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第15話 高尾ダンジョン攻略 <上>

 高尾ダンジョンの入口には、朝から何組もの探索者が集まっていた。


 岩肌をくり抜いたような大きな入口の手前には探索者協会の受付が設けられており、装備を整えた探索者たちが順番に入場手続きを済ませている。しばらく閉鎖されていたダンジョンが再開されたこともあってか、周囲には普段より人が多いように見えた。


 その列に並びながら、映斗は肩に掛けたカメラバッグの位置を直した。


 今日から始まるのは、『蒼星』の四人で挑む初めてのダンジョン攻略だ。


「思ったより人がいますね」

「再開されたばかりですからね。しばらく高尾に入れなかった探索者もいるんだと思います」


 映斗の言葉に、瑞希が答えた。


「でも、下の階層まで行く人はそんなに多くないんじゃないかな。上の方で素材を集める人もいるし」

「そうだな。俺たちは十階層まで行くつもりだけど、無理はしないで進もう」

「了解。危なそうだったら、ちゃんと言うからね」


 凛花が軽く手を上げると、岳も頷いた。


 やがて順番が回ってきた。岳が代表して受付に探索者カードを提示し、三人の登録情報と映斗の同行を確認してもらう。手続きは滞りなく終わり、四人は入口へと進んだ。


 映斗はそこで一度立ち止まり、カメラを取り出した。レンズを取り付け、録画設定と音声の状態を確かめる。バッテリーの残量も問題はない。今日は生配信ではなく、攻略の様子を記録して後から編集する予定だ。撮影時間が長くなることを考え、予備のバッテリーや記録媒体も十分に用意してある。


「準備できました」

「よし。それじゃあ、行こう!」


 岳を先頭に、四人は高尾ダンジョンへ足を踏み入れた。


 入口から続く通路は、岩盤を掘り進めた坑道のような造りになっていた。壁も天井もむき出しの岩で、ところどころに大きな亀裂が走っている。足元には細かな石が転がり、平らに見える場所でもわずかな段差があった。


 青梅ダンジョンのように木々が視界を遮ることはない。その代わり、通路の曲がり角や岩の張り出しによって、先の様子が見通せなくなっていた。


 先行する凛花が角の手前で足を止め、壁の向こうを覗き込む。


「前に二匹。ホーンラビットだよ」

「了解。瑞希、右を頼む」

「うん」


 岳が大剣を構えて前へ出ると、通路の先にいた二匹のホーンラビットがこちらに気づいた。一匹が地面を蹴って飛びかかってくる。岳はその突進を横へ躱し、すれ違いざまに大剣を振り下ろした。もう一匹は瑞希の放った水の塊に動きを止められ、横から回り込んだ凛花の短剣を受ける。


 戦闘が終わるまで、ほんのわずかな時間だった。


 映斗はカメラを下ろさず、魔物が消えて残された魔石を岳が拾うところまで撮影した。


「最初はこんなもんか」

「第一階層だからね。先へ進もう」


 凛花が再び前へ出る。映斗も三人の後ろにつき、足元の段差を確かめながら歩き始めた。


 第二階層へ下りると、通路の幅が少し広くなった。岩壁の一部が大きく削れ、広間のようになっている場所もある。そこから別の通路が枝分かれしており、曲がり角の向こうには深い影が落ちていた。


 凛花が前方を確認し、指を三本立てる。


「ホーンラビットが三匹。広いところにいるよ」

「じゃあ、俺が正面から引きつける」

「私は右側を押さえるね」

「了解。左から回るよ」


 三人は短く言葉を交わすと、それぞれの位置へ移動した。


 映斗は少し離れた岩壁のそばに立ち、カメラを構える。広間の中央に岳を置き、左右へ動く瑞希と凛花が画面から外れないよう、レンズの向きを調整した。


 岳が一歩踏み出すと、三匹のホーンラビットが一斉に反応した。最初に飛び出した一匹の角を岳が大剣の腹で受け流す。衝撃で腕がわずかに押されたものの、踏ん張った足は動かない。そのまま剣を返し、体勢を崩した魔物を斬り伏せた。


 残る二匹は左右に分かれた。右へ走った一匹の足元に、瑞希の水魔法が広がる。地面を滑るように伸びた水で前脚が滑り、勢いよく跳ぼうとした魔物の動きを鈍らせた。そこへ岳が向かおうとしたが、瑞希はすでに次の魔法を放っていた。圧縮された水弾が魔物を打ち抜き、その姿が崩れて魔石へと変わる。


