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第19話 Dランク昇格

 高尾ダンジョンを後にした映斗たち四人が探索者協会に到着した頃、館内は多くの探索者で賑わっていた。


 受付の前には魔石の換金や各種手続きを待つ人々が列を作り、壁際のベンチでは探索を終えたばかりらしい一団が休んでいる。装備を身につけたまま仲間と話し込んでいる者もいれば、掲示板に貼られた情報を確認している者もいた。


 その人混みの中を、岳が少し早足で進んでいく。


「よし、早速手続きしようぜ!」


 高尾ダンジョンを攻略した興奮が、まだ収まっていないらしい。岳は何度も腰のポーチに手を当て、中に収めた魔石の感触を確かめていた。


 映斗もカメラバッグを肩に掛け直し、三人の後に続く。長時間の撮影で腕には多少の疲れが残っていたものの、気分は悪くなかった。むしろ、今日撮影した映像を早く確認したいという気持ちの方が強い。


 受付には数人の探索者が並んでいたため、四人も列の最後尾についた。


「二つ目のボス魔石、ちゃんと持ってるよね?」

「もちろん。ほら、これ」


 凛花に尋ねられ、岳はポーチから二つの魔石を取り出し、手のひらに並べて見せた。


 一つは青梅ダンジョンのフォレストウルフロード、もう一つは先ほど倒したキングルナホーンディアのものだ。どちらも通常の魔物から得られる魔石より大きく、館内の照明を受けて表面が鈍く輝いている。


「こうして見ると、本当に二つ攻略したんだな」

「まだ昇格が決まったわけじゃないんだから、落とさないでよ」


 瑞希に言われ、岳は慌てて魔石をポーチへ戻した。


 やがて順番が回ってくると、岳はカウンターの向こうにいる女性職員へ声を掛けた。


「すみません。Dランクへの昇格審査をお願いしたいんですけど」

「かしこまりました。パーティー名をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「『蒼星』です。青梅ダンジョンと高尾ダンジョンを攻略しました」


 職員は端末を操作し、表示された情報を確認する。


「『蒼星』の皆様ですね。それでは、攻略されたダンジョンのボス魔石と、探索者カードをお預かりします」


 岳が二つの魔石と自分のカードを差し出すと、瑞希と凛花もそれに続いた。


 職員は魔石を一つずつ専用の装置に載せ、画面に表示された識別結果を確認していく。続いて協会に登録されている攻略記録との照合を行い、いくつかの項目を順番に確認した。


 その間、岳はカウンターの向こうをじっと見つめていた。つい先ほどまであれほど賑やかだったのに、今はほとんど口を開かない。凛花も職員の手元を目で追い、瑞希は静かに結果を待っている。


 映斗はそんな三人を横から眺めた。


 青梅ダンジョンで初めて彼らの戦いを撮影したとき、映斗は三人の動きに何度も驚かされた。まだ経験は浅くても、それぞれに優れたものを持っていると感じたからだ。今日の高尾ダンジョンでは、その三人が以前よりも自然に連携していた。特に最後のボス戦は、早く映像を見返したいと思える戦いだった。


「お待たせいたしました」


 職員の声に、四人が顔を上げる。


「青梅ダンジョンおよび高尾ダンジョンの攻略実績を確認できました。魔石の識別結果にも問題はありません。審査の結果、『蒼星』の皆様のDランクへの昇格が承認されました。おめでとうございます」


 岳は一瞬、言葉を失ったように目を見開いた。


「……よっしゃあ!」


 思わず声を上げた岳に、近くにいた探索者が何人か振り返った。岳は慌てて口元を押さえたものの、頬は緩んだままで、嬉しさを隠しきれていない。


「やったね、瑞希!」

「ええ。ようやくDランクね」


 凛花が弾んだ声で話し掛けると、瑞希も笑顔で頷いた。


「皆さん、おめでとうございます」


 映斗が声を掛けると、岳が勢いよく振り返った。


「ありがとうございます、山陰さん! でも、今回の高尾攻略は山陰さんにも助けてもらいましたから」

「そうですよ。ボス戦でも、山陰さんが声を掛けてくれたおかげで岳が動けたんですし」

「青梅の映像も大きかったと思います。あれを見返すようになってから、自分たちの動きについて話す機会が増えましたから」


 凛花に続いて瑞希も感謝を伝え、映斗は少し照れくさくなった。


「いえ、俺は撮影していただけですから。実際に戦って、二つのダンジョンを攻略したのは皆さんですよ」


 そう答えると、岳は何か言いたそうに口を開きかけたが、結局笑って頷いた。


「とにかく、ありがとうございました!」


 映斗も笑顔で頷き返した。


「それでは、探索者カードの登録情報を更新いたしますね」


 職員は三人のカードを端末に通し、順番に返却していく。受け取った岳はすぐにカードの表示を確かめた。これまで『E』だったランクの欄が、『D』に変わっている。


「おお……本当にDランクだ」


 その呟きには、先ほどの歓声とは違う実感がこもっていた。瑞希と凛花も、それぞれのカードを手にして表示を確認している。


 映斗はその様子を隣で見守っていた。カメラマンは探索者協会が正式に認める非戦闘職であり、戦闘職の探索者とは違ってランク制度がない。今回昇格したのも、実際に戦闘を担う三人だ。それでも、今日の攻略を最初から最後まで撮影していた映斗にとって、三人の昇格は自分のことのように嬉しかった。


