度確認してきた。三人ともまだ若いが、それぞれに持ち味がある。実際に近くで撮影できると思うと、自然と気持ちが弾んだ。


「山陰さーん!」


 声のした方を見ると、大きく手を振りながら駆け寄ってくる青年がいた。大剣を背負った岳だ。その後ろから、凛花と瑞希も歩いてくる。


「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」

「おはようございます、岳くん。こちらこそよろしくお願いします」

「山陰さん、おはようございます。ちゃんと来てくれたんですね」

「もちろんです。今日は楽しみにしてましたから」


 凛花が笑うと、隣の瑞希が軽く頭を下げた。


「おはようございます。今日は四階層までの予定です。五階層のボスには挑まず、余裕を持って戻ろうと思っています」

「分かりました。撮影もそのつもりで準備しています」


 映斗が答えると、岳は待ちきれない様子で入口の方を見た。


「俺たち、普段はドローンで撮ってるんですけど、今日は山陰さんがいるんですよね。なんか緊張するなあ」

「岳が緊張してどうするの。いつもどおり戦えばいいじゃん」

「分かってるって。でも、ちゃんと格好いいところ撮ってもらいたいだろ?」

「そういうこと言ってると、変なところで力んで失敗するよ」

「しないって!」


 二人のやり取りに、映斗は思わず笑った。すると凛花が、何かを思い出したようにこちらを向いた。


「あ、そうだ。山陰さん。私たち、撮影しやすいように動き方を変えた方がいいですか?」

「いえ、普段どおりで大丈夫ですよ」

「本当に? 私、結構あちこち動くんですけど」

「はい。その方がいいです。皆さんがいつもどう戦っているのかを撮りたいので、俺のことは気にしないでください」


 映斗はそう言って、バッグからカメラを取り出した。


「撮る位置はこちらで考えますし、邪魔にならないようについていきますから」

「それなら安心です!」


 岳が大きく頷く。瑞希も撮影の方針を確認できたことに納得したようだった。映斗はレンズを確認し、試しに三人へカメラを向けた。岳が胸を張り、凛花が面白がって手を振る。その横で瑞希が小さく笑った。


 ファインダーの向こうに、三人の姿が収まる。まだダンジョンに入ってもいないのに、映斗は今日の撮影が良いものになりそうな気がしていた。



 ◇ ◇ ◇



 青梅ダンジョンの一階層は、背の高い木々が生い茂る森だった。


 頭上では枝葉が重なり合い、ところどころから差し込む光が地面にまだらな模様を作っている。足元には木の根が張り出し、柔らかな土の上には落ち葉が積もっていた。映斗は三人の少し後ろを歩きながら、カメラを回していた。


 先頭を進む岳。その左右を確認する瑞希と凛花。何気ない移動の場面でも、三人の距離感や視線の向きから、普段の役割分担が見えてくる。


 しばらく進んだところで、凛花が足を止めた。


「岳、右の茂み」

「分かった」


 岳が大剣の柄に手を掛ける。直後、茂みの奥から小柄な影が飛び出してきた。緑色の肌に、細長い腕。粗末な棍棒を握ったフォレストゴブリンだ。最初の一体に続き、左右の木陰からさらに四体が姿を現した。


「五体か。瑞希、頼む!」

「うん。凛花、右側をお願い」

「了解!」


 三人が一斉に動き出す。


 岳は正面から迫る二体に向かって踏み込み、大剣を横薙ぎに振るった。重い一撃を受けたゴブリンが吹き飛び、もう一体が慌てて後退する。その瞬間、映斗は少し左へ移動した。岳の背中越しでは、次に動く瑞希の姿が隠れてしまう。カメラを低く構え直すと、瑞希が片手を前へ突き出した。


「そこ!」


 放たれた水の塊が木陰のゴブリンを捉え、幹へ叩きつける。映斗はその着弾を画角の端に残しながら、視線を右へ向けた。


 凛花がすでに走り出している。地面に張り出した木の根を軽く飛び越え、茂みの向こうへ回り込む。彼女の進む先を見た映斗は、木と木の間を抜けて斜め前方へ移動した。凛花が敵の背後へ出る。両手の短剣が素早く閃き、振り向いたゴブリンが倒れた。


 いい動きだ。


 映斗は心の中で呟いた。凛花の動きは速いが、ただ闇雲に走っているわけではない。相手の視線が岳へ向いた瞬間を選び、木々を遮蔽物として利用している。正面から追うより、少し先の位置で待った方が、その動きの鋭さがよく伝わる。


 残ったゴブリンが岳へ飛びかかった。映斗はカメラを振り、岳が大剣を持ち上げるところから捉える。棍棒が振り下ろされるより早く、岳の一撃が敵を打ち払った。最後の一体は逃げようとしたが、瑞希の水魔法が足元を崩し、凛花が素早く距離を詰める。短剣の一撃を受けたゴブリンが崩れ落ち、やがて魔石を残して消えていった。


