第16話 高尾ダンジョン攻略 <中>
岩壁に囲まれた小さな空間で休憩を終えた映斗たちは、再び探索を開始した。岳を先頭に、凛花、瑞希と続き、映斗は少し離れた後方から三人を撮影する。第五階層にはまだモンスターが残っているため、周囲への警戒は欠かせない。それでも、ここまでの戦闘で大きく消耗した者はおらず、四人の足取りは軽かった。
「よし、ここから先は俺たちも初めてだな!」
「岳、あんまり張り切って先に行かないでよ」
「分かってるって。ちゃんと周りも見てるから」
凛花の言葉に岳が苦笑すると、瑞希も小さく笑った。以前の探索では、第五階層で出会ったAランク探索者の久世から撤退を指示され、そのまま引き返している。三人にとって、第六階層から先は未知の領域だった。
やがて、岩壁の向こうに下り階段が見えてきた。岳が足を止め、後ろの三人を振り返る。
「山陰さん、準備は大丈夫ですか?」
「はい。いつでも撮れますよ」
映斗がカメラを軽く持ち上げると、岳は満足そうに頷いた。三人の表情には多少の緊張も見えるが、それ以上に先へ進むことへの期待が感じられる。映斗もまた、これから撮影できる光景を楽しみにしていた。
◇ ◇ ◇
第六階層に下りると、通路の雰囲気が少し変わった。剥き出しの岩肌が続く点はこれまでと同じだが、通路はやや広く、ところどころに大きな岩が転がっている。天井も高くなっており、奥へ進むほど薄暗さが増しているように感じられた。
凛花が周囲を見回しながら、足音を抑えて前へ出る。
「……いるね。二体」
その声に、岳と瑞希が足を止めた。通路の奥から姿を現したのは、二足歩行する二体のモンスターだった。人間の子供ほどの背丈で、全身が茶褐色の毛に覆われている。犬によく似た顔には前方へ突き出た鼻先と鋭い牙があり、細長い腕の先には、それぞれ一本の短剣が握られていた。
「コボルトか。思ってたより犬っぽいな」
「見た目はそうだけど、武器を使うから気をつけて」
「おう。まずは俺が前に出る」
岳が大剣を構えると、二体のコボルトもこちらに気づいたらしい。耳を立て、低い唸り声を漏らしながら短剣を持ち上げた。
映斗は三人の位置を確認し、通路の片側へ移動する。岳の背中越しでは敵の姿が隠れてしまうため、少し斜めから狙うことにした。この位置なら、正面に立つ岳だけでなく、その後ろにいる瑞希と、側面へ動こうとしている凛花も画面に収められる。
次の瞬間、コボルトの一体が地面を蹴った。
「グルルッ!」
短剣が岳の胸元へ突き出される。しかし、岳は慌てることなく大剣の腹で攻撃を受け止めた。甲高い金属音が響き、弾かれたコボルトが一歩後退する。その隙を狙ったもう一体が、岳の右側へ回り込もうとした。
「瑞希!」
「分かってる!」
瑞希が片手を前へ突き出すと、空中に水の塊が生まれた。それは勢いよく飛び出し、回り込もうとしていたコボルトの足元へ直撃する。
「ギャウッ!」
水の衝撃に足を取られ、コボルトの身体が大きく傾いた。その瞬間には、すでに凛花が動いていた。岳の横を素早く抜け、体勢を崩したコボルトの懐へ入り込む。両手に握った短剣が交差するように振るわれ、コボルトの身体を斬り裂いた。一体目が光の粒子となって消えると、続いて岳が大剣を振り上げた。
「よっと!」
残ったコボルトは短剣で防ごうとしたものの、重量のある一撃を受け止められるはずもない。短剣ごと身体を弾かれ、次の一撃を受けると、その姿も光となって消えていった。戦闘が終わるまで、ほんのわずかな時間だった。
映斗は録画を続けながら、三人の立ち位置を確認する。最初に岳が攻撃を受け、瑞希がもう一体を止め、凛花が仕留める。三人の動きが途切れることなくつながり、映像としても見応えのある場面になっていた。
「よし、問題なさそうだな」
「うん。この調子なら大丈夫そう」
岳と瑞希が短く言葉を交わす間に、凛花が落ちていた魔石を拾い上げた。
「二個とも回収したよ。先に進もっか」
「そうだな。山陰さんも大丈夫ですか?」
「はい。撮影も問題ありません」
四人は再び歩き始めた。第六階層では、その後も何度かコボルトと遭遇したが、三人が大きく苦戦することはなかった。
映斗は戦闘のたびに少しずつ撮影位置を変えながら、三人の動きを記録していく。敵が正面から来るときは岳を中心に、複数に分かれたときは瑞希と凛花の位置も意識する。近づきすぎれば戦闘の邪魔になるし、離れすぎれば細かな動きが伝わらない。その距離を見極めながら撮影することが、映斗には何より楽しかった。
◇ ◇ ◇
第七階層に入ってしばらく進んだところで、凛花が片手を上げた。
「ストップ。今度は四体いる」
前方には少し開けた空間があり、その中央付近を四体のコボルトが歩き回っていた。いずれも短剣を持っており、互いにそれほど離れていない。
「四体か。さっきより多いな」
「でも、動きはだいたい分かったでしょ?」
「ああ。俺が正面を引き受ける。瑞希、横から来るやつを頼む」
「任せて。凛花も無理に飛び込まないでね」
「はーい」
