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第17話 高尾ダンジョン攻略 <下>

 第八階層へ足を踏み入れて間もなく、通路の奥に見えた黒い影が、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。最初は一体かと思ったが、岩壁の陰からもう一つの影が現れる。どちらも二本の脚で立ち、手には刃の短い剣を握っていた。犬に似た頭部や全身を覆う毛並みは、先ほどまで戦っていたコボルトとよく似ている。ただし、その毛は黒く、肩幅も一回り大きい。


「ブラックコボルトか」

「普通のより、ずいぶん強そうだね」


 岳の言葉に凛花が応じる。二体は低い唸り声を上げながら、じりじりと間合いを詰めてきた。


 映斗はカメラを構え直し、三人の位置を確かめた。岳が前に立ち、凛花は少し右へ。瑞希は二人の後方で、すでに片手を持ち上げている。通路には多少の幅があるものの、壁際まで下がれば撮影できる角度が限られる。映斗は数歩だけ斜めに移動し、二体のブラックコボルトが画面の端に収まる位置を選んだ。


 先に動いたのは、左側の一体だった。地面を強く蹴り、岳へ向かって飛び込んでくる。振り下ろされた短剣を岳が大剣で受け止めると、金属同士のぶつかる音が通路に響いた。


「っ、重いな!」


 岳の腕がわずかに沈む。通常のコボルトとは明らかに違う力だった。その隙を狙うように、もう一体が大きく右へ回り込んだ。岳の背後を取ろうとしたところへ、凛花が素早く割り込む。


「そっちは行かせないよ!」


 凛花の短剣が黒い毛並みをかすめる。ブラックコボルトは身を引いて躱すと、すぐさま反撃の刃を振るった。凛花は上体をひねって避け、続く一撃も短剣で受け流す。その攻防を追いながら、映斗はカメラをわずかに右へ振った。凛花の背後には瑞希がいる。彼女が伸ばした手の先に、水の球が生まれていた。


 これまでにも何度か見た水弾だが、今回は様子が違った。球は小さくまとまり、表面が激しく波打っている。周囲の水を内側へ押し込めるように、その輪郭がさらに縮んだ。


「凛花、少し離れて」


 声を聞いた凛花が、敵の短剣を弾いて横へ跳ぶ。次の瞬間、瑞希の手元から水弾が撃ち出された。空気を裂くような鋭い音が走る。ブラックコボルトは飛来する水弾に気づいて身をよじったが、避けきれなかった。圧縮された水の塊が胴体に直撃し、その体を勢いよく後方へ吹き飛ばす。岩壁に叩きつけられたブラックコボルトは、そのまま崩れ落ちた。ほどなく体が光の粒へ変わり、床に魔石が転がる。


 映斗は消えていく姿を追いながら、すぐにカメラを岳の方へ戻した。残る一体は、仲間が倒されたことに気づいたのか、激しく唸りながら短剣を振り回していた。岳は無理に押し返さず、相手の攻撃を大剣でいなしながら機会をうかがっている。


「岳、右!」


 凛花の声と同時に、ブラックコボルトが岳の右脇へ踏み込んだ。だが、そこにはすでに凛花が回り込んでいた。短剣の一撃が敵の腕を捉え、振り上げかけた武器がわずかに下がる。岳はその隙を逃さなかった。


「もらった!」


 大剣が大きく弧を描き、ブラックコボルトの胴を斬り裂いた。黒い体が床へ倒れ、もう一つの魔石を残して消えていく。


「さすがに、さっきまでのやつらとは違うな」

「でも、ちゃんと対応できたね」


 岳と凛花が短く言葉を交わす。瑞希も小さくうなずくと、足元に転がった魔石を拾い上げた。映斗は録画が続いていることを確認し、三人の後を追った。



 ◇ ◇ ◇



 第八階層の通路は、これまでよりも入り組んでいた。曲がり角が多く、見通しの悪い場所もある。四人は周囲を警戒しながら、慎重に歩みを進めた。映斗にとって、この階層は初めて訪れる場所ではない。以前、久世恒一と一緒に足を踏み入れたときのことが、ふと頭をよぎった。


 あのとき遭遇した異常個体(イレギュラー)は、通常のモンスターとは明らかに様子が違っていた。常識外れの動きで久世に襲いかかり、何度も激しい攻防を繰り返していた。そして、その攻撃を大剣一本で迎え撃つ久世の姿。映斗の記憶には、カメラ越しに見た光景が今も鮮明に残っている。大剣が振るわれる瞬間の体の動きも、相手との距離の詰め方も、目を離せないものばかりだった。


「山陰さん、こっちです!」


 前方から岳の声が聞こえ、映斗は顔を上げた。


「ああ、今行くよ」


 いつの間にか、三人は少し先まで進んでいた。映斗はカメラを持ち直して歩き出す。その後も何度かブラックコボルトと遭遇したが、三人は互いの動きを確かめながら危なげなく対処していった。映斗も撮影する位置を変え、攻防の様子を記録していく。やがて通路の先に、下へ続く階段が現れた。


「よし、次は九層だな」


 岳を先頭に、四人は階段を降りていった。



 ◇ ◇ ◇



 第九階層に入ってしばらく進んだところで、凛花が足を止めた。


「……あそこ、何かいる」


 通路の先に、大きな影が見えた。四本の脚で立つその姿は鹿に似ていたが、普通の鹿とは比べものにならないほど大きい。頭から伸びる二本の角は左右へ大きく湾曲し、三日月を思わせる形をしている。


