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第4話 異常個体

 高尾駅で電車を降りた映斗は、改札を抜けると、そのまま高尾ダンジョンへ向かった。


 駅からダンジョンまでは、それほど距離がない。普段から多くの探索者が行き交う道を歩きながら、映斗はスマートフォンをポケットへしまった。さっきまで画面に映っていた配信の最後の場面が、頭から離れない。あの先で、何が起きたのか。それを知りたい。そして何より、映斗は自分のカメラで、あのモンスターを撮ってみたかった。


 高尾ダンジョンの入口へ近づくにつれ、普段とは違う緊張感が漂っていることに気付いた。入口付近には協会の職員や探索者の姿があり、何人かは奥の様子を気にするように話し込んでいる。映斗がそのまま入口へ向かっていると、横から声を掛けられた。


「あんた、カメラマンか?」


 振り向くと、大柄な男が立っていた。三十代半ばくらいだろうか。背中には大きな両手剣を背負っている。身体つきも一般の探索者とは明らかに違い、ただ立っているだけで、長年ダンジョンを歩いてきた人間だと分かる雰囲気があった。


「はい」


 映斗が答えると、男は映斗の持っているカメラバッグへ目を向けた。


「久世 恒一(くぜこういち)だ。Aランク探索者をやってる」

「山陰 映斗(やまかげえいと)です」

「協会から要請があって来たんだが、今回の件、ちょっとばかしイレギュラーなことが起きてるらしい」

「はい。さっきまで配信を見てたので知ってます」


 久世は映斗の返答を聞き、少しだけ口角を上げた。


「なら話は早い。後々、協会に証拠として提出する記録を撮りたいんだが、あんた、頼めるか?」

「はい。撮影ならできます」

「助かる。俺一人でも中には入れるが、今回はモンスターだけじゃない。ダンジョンそのものに異常が出てるみたいだからな。できるだけ中の様子を撮ってもらいたい」

「分かりました」


 久世からの説明を聞き、映斗は頷いた。


「中にいたパーティーの配信が途切れてる。あの先で何が起きてるのかは分からない。だから今回は、原因の確認と記録も兼ねてる」


 久世はダンジョンの入口へ視線を向けた。


「じゃあ、行くか」

「はい」


 二人は並んで、高尾ダンジョンへ入った。



◇ ◇ ◇



 ダンジョンへ入ってから、しばらくの間は何も起こらなかった。久世は一定の速度を保ちながら先を進み、その少し後ろを映斗がカメラを構えてついていく。


 今回は配信ではない。撮影した映像は、そのまま記録として保存されていく。映斗は久世の動きを中心に収めながら、ときどき周囲の壁や床、現れるモンスターの様子も撮影していた。浅い階層では、普段と変わったところは見当たらない。


 久世は先を進みながら、ときどき後ろにいる映斗へ目を向けていた。今回のような調査でカメラマンが同行すること自体は珍しくない。ただ、戦闘になれば撮影のために距離を取る必要があるため、久世も映斗の位置を気にしているようだった。


 ところが、数分ほど進んだところで、久世はふと後ろを振り返った。映斗との距離が、ほとんど変わっていない。映斗は息を切らすこともなく、カメラを構えたまま周囲を確認しながら進んでいた。


「あんた、平気か?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、少しスピード上げるぞ」

「分かりました」


 久世が走る速度を上げる。映斗も、そのままついていった。


 久世はもう一度、速度を上げた。それでも映斗は遅れない。カメラを持っているにもかかわらず、足取りは安定している。しかも、ただ走ってついていくだけではない。周囲の状況を確認しながら、必要なときには壁際へ寄り、久世の動きに合わせて撮影位置を変えていた。


 久世がちらりと後ろを振り返り、わずかに眉を寄せた。


「へえ......」


 小さく漏れた声に、映斗は首を傾げたが、久世は何も言わずに走り続けた。そのまま二人は、五階層へ到達した。



◇ ◇ ◇



 五階層の通路を進んでいると、少し先に三人の探索者が見えた。先頭にいたのは、大剣を持った少年。その隣には、杖を持たずに水魔法を操る少女がいる。もう一人の少女は、腰に二本の短剣を携えていた。


 映斗はその姿を見た瞬間、足を止めそうになった。


(あ、さっき配信で見たパーティーだ……)