 一方、左へ逃れた一匹には凛花が追いついていた。岩の張り出しを利用して進路を塞ぎ、魔物が方向を変えた瞬間に踏み込む。二本の短剣が続けて閃き、最後の一匹も倒れた。


「よし、三匹とも終わり!」

「岳、さっきの受け方、ちょっと力が入りすぎてなかった?」

「そうか? ちゃんと止められたと思ったんだけど」

「止められてたけど、あの角度なら受け流すだけでもよかったと思う」

「ああ、なるほど。次は気をつける」

「瑞希もさ、最後の魔法、結構いいところに当たってたよね」

「動きを止められたからね。あの距離なら外さないよ」


 三人が戦闘を振り返る間も、映斗はカメラを回し続けていた。


 岳が敵を引きつけ、瑞希が動きを制限し、凛花が隙を突く。それぞれが自分の役割を理解しているからこそ、必要以上に声を掛け合わなくても動きが噛み合っている。青梅ダンジョンで初めて三人を撮影したときも、連携の良さは感じていた。けれど、こうして改めて撮ってみると、三人が互いの動きをよく見ていることが分かる。


 映斗は今の戦闘を頭の中で思い返しながら、次に似た場面があれば、もう少し低い位置から撮ってみようと考えた。


 第三階層では、魔物の種類が変わった。狭い通路を抜けた先で、凛花が一匹のジャイアントラットを見つける。大きな体に似合わず動きは素早く、こちらに気づくと岩壁に沿って駆け出した。


 だが、三人の対応に迷いはなかった。岳が正面へ回り込み、進路を変えた魔物を瑞希の水魔法が牽制する。その隙に凛花が距離を詰め、短剣で仕留めた。


「やっぱり、ジャイアントラットは動きが速いな」


 岳が魔石を拾いながら言う。


「そうだね。第四階層からは複数で出てくるし、囲まれないように気をつけよう」


 瑞希の言葉に岳が頷き、凛花は再び前方へ目を向けた。映斗もカメラの位置を確かめながら、三人の後を追った。


 第四階層へ進むにつれて、通路の形はさらに複雑になっていった。左右に岩が張り出し、広くなったと思えば急に狭くなる。足元には拳ほどの石が転がっている場所もあり、走る際には注意が必要だった。


 先行していた凛花が、通路の先で片手を上げる。


「四匹いる。手前に二匹、奥に二匹」

「結構いるな」

「奥の二匹が左右に分かれたら、挟まれるかもしれない」

「じゃあ、先に手前を止めよう。瑞希、頼めるか?」

「任せて」


 岳が大剣を構え、瑞希がその少し後ろに立つ。凛花は右側の岩壁に沿って移動し、いつでも回り込める位置を取った。


 映斗は一度周囲を見渡した。正面から撮れば岳の動きはよく見えるが、右へ回った凛花が岩に隠れてしまう。そこで少し左へ移動し、通路の奥まで視線が通る場所を選んだ。


 四匹のジャイアントラットが動き出す。手前の二匹が低い姿勢で駆けてきた。岳が大剣を横に構えて迎え撃ち、一匹の突進を防ぐ。もう一匹はその脇を抜けようとしたが、瑞希が放った水流が足元を打ち、進路を大きく逸らした。岳は目の前の一匹を押し返し、間合いが開いたところへ大剣を振り下ろす。岩床に重い音が響き、最初の一匹が魔石へと変わった。


 しかし、奥にいた二匹はすでに左右へ散っていた。一匹が岳の背後へ回ろうとする。もう一匹は瑞希のいる方向へ走り出した。


「右、私が行く!」


 凛花が岩壁を蹴って飛び出した。岳の背後へ回ろうとした魔物の進路を斜めに横切り、短剣を突き出す。ジャイアントラットは急に方向を変えたが、凛花は足を止めずに体をひねり、その動きに合わせてもう一本の短剣を振るった。刃が魔物の胴を捉え、その体が魔石へと変わる。


 同時に、瑞希の前へ迫った一匹が跳びかかる。瑞希は半歩下がりながら片手を上げた。目の前に水の塊が生まれ、飛び込んできた魔物を正面から弾き返す。宙に浮いたところへ続けて水弾が放たれ、その体を貫いた。


 残る一匹は、先ほど瑞希の水流で進路を逸らされたジャイアントラットだった。体勢を立て直した魔物が、岳の横を抜けようとする。岳は大剣を振り回さず、柄を引き寄せて構え直した。魔物が飛び込む方向へ踏み込み、短い動作で剣を振り下ろす。