「よし、終わり!」


 岳が大剣を下ろした。瑞希が周囲を確認し、凛花が落ちた魔石を拾い集める。映斗はその様子も短く撮影してから、カメラを下ろした。


「お疲れさまでした。いい連携でしたね」

「ありがとうございます! ちゃんと撮れました?」

「はい。凛花さんの回り込みも、岳くんの攻撃も、瑞希さんの魔法も撮れたと思います」

「えっ、私の動きも?」


 凛花が顔を上げた。


「途中、木の向こうまで回り込んだんですけど。山陰さん、ついてきてました?」

「はい。あの位置なら、横から撮った方が良さそうだったので」

「へえ……」


 凛花は少し驚いた顔をした後、いたずらっぽく笑った。


「山陰さんって、実は高ランクの探索者だったりしません?」

「え?」

「だって、カメラ持ってるのに私より先に移動してたじゃないですか。普通、そんなに動けます?」

「いえ、探索者として戦ったことはないですよ。ずっと撮影ばかりしてきたので」

「それであんなに動けるんですか?」


 岳も感心したように言う。映斗は首を傾げた。


「撮りたい場所に移動しているだけなんですけどね。慣れれば、皆さんもできると思いますよ」

「いやいや、俺には無理ですよ。大剣持って走るだけでも大変なのに」

「岳の場合、余計な動きが多いだけじゃない?」

「凛花、それ関係あるか?」


 また始まった二人の言い合いに、瑞希が呆れたように息をつく。映斗は笑いながらカメラの設定を確認した。


 撮影はまだ始まったばかりだ。



 ◇ ◇ ◇



 二階層へ下りると、森の様子が少し変わった。


 一階層よりも木々の間隔が広く、ところどころに小さな草地がある。見通しが利く場所も多いため、四人は周囲を確認しながら比較的落ち着いた足取りで進んでいた。


「そういえば山陰さんって、カメラマンを始めてどのくらいなんですか?」


 凛花が尋ねてきた。


「そうですね……もう結構長いですよ。ずっと同じパーティーについて撮影していた時期もありましたし」

「へえ! じゃあ、いろんなダンジョンに行ってるんですね」

「はい。森も洞窟も、地下遺跡みたいな場所も。ダンジョンによって光の入り方が全然違うので、毎回勉強になります」

「やっぱり山陰さん、撮影の話になると楽しそうですね」


 瑞希が微笑む。


「そうですか?」

「はい。さっきからカメラの話になると、ずっと笑ってます」


 言われてみれば、そうかもしれない。映斗は少し照れくさくなり、カメラを持ち直した。


「皆さんは、どうして探索者になったんですか?」


 今度は映斗が尋ねると、岳が待っていましたとばかりに振り返った。


「俺たち、いつかSランクまで上がりたいんです!」

「Sランクですか。大きな目標ですね」

「はい! 俺、子供の頃からずっと憧れてる探索者がいて」

「どなたですか?」

「神代さんです!」


 その名前には、映斗も聞き覚えがあった。


 神代 征一郎(かみしろせいいちろう)。ダンジョンが現れ始めた頃から活躍を続けている、国内屈指のSランク探索者だ。卓越した剣技だけでなく、戦場全体を見渡す指揮能力でも知られている。彼が率いる『暁(あかつき)の聖剣(せいけん)』は、五人全員がSランクという、日本でも数少ない精鋭パーティーだった。


「神代さん、格好いいですよね! 剣一本で、あんな巨大な魔物を倒すんですよ! しかも、自分で戦いながら仲間への指示まで出してて!」


 岳は身振りを交えながら熱心に話し始めた。どうやら、よほど憧れているらしい。


「この前公開された討伐映像、見ました? 神代さんが敵の攻撃を受け流して、そのまま踏み込むところ!」

「ああ、見ましたよ。あの映像、すごく良かったですよね」

「ですよね!」

「最初は少し引いた位置から全体を見せて、神代さんが踏み込む直前に寄るんです。あそこでカメラが揺れないのがすごいんですよ。あの距離で撮るなら、攻撃の軌道を相当正確に読んでいないと――」

「……え?」


 岳が瞬きをした。映斗は構わず続ける。


「それに、斬撃の瞬間だけじゃなくて、直前の足の動きまでちゃんと入っているんです。あれがあるから、踏み込みの速さが伝わるんだと思います」

「山陰さん、そこ見てたんですか?」

「え? はい」


 岳はしばらく黙った後、声を上げて笑った。


「俺、神代さんの剣がすごいって話をしてたんですけど!」

「あっ、そうでしたね。すみません」

「いや、面白いです!」


 凛花も肩を揺らして笑っている。


「岳が一生懸命、剣の話してるのに、山陰さんはカメラの話しかしてない」

「だって、あの映像は本当に良かったんですよ」

「ふふ。山陰さんらしいですね」


 瑞希がそう言うと、岳はまだ笑いながら頷いた。


「でも、そういう見方もあるんだなあ。俺、今まで撮り方なんて気にしたことなかったです」

「今度見返してみると面白いですよ。同じ戦闘でも、撮る場所で全然印象が変わりますから」

「じゃあ、今日の俺たちの映像も楽しみですね!」

「はい。俺も楽しみです」


 そう答えながら、映斗は三人へカメラを向けた。岳が将来の夢を語り、凛花がそれをからかい、瑞希が二人を見守っている。


 戦闘だけでは分からない彼らの表情も、きっと良い映像になる。



 ◇ ◇ ◇



 三階層では、映斗は戦闘以外の場面を意識して撮影していた。


 進む方向を確かめる岳。周囲の魔力の変化に注意を払う瑞希。先行して木々の間を確認し、戻ってきて安全を伝える凛花。三人は特別な指示を交わさなくても、それぞれの役割を自然に果たしている。