 久世が三人へ声を掛ける。


「おい!」


 久世の声に、三人が少し驚いた様子で振り返った。久世は彼らの装備と様子を一目見て、それから先の階段へ視線を向けた。


「ここから先は危ない。急いで上に戻れ」

「え?」


 大剣を持った少年が戸惑う。


「このダンジョンで異常が起きてる。この先、何がいるか分からない。戻るんだ」


 三人は顔を見合わせる。やがて、大剣を持った少年が頷いた。


「……わ、分かりました!」


 少年の返事を聞くと、久世は六階層へ続く階段へ向かった。映斗もその後ろをついていく。


 しかし、五階層に残った三人は、そのまま上へ戻ることはしなかった。


「……言われてみればだけど、下の階層ですごい音してない?」


 短剣を持った少女が階段の方を見る。下からは、何かがぶつかるような音が聞こえてきていた。


「戦ってるみたいだな」


 大剣を持った少年も階段へ近づいた。


「でも、降りるのは危ないよ」

「分かってる。ここから見るだけ」


 三人は六階層へ下りる階段付近まで移動した。下から響いてくる戦闘音が、次第に大きくなっていく。



◇ ◇ ◇



 六階層へ下りた久世と映斗は、すぐに激しい戦闘音を聞いた。


「こっちだ」


 久世が走る。映斗もカメラを構えたまま続いた。


 角を曲がった先に、三人の探索者がいた。全員が傷だらけだった。防具はところどころ壊れ、身体には大量の血が滲んでいる。それでも、武器だけは手放していない。


 その後ろには、配信で見たアイドルが立っていた。身体が震えている。足が動かないのか、その場から逃げることもできずにいた。少し離れた場所には、カメラマンが倒れている。意識を失っているようで、動く気配はない。


 そして、その前に一体の巨大なモンスターが立っていた。


 人間に似た二本の脚。太い胴体。人間よりも長い腕。その先に伸びた鋭い爪。全身を覆っているのは、黒に近い暗い色の皮膚だった。顔には赤い目が二つある。高さは三メートル近い。人型に近い形をしているのに、そこに人間らしさはまったくなかった。


 モンスターが腕を振り上げる。三人のうち一人が盾を構えた。次の瞬間、巨大な拳が盾へ叩きつけられる。


「ぐっ……!」


 身体が後ろへ滑る。別の一人が横から斬り込んだ。モンスターは腕を振って剣を弾き、そのまま反対側の拳を振り抜く。


「危ない!」


 仲間が叫ぶ。斬撃を放った探索者が身を屈め、拳を躱した。その隙に、別の探索者がモンスターの背後へ回る。しかし、モンスターは振り返りざまに腕を振った。


 攻撃を避ける。盾で受ける。斬り返す。三人は必死に戦い続けていたが、明らかに限界が近かった。


 その瞬間、久世が走り込んだ。


「そこを離れろ!」


 モンスターが振り向く。久世はそのまま、巨大な両手剣を振り抜いた。刃とモンスターの腕がぶつかり、激しい音が響く。モンスターの身体が、わずかに傾いた。


「下がってろ!」


 三人が後ろへ下がる。久世は一人でモンスターの前に立った。映斗は少し離れた場所でカメラを構える。


 ここからが、本当の戦いだった。



◇ ◇ ◇



 久世が踏み込む。巨大な両手剣が横薙ぎに振られた。モンスターは身体を引いて避けると、すぐに拳を振り抜く。久世は身体を捻ってかわし、そのまま剣を振り上げた。刃がモンスターの胴体へ入る。しかし、浅い。黒い皮膚に傷はついたものの、深く斬り込むことができない。


「硬いな……」


 久世が苦い顔で呟く。


 するとモンスターが踏み込んだ。大きな拳がものすごい速度で接近するが、久世は危なげなく回避する。続く蹴りを剣で受け流し、そのまま横へ移動した。


 モンスターは止まらない。再び拳を振る。その拳を久世が剣で受け流し、勢いを利用して身体を回転させ、斬り返す。それでも傷は浅い。


 久世のほうが戦闘技術では明らかに上だった。しかし、モンスターの身体は異常なほど硬く、何度斬りつけても決定的な傷を与えられない。


 映斗はファインダー越しに二人の動きを追っていた。久世は動きに無駄がない。モンスターの攻撃が来るたび、最も安全な位置へ身体を移している。それでも、モンスターにはスタミナという概念がないかのように、攻撃は止まらなかった。


 拳を避けた直後、反対側からもう一撃。それを躱したところへ、今度は蹴りが飛んでくる。久世は受け流し、距離を取った。その瞬間、モンスターの動きが止まった。


 赤い目がギラりと光る。胸の中央がわずかに赤く染まった。映斗がカメラを少しだけ近づける。


「なんだ......?」


 モンスターの右手が、ゆっくりと前へ出た。その手のひらの少し前に、赤い光が集まり始め、瞬く間に大きくなった。拳よりも大きく、やがて頭ほどの大きさになり、さらに膨らんでいく。


