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第10話 vs青梅ダンジョンボス

 重い扉が開ききると、その向こうには広々とした空間が広がっていた。それまで歩いてきた森林地帯とは違い、地面には短い草がまばらに生えているだけで、周囲を囲む木々も遠い。頭上には枝葉の隙間から淡い光が差し込み、中央に横たわる巨大な影を照らしていた。


 フォレストウルフロード。


 通常のフォレストウルフを二回り以上も大きくしたような身体に、深緑色を帯びた灰色の毛並みを持つ巨大な狼だ。太い前脚の先には鋭い爪が伸び、わずかに開いた口からは、人間の腕ほどもありそうな牙が覗いている。


 映斗は思わず息を呑んだ。Eランクダンジョンのボスとはいえ、実物を目の前にすると、その迫力に圧倒される。肩の高さだけでも岳の背丈に迫り、ゆっくりと持ち上がった頭は、見上げなければならないほどだった。


「山陰さん、俺たちが前に出ます。危なくなったらすぐ離れてくださいね」

「はい。皆さんも気をつけてください」


 岳の言葉に頷きながら、映斗はカメラを構え直した。ファインダーの中央にフォレストウルフロードを収め、その手前に立つ三人の姿を確認する。岳が大剣を握り、瑞希が少し後方へ下がり、凛花は軽く膝を曲げて左右へ動ける姿勢を取っていた。その配置を見ただけで、映斗の胸が少し高鳴る。


 巨大なボスを前にしても、三人の動きに迷いはない。以前にも討伐した経験があるという話は本当なのだろう。互いの立ち位置を確認するように視線を交わすと、岳が一歩前へ出た。


「よし、行くぞ!」

「凛花、右側お願い」

「了解!」


 岳が地面を蹴った。その瞬間、狼の耳がぴくりと動き、巨体が起き上がる。低い唸り声が響いたかと思うと、前脚を振り上げ、近づいてきた岳へ鋭い爪を叩きつけた。


 岳は大剣を斜めに構えて受け流す。金属を引っかくような音が響き、勢いに押された靴底が草を削った。それでも岳は踏みとどまり、振り抜かれた前脚の下へ大剣を走らせる。刃が狼の肩をかすめ、灰色の毛が宙に散った。


「岳、下がって!」


 瑞希の声とともに、水の塊が狼の横顔へ飛んだ。弾けた水が視界を遮った一瞬、岳が後ろへ跳ぶ。直後、巨大な顎が先ほどまで彼の立っていた場所を噛み砕くように閉じられた。その隙を逃さず、凛花が右側から駆け込む。


「もらった!」


 低い姿勢で懐へ潜り込んだ凛花は、両手の短剣を素早く振るった。前脚の付け根に二本の斬撃を刻み、そのまま巨体を回り込むように離脱する。狼が振り返るよりも早く、岳が再び正面へ踏み込んだ。


 映斗はカメラを動かしながら、三人の姿を追い続けた。岳の大剣が振り下ろされる瞬間には少し引いて全身を映し、瑞希の水魔法が飛ぶときには、その軌道の先まで画面に収める。凛花が駆け抜ければ、足運びに合わせてカメラを横へ振った。


 動きが速い。けれど、追えないほどではなかった。ボスが次にどちらを向くのか。岳がどの方向へ踏み込むのか。凛花がどこから現れるのか。映斗には、それらが実際に起こるより少し前から、なんとなくわかる気がした。その感覚に従ってカメラを動かすと、三人の姿は自然と画面の中へ収まっていく。


「よし、効いてる!」


 岳の大剣が狼の脇腹を捉えた。狼は大きく身をよじり、距離を取ろうとする。しかし、退いた先にはすでに瑞希が水の塊を浮かべていた。


「逃がさない!」


 放たれた水が前脚に直撃する。巨体がわずかに傾いたところへ、凛花が飛び込んだ。短剣の切っ先が後脚を捉え、狼の口から低い唸り声が漏れる。


 序盤の攻防は、明らかに『蒼星』が優勢だった。もちろん、ボスの一撃は重い。岳も正面からすべてを受け止めているわけではなく、受け流しと回避を使い分けている。それでも三人は落ち着いていた。誰かが攻撃を受けそうになれば別の誰かが援護し、生まれた隙を逃さず攻め込んでいる。


 映斗は夢中でカメラを構えていた。今の岳の一撃はよかった。次は凛花の動きをもう少し大きく映したい。瑞希が魔法を放つ瞬間も、手元からしっかり捉えられれば、編集したときに見栄えがするはずだ。そんなことを考えながら、映斗は三人の動きを追い続けた。