 映斗は少し距離を取って全体を撮影した後、順番に近づいて一人ひとりの動きを捉えた。こういう場面も大切だ。派手な戦闘だけをつなげれば、見応えのある映像にはなる。けれど、それだけでは彼らがどんな探索者なのか、十分には伝わらない。


 岳が立ち止まり、地形を確かめる。その横で瑞希が小さく何かを伝え、凛花が頷いて先へ進む。何気ないやり取りの中に、三人が積み重ねてきた時間が見える気がした。


「……上!」


 不意に凛花が声を上げた。見上げると、太い枝の陰に黒っぽい影が張りついている。


 フォレストスパイダーだ。


 一体が糸を吐き出すと同時に、別の木からも二体が姿を現した。


「瑞希!」

「任せて!」


 瑞希が手をかざす。放たれた水流が飛んできた糸を押し流し、枝に張りついていたフォレストスパイダーの体勢を崩した。岳が落下してきた一体を大剣で斬り払い、凛花が木の幹を足場にして跳び上がる。映斗はカメラを上へ向け、枝の間を抜ける凛花の姿を追った。


 短剣がフォレストスパイダーを捉え、続けて岳が残る一体を討伐する。戦闘は長く続かなかった。


「フォレストスパイダーって、糸が面倒なんだよな」

「岳、前に思いっきり引っかかってたもんね」

「それ、いつの話だよ!」

「そんなに昔じゃないでしょ」


 魔石を回収しながら、三人はいつもの調子で言い合っている。その後も探索は順調に進み、四階層へ続く階段が見えてきた頃には、岳が先ほどの戦闘について得意げに話し始めていた。


「いやあ、最後の一撃は完璧だったな。あれ、相当格好よく撮れてるんじゃないですか?」

「岳、最後の一体が落ちてきたところを斬っただけじゃん」

「ちゃんとタイミング合わせただろ!」

「その前に瑞希が落としてくれたんだけどね」

「そうだけどさ!」


 凛花が笑い、瑞希も呆れながら口元を緩める。映斗もつられて笑った。


 その瞬間、胸の奥にふと懐かしい感覚がよみがえった。以前も、こんなふうに探索の合間に笑い合っていたことがある。誰かが調子に乗って、それを別の誰かがからかう。戦闘が終わったばかりだというのに、どうでもいい話で盛り上がって、なかなか先へ進まない。


 『風翔』のメンバーと一緒にいた頃にも、そんな時間があった。今では遠い出来事のように思えるが、あの頃はあの頃で、確かに楽しかったのだ。


 ――あぁ、懐かしいな。


「山陰さん?」


 凛花の声に、映斗は顔を上げた。


「どうかしたんですか?」

「いえ、なんでもないですよ」

「もしかして、岳の自慢話に呆れました?」

「なんでそうなるんだよ!」


 岳が抗議し、映斗はまた笑った。懐かしい気持ちは、その笑い声の中へ静かに溶けていった。



 ◇ ◇ ◇



 四階層へ入ると、森は再び深くなった。


 木々の間隔が狭まり、地面には背の低い草が広がっている。枝葉が光を遮るせいか、周囲は一階層よりも薄暗かった。先ほどまで賑やかに話していた三人も、自然と口数が少なくなっていく。


 映斗は少し後ろから三人の姿を撮影しながら、周囲の景色にもカメラを向けた。光の少ない森の中では、人物の輪郭をどう捉えるかが難しい。だが、木々の隙間から差し込むわずかな光を利用すれば、また違った雰囲気の映像が撮れそうだった。


 そんなことを考えながら歩いていると、不意に凛花が足を止めた。


「……待って」


 それまでとは明らかに違う、低い声だった。岳と瑞希がすぐに立ち止まり、映斗もカメラを構えたまま視線を上げる。


「どうした?」

「何か来る。足音が……多分、六体くらい」


 凛花が見つめる先には、薄暗い森が広がっている。


 耳を澄ませると、茂みの奥からかすかに草を踏む音が聞こえた。ひとつではない。複数の足音が、異なる方向から少しずつ近づいてきている。


 岳が大剣の柄に手を掛け、瑞希も周囲へ視線を走らせた。


 そのとき、正面の茂みが大きく揺れた。続いて、右側の木陰からも低い唸り声が聞こえてくる。


 映斗はカメラを構え直した。


 どうやら、次の撮影が始まるらしい。

読んでいただきありがとうございます。

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