 数瞬の後、巨大な火球が生成された。炎が渦を巻きながら、モンスターの手の前で激しく燃えている。


「……!」


 久世が身構える。


 次の瞬間、モンスターの腕から巨大な火球が一直線に飛び、空気を焼きながら真っ直ぐ久世へと迫る。久世は横へ飛び、火球を回避した。火球はその脇を通り抜け、背後の壁へ激突する。轟音とともに壁が吹き飛び、熱風が周囲へ広がった。


「チッ、とんでもねぇ威力だな……!」


 久世が着地すると、モンスターはその瞬間を狙っていたかのように、間髪入れずに踏み込み、拳を振った。久世が地を蹴り、身体を捻ってぎりぎりで避ける。


 続けて、またモンスターの手の前に火球が生まれた。先ほどと同じだ。巨大な火球が完成すると、一直線に放たれる。久世は今度もそれを躱した。


 映斗はカメラを動かしながら、その火球とモンスターの姿を追う。そして、二度目の火球が放たれる直前に気付いた。


 ――モンスターの身体が、わずかに膨らんでいる。


 肩の付け根が開いている。脚の付け根にも、わずかな隙間ができていた。そして、そこから赤い光が漏れている。


「……」


 映斗はファインダーから目を離さなかった。


 火球が放たれる。モンスターの身体が元に戻る。隙間も閉じていく。


 もう一度。モンスターの手の前に火球が生まれる。身体が膨らむ。関節が開く。赤い光が漏れる。


 映斗は、同じ現象が繰り返されていることに気付いた。


 久世とモンスター。その両方を画面に入れたい。映斗は半歩だけ左へ位置を変えた。その瞬間、モンスターの肩の付け根がはっきりと見えた。


「久世さん、少し右へお願いします」

「右?」

「はい。そこからなら、あのモンスターの動きと久世さんの攻撃を一緒に撮れます」

「……とりあえず分かった」


 久世が一歩横へ移動する。その直後、モンスターの手の前に大きな火球が生まれた。火球が膨らんでいくと、それに合わせるように、モンスターの身体も膨らむ。肩の付け根が開いた。


「……そこです! 肩の付け根!」


 久世の目が動く。巨大な両手剣が振り抜かれた。刃が肩の付け根へ食い込む。今まで浅い傷しかつけられなかった身体に、初めて深い傷が入った。


 モンスターが身体を大きく揺らす。火球が消え、赤い光も弱くなった。


「……なるほど。そこか」


 久世が呟いた。


 モンスターが怒り狂ったように咆哮し、拳を振り出すが、久世は横へ飛んで避けた。そして、そのまま距離を取る。


 久世との距離が離れたことで、モンスターが再び火球を作り始めた。手の前に集まった炎が、徐々に大きくなっていく。久世はその瞬間を狙って踏み込んだ。火球が放たれる直前、剣が肩へ入る。


 深い。


「グオォォォォ……」


 モンスターが大きく後退した。


 それから、モンスターは火球を作る回数を減らした。代わりに、拳や蹴りによる攻撃が増えていく。久世はそれを避け、受け、斬り返す。しかし、火球を使わなくなれば、身体の隙間が開くことも少なくなる。硬い身体へ、浅い傷だけが増えていく。


「そう簡単にはいかないか」


 久世が息を吐いた。モンスターは止まらない。久世が一度距離を取っても、すぐに追いついてくる。


 映斗はファインダー越しに、その戦いを追い続けた。火球を使うときだけ、身体の変化が大きくなる。そして、火球が大きくなるほど、その変化も大きくなっている。


 そのとき、モンスターの手の前に生まれた火球が、これまでより明らかに大きくなり始めた。赤い光が胸の奥から腕へ流れていく。身体が膨らむ。肩の付け根が開く。脚の付け根も開いていく。今までとは比べものにならないほど大きい。


 久世もその異変に気付いた。


「……でかいのが来るな」


 モンスターの手の前で巨大な炎が渦を巻きながら膨張していく。その大きさは、先ほどまでのものとは明らかに違った。


 映斗は一歩後ろへ下がった。カメラの中に、久世とモンスターの両方を入れる。そして、四つの関節が大きく開いていることに気付き、思わず声を上げた。


「久世さん、今なら全部入ります」

「何がだ?」

「あの隙間です。全部」


 久世が一瞬だけ映斗を見る。それから、モンスターへ視線を戻した。


「……そういうことか」


 モンスターの手の前で、巨大な火球がさらに膨らんだ。その形が徐々に前方へ伸び、巨大な炎の塊が槍のような形へと変わっていく。膨大な熱気が周囲へ伝わり、床が焼け、空気が揺らめいている。