 だが、戦況が変わったのはその直後だった。


 狼が突然、大きく後ろへ跳んだ。


「……来る!」


 瑞希が声を上げる。狼は地面に爪を立てて踏みとどまり、低く頭を下げた。傷ついた脇腹が上下し、口元から荒い息が漏れている。次の瞬間、周囲の草が不自然に揺れた。風が集まっている。映斗がそう感じたときには、狼の前方で空気が鋭く歪んでいた。


「風刃だ! 散れ!」


 岳の声に、三人が一斉に動く。直後、目に見えるほど濃く圧縮された風の刃が、地面すれすれを走った。鋭い音とともに草が刈り取られ、岳のいた場所を通り抜ける。後方の木の幹に深い傷が刻まれ、遅れて葉がばらばらと落ちてきた。


「うわっ、危ねえ!」


 岳が着地したところへ、狼が駆け出した。巨体からは想像できない速度だった。岳が大剣を構え直すより早く距離を詰め、右の前脚を振り下ろす。岳は身体をひねって躱したが、続けざまに牙が迫り、慌てて大剣の腹を差し込んだ。重い衝撃に押され、岳の足が後ろへ滑る。


「岳!」


 瑞希が水魔法を放つ。狼はそれを横へ跳んでかわすと、着地と同時に口を開いた。今度は一つではない。三本の風の刃が、扇状に広がって飛んできた。


「ちょっと、こっちにも来るんだけど!」


 凛花が身を低くして一本をかわす。瑞希も横へ跳んだが、着地した場所へ狼が視線を向けたため、すぐにもう一度動かなければならなかった。岳が前へ出ようとしても、風の刃で距離を保ち、近づいたところへ爪を振るってくる。先ほどまで続いていた三人の攻撃が、少しずつ途切れ始めた。


「くそっ、さっきより速く感じる!」

「風刃を警戒してるからよ! 無理に追わないで!」

「わかってる!」


 岳は大剣を構え直し、狼の正面へ立った。瑞希がその後方から援護しようとするが、岳の身体が射線に重なってしまう。魔法を放つ角度を探して横へ移動したところへ、再び風の刃が飛んできた。凛花も側面へ回り込もうとするものの、狼が素早く向きを変えるため、思うように距離を詰められない。


 映斗のファインダーの中でも、三人の姿が重なり始めていた。岳の背中に瑞希が隠れ、その横を凛花が駆け抜ける。凛花を追おうとすると、今度は岳の大剣が画面の端へ外れてしまう。せっかく三人が懸命に戦っているのに、これでは全員の動きがわからない。


 映斗はカメラを少し引いた。それでも、思うような構図にはならなかった。岳が正面に立つと、その向こうの瑞希が見えない。凛花が側面へ出ようとしても、巨体に隠れてしまう。あと少し、立ち位置が変われば。そう思った瞬間、映斗の口が自然に動いていた。


「岳くん、もう一歩右へ!」

「えっ、右ですか!?」

「はい! もう少しだけ右へお願いします!」


 映斗はファインダーから目を離さずに答えた。岳は一瞬戸惑ったものの、すぐに地面を蹴って右へ移動する。ちょうどそのとき、狼が単発の風の刃を放った。鋭い斬撃が、岳のいた場所を通り過ぎる。


「おおっ!?」


 岳は目を見開いた。自分が避けようと動くより先に、風の刃の射線から外れていたのだ。さらに、岳の移動を追って狼が顔を向けた。すると、岳の背中に隠れていた瑞希の姿がファインダーの中へ現れる。


 いい。これなら、岳の大剣も瑞希の魔法も同じ画面に収められる。映斗は満足しかけたが、今度は瑞希が前へ出たことで、二人の姿がまた重なってしまった。


「瑞希さん、少し下がって!」

「えっ、私ですか?」

「はい! そのくらいの位置で!」


 瑞希は一瞬だけ映斗へ視線を向けたが、すぐに後ろへ下がった。すると、岳と瑞希の間に十分な距離が生まれた。瑞希の前方には、狼の身体まで遮るもののない空間が広がっている。


「……あれ?」


 瑞希が小さく呟いた。これなら、岳に当てる心配をせずに魔法を放てる。彼女はすぐに片手を突き出した。


「岳、そこから動かないで!」

「おう!」


 瑞希の手元に集まった水が、細く鋭い奔流となって放たれる。岳の横を抜けた水が、狼の肩を直撃した。狼が低く唸り、瑞希へ顔を向けようとする。しかし、その前に岳が大剣を振り上げ、正面から注意を引き戻した。


