第5話 蒼星
高尾ダンジョンを出た三人は、駅へ向かう道を並んで歩いていた。大剣を背負った桐谷 岳は、先ほどまでいたダンジョンの方を何度も振り返っている。すでに入り口は見えなくなっていたが、あの戦いの光景は、まだ頭から離れなかった。
「……でもさ、久世さん、すごかったよな」
何度目になるか分からない感想に、隣を歩く白瀬 瑞希が小さく笑った。
「それ、さっきも言ってたわよ」
「だって、すごかっただろ。あんなでかいモンスター相手に、ほとんど一方的だったんだぞ」
「まあ、それはそうだけど」
「途中からしか見てないけど、それでも十分すごかったよね。最後なんて何が起きたか分かんなかったもん」
反対側を歩く風間 凛花が、両手を大きく広げてみせる。岳は勢いよく頷いた。
「そう! あれだよ、あれ! 俺もいつかあんな技を使ってみたい!」
「まずは自分の大剣をもっと上手に扱えるようになりなさいよ」
「扱えてるだろ!」
「振り回せてはいるわね」
「同じ意味じゃねえの?」
「全然違うわよ」
瑞希が呆れたように返すと、凛花が声を上げて笑った。
桐谷岳、白瀬瑞希、風間凛花。この三人は『蒼星』というパーティーを組んでいる、現在Eランクの駆け出し探索者だ。岳が前衛で大剣を使って戦う剣士、瑞希が水魔法を扱う魔法士、凛花が二本の短剣を武器とする斥候を担当している。まだ経験は浅いものの、三人での探索にも慣れ始め、最近ではEランクダンジョンの中層まで安定して進めるようになっていた。
それでも、Aランク探索者の戦闘を間近で見る機会など滅多にない。普段は配信で見るだけの存在が、自分たちと同じ場所で、目の前のモンスターを相手に戦っていたのだ。画面越しでは分からなかった迫力も、剣を振るう速さも、今なら少しは理解できる気がした。
「俺、最初から見たかったなあ」
岳が残念そうに肩を落とす。
三人が戦闘を目にしたのは、五階層から六階層へ下りた後のことだった。久世からは地上へ戻るよう言われていたものの、階段付近で聞こえてきた轟音に足を止め、様子を確かめたところで戦闘を目撃したのだ。
「途中からでも見られただけ運が良かったと思うけど。そもそも、戻れって言われてたんだから」
「それは分かってるけどさぁ。あんな機会、次いつあるか分かんないだろ?」
「うちのリーダー様の向上心は素晴らしいですなぁ~」
凛花が妙に改まった口調で言い、岳の顔を覗き込む。
「なんだよ、その言い方」
「いやいや、感心してるんですよ。さすがは『蒼星』のリーダー様」
「絶対馬鹿にしてるだろ。だって、あんな戦い方できるようになったら、もっと深いところに行って、もっともっと強い敵と戦えるだろ。っていうか、向上心ならお前らだって負けてねーだろ!」
「それはそのとおりね」
瑞希が迷わず答えると、岳は得意げに凛花を見た。
「ほらな!」
「はいはい。私だって強くなりたいですよーだ」
凛花は笑いながら答えたが、その目にはまだ、先ほどの戦闘を見たときの興奮が残っていた。
しばらく三人で久世の剣技について話していたものの、やがて会話が途切れた。岳が大剣を背負い直したところで、凛花が何かを思い出したように口を開く。
「でもさ……結局、あれって何だったんだろうね」
「あのモンスターか?」
「うん。あんなの、高尾にいたっけ?」
岳は首を横に振った。
「分からない。あんなモンスター、配信でも見たことない」
「私も知らないわ。そもそも、今日は出てくるモンスター自体がおかしかったし」
瑞希の言葉に、二人も頷いた。
六階層ではブラックコボルトが現れ、七階層ではその数が増えたうえにルナホーンディアまで出現した。そして八階層には、本来十階層のボスであるキングルナホーンディアがいたという。
岳たちは実際に八階層まで進んだわけではない。だが、帰り際に耳にした話や、地上へ戻ってから確認した配信の情報を合わせると、普段の高尾ダンジョンとは明らかに様子が違っていた。
「キングルナホーンディアが八層にいたってのも変だよな。あいつ、十層のボスだろ?」
「それを一撃で倒したのが、あの赤い目のモンスターなんでしょ? ちょっと想像できないわね」