「グオォォォォォォォォ!!」


 モンスターが咆哮した。その瞬間、久世の姿が消えた。


 ――縮地。


 一瞬で距離を詰めた久世の剣が、光の軌跡を引く。左脚の付け根から右脚の付け根へ。そこから右腕の付け根。そして最後に、左腕の付け根。四本の剣閃が、ほとんど同時に走った。


 ――四閃。


 巨大な身体から四肢が切り離される。モンスターは胴体だけになり、その場へ崩れ落ちた。その瞬間、手の前で生まれていた巨大な炎の槍が消失した。


 それと同時に、胸の奥の赤い光がさらに強くなる。四肢を失った胴体が大きく膨らみ、黒い身体の表面に赤い亀裂が走る。


 映斗はカメラを向けたまま、一歩だけ後ろへ下がった。


 赤い光が亀裂の隙間から漏れている。そして次の瞬間、モンスターの胴体が内側から弾け飛んだ。轟音が六階層全体へ響き渡る。爆風が吹き抜け、砂埃が舞い上がった。


「くっ……!」


 久世は咄嗟に両腕で顔を覆う。それでも映斗はカメラを下げなかった。煙の向こうで何が起きたのか、最後まで記録する。


 やがて煙が少しずつ晴れていくと、そこにはもう、モンスターの姿はなかった。代わりに、黒く焼け焦げた肉片や、硬い組織のようなものがいくつか残っている。


 映斗はカメラを確認した。多少の傷はついているものの、撮影は問題なく続いている。


「……撮れてる」


 映斗は小さく息を吐いた。久世も周囲を確認する。


「魔石は……ないな」


 通常のモンスターなら、倒されたあとに光の粒子となって消える。そのあとに残るのは、魔石だけだ。しかし、目の前の残骸は消えていない。そして、魔石もない。


「これは持って帰るか」


 久世は探索者用の回収袋を取り出し、散らばっていた残骸を慎重に拾い集めた。


 戦闘が終わると、先ほど五階層にいたはずの三人が、こちらへ近づいてきた。どうやら五階層から下りてきて、戦闘の様子を見ていたらしい。途中からだったとはいえ、久世とあのモンスターの戦いを最後まで見届けたようだった。


「……上に戻れと言ったはずだが?」


 久世が三人を見ながら、小さく呟いた。


「いや、その……」


 久世の少し怒気を含んだ声に、大剣を携えた少年の目が泳ぐ。だが、久世はすぐに倒れている探索者たちへ視線を戻した。Dランクの探索者が三人。アイドルが一人。そして、意識を失っているカメラマン。五人を地上まで運ぶとなれば、それなりの人数が必要になる。


 久世はもう一度、目の前にいる三人を見た。大剣を持った少年。杖を持たず、水魔法を使っていた少女。そして、二本の短剣を持った少女。


「お前ら」


 三人が久世を見る。


「悪いが、ちょっと手を貸してくれ」

「え?」

「倒れてる連中を地上まで運ぶ。手伝ってくれるか?」


 三人は一瞬だけ顔を見合わせた。


「「「はい!」」」


 元気のいいハツラツとした返事を受け、久世が少しだけ口角を上げた。


「助かる」


 久世は短く礼を言うと、負傷した探索者の一人を担ぎ上げた。大剣を持った少年も、別の探索者の身体を支える。アイドルも、ようやく自分の足で歩ける程度には落ち着いていたが、足取りは重い。そのため、水魔法を使っていた少女が隣に付き添った。二本の短剣を腰に差している少女は、意識を失って倒れていたカメラマンを支える。


 映斗はその様子をカメラに収めていたが、全員の役割が決まったところで録画を止め、カメラをバッグへ戻した。そして、残っていた負傷者のそばへ歩み寄る。


「大丈夫ですか?」

「……ああ。なんとかな」

「じゃあ、肩を貸します」


 映斗は負傷した探索者の身体を支えた。傷の具合を確認しながら、無理のない速度で歩き始める。


「ゆっくりでいいです。痛むところがあったら言ってください」

「悪いな……」

「いえ」


 映斗は短く答えた。


 その後、一行は五階層へ戻り、地上へ向かった。負傷者たちは、要請を受けて集まっていた協会の救護班へ引き渡され、久世と映斗がその様子を見届けていると、協会の職員から声を掛けられた。