「こっちだ!」


 岳の一撃をかわした狼が、再び爪を振るう。岳はそれを受け流しながら、思わず笑みを浮かべた。


「なんか、さっきより動きやすいぞ!」

「私も! 魔法が通しやすい!」


 二人の声が重なる。映斗はその会話を聞きながらも、カメラを動かす手を止めなかった。岳の正面からの攻撃。瑞希の後方からの援護。二人の動きが、今までよりずっと見やすくなっている。ただ、まだ一人足りない。凛花だ。


 彼女は狼の側面へ回り込もうとしていたが、岳と狼の身体が重なり、ファインダーから姿が消えかけていた。もう少し左側へ出てくれれば、三人をきれいに収められる。


「凛花さん、左からお願いします!」

「左? ……了解です!」


 凛花は地面を蹴り、狼の左側へ大きく回り込んだ。狼は岳の動きに注意を向けたままだった。岳が正面で大剣を構え、瑞希が後方から魔法を放つ。その二人を警戒している狼にとって、反対側から近づく凛花の姿は視界に入っていない。


 凛花はそのことに気づくと、足音を殺すように速度を調整した。そして、狼の後脚へ一気に踏み込む。


「そこっ!」


 二本の短剣が交差する。鋭い斬撃を受けた狼が、悲鳴に似た声を上げた。


「やった! 今の、完全に死角だった!」


 凛花が弾む声を上げる。岳もその動きを見て、口元を緩めた。


「よし! このまま押すぞ!」

「ええ、援護する!」


 三人の動きが変わった。岳は正面で注意を引きつけながら、大剣の間合いを保つ。瑞希はその後方から、二人の動きを邪魔しない角度で水魔法を放つ。そして凛花は、狼が岳や瑞希へ意識を向けた瞬間を狙って、側面や背後へ回り込んだ。


 それぞれの攻撃が、互いの邪魔にならない。岳が大剣を振るうとき、凛花はその軌道から外れている。瑞希が魔法を放つとき、岳は射線を塞がない。凛花が飛び込むときには、岳がボスの注意を引きつけていた。


 しかし、狼も黙って攻撃を受けているわけではなかった。大きく跳んで距離を取り、風の刃を三本続けて放つ。


「来るぞ!」


 岳が声を上げる。三人はそれぞれ別の方向へ動いた。一本目を岳が大剣で受け流し、二本目を瑞希が身をかがめてかわす。三本目は凛花の足元をかすめたが、彼女は軽く跳び越えると、そのまま着地の勢いを利用して走り出した。


 狼が凛花を追おうとした瞬間、岳が前へ出る。


「お前の相手は俺だ!」


 大剣が振り下ろされ、狼の前脚を捉えた。巨体が傾いたところへ瑞希の水魔法が飛び、横腹を強く打った。態勢を立て直そうとするより早く、凛花が背後へ回り込む。


「もう一発!」


 短剣が後脚を切り裂いた。巨体が大きくよろめく。


 映斗はカメラを構えたまま、思わず口元を緩めていた。すごい。三人の動きが、先ほどよりもずっと滑らかにつながっている。岳の力強い一撃も、瑞希の正確な魔法も、凛花の素早い身のこなしも、すべてが一つの画面に収まっていた。どこを切り取っても、見せ場になる。


 狼が最後の抵抗とばかりに、大きく口を開いた。周囲の空気が震え、複数の風の刃が生まれる。


「瑞希!」


 岳が叫ぶ。


「わかってる!」


 瑞希は両手を前へ突き出した。彼女の前方に水が集まり、厚い水の壁が形作られる。放たれた風の刃がそこへ突き刺さり、水しぶきを激しく散らした。すべてを受け止めきれたわけではない。水の壁を抜けた風が岳の頬をかすめ、凛花の足元の草を切り裂いた。それでも、勢いを削がれた風の刃を躱すのは難しくない。


「今よ、岳!」


 瑞希が叫ぶ。水の壁が崩れ落ちる向こうで、ボスが一瞬動きを止めていた。岳が駆け出す。狼はすぐに彼へ顔を向け、牙を剥いた。しかし、飛びかかろうとした後脚に、凛花の短剣が深く突き刺さる。


「行って!」


 凛花が叫ぶ。巨体がわずかに沈んだ。その隙に、岳は大剣を両手で握り直した。


「うおおおおっ!」


 踏み込んだ足が地面を強く蹴る。大剣が高く持ち上がり、振り下ろされた。鈍い衝撃音が響く。刃は狼の首元を深く捉え、巨大な身体が地面へ崩れ落ちた。


 狼は一度だけ前脚を動かしたが、立ち上がることはなかった。やがてその身体が淡い光を帯び、輪郭を失っていく。灰色の毛並みも、鋭い爪も、巨大な牙も、光の粒となって消えていった。あとに残されたのは、一つの大きな魔石だけだった。


