第9話 蒼星、再び
パソコンの画面には、数日前に青梅ダンジョンで撮影した映像が流れていた。大剣を振るう岳、水魔法を放つ瑞希、素早い動きで魔物の懐へ飛び込む凛花。三人の戦闘を中心に、道中の探索風景や何気ない会話も織り交ぜた動画は、十八分ほどの長さにまとまっている。
映斗は椅子に深く腰掛け、完成した映像を見返していた。撮影した日の夜から少しずつ編集を進め、ようやく納得のいく形に仕上がったところだ。戦闘の迫力だけでなく、蒼星の三人が普段どんな雰囲気で探索しているのかも、見る人に伝わるよう意識している。
「うん。いい感じだな」
初めて撮影するパーティーだったが、予想以上に見応えのある映像になったと思う。ただ、すべてが満足のいく出来だったわけではない。映斗は途中で再生を止め、ある場面をもう一度確認した。
岳が大剣を振り抜き、瑞希が魔法を放ち、凛花が敵の横へ回り込む。三人が同時に動いたことで、それぞれの姿が重なり、凛花の攻撃がほとんど映っていなかった。
「ここ、もうちょっと見せたかったな……」
戦闘中の三人は、当然ながら撮影のことなど考えていない。魔物を倒すために最善の動きをしているのだから、それでいい。ただ、せっかく全員が格好よく戦っているのに、一人しか映せないのはもったいなかった。
次に撮影する機会があれば、もう少し三人の位置関係を意識してみよう。そう考えながら最後まで再生すると、画面には戦闘を終えて笑い合う三人の姿が映し出された。映斗はその場面を見て小さく笑い、動画の再生を終えた。
「……よし。これで完成かな」
映斗は書き出した動画ファイルを確認し、岳たちとの連絡用チャットを開いた。あとは三人に見てもらい、問題がないか確認してもらうだけだ。
『先日撮影した映像の編集が終わりました。確認用の動画を送りますので、お時間のあるときに見ていただければと思います』
共有用のリンクを添えて送信すると、映斗は椅子の背もたれに身体を預けた。自分では納得のいく仕上がりになったと思うが、実際に戦っていた三人がどう感じるかはわからない。少しばかり落ち着かない気持ちになりながら、返事を待つ間に機材の手入れでもしようと、机の脇に置いてあったカメラバッグを引き寄せた。
◇ ◇ ◇
「来た!」
岳が声を上げたのは、自室のパソコンへ通知が届いたときだった。その声に反応して、ベッドの端に腰掛けていた凛花が顔を上げる。瑞希も手にしていた飲み物を置き、画面の方へ身体を向けた。
「山陰さんから?」
「ああ! 編集、終わったって!」
「早く見ようよ。私、ずっと楽しみにしてたんだから」
「わかってるって。今開くから」
今日は三人とも予定が合い、岳の家に集まっていた。前回、青梅ダンジョンの入口で未編集の映像を見せてもらって以来、完成版を楽しみにしていたのだ。
岳が再生ボタンを押すと、画面には見慣れた青梅ダンジョンの森が映し出された。自分たちが探索する姿や魔物との戦闘が、次々と流れていく。途中には道中の会話も挟まれ、三人はときおり笑みを浮かべながら映像に見入っていた。
やがて四階層のフォレストウルフ戦が始まると、誰も口を開かなくなった。自分たちの戦いとは思えないほど迫力があり、三人それぞれの動きが鮮明に映っている。未編集の映像でも驚かされたが、完成版はまるで人気探索者の配信を見ているようだった。
最後の狼が倒れ、動画が終わる。しばらくの間、部屋の中には静けさが残った。
「……俺たち、こんなに格好よかったっけ?」
最初に口を開いたのは岳だった。その言葉に、凛花が勢いよく顔を上げる。
「それ! 私も同じこと思った!」
「いや、ほんとにさ。俺、自分があんなふうに戦ってるなんて思ってなかった」
「私のところも見た? 三層のフォレストスパイダーの横に回り込むところ! あれ、めちゃくちゃ格好よくなかった?」
「見た見た! あそこすごかったよな!」
「ちょっと、二人とも落ち着いて」
そう言いながらも、瑞希の表情には笑みが浮かんでいた。
「でも……確かにすごい映像だったわね。未編集のときも驚いたけど、ここまで変わるとは思わなかった」
「だよな! 特に四層のフォレストウルフのところ。あれ、俺たちが戦ったやつだよな?」
「ほかに誰がいるのよ」
「いや、そうなんだけどさ!」
岳は興奮を抑えきれない様子で、もう一度再生画面に目を向けた。
「なんていうか、俺たちがいつも見てる高ランク探索者の配信みたいだった。自分たちの動画なのに、普通に続きが見たくなったっていうか」
「わかる。私、もう一回見たいもん」
「戦闘の場面だけじゃなくて、道中の会話もいいわね。ああいうところが入ると、ずっと戦ってる映像より見やすい気がする」
三人は顔を見合わせ、自然と笑い合った。自分たちの戦いがこれほど見応えのある映像になるとは、誰も思っていなかった。