「久世さん。緊急の依頼にもかかわらず、ダンジョン内にいた探索者の方々を救っていただき、ありがとうございました。お疲れのところ申し訳ありませんが、中での出来事について、協会でお話を伺わせていただきたいのですが……」


 協会職員の言葉に、久世は頷いて答える。


「あぁ。もともとそのつもりだ。見たこともないモンスターの残骸もあるし、これが何なのか分からない以上、協会で調べてもらったほうがいい」

「そうですね」


 映斗はカメラを確認しながら頷いた。



◇ ◇ ◇



 映斗はそのまま久世とともに探索者協会へ向かい、会議室のような広い部屋へ通された。そこで、撮影した映像と久世が回収した残骸を提出する。


 今回の記録は、通常の探索記録とは明らかに違っていた。六階層に現れたブラックコボルト。上層へ向かおうとしていたルナホーンディア。本来なら十階層にいるはずのダンジョンボス、キングルナホーンディア。そして、最後に現れた正体不明のモンスター。


 協会の職員たちは、映像を最初から確認していった。途中で何度も映像を止め、拡大する。


「……ここ、少し戻せますか?」

「はい」


 映斗がカメラを操作する。


 画面には、火球がモンスターの手の前に生まれる直前の姿が映った。身体がわずかに膨らんでいる。肩の付け根が開き、そこから赤い光が漏れている。


「炎を使う直前だけ、関節部分が開いていますね」

「脚も同じです」


 映像を進める。同じ現象が何度も繰り返されている。そして、その隙間へ久世が斬り込んでいる。


「久世さん。どうして、この場所を狙ったんですか?」


 職員が尋ねる。久世は映斗へ視線を向けた。


「こいつが教えてくれたんだ」

「山陰さんが?」

「そう。撮影してたら、炎を使うたびにそこが開くのに気付いたらしい」


 映斗は少し考えた。


「同じところが何度も開いていたので。そこが気になって」


 職員は驚いたように映斗を見る。


「戦闘中に、このわずかな変化に気付くのは凄いですね」

「そうなんですか?」

「少なくとも、普通のカメラマンには難しいと思います」


 その後も、映像の確認は続いた。関節を攻撃されたあと、モンスターが火球を使う回数を減らしていること。代わりに物理攻撃が増えていること。そして最後に、それまでとは比べものにならないほど大きな炎の槍を作った場面。四つの関節が大きく開いている。


 その直後、久世の姿が消える。四本の光が走った。


「……四か所を一瞬で」


 職員の呟きに、久世が答える。


「こいつが『今なら全部入ります』って言ったからな」


 職員がまた映斗に視線を移す。


「全部、というのは?」

「四つとも開いていたので。あの位置なら、全部撮れると思って」


 部屋が一瞬、静かになった。


 職員たちは改めて映像を見る。激しい戦闘の最中でも、カメラはほとんど揺れていない。久世の動きを追いながら、モンスターの姿も画面から外さない。


 火球が生まれる瞬間。身体が変化する瞬間。関節が開く瞬間。そして、縮地から四閃へつながる一連の動きまで、正確に記録されている。


「……これ、本当に手持ち撮影ですか?」

「はい」


 映斗は何気なく答えた。


「ずっとカメラを持って撮ってました」

「そう、ですか……」


 職員は画面へ視線を戻した。


 映斗にとっては、ただ良い映像を撮ろうとしていただけだ。戦闘の中で何が起きているのかを見て、カメラを動かす。撮りたいものがあれば、そこが一番きれいに入る位置へ移動する。それは映斗にとって、特別なことではなかった。


 しかし、映像を見ている側にとっては違う。これほど激しい戦闘の中で、これだけ正確に状況を捉え続けるカメラマンは、決して多くない。映像を確認していた協会職員の一人は、何度目かの再生を終えたところで、映斗のほうへ視線を向けた。そこにあったのは、驚きとも困惑ともつかない表情だった。


 その後、今回の一件を受け、協会ではこの未知のモンスターについて、通常のモンスターとは別枠で記録する必要があると判断した。


「現時点では、原因は分かりません。ただ、通常のモンスターとは明らかに違う」


 職員が映像を見ながら言う。


「今回のような存在については、便宜上……『異常個体(イレギュラー)』と分類して記録しましょう。協会のほうでも調査を進めます」


 その言葉を、映斗は特に深く考えずに聞いていた。


 なぜ現れたのか。どこから来たのか。どうして通常のモンスターと違うのか。今の映斗には、何も分からない。


 ただ、今日撮った映像だけは、今までに撮ったことのないものだった。そして、それを思い返すだけで、胸の奥が高揚していることだけは確かだった。

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