第20話 高尾ダンジョン攻略動画
高尾ダンジョンを攻略してから、二日が経った。
自室の机に向かっていた映斗は、パソコンの画面をじっと見つめていた。編集ソフトのタイムラインには、何本もの映像データが並んでいる。高尾ダンジョンで撮影した映像をつなぎ合わせ、不要な部分を削り、見やすいように調整を重ねてきたものだ。
今回の動画は、高尾ダンジョンの第一階層から第十階層までを一本にまとめている。道中の探索や戦闘は要点を残しながら短く編集し、最深部でのキングルナホーンディア戦に時間を割いた。全体の長さは、およそ二十分。青梅ダンジョンの攻略動画よりも撮影した場面は多かったが、見せたいものを選んでいくうちに、自然とこの長さに落ち着いた。
映斗は再生位置を動かし、終盤の戦闘をもう一度確認する。
画面いっぱいに映し出されたのは、銀白色の巨体を持つキングルナホーンディアだった。三日月のように湾曲した巨大な角が光を帯び、次の瞬間、まばゆい光線が岩肌を薙ぎ払う。画面が大きく揺れることはなく、光線の軌道と、それを避ける三人の位置関係がはっきりとわかる。
続いて、岳が横から踏み込む場面へと切り替わった。
キングルナホーンディアが光線を放っている間、体の向きを変えられないこと。その隙を突いて岳が接近し、瑞希と凛花が攻撃をつないでいくこと。戦闘中には夢中で追いかけていた一連の動きが、映像の中では一つの流れになっていた。
その場面を確認していると、激しい戦闘音に混じって自分の声が微かに聞こえたが、声を発していることはわかっても、何を言っているのかまでは聞き取れない。映斗はその部分をもう一度再生して確かめると、特に手を加えることなく、続きの映像の確認へ戻った。
「……うん、これなら大丈夫かな」
映斗は小さく頷くと、最後まで再生して音量や映像の切り替わりを確認した。気になる箇所は見当たらない。保存を済ませ、完成した動画ファイルを開いて再生できることを確かめると、ようやく椅子の背もたれに体を預けた。
あとは三人に見てもらうだけだ。
映斗は机の端に置いていたスマートフォンを手に取り、四人のグループチャットを開いた。
『高尾ダンジョンの動画が完成しました。時間があるときに、一度みんなで確認できればと思います』
送信して間もなく、凛花から返信が届いた。
『完成したんですね! 見たいです!』
続いて岳からも返事が来る。
『映斗さん、お疲れさまです! 俺も早く見たいです!』
瑞希からは、明日なら午後に時間が取れるという連絡が入った。岳と凛花も都合がつくようで、話はすぐにまとまった。
待ち合わせ場所は、駅の近くにあるカフェ。明日の午後、四人で集まって完成動画を確認することになった。映斗はパソコンを閉じる前に、もう一度だけ完成した動画のファイル名を確かめた。
明日、三人はどんな反応をするだろうか。
そんなことを考えながら、映斗は机の上に置いていたカメラのレンズキャップを指先で軽く押さえた。
◇ ◇ ◇
翌日の午後。
駅前の通りを歩いていた映斗は、待ち合わせ場所のカフェを見つけると、肩に掛けたバッグの位置を直した。中にはノートパソコンと、念のために用意した動画のバックアップが入っている。
店内に入ると、窓際の四人掛けの席から手が上がった。
「映斗さん! こっちです!」
声をかけてきたのは凛花だった。向かい側には岳と瑞希も座っており、テーブルにはすでに飲み物が並んでいる。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、俺たちもさっき来たところです!」
「映斗さん、編集お疲れさまでした」
「ありがとうございます。何とか完成しました」
映斗は三人に挨拶してから席に着き、注文を済ませた。店内には控えめな音楽が流れ、周囲の客もそれぞれ会話や読書を楽しんでいる。
飲み物が運ばれてくると、映斗はバッグからノートパソコンを取り出した。
「じゃあ、早速見てもらってもいいですか?」
「もちろんです! 昨日から楽しみにしてたんですよ!」
凛花が身を乗り出すと、岳も椅子を少し寄せた。瑞希は飲み物をテーブルの端へ動かし、画面が見やすい位置に座り直す。
映斗は三人から見えるようにパソコンの向きを調整し、動画を再生した。
冒頭には、高尾ダンジョンの入口と、探索を始める三人の姿が映し出された。続いて第一階層から順番に、特徴的な通路や魔物との戦闘がテンポよく流れていく。
角を持つウサギの魔物との戦闘、岩場を走り抜ける凛花、岳の大剣が魔物を捉える瞬間。瑞希の水魔法が仲間の動きに合わせて放たれる場面も、見やすい角度から収められていた。
途中、凛花が自分の動きを見て小さく笑った。
「こうして見ると、私、結構あちこち走ってますね」
「実際、ずっと走ってただろ」
「それはそうだけど、自分で見るとまた違うじゃん」
岳の言葉に凛花が肩をすくめる。その隣で瑞希は画面から目を離さず、戦闘の流れを追っていた。
動画が後半に入ると、黒い体毛を持つコボルトとの戦闘を経て、第九階層のルナホーンディアが姿を現した。角から放たれる光線を三人が避け、反撃に転じる場面が映し出される。
そして、いよいよ第十階層。画面にキングルナホーンディアの巨体が現れると、それまで気軽に言葉を交わしていた三人が自然と静かになった。
銀白色の体毛が揺れ、巨大な角に光が集まっていく。次の瞬間、放たれた光線が画面を横切り、岩壁を激しく照らした。