「Dランクへの昇格に伴い、今後はDランクダンジョンへの挑戦も可能になります」


 職員は三人に向けて説明を続けた。


「なお、次のCランクへの昇格には、異なる二つのDランクダンジョンのボス魔石に加え、協会が実施する実技試験への合格が必要となります。挑戦される際は、事前に詳細をご確認ください」

「わかりました。ありがとうございます!」


 岳が元気よく返事をし、三人はカードをしまった。


 手続きを終えて受付を離れたところで、近くにいた二人組の探索者から声を掛けられた。


「あの、もしかして『蒼星』の皆さんですか?」


 岳が振り返ると、一人が少し遠慮がちに笑った。


「青梅の攻略動画、見ました。Dランクに上がったんですよね? おめでとうございます」

「ありがとうございます!」

「ボス戦の連携、すごかったです。あと、あのカメラワークも。どうやって撮ってるのか気になってました」


 もう一人の視線が、映斗の肩に掛かったカメラバッグへ向く。


「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」


 映斗が会釈すると、二人は改めて昇格を祝ってから、その場を離れていった。岳は二人の背中を見送り、感心したように息を吐く。


「動画を見てくれた人に、直接声を掛けられるなんてな」


 映斗も頷いた。青梅の動画が公開されてから、『蒼星』の名前を知る人は確実に増えているらしい。再生回数が伸びていることは知っていたが、実際に見た人の言葉を聞くと、また違った嬉しさがあった。



◇ ◇ ◇



「今日はお祝いだし、ちょっといいもの食べませんか?」


 協会を出たところで岳がそう提案し、四人は近くの焼肉店へ向かうことになった。普段の食事より少し値は張るものの、特別な日なら奮発してもいいと思えるような店だった。


 案内されたテーブル席に腰を下ろすと、岳は早速メニューを広げる。


「せっかくだし、今日はいい肉を頼もうぜ!」

「予算も考えて注文してよね」

「わかってるって。……たぶん」

「そこはちゃんとわかっててよ!」


 凛花の突っ込みに四人で笑い、注文を済ませた。


 しばらくすると、皿にきれいに並べられた肉が運ばれてきた。熱した網に肉を載せると、じゅっと小気味よい音が響き、香ばしい匂いが立ち上る。高尾ダンジョンを出てから慌ただしく過ごしていたせいか、映斗もようやく空腹を自覚した。


 焼き上がった肉を口に運ぶと、思わず頬が緩む。


「……おいしいですね」

「ですよね! ここにして正解でした」


 岳も満足そうに笑い、自分の皿へ肉を取り分けた。


 探索を終えた後、こうして四人で食事を囲む。撮影のために集まったわけでも、次の探索について打ち合わせをするために集まったわけでもない。ただ、三人の昇格を祝うために同じテーブルを囲んでいる。映斗は、それが純粋に嬉しかった。


 食事を始めてしばらくすると、凛花がふと思い出したように映斗へ顔を向けた。


「そういえば山陰さん。前からちょっと思ってたんですけど、これからは映斗さんって呼んでもいいですか?」

「えっ?」


 突然の提案に、映斗は箸を止めた。


「もう同じパーティーの仲間ですし、いつまでも苗字で呼ぶのも少し他人行儀かなって」

「ああ、なるほど。俺は全然構いませんよ」

「本当ですか? じゃあ、これからは映斗さんですね!」


 凛花が嬉しそうに笑うと、隣に座っていた瑞希も口を開いた。


「それなら、私も映斗さんって呼ばせてもらっていいですか?」

「もちろんです」

「じゃあ、俺も! 改めてよろしくお願いします、映斗さん!」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 三人から立て続けに名前を呼ばれ、映斗は少しくすぐったい気持ちになった。これまでと同じ四人で食事をしているだけなのに、呼び方が変わっただけで、少し距離が近づいたように感じられた。


 映斗は箸を進めながら、三人の話に耳を傾けていた。


 食事が少し落ち着いた頃、岳が思い出したように口を開いた。


「そういえば映斗さん。今日の高尾の映像って、どんな感じに編集する予定ですか?」

「まだ決めてないですね。青梅より階層が多いですし、まずは全部の映像を確認してみようと思っています」


 映斗は今日撮影した場面を頭の中で辿った。序盤の探索から、コボルトやブラックコボルトとの戦闘。第九階層で遭遇したルナホーンディアに、最後のキングルナホーンディア。それぞれに残しておきたい場面があったが、撮影したものをすべて並べるだけでは、見やすい動画にはならない。