 最後のジャイアントラットが消え、床に魔石が転がった。


「ふう。さすがに四匹だと忙しいな」

「でもちゃんと対応できたね」

「うん。瑞希も岳も、こっちが動く前に場所を空けてくれたし」

「凛花が右へ行くのは見えてたからね」

「俺も、あそこで凛花が来てくれると思ってた」


 岳が笑いながら大剣を肩に担ぐ。瑞希は周囲にほかの魔物がいないことを確認し、凛花は散らばった魔石を拾い集めた。


 映斗は録画を止めず、三人の姿を順に追った。今回の戦闘では、四匹の魔物がそれぞれ違う方向へ動いていた。それでも三人は互いの位置を見失わず、相手の動きに合わせて自然に役割を変えていた。誰か一人だけを追っていては、その連携は映らなかっただろう。


 映斗はカメラを少し下げ、今立っている位置から広間を見渡した。先ほどのように魔物が左右へ分かれる場面では、戦闘の中心だけでなく、少し先の空間まで入れておいた方が動きの流れを伝えやすい。撮影した映像を後で見返すのが、今から楽しみだった。


 魔石を回収し終えた三人が戻ってくる。


「山陰さん、そろそろ五層に行きましょうか」

「はい。お願いします」


 映斗はカメラを構え直し、再び歩き始めた。


 第五階層は、それまでの階層よりも通路が広く、ところどころに大きな岩の柱が残されていた。ホーンラビットとジャイアントラットの両方が出現するため、曲がり角を抜けた先で複数の魔物に遭遇することもある。凛花は少し先まで進んでは周囲を確かめ、魔物の集団がいる場所を避けながら進路を選んでいた。


「この先、右に三匹。左の通路なら通れそう」

「じゃあ左だな」

「少し進んだら休もう。まだ先は長いし」

「賛成。水も飲んでおきたい」


 四人は魔物のいる広間を迂回し、岩壁に囲まれた小さな空間へ入った。通路から少し奥まった場所で、外からは中の様子が見えにくい。凛花が周囲を確認し、しばらく魔物が近づいてくる気配がないことを確かめてから、岳が荷物を下ろした。


 映斗も録画を止め、カメラをバッグに収める。長時間構えていた腕を軽く回し、水筒を取り出した。冷たい水を口に含むと、乾いていた喉が潤っていく。


「ここまで順調だな」

「そうだね。前に来たときも、五層までは進めたし」

「でも、あのときは驚いたよね。いきなり久世さんに戻れって言われたんだから」

「そりゃ驚くだろ。Aランクの探索者が、あんな勢いで上から来たんだぞ」


 岳の言葉に、凛花が苦笑する。


 以前、三人が高尾ダンジョンへ挑戦した際、第五階層で出会った久世恒一から撤退を命じられた。第八階層に異常個体(イレギュラー)が出現していたためだ。その後、高尾ダンジョンは閉鎖され、調査が行われた。


「第六階層からはコボルトが出てくるんだよな」

「うん。ホーンラビットやジャイアントラットとは動き方が違うから、気をつけよう」

「集団で来ることもあるみたいだしね。先に数を確認してから動くよ」

「頼む。俺も周りをよく見ておく」


 三人が次の階層について話すのを聞きながら、映斗はバッグの中のカメラに目を落とした。ここまでは、以前にも撮影したことのある階層だ。魔物の動きや通路の特徴もある程度分かっていたため、撮影位置を決めるのに大きく迷うことはなかった。


 けれど、第六階層から先は違う。コボルトとの戦闘を撮影するのは、今回が初めてではない。それでも、この高尾ダンジョンで三人がどう戦うのかは、まだ見たことがなかった。


 どんな通路が続いているのか。どこから魔物が現れ、三人がどう動くのか。考え始めると、自然と次の撮影が楽しみになってくる。


「山陰さん、疲れてませんか?」


 瑞希に声を掛けられ、映斗は顔を上げた。


「大丈夫です。まだまだ撮れますよ」

「それならよかったです。でも、無理はしないでくださいね」

「はい。ありがとうございます」


 映斗が頷くと、岳が水筒の蓋を閉めた。


「よし。もう少し休んだら、六層に行こう」

「了解!」

「次からは慎重にね」

「分かってるって」


 三人のやり取りを聞きながら、映斗は小さく笑った。


 高尾ダンジョンの攻略は、まだ半分も終わっていない。それでも、ここまで撮影してきた映像には、四人で挑む最初のダンジョン攻略にふさわしい場面がいくつも収められている。


 映斗はカメラバッグの留め具を確かめると、再び水筒を手に取った。次の階層へ進む前に、もう少しだけ休んでおこう。


 その先で三人がどんな戦いを見せてくれるのか。今は、それを一番近くで撮影できることが楽しみだった。

読んでいただきありがとうございます。

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