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第11話 広がり始めた蒼星の輝き

 青梅ダンジョンでの撮影から翌日。映斗は自宅のパソコンの前で、完成した動画を最初から見直していた。


 以前編集した一階層から四階層までの映像に、今回撮影した第五階層のボス戦を加え、全体の流れを整え直したものだ。探索中の何気ない会話や、階層ごとの戦闘を適度に残しながら、最後にはフォレストウルフロードとの激しい攻防が待っている。


 映斗は再生位置を動かし、ボス戦の途中で映像を止めた。


 画面の中では、岳が大剣を構え、その後方に瑞希が立っている。さらに左側には、狼の死角へ回り込もうとする凛花の姿があった。三人の立ち位置がはっきりとわかり、誰がどこで何をしているのか、一目で理解できる。


「……うん、いい感じだ」


 映斗は小さく頷き、再生を再開した。


 岳が右へ移動する直前。風の刃が草を切り裂く音の奥に、ごくかすかな自分の声が混じっている。事情を知らなければ、戦闘中の雑音の一つとして聞き流してしまうほど小さな音だった。


 映斗は少しだけ眉を寄せた。


 あのときは撮影に夢中で、三人へ立ち位置を変えてほしいと頼んでしまった。岳たちは感謝してくれたが、映斗自身は戦闘の指揮をしたつもりなどない。それでも、こうして映像を見返すと、三人の動きが変わるきっかけを自分が作ってしまったことはわかる。


 しばらく考えたあと、映斗はそのまま残すことにした。


 カメラには前方の音を重点的に拾う指向性の高いマイクを取り付けている。加えて、映斗自身も自分の声や息遣いを録音に乗せない技術を身につけていた。そのため、戦闘中に発した声はほとんど聞こえない。それに、三人の動きを不自然に切り取る必要もなかった。何より、三人が協力してボスを倒した場面を、できるだけありのまま伝えたかった。


 映斗は動画を最後まで再生し、映像や音声に問題がないことを確認した。そして保存を終えると、スマートフォンを手に取った。


『皆さん、お疲れさまです。青梅ダンジョンの動画が完成しました。お時間のあるときに、一度確認していただけませんか?』


 蒼星の三人がいるグループチャットへ送信する。


 返事が届いたのは、それから数分後だった。


『完成したんですか!? 見たいです!』

『やったー! 早く見たいです!』

『私も確認したいです。せっかくなので、四人で集まって見ませんか?』


 瑞希の提案に、映斗は少し驚いた。


 完成した動画を送れば、それぞれで確認してもらえると思っていた。しかし、三人が直接会って見たいと言ってくれるのは嬉しい。映斗はすぐに了承の返事を送り、四人の予定を合わせることになった。



◇ ◇ ◇



 翌日の午後、映斗は駅近くのカフェを訪れていた。


 店内の奥にある四人掛けのテーブルには、すでに岳たちが集まっている。映斗の姿に気づいた岳が、大きく手を振った。


「山陰さん! こっちです!」

「お待たせしました。皆さん、こんにちは」

「こんにちは! 動画、楽しみにしてました!」

「私もです。昨日からずっと気になってて」


 凛花が笑顔で迎え、瑞希も軽く頭を下げる。映斗は空いている席に腰を下ろし、バッグからタブレットを取り出した。


 注文した飲み物が揃ったところで、映斗は動画を開いた。三人が画面を見やすいようにタブレットの向きを調整すると、岳が待ちきれない様子で身を乗り出す。


「じゃあ、早速見てもいいですか?」

「はい。まだ気になるところがあれば直せますので、遠慮なく言ってください」

「了解です!」


 映斗が再生ボタンを押すと、画面に青梅ダンジョンの入口が映し出された。


 動画は、岳たちが探索を始める場面から始まっていた。一階層での戦闘、移動中の何気ない会話、三階層でのフォレストスパイダーとの攻防。以前三人に見せた映像を基本にしながら、全体の流れに合わせて少しだけ構成を変えている。