「……山陰さんに、ちゃんとお礼言わないとな」
「そうね。ここまでしてもらったんだもの」
「電話しちゃおうよ。私も直接言いたい!」
岳はうなずき、机に置いていたスマートフォンを手に取った。
◇ ◇ ◇
映斗がカメラのレンズを拭いていると、机の上でスマートフォンが震えた。画面に表示されているのは、桐谷岳の名前だった。映像を送ってから、まだそれほど時間は経っていない。
「もしもし、山陰です」
『山陰さん! 動画、見ました!』
「あ、もう見てくれたんですね。どうでした? 気になるところとか、ありませんでしたか?」
『いや、もう、めちゃくちゃよかったです! あんなに格好いい映像になると思ってなくて!』
電話の向こうから聞こえた大きな声に、映斗は思わずスマートフォンを耳から少し離した。
「そ、そうですか。それならよかったです」
『山陰さん、凛花も話したいって言ってるんで、ちょっと代わりますね!』
向こうで賑やかな声が聞こえたあと、凛花が電話に出た。
『山陰さん! 動画、すっごくよかったです! 特にフォレストスパイダーのところ! 私、何回も見返したくなりました!』
「ありがとうございます。あそこは凛花さんの動きがきれいに撮れたと思います」
『ですよね! あんなに迫力のある映像になるなんて全然知らなくて!』
嬉しそうな声に、映斗も自然と笑みを浮かべた。自分が良いと思って撮った場面を、本人にも喜んでもらえたことが何より嬉しかった。
続いて瑞希が電話を代わった。
『山陰さん、白瀬です。動画、ありがとうございました。戦闘中の動きがわかりやすくて、自分たちの戦い方を見直すのにも使えそうです』
「あ、それはよかったです。三人の動きがなるべく見えるようにしたかったので」
『それに、戦闘以外の場面も残してくれたんですね』
「はい。皆さんが話しているところも、『蒼星』らしさが出ていていいなと思ったんです」
『……ありがとうございます。私たちも、ああいう場面が入っていて嬉しかったです』
その言葉に、映斗は胸の奥が温かくなるのを感じた。自分が映したかったものが、きちんと相手にも伝わっていた。それだけで、時間を掛けて編集した甲斐があったと思える。
しばらくして、再び岳の声が聞こえてきた。
『山陰さん、ほんとにありがとうございました! それで、ちょっと相談があるんですけど……』
「はい。何でしょう?」
『もしよかったら、五層のボス戦も撮ってもらえませんか?』
「……ボス戦、ですか?」
『はい! 俺たち、青梅の五層のボスは前にも倒したことがあるんですけど、山陰さんに撮ってもらえたら、絶対すごい映像になると思って!』
映斗は机の上に置いたカメラへ目を向けた。五階層のボスは、まだ撮影したことがない。どんな姿をしていて、どんな動きをするのだろう。考えるだけで興味が湧いてくる。
「……ぜひ、撮らせてください」
『本当ですか!?』
「はい。俺もボス戦の撮影には興味がありますし、皆さんの戦いをもう一度撮れるなら嬉しいです」
『やった! ありがとうございます!』
電話の向こうで、岳がほかの二人に何かを伝えているらしい。凛花の喜ぶ声が聞こえ、映斗も思わず笑ってしまった。
前回の撮影は、あくまで一度きりの依頼として始まったものだった。それでも、こうしてまた声を掛けてもらえた。自分の撮った映像を気に入ってもらえたのだと思うと、素直に嬉しかった。
その後、四人の予定をすり合わせ、次の撮影日を決めた。電話を切った映斗は、机の上に置いていたカメラを手に取る。次はどんな映像が撮れるだろう。そう考えると、今から楽しみだった。
◇ ◇ ◇
撮影当日。青梅ダンジョンの入口で映斗が三人の姿を見つけると、岳が大きく手を振った。
「山陰さん! おはようございます!」
「おはようございます、岳くん。瑞希さんも凛花さんも、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「山陰さん、改めて前回の映像ありがとうございました。今日も格好よく撮ってくださいね!」
「はい。頑張ります」
凛花の言葉に笑って答えると、岳が待ちきれないといった様子で大剣の柄に手を掛けた。
「いやあ、楽しみだな! 今度はボス戦ですからね!」
「岳、楽しみにするのはいいけど、油断しないでよ」
「わかってるって!」
「ほんとかなあ。岳って、気合い入りすぎると前に出すぎるから」
「凛花まで!?」
二人のやり取りに瑞希がため息をつき、映斗はその様子を見て小さく笑った。前回の撮影で、三人の性格は少しわかってきた気がする。岳は明るく、何事にも全力で取り組む。瑞希は落ち着いていて、周囲をよく見ている。凛花は自由に動き回っているようで、仲間のことをしっかり気に掛けていた。