「……すげえ」
岳が思わず声を漏らした。
「こんなふうに見えてたんですね」
瑞希も画面を見つめたまま呟く。
映斗が撮影した映像には、光線の迫力だけでなく、三人がどの位置にいて、どう動いていたのかがしっかり収められていた。実際に戦っていたときには、目の前の魔物と仲間の動きを追うだけで精一杯だったはずだ。それが今は、少し離れた場所から戦闘全体を見渡しているように感じられる。
画面の中で、キングルナホーンディアが横方向へ光線を放ち始めた。
その直後、戦闘音に紛れて、映斗の声が微かに聞こえた。言葉までは判別できないものの、岳が横から攻めるようにと声をかけた、あの瞬間だった。
「あ、ここだ」
凛花が声を上げる。
映像の中では、岳が光線の届かない方向へ踏み込み、キングルナホーンディアの側面に回り込んでいた。そこへ瑞希と凛花が攻撃を重ね、三人の連携が一気に加速する。
「俺、あのときは横から攻めることしか考えてなかったんですけど……こうして見ると、ちゃんと隙ができてたんですね」
「光線を撃っている間、体の向きを変えられなかったものね」
「そうそう。あそこから一気に攻められたんだよね」
三人が画面を見ながら当時の動きを振り返る。映斗はその会話を聞きながら、邪魔にならないよう再生を続けた。
やがて、岳の大剣がキングルナホーンディアを捉え、巨体が地面へ崩れ落ちる。
動画は討伐後の三人の姿を映し、最後に高尾ダンジョンの攻略を終えたことを示す短い文字が表示されて終了した。
画面が暗くなると、岳が大きく息を吐いた。
「いやあ……自分たちの戦いなのに、最後まで見入っちゃいました」
「わかる。特に最後のボス戦、すごい迫力だった!」
凛花は興奮した様子で頷き、それから少し考えるように首を傾げた。
「でもさ、青梅のときより、私たちの動きもよくなってない?」
「私もそう思った。前より、お互いの位置を見て動けている気がする」
「確かに。あのときは必死だったけど、こうして見るとわかりますね」
岳は画面に残った動画の終了表示を見ながら頷いた。
映斗も、編集している間に同じことを感じていた。青梅ダンジョンで撮影したときと比べて、三人が次にどう動くのかを予測しやすくなっている。撮影する側にとっても、それは大きな違いだった。
「俺も、前より三人の動きを追いやすくなったと思います。特に、誰かが攻撃した後の動きがつながるようになってきましたね」
「本当ですか? それ、嬉しいなあ」
凛花が笑うと、岳も満足そうに頷いた。
「映斗さん、この動画、俺はこのままでいいと思います!」
「私も。直してほしいところは特にないです」
「私も大丈夫です!」
三人の返事を聞き、映斗はほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます。じゃあ、この内容で公開しますね」
◇ ◇ ◇
映斗は動画の投稿画面を開き、完成したファイルを選択した。投稿先は『蒼星』のチャンネルだ。撮影と編集を担当するようになった映斗は、今回の動画についても三人から任されている。
タイトル欄には、あらかじめ考えておいた文字を入力する。
『【高尾ダンジョン】全10階層攻略! 最深部のボスに挑む!』
サムネイルには、キングルナホーンディアと対峙する三人の姿を選んだ。巨大な角を持つ魔物の前に岳が立ち、その後方に瑞希、側面に凛花がいる。戦闘の迫力だけでなく、三人の位置関係もよくわかる一枚だった。
「おお、サムネイルもいいですね!」
「これなら、どんなボスと戦ったのかすぐにわかりますね」
岳と瑞希が画面を覗き込む。映斗は説明文と公開設定を確認し、三人へ顔を向けた。
「それじゃあ、公開しますね」
「お願いします!」
岳の返事を聞いて、映斗は公開ボタンをクリックした。画面が切り替わり、投稿が完了したことを知らせる表示が現れる。
「……公開できました」
映斗がそう告げると、凛花が嬉しそうに両手を合わせた。
「青梅の動画に続いて、二本目の攻略動画ですね!」
「これからも、こうして少しずつ増やしていけるといいですね」
瑞希の言葉に、映斗も頷いた。
自分たちが戦った記録を、こうして一本の動画として残していく。次にダンジョンへ入ったときには、また違う映像が撮れるかもしれない。
映斗がパソコンを閉じようとしたところで、岳がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、映斗さん。次はいよいよ生配信ですね!」
その言葉に、凛花がぱっと顔を上げる。
「あっ、そうだった! 映斗さんと一緒にやるのは初めてだもんね!」
「これまでとは撮影の仕方も変わりそうですね」
瑞希も興味深そうに映斗を見る。
「そうですね。生配信だと編集はできませんし、俺も少し考えておきたいことがあります」
映斗が答えると、岳は楽しそうに笑った。
「俺たちも準備しておきます! 次もよろしくお願いします、映斗さん!」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
窓の外では、午後の日差しが駅前の通りを明るく照らしていた。
高尾ダンジョンの攻略動画は、たった今、公開されたばかりだ。そして映斗たち四人の次の活動も、少しずつ動き始めていた。
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