 そして、四階層での戦闘が終わり、映像は第五階層へと切り替わった。


「あっ、ここからですね!」


 凛花がタブレットへ顔を近づける。


 画面には、重い扉が開き、その向こうに広がるボス部屋が映し出されていた。中央に横たわる巨大な狼がゆっくりと頭を持ち上げ、岳たちが武器を構える。


「うわ、こうして見るとやっぱりでけえ……」

「映像で見ても圧倒されるわね」


 岳と瑞希が画面を見つめる。


 戦闘が始まると、三人の表情が少しずつ真剣になっていった。岳の大剣が振り下ろされ、瑞希の水魔法が飛び、凛花が素早く側面へ回り込んで短剣で斬りつける。映斗のカメラはそれぞれの動きを捉えながら、戦場全体の様子もわかるように動いていた。


「これ、凛花が後ろに回ってるところまで映ってるんだ」

「本当だ。私、あのとき岳の動きは見えてなかったんだけど、こんなふうになってたんだね」


 やがてボスが風の刃を放ち、三人の連携が崩れ始める。


 画面の中で岳と瑞希の姿が重なり、凛花が巨体の向こうへ隠れかけた。その直後、岳が右へ移動する。直前まで立っていた場所を風の刃が通り抜け、続いて瑞希が後方へ下がり、凛花が左側へ回り込んだ。


「あ、ここだ!」


 岳が声を上げた。


「山陰さんに右へって言われたところですね!」

「ええ。映像で見ると、私たちの位置がどう変わったのか、よくわかるわね」


 瑞希が画面を指さす。


 先ほどまで重なっていた三人の姿が、それぞれ別の位置へ移っている。岳が正面で注意を引きつけ、瑞希が後方から魔法を放ち、凛花が側面から攻撃する。その動きが一つの画面に収まり、互いの攻撃がつながっていく様子もはっきりと映っていた。


「私が左に回ったところも、ちゃんと映ってる!」


 凛花は自分の姿を指さした。


「しかも、ボスの後ろに回り込むところまで見える! 山陰さん、あのとき私のことも追ってたんですね」

「はい。凛花さんの動きは速いので、できるだけ見失わないようにしていました」


 映斗が答えると、岳が感心したように画面を見つめた。


「でも、これすごいっすね。俺たちが動く前から、カメラがそっち向いてるみたいだ」

「そうですか?」

「はい! 俺が右に動くところも、凛花が飛び込むところも、ちゃんと撮れてるじゃないですか!」


 映斗は少し考えてから答えた。


「皆さんの動きを見ていると、次にどちらへ行くのか、なんとなくわかることがあるんです。もちろん、外れることもありますけど」

「なんとなく……」


 瑞希は不思議そうに首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。


 動画の中では、最後の連携攻撃が始まっていた。瑞希の水の壁が風刃を弱め、凛花が後脚を捉え、岳が大剣を振り下ろす。そして巨大な狼が倒れ、光の粒となって消えていくと、画面の中の岳が大剣を掲げた。