「ボス戦はもちろんですけど、道中にもいい場面がたくさんあったので。どうまとめるか、少し悩みそうです」

「そこは映斗さんにお任せします」


 瑞希がそう言って、映斗に顔を向けた。


「青梅の動画も、私たちが思っていた以上に見やすく仕上げてもらえましたから。今回も映斗さんが良いと思う形にしてください」

「私も賛成です。完成したら、またみんなで見たいですね!」


 凛花も笑顔で続ける。


「ありがとうございます。じゃあ、まずは俺の方で編集してみます。ある程度まとまったら、皆さんにも確認してもらいますね」

「楽しみにしてます!」


 岳の返事を聞きながら、映斗は自然と笑みを浮かべた。


 青梅の動画が多くの人に見てもらえたことは嬉しい。けれど、それ以上に、撮影した三人自身が喜んでくれたことが映斗には印象に残っていた。今回も、そんな映像に仕上げたいと思う。


「あ、そうだ」


 岳が箸を置き、映斗に向き直った。


「映斗さん、今度は一緒に生配信もやってみませんか?」

「生配信、ですか?」

「はい。今まではドローンで撮ってましたけど、映斗さんが入ってくれたことですし、やってみたいなって」


 岳は少し身を乗り出した。


「青梅の動画を見てくれた人たちにも、今の俺たちの戦いを見てもらいたいんです」

「収録した動画とは、また違うところも見てもらえそうね」


 瑞希が頷く。


「映斗さんが撮ってくれる生配信、私も楽しみです!」


 凛花も期待を込めて映斗を見た。映斗は少し考え、それから笑顔で答えた。


「いいですね。やってみましょうか」

「本当ですか!」

「はい。生配信だと、撮った映像を後から編集できませんからね。どうすれば皆さんの動きを見やすく伝えられるか、考えるのも面白そうです」


 映斗の頭には、すでにいくつかの撮影場面が浮かんでいた。敵を発見した凛花が足を止める瞬間。岳が大剣を構えて前に出る姿。瑞希が仲間の動きに合わせて水魔法を放つところ。


 収録なら編集で場面をつなげられるが、生配信ではその場でカメラを動かし続けるしかない。三人の動きをどう追い、どこから撮れば戦闘の様子が伝わるのか。難しさはあるだろうが、考えるだけで楽しみになってくる。


「ただ、配信に使う機材は確認しておきたいですね。今のカメラでどうつなぐのがいいかも含めて、準備が必要だと思います」

「じゃあ、詳しいことはまたみんなで相談しましょう!」

「そうですね。まずは今日の映像を仕上げてからにしましょうか」


 瑞希の言葉に、岳も頷いた。


 その後も四人は食事を楽しみながら、今後の探索について話した。Dランクになったことで、これまで入れなかったダンジョンにも挑戦できるようになる。岳はすでに次の探索を楽しみにしている様子だったが、具体的な行き先については、また改めて相談することになった。


 映斗も、次はどんな場所で三人の戦いを撮影できるのだろうと考えていた。目の前の網では、新しく載せた肉が焼け始めている。映斗は箸を伸ばしながら、次の撮影のことを話す三人の声に耳を傾けた。



◇ ◇ ◇



 店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。昼間の探索で火照っていた身体に、夜の空気が心地よい。


 四人は駅へ向かって並んで歩いた。


「今日は本当にありがとうございました、映斗さん」


 途中で岳が改めて口を開いた。


「高尾も攻略できたし、Dランクにも上がれたし。すごくいい一日になりました」

「こちらこそ、ありがとうございました。俺も楽しかったです」

「動画が完成したら、また四人で集まりましょうね」


 瑞希の言葉に、映斗は頷いた。


「はい。できたら連絡します」

「楽しみにしてます!」


 凛花が笑う。


 駅に着くと、四人はそれぞれの帰り道へ向かうことになった。


「それじゃ、映斗さん。また連絡します!」

「はい。皆さんも気をつけて帰ってください」


 映斗は手を振り、離れていく三人を見送った。岳が何かを話し、瑞希がそれに答える。凛花も笑いながら二人の間に加わっていた。いつもと変わらない三人の姿だが、今はその背中をただ撮影者として見ているわけではない。次の探索も、その次の探索も、四人で相談して決めていける。そう思うと、映斗の口元には自然と笑みが浮かんだ。


 肩に掛けたカメラバッグを持ち直し、改札へ向かう。バッグの中には、今日一日かけて撮影した映像が収められていた。帰ったら、まずはデータを確認しよう。キングルナホーンディアとの戦闘も、道中の三人の姿も、きっといい映像になっているはずだ。


 映斗はこれから始まる編集作業を思い浮かべながら、駅の改札を抜けた。

読んでいただきありがとうございます。

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