「……よっしゃあああっ!」


 岳が大剣を掲げる。


「やった!」

「お疲れさま。最後、うまく決まったわね!」


 瑞希と凛花も笑顔を浮かべ、互いに手を合わせた。映斗はその姿をしっかりとカメラに収めてから、ようやく録画を停止した。小さな電子音が鳴る。それまでファインダー越しに見ていた景色が、急に現実のものとして目の前へ戻ってきた。


「……ふう」


 映斗は大きく息を吐いた。いい映像が撮れた。そう確信できるだけの手応えがあった。三人の動きも、ボスの迫力も、最後の一撃も、きちんと収められたはずだ。


 だが、カメラを下ろしたところで、ふと何かが引っかかった。戦闘中、自分は何を言っていただろう。岳に右へ動いてほしいと頼んだ。瑞希には少し下がってもらい、凛花には左から回り込んでもらった。どれも撮影のために必要だと思って口にした言葉だった。


 けれど、それは。


 映斗の顔から、ゆっくりと笑みが消えた。以前にも、同じようなことがあった。もっと見やすい映像を撮りたくて、戦っている仲間に立ち位置を変えてほしいと伝えた。誰かの動きが隠れてしまわないように、ほんの少しだけ移動をお願いした。その結果、返ってきたのは感謝ではなかった。


『俺たちは俺たちのやり方で戦いたい』

『お前の操り人形じゃない』


 高城玲の言葉が、耳の奥によみがえる。


「……やってしまった」


 映斗は無意識にカメラのグリップを握り直した。また同じことをしてしまった。岳たちは戦闘中だったのだ。こちらがどんな映像を撮りたかったとしても、余計な指示を出していい理由にはならない。せっかく、また撮影を任せてもらえたのに。


「山陰さん!」


 突然名前を呼ばれ、映斗の肩が小さく跳ねた。顔を上げると、岳が大剣を背負い直しながら駆け寄ってくるところだった。映斗は反射的に背筋を伸ばした。


「あ、あの、岳くん。さっきは――」

「山陰さん! さっきの指示、すごく動きやすかったんですけど!」

「……え?」


 思いがけない言葉に、映斗は目を瞬かせた。岳は興奮した様子で続ける。


「最初に右へって言われたとき、何でだろうって思ったんです。でも、動いた瞬間に風の刃が外れて、そのあともすごく戦いやすくなって!」

「そ、そうだったんですか?」

「はい! なんか、いつもより周りが見えるっていうか。瑞希の魔法も凛花の動きも、すごく合わせやすかったんですよ!」


 そこへ瑞希と凛花も近づいてきた。


「私も驚きました。少し下がっただけなのに、魔法を撃つ角度がずいぶん取りやすくなったんです」

「私もです! 左からって言われたとき、最初はよくわからなかったんですけど、回り込んだらボスの死角に入れて。あれ、すごく助かりました!」


 三人とも、笑っていた。怒っている様子は、どこにもない。映斗はしばらく言葉を失ったまま、三人の顔を見比べた。


「……あの、実は」


 少し迷ってから、映斗は正直に話すことにした。


「戦闘のことを考えて指示したわけじゃないんです」

「え?」


 岳が首を傾げる。


「皆さんの姿がカメラの中で重なってしまって、それぞれの動きが見えなくなっていたので……。もう少し立ち位置を変えてもらえたら、きれいに撮れると思っただけで」


 言い終えてから、映斗は申し訳なさそうに視線を落とした。


「戦闘中なのに、勝手に口を出してしまってすみません」


 短い沈黙が落ちる。やはり、余計なことを言ってしまっただろうか。映斗がそう考えた直後、岳が声を上げた。


「えっ、撮影のためだったんですか!?」

「は、はい」

「それであんなに動きやすくなったんですか!? すげえ!」


 岳は目を輝かせていた。映斗は思わず顔を上げる。


「……え?」

「いや、だって、俺たちが戦いやすくなったのって、山陰さんが撮りやすい位置に動いたからってことですよね? それ、めちゃくちゃすごくないですか?」

「確かに、そういうことになるわね」


 瑞希も感心したように頷いた。


「少なくとも、私たちにとっては助かる指示でした。謝っていただくようなことではありませんよ」

「そうですよ! むしろ、またああいう場面があったら教えてほしいくらいです!」


 凛花が笑顔で言う。映斗は三人の顔を見つめた。誰も、自分の言葉を迷惑だとは思っていない。それどころか、役に立ったと言ってくれている。胸の奥で固まっていたものが、少しずつほどけていくような気がした。