『……よっしゃあああっ!』


 その声に、テーブルの三人が同時に笑った。


「俺、こんな大声出してたんだな!」

「出してたよ。すっごく嬉しそうだった」

「まあ、いいじゃない。ちゃんと倒せたんだし」


 やがて動画が終わると、岳は満足そうに背もたれへ身体を預けた。


「いやー、最高でした! 山陰さん、ありがとうございます!」

「こちらこそ。気に入っていただけたならよかったです」

「気に入るどころじゃないですよ! これ、早くみんなに見てもらいたいです!」


 凛花も大きく頷き、瑞希が続けた。


「私も、このままでいいと思います。自分たちの戦いをここまで客観的に見られる機会って、なかなかありませんから」


 映斗は三人の顔を見回した。誰も不満そうな様子はなく、むしろ早く公開したいという気持ちが伝わってくる。その反応に、胸の奥が温かくなった。


「それなら、よかったです。皆さんのチャンネルで、ぜひ使ってください」

「もちろんです!」


 岳が勢いよく頷いた。


「帰ったら、早速投稿します!」



◇ ◇ ◇



 その日の夕方、『蒼星』のチャンネルに一本の動画が公開された。


 タイトルは『【青梅ダンジョン】Eランクパーティー『蒼星』が第五階層のボスに挑戦!【攻略】』。


 岳は公開した動画のリンクをグループチャットへ送り、瑞希と凛花、そして映斗にも報告した。


『投稿できました! 山陰さん、本当にありがとうございます!』

『公開おめでとうございます。たくさんの人に見てもらえるといいですね』


 映斗が返信すると、すぐに凛花からもメッセージが届いた。


『私、もう一回見ちゃいました!』

『さっき一緒に見たばかりでしょう』

『だって何回見ても格好いいんだもん!』


 そんなやり取りをしながら、四人は公開を喜び合った。


 ただ、再生回数の伸びは穏やかだった。


 公開から一時間ほど経っても、数字はまだ二桁。夕食を終えた頃になって、ようやく百回を超えた。これまでの投稿と比べて特別悪いわけではなかったが、岳としては、もう少し多くの人に見てもらいたい気持ちもあった。


「まあ、そんなすぐには伸びないよな」


 自宅でスマートフォンを眺めながら、岳は小さく呟いた。


 それでも、動画そのものには満足していた。これまで自分たちで撮影してきた映像とは、見やすさも迫力もまるで違う。少しずつでも見てくれる人が増えればいい。そう考えて、岳はスマートフォンを机に置いた。



◇ ◇ ◇



 その頃、都内のマンションの一室では、一人の男性が日課のダンジョン探索動画巡りを楽しんでいた。


 その男性もかつては、いわゆる『人気パーティー』と呼ばれる高ランク探索者たちの動画を観ていたが、一周回って、最近はルーキー探索者パーティーの動画を観るのが楽しみの一つとなっていた。


 駆け出しパーティーの動画は探せばいくらでも見つかるが、その多くはドローンによる撮影だった。戦闘を斜め上から俯瞰するような映像が中心で、全体の動きはわかりやすいものの、どうしても迫力に欠ける。そんな動画が多いことも、男性はよく知っていた。


 今日もいつもと変わらず、おすすめ欄には似たようなサムネイルばかりが並ぶ中、気になる動画が目に留まった。


「やけに動きのあるサムネだな......」


 男性は小さく呟き、その動画をクリックする。


 タイトルから、Eランクの青梅ダンジョンを探索している駆け出し探索者パーティーで間違いなさそうだが、動画の冒頭の画角から、ドローンではなくカメラマンによって撮影された映像であることがわかった。


 しばらく見ているうちに、男性は画面に映る三人の探索者が、なかなか戦闘センスに恵まれていることに気づいた。しかし、それ以上に目を引いたのは、映像そのものの迫力だった。


「おもしろいかも......」


 男性の口から思わず言葉が漏れる。


 五層に進み、ボスの風刃によって崩れかけた三人の連携。それが、ある瞬間から急に立て直されている。しかも、三人の動きが変わる直前から、カメラはそれぞれの移動先を捉えるように動いていた。


 男性はその場面を何度か見返した。


 岳が右へ動き、瑞希が後方へ下がり、凛花が左側へ回り込む。その一連の動きを、カメラは迷うことなく追い続けている。偶然にしては、あまりにもきれいに収まりすぎていた。


 しばらく考えたあと、男性はその部分を切り抜き、短いコメントを添えてSNSへ投稿した。


『このEランクのボス戦、途中から連携が急によくなるんだけど、カメラワークもおかしくない?』


 最初は、ほんの数人がその投稿を見ただけだった。


 しかし、切り抜き動画を見た人が別の人へ共有し、そこからさらに広がっていく。元の動画を確認する人も現れ、夜が更けるにつれて、『蒼星』の攻略動画へ流れ込む視聴者は少しずつ増え始めていた。

 もっとも、岳たちがその変化に気づくのは、翌朝になってからのことだった。

読んでいただきありがとうございます。

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