映斗はカメラを取り出し、三人に声を掛けてから録画を始めた。戦闘中だけでなく、こうして話しているところも撮っておきたかった。
ダンジョンへ入ると、四人は前回と同じように森の中を進んでいく。一階層から四階層までは、すでに撮影した場所だ。道中で魔物と遭遇することもあったが、岳たちは落ち着いて対処し、映斗も必要な場面だけを撮りながら先へ進んだ。
今回の目的は第五階層のボス戦であるため、途中の戦闘を長々と撮影するつもりはない。それでも、前回とは違う場面があればカメラを向けたくなる。そんな映斗の様子を見て、凛花が笑った。
「山陰さんって、ほんとに撮影好きですよね」
「えっ? ああ……そうですね。つい、気になるものがあると撮りたくなっちゃって」
「ふふっ。なんか、わかる気がします」
やがて四階層の奥へ差しかかると、岳が歩く速度を少し落とした。
「そうだ、山陰さん。ボスのこと、まだ詳しく話してませんでしたよね」
「はい。どんな魔物なんですか?」
「フォレストウルフロードっていう、でっかい狼です。四層にいたフォレストウルフの、もっと強いやつって感じですね」
「狼……。あの四階層の魔物より、大きいんですか?」
「かなり大きいですよ。俺の身長よりずっと高いですし、身体もごついです」
映斗は、四階層で撮影したフォレストウルフの姿を思い浮かべた。あれよりも大きな狼が、ボス部屋を走り回る。それだけでも、迫力のある映像になりそうだった。
「でも、気をつけなきゃいけないのは大きさより速さですね」
瑞希が会話に加わる。
「身体が大きいから動きも鈍そうに見えるんですけど、実際はかなり速いんです。一度攻撃を始めると、爪や牙で立て続けに仕掛けてきます」
「そうそう。前に戦ったときも、近づくのが結構大変だったんだよね」
凛花が自分の短剣を軽く叩いた。
「横に回ったつもりでも、すぐこっち向いちゃうし。普通の狼みたいに簡単には隙を見せてくれないんです」
「なるほど……」
映斗は三人の話を聞きながら、頭の中で撮影の様子を想像した。大きく、しかも速い。動きの激しい相手なら、カメラを向ける位置が重要になる。近づきすぎれば全体が収まらず、離れすぎれば戦闘の迫力が伝わらない。
それに、三人が別々の方向から攻撃するなら、誰かの姿がほかの二人に隠れてしまうこともあるだろう。前回の編集で気になった場面が、ふと頭に浮かんだ。岳の大剣、瑞希の水魔法、凛花の短剣。三人とも違う戦い方をするからこそ、それぞれの良さをしっかり映したかった。
「……うまく撮れるといいな」
「大丈夫ですよ、山陰さん!」
岳が振り返り、笑顔を見せる。
「俺たちも頑張りますから!」
「はい。俺も、いい映像が撮れるように頑張りますね」
映斗はそう答えて、カメラを握り直した。
やがて森の景色が少しずつ変わり始めた。それまで密集していた木々の間隔が広がり、地面には太い根が幾重にも走っている。奥へ進むにつれて周囲の音も少なくなり、四人の足音が妙にはっきりと聞こえるようになった。
そして、木々の向こうに大きな扉が見えてきた。岩壁に埋め込まれるように立つ、分厚い扉。その表面には蔦のような模様が刻まれており、周囲の岩には長い年月を経たような苔が生えていた。
「着きました。ここが五層のボス部屋です」
岳が足を止める。映斗も立ち止まり、目の前の扉を見上げた。これまでの階層とは明らかに雰囲気が違う。この向こうに、フォレストウルフロードがいる。そう思うと、胸の奥が自然と高鳴った。
岳は背負っていた大剣を下ろし、握り具合を確かめる。瑞希は手袋の位置を直し、凛花も腰の短剣を抜いて軽く動かした。
「瑞希、準備は?」
「大丈夫。いつでもいけるわ」
「凛花は?」
「もちろん! 準備万端!」
岳はうなずくと、最後に映斗へ顔を向けた。
「山陰さん、カメラは大丈夫ですか?」
「はい。少しだけ待ってください」
映斗はカメラの画面を確認し、録画設定とバッテリー残量をもう一度確かめた。レンズの状態も問題ない。前回の撮影では、三人の動きを追うことに夢中になりすぎて、全員をうまく収められない場面があった。今回はできる限り、誰がどこで何をしているのかが伝わる映像にしたい。
映斗はカメラを構え、岳たちの立ち位置を一度見渡した。
「……大丈夫です。いつでもお願いします」
「よし。それじゃあ、いきましょう!」
岳が扉へ手を掛ける。重い音を立てながら、分厚い扉がゆっくりと開き始めた。その隙間から、薄暗い空間が見える。
映斗はカメラを持つ手に少しだけ力を込めた。まだ見ぬボスの姿を、どんなふうに撮れるだろう。あの三人は、どんな戦いを見せてくれるだろう。
扉がさらに開き、向こう側の空間が広がっていく。映斗は高鳴る期待を胸に、開かれた扉の奥へとレンズを向けた。
読んでいただきありがとうございます。
『★ ★ ★ ★ ★』
で応援いただけると励みになります。