「……ありがとうございます」


 ようやく出てきたのは、それだけだった。岳は不思議そうに首を傾げたが、すぐにいつもの明るい笑顔を浮かべた。


「いやいや、お礼を言うのはこっちですよ! 今日もありがとうございました!」

「こちらこそ。皆さんの戦い、すごく格好よかったです」


 映斗がそう答えると、岳は照れくさそうに笑った。


「へへっ、そう言ってもらえると嬉しいっすね!」

「最後の一撃、ちゃんと撮れてましたか?」


 瑞希が尋ねる。


「はい。岳くんが踏み込むところから、ボスを倒す瞬間まで、しっかり撮れたと思います」

「やった!」


 岳が拳を握った。


「じゃあ、また映像を見るのが楽しみだな!」

「私も早く見たいです! 最後の連携、絶対格好よく撮れてますよね!」

「凛花、自分で言う?」

「だって、今回は結構うまくいったじゃん!」


 三人の楽しそうなやり取りを聞きながら、映斗は小さく笑った。さっきまで感じていた不安が嘘のようだった。カメラを構えている間は、余計なことを考えずにいられた。そして撮影が終わったあとも、こうして自分の映像を楽しみにしてくれる人たちがいる。そのことが、映斗には何より嬉しかった。



◇ ◇ ◇



 ボス部屋を出た四人は、来た道を戻り、青梅ダンジョンの入口へ向かった。帰り道でも、岳たちの話題は先ほどの戦闘で持ちきりだった。特に映斗の指示によって動きやすくなったことが印象に残っているらしく、三人は何度もその場面を振り返っていた。映斗はそのたびに、撮影のために位置を変えてもらっただけだと説明したが、岳たちの感心した様子は変わらなかった。


 やがて入口へ戻ると、外の明るさが四人を迎えた。


「いやー、今日も楽しかった!」


 岳が大きく伸びをする。


「お疲れさまでした、山陰さん。長い時間、ありがとうございました」

「こちらこそ。皆さんのおかげで、いい映像が撮れました」


 映斗はカメラバッグの肩紐を持ち直した。今回の撮影データは、帰宅してからゆっくり確認するつもりだった。最後の連携攻撃はもちろん、序盤の攻防や風の刃が放たれた瞬間にも、使いたい場面がいくつもある。そこで、ふと一つの考えが浮かんだ。


「あの、皆さん」

「はい?」

「今回のボス戦なんですけど、前にお送りした一階層から四階層までの映像と、ひとつにまとめてみようと思っているんです」


 岳が目を丸くした。


「えっ、前の映像とですか?」

「はい。前回の映像は四階層まででしたから、今回のボス戦を最後につなげれば、青梅ダンジョンの攻略を最初から最後まで見られる動画になると思って」


 映斗は言葉を続けた。


「もちろん、ただ後ろにつなげるだけじゃなくて、全体の流れも見直して編集するつもりです。探索中の場面も少し残しながら、皆さんの戦いが見やすいようにできればと」

「それ、めっちゃいいじゃないですか!」


 岳が身を乗り出した。


「一階層からボス戦まで全部見られるってことですよね!?」

「はい。そのつもりです」

「いいですね。前回の映像もすごく見やすかったですし、今回のボス戦まで入ったらかなり見応えがありそうです」


 瑞希も嬉しそうに頷く。


「私、あの最後の連携がもう一回見たいです! 自分たちがどんなふうに動いてたのか、すごく気になります!」


 凛花の言葉に、映斗は自然と笑顔になった。


「わかりました。では、前回の映像と合わせて編集してみますね。完成したら、また皆さんにお送りします」

「ありがとうございます!」


 三人の声が重なった。その反応を見ていると、早く家に帰って編集を始めたくなってくる。どの場面を使おうか。戦闘の迫力をどう伝えようか。三人の表情や、探索中の何気ない会話も、できるだけ残したい。考え始めると、次々にやりたいことが浮かんできた。


「じゃあ、山陰さん。また連絡します!」

「はい。今日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました!」

「編集、楽しみにしていますね」

「山陰さん、またお願いします!」


 岳、瑞希、凛花がそれぞれ手を振る。映斗も軽く頭を下げ、三人に背を向けた。


 肩に掛けたカメラバッグは、来たときと同じ重さのはずだった。それなのに、帰り道を歩く足取りは不思議と軽い。映斗はバッグの肩紐を握り直しながら、今日撮影したばかりの映像を思い返した。


 きっと、いい動画になる。


 映斗はそう確信しながら、駅へ向かって歩き出した。

読んでいただきありがとうございます。

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