短いやり取りを終えると、三人はそれぞれの位置についた。映斗は少し後方に残り、カメラを構える。開けた場所とはいえ、四体のコボルトと三人の探索者が同時に動けば、全員を一つの画面に収めるのは難しい。そこで映斗は、まず岳を中心に据えながら、左右の動きにも対応できるよう少し広めの画角を選んだ。
「行くぞ!」
岳が踏み込むと、コボルトたちが一斉に反応した。二体が正面から飛びかかり、残る二体が左右へ散る。岳は大剣を横に振り、一体目の短剣を弾くと、その勢いのまま二体目を牽制した。右側から回り込もうとしたコボルトには、瑞希の水魔法が飛んだ。
水の塊が足元で弾け、コボルトの進路を塞ぐ。動きを止めた敵へ、今度は凛花が素早く接近した。映斗はカメラを右へ振る。凛花が低い姿勢から踏み込み、コボルトの短剣をかわす。そのまま身体をひねり、相手の脇をすり抜けるように短剣を振るうと、一体が光の粒子となって消えた。
凛花は足を止めず、すぐに次の敵へ向かった。その頃には、岳も正面の二体を押し込んでいた。大剣の間合いに入ったコボルトが短剣を突き出すものの、岳は半歩だけ身体をずらしてかわし、返す刃で斬り伏せる。
「あと二体!」
岳の声が響く。瑞希が放った水魔法が一体の胸元を捉え、後方へ吹き飛ばした。そこへ岳が追撃し、残る一体は凛花が仕留める。四体のコボルトが、次々と光の粒子になって消えていった。
「よっし!」
「うん、いい感じだったね」
「さっきより動きやすかったかも」
三人は軽く息を整えながら、周囲を確認する。誰かが負傷した様子もなく、戦闘は危なげなく終わっていた。
映斗もカメラを下ろし、撮影したばかりの映像を短く確認した。岳が二体を引き受ける場面から、瑞希の魔法、そして凛花の攻撃へ。三人の動きを追っていた映像は、戦闘の流れが分かりやすく収まっている。
特に印象的だったのは、三人が互いの動きをほとんど確認することなく、それぞれの役割を果たしていたことだ。岳が敵を引きつければ、瑞希がその隙を補う。凛花は二人の攻撃によって生まれた隙間へ、迷うことなく飛び込んでいく。これまでの戦闘でも感じていたが、三人は互いのことをよく理解している。
だからこそ、映斗も次に誰が動くのかを予測しやすかった。カメラを向けたい場所へ、三人が自然と入ってくる。もちろん、すべてが思い通りになるわけではない。それでも、撮影を重ねるたびに三人の動きが少しずつ分かってくる感覚があった。
「山陰さん、行けそうですか?」
岳の声に、映斗は顔を上げた。
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあ、このまま八層まで行きましょう!」
岳が笑顔で言うと、凛花も頷いた。
「ここまで順調だしね。でも、次からはブラックコボルトが出てくるんでしょ?」
「そうだね。普通のコボルトより強いって聞くし、油断はしないほうがいいと思う」
瑞希の言葉に、岳も真剣な表情で頷いた。四人は魔石を回収すると、さらに奥へ進んでいった。
第七階層でも何度かコボルトと遭遇したが、先ほどの四体との戦闘ほど数が多い場面はなかった。三人は周囲を警戒しながら着実に進み、映斗も必要に応じて撮影位置を変えながら、その様子を記録していく。そして、しばらく歩いたところで、ついに下り階段が姿を現した。
「八層か……」
岳が階段を見下ろしながら呟く。
映斗にとって、高尾ダンジョンの第八階層は忘れられない場所だった。以前、異常個体が現れた際には、通常では考えられない光景を目の当たりにしている。もっとも、あの異常個体はすでに討伐されており、ダンジョンも通常どおり再開されている。今は目の前の探索に集中すればいい。
「そんじゃ、行くか!」
岳に続き、四人は階段を下り始めた。
◇ ◇ ◇
第八階層に足を踏み入れると、周囲の空気が少し冷たく感じられた。通路の造りはこれまでと大きく変わらない。岩肌が露出した壁が続き、奥へ進むほど薄暗くなっている。ただ、足元には細かな石が散らばっており、歩くたびに小さな音が響いた。
岳が先頭に立ち、瑞希がその後ろに続く。凛花は少し先の通路を確認しながら、慎重に歩いていた。映斗もカメラを構え直す。
次に現れるのは、通常のコボルトよりも強いブラックコボルトだ。どんな動きをするのか、三人がどう対応するのか。映斗は周囲に注意を払いながら、いつでも撮影できるよう準備していた。
そのときだった。
「……待って」
凛花が小さく声を上げ、片手を横に伸ばした。岳と瑞希がすぐに足を止める。映斗もその場で立ち止まり、カメラを構えたまま通路の奥へ視線を向けた。
「どうした?」
「……何かいる。奥のほう」
凛花は声を潜めながら、暗い通路を見つめている。しばらくすると、奥の暗闇から微かな足音が聞こえてきた。硬い地面を踏む音。それに混じって、何か金属が擦れるような音もする。
岳がゆっくりと大剣を構え、瑞希も片手を前に出した。映斗はカメラの向きを調整し、暗闇の奥へレンズを向ける。
やがて、通路の向こうから低い唸り声が響いてきた。
「グルルル……」
その声は、先ほどまで戦っていたコボルトのものによく似ていた。しかし、暗闇の中で動いた影は、これまでの個体よりも一回り大きく見えた。
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