「ルナホーンディアだ」


 岳が大剣を構える。映斗はカメラを少し引き、モンスターの全身を画面に収めた。角の先端まで入れようとすると、どうしても周囲の空間が必要になる。少し後方へ下がり、壁との距離を確保した。ルナホーンディアはこちらを見据えると、前脚で地面を掻いた。


「来るぞ!」


 岳の声が響くのと、モンスターが駆け出すのはほとんど同時だった。大きな体が驚くほどの速さで迫ってくる。岳は正面から受け止めようとはせず、突進の直前に横へ跳んだ。すれ違いざまに大剣を振るうが、刃は胴体の表面を浅く捉えただけだった。ルナホーンディアは数歩先で踏みとどまり、すぐに向きを変える。


「速いな、こいつ!」

「脚を狙ってみる!」


 凛花が横から駆け寄り、短剣を振るった。しかし、ルナホーンディアは頭を大きく振り、三日月型の角で彼女を牽制する。凛花は無理に踏み込まず、後方へ跳んで距離を取った。映斗はその動きを追いながら、モンスターの角に目を向けた。


 ルナホーンディアが、突然動きを止めたのだ。左右に湾曲した角の中央に、淡い光が集まり始めている。光は少しずつ強さを増し、空気が震えるような低い音が響いた。


「魔法が来る!」


 瑞希が声を上げる。岳と凛花はすぐに左右へ散った。瑞希も射線から離れるように動く。次の瞬間、角の中央から魔力の光が一直線に放たれた。光は先ほどまで岳が立っていた場所を通り抜け、後方の岩壁へ激突する。硬い岩の表面が砕け、細かな破片が周囲へ飛び散った。


 映斗もすでに横へ移動していた。カメラの画面には、角に集まる光から岩壁に衝突するまでの一連の動きが収まっている。だが、映像を確かめている余裕はない。ルナホーンディアが再び前脚を踏み鳴らし、次の突進に備えていた。


「瑞希、いけるか!」

「うん。少しだけ時間をちょうだい」


 岳が大剣を構え直し、モンスターの正面へ出る。ルナホーンディアは勢いよく駆け出したが、岳は直前まで動かずに引きつけ、横へかわした。大きな体が通り過ぎたところへ、凛花が斜め後方から飛び込む。短剣が後脚をかすめ、ルナホーンディアの足取りが一瞬乱れた。


 そのとき、瑞希が両手を前へ突き出した。彼女の手元に集まった水が、細い一本の流れへと変わる。先ほどの水弾とは違い、水は途切れることなく前方へ伸びていた。高い圧力をかけられた水流が、鋭い音を立てて放たれる。それはルナホーンディアの肩口を捉え、厚い毛並みの下に深い傷を刻んだ。


 モンスターが苦しげに鳴き、体を大きく揺らす。


「今だよ、岳!」


 凛花が叫ぶ。岳は地面を蹴り、大剣を振りかぶった。ルナホーンディアも角を向けて迎え撃とうとしたが、傷を負った体は思うように動かない。


「はあっ!」


 振り下ろされた大剣が首元を捉えた。ルナホーンディアはその場に崩れ落ち、しばらくして光の粒となって消えていった。残された魔石を見て、岳が大きく息を吐く。


「よし、倒した!」

「突進も魔法もあるなんて、なかなか厄介だったね」

「でも、攻撃の前に動きが止まるのは助かったかな」


 瑞希の言葉に、岳がうなずいた。映斗はカメラを下ろさず、魔石を拾う岳の姿まで撮影した。さっきの戦闘は、三人それぞれの動きがよく見えるものになったはずだ。特に、瑞希が放った水魔法は、編集するときにも見せ場になるだろう。



 ◇ ◇ ◇



 さらに探索を進めると、通路の先に下り階段が見えてきた。岳がその前で足を止める。


「いよいよ、次が十層か」


 高尾ダンジョンの最下層。そこには、ボスであるキングルナホーンディアが待ち受けている。青梅ダンジョンのボスを倒したときとは違い、今回は映斗も正式なパーティーメンバーとして同行していた。三人がDランクへ昇格するためには、ここで最後のボス魔石を手に入れなければならない。


「ここまで来たんだし、絶対に倒したいね」

「焦らずにいこう。相手の動きをよく見て、いつもどおりに戦えばいいから」


 凛花の言葉に、瑞希が落ち着いた声で応じる。岳も二人を見てうなずいた。


「よし。準備はいいか?」


 映斗はカメラの記録状態とバッテリーの残量を確認した。予備の機材も問題ない。ここまでの撮影で気になる不具合も起きていなかった。


「俺も大丈夫だよ」


 そう答えると、岳がいつもの笑顔を見せた。


「じゃあ、行こう!」


 四人は階段を降り始めた。下へ続く通路には、これまでよりも静かな空気が漂っている。誰も余計なことは口にせず、一段ずつ足を進めていく。


 映斗は肩に掛けたカメラの重さを確かめながら、前を歩く三人を見た。次の相手は、このダンジョンの主だ。その強敵を前に、岳たちはどんな戦いを見せてくれるのだろう。


 映斗は、まだ見ぬ光景を思い浮かべながら、静かにカメラを握り直した。

読んでいただきありがとうございます。

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