「私はもう一回見てみたいかも。あの炎、すごかったし」
「凛花、あんたね……」
瑞希が眉を寄せると、凛花は悪びれずに笑った。
「もちろん、安全なところからだよ?」
「それでも危ないと思うけど」
「まあ、あれは久世さんに任せるしかなかったよな」
岳がそう言ったところで、ポケットのスマートフォンが振動した。画面に表示されていたのは、探索者向け掲示板の通知だった。今日のアイドル配信について立てられたスレッドが、急速に書き込みを増やしているらしい。
「お、やっぱ話題になってる」
「何が?」
「さっきのモンスター。ほら」
岳がスマートフォンを二人の方へ向けると、瑞希と凛花も歩く速度を緩め、画面を覗き込んだ。
◇ ◇ ◇
【高尾ダンジョン】今日のアイドル配信見てた奴いる?【何あれ】
001. 名無しの探索者
今日のアイドル配信見てた奴いる? 途中から明らかにおかしかったんだけど。
002. 名無しの探索者
見てた。六層でブラックコボルトが出てきた時点で変だと思ったわ。
003. 名無しの探索者
七層はもっとやばかったぞ。ブラックコボルトが何体もいたし、ルナホーンディアまで出てきてた。
004. 名無しの探索者
ルナホーンディアって、もっと下の階層にいるモンスターじゃなかったっけ?
005. 名無しの探索者
そうだよ。あれが七層にいるのはおかしい。
006. 名無しの探索者
いや、それより八層だろ。キングルナホーンディアが出てきたぞ。
007. 名無しの探索者
あれ十層のダンジョンボスだよな? なんで八層にいるんだよ。
008. 名無しの探索者
しかもキングルナホーンディア、いきなり炎で吹っ飛ばされてなかった?
009. 名無しの探索者
吹っ飛ばされたっていうか、一撃で倒されてた。あれだけでも相当やばい。
010. 名無しの探索者
その直前、赤い目みたいなのが映ってたよな。奥にでかい影もあった気がする。
011. 名無しの探索者
俺も見た。人型っぽく見えたけど、一瞬だったからよく分からん。
012. 名無しの探索者
あの後、配信終わったよな。カメラが壊れたのか?
013. 名無しの探索者
たぶん。アイドルたち無事なのかな。そこが一番気になる。
014. 名無しの探索者
探索者協会から何か発表ないの? あんなの高尾にいたら普通に危険だろ。
015. 名無しの探索者
そういや今日、高尾の入り口で久世さん見たぞ。
016. 名無しの探索者
久世さんって、『銀嶺之剣』の久世?
017. 名無しの探索者
そう。銀嶺の他のメンバーはいなくて、久世さんだけ。あと、カメラマンっぽい人を連れてた。
018. 名無しの探索者
マジか。じゃあ協会が久世さん呼んだのか?
019. 名無しの探索者
だったら、あの赤い目のやつも久世さんが倒したんじゃね?
020. 名無しの探索者
まだ分からんけど、Aランクが来てたなら可能性はあるな。とりあえず公式発表待ちだろ。
◇ ◇ ◇
「久世さんのこと、もう書かれてるんだな」
岳が画面を指で滑らせる。続く書き込みでも、久世が例のモンスターを倒したのではないかという推測が飛び交っていたが、詳しいことを知っている者はいないようだった。
「まあ、あんなことがあったんだもの。気になる人は多いでしょうね」
「でも、あの人が久世さんだって知らなかった人もいるんだ」
凛花の言葉に、瑞希は少し考えてから答えた。
「配信には映ってなかったんでしょ? だったら、知らない人がほとんど思うわ」
「そっか。私たちは直接会ったから分かるけど、配信を見てた人たちは、あの後どうなったかも知らないんだもんね」
岳は掲示板を閉じ、スマートフォンをポケットへ戻した。
今日の出来事がどれほど珍しいものだったのか、改めて実感する。高尾ダンジョンは初心者にも利用される場所で、『蒼星』にとっても馴染みのある探索先だ。そこで、あれほど危険なモンスターが現れるなど、昨日まで誰が想像しただろう。
「しばらく高尾には入れないかもしれないな」
岳が呟くと、瑞希も同意した。
「調査が入るでしょうね。あんなことがあった後だし」
「じゃあ、次は別のダンジョンに行く?」
「それも考えないとな。まあ、今日はもう帰ろうぜ。さすがに疲れた」
凛花が大きく伸びをする。
「賛成! 私、お腹空いた!」
「さっきも何か食べてなかった?」
「それとこれとは別なの」
そんなやり取りをしながら駅へ向かっていると、今度は瑞希のスマートフォンが鳴った。通知を確認した彼女が足を止める。
「……待って。探索者協会から発表が出たみたい」
「えっ、もう?」
岳と凛花が左右から画面を覗き込む。そこには、高尾ダンジョンで発生した事案についての速報が掲載されていた。
協会の発表によれば、通常とは異なる階層に複数のモンスターが出現していたことが確認され、さらに既存の分類に該当しないモンスターが発見されたという。
協会はそのモンスターを、暫定的に『異常個体』と呼称した。
公開された特徴は、黒に近い体色を持つ大型の二足歩行型モンスター。赤く光る目と長い腕、鋭い爪を備え、強力な炎属性の魔法を使用するというものだった。また、その攻撃によってキングルナホーンディアが一撃で倒されたことも記されている。
そして、発表の最後には、異常個体がすでに討伐されたことが明記されていた。
討伐者は、Aランク探索者『銀嶺之剣』所属、久世恒一。
「そりゃそうだよな。あんな戦いを見せられたら、納得するしかねえよ」
岳は画面に表示された名前を見ながら、感心したように息を吐いた。
「そうね。あれだけのモンスターを相手に、最後まで押し切っちゃうんだもの」
「でも、これで一安心ってことなのかな?」
「少なくとも、あのモンスターについてはね。ただ、ほかの階層にも異変があったみたいだし、調査が終わるまでは何とも言えないわ」
瑞希は発表の続きを読み進めた。異常個体の詳しい生態や出現原因については現在調査中であり、高尾ダンジョンへの立ち入りは当面の間制限されるという。
「やっぱり、しばらく入れないみたい」
「そっか。じゃあ次の探索先は考え直しだな」
岳はそう言いながらも、まだ発表の画面を見ていた。
キングルナホーンディアを一撃で倒すモンスター。そして、その相手と正面から戦い、討伐した久世恒一。
同じ探索者という肩書きを持っていても、今の自分たちとはまるで違う場所にいる人間だ。あの戦いを見た後では、その差を嫌でも思い知らされる。だが、不思議と落ち込む気にはならなかった。むしろ、あんな戦いができるようになるまでには、どれほどの経験が必要なのだろうと考えてしまう。大剣の握り方一つ、踏み込む足の運び一つを思い返すだけでも、試してみたいことが次々に浮かんできた。
「なあ、二人とも」
岳が顔を上げる。
「何よ、急に」
「俺たち、さっさとDランクに上がろうぜ」
瑞希は岳の顔を見て、それから小さく頷いた。
「そうね。いつまでもEランクで足踏みしてるわけにはいかないもの」
「おっ、リーダー様、やる気満々じゃん!」
凛花が楽しそうに笑う。
「当たり前だろ。俺たちが目指してるのは、もっと上なんだからさ。まずはDランクくらい、早いとこ突破しないとな」
「ただし、焦って無理をするのは禁物よ。昇格を急いで怪我でもしたら意味がないんだから」
「分かってるって。ちゃんと三人で相談しながら進めようぜ」
「本当かしら」
「信用ねえな!」
岳が抗議すると、瑞希は笑いをこらえるように顔を背けた。
「まあ、私も同じ気持ちよ。早く次の段階に進みたいもの」
「決まりだね!」
凛花が二人の肩を軽く叩き、先に歩き出す。
「じゃあ、『蒼星』のDランク昇格を目指して、まずは作戦会議だ!」
「お、いいな。どこでやる?」
「もちろん、ご飯食べながら!」
「結局それが目的じゃねえか!」
岳の声に凛花が笑い、瑞希も呆れたように後を追った。
駅へ向かう道には、いつもと変わらない人の流れがあった。ダンジョンの中で何が起きようと、街の景色は簡単には変わらない。それでも、今日あの戦いを目にした三人にとっては、少しだけ違って見えていた。
まずはDランクへ。
まだ遠い目標ではあるが、三人はそのために何をすべきかを話し合いながら、駅へと歩いていった。
読んでいただきありがとうございます。
『★ ★ ★ ★ ★』
で応援いただけると励みになります。




