第14話 四人目の蒼星
探索者協会の建物が見えてきたところで、映斗はスマートフォンを取り出した。
待ち合わせまでは、まだ十分ほどある。少し早く着きすぎたかもしれないと思ったが、『蒼星』の連絡グループには、すでに岳からメッセージが届いていた。
『俺、もう着いてます!』
映斗が返信しようとしたところで、今度は凛花からも連絡が入る。
『私と瑞希も、あとちょっとで着きまーす!』
どうやら全員、予定より早く集まりそうだ。
『蒼星』に正式加入してから、数日が経っていた。あの日、三人から誘われたときは嬉しさと驚きで実感が湧かなかったが、今では四人の連絡グループで次の探索について話し合っている。以前なら撮影を依頼されてから予定を合わせていたのに、今は最初から映斗を含めて日程が決まっていく。その小さな違いが、なんだか嬉しかった。
「山陰さーん!」
入口へ向かうと、岳が大きく手を振っていた。
「おはようございます、岳くん。ずいぶん早いですね」
「おはようございます! なんか楽しみで、家にいても落ち着かなくて!」
岳は照れくさそうに笑った。今日は探索をするわけではないため、いつもの大剣は背負っていない。
「高尾に行けるようになったのも嬉しいんですけど、四人で準備するのって初めてじゃないですか」
「そうですね。俺も楽しみにしていました」
ほどなくして瑞希と凛花も到着し、四人は揃って協会の中へ入った。
◇ ◇ ◇
探索者協会の館内は、今日も多くの探索者で賑わっていた。受付には依頼を確認する者たちが並び、掲示板の前では数人の探索者が情報を見比べている。
四人は高尾ダンジョンに関する案内が掲示されている一角へ向かった。
「おっ、あった!」
岳が指さしたのは、高尾ダンジョンの立入制限解除を知らせる案内だった。異常個体事件に伴う調査は終了し、協会が最下層まで確認した結果、事件以前の通常の状態に戻っていると判断されたことが記されている。
「これなら、予定どおり探索できそうですね」
映斗が言うと、瑞希も頷いた。
「はい。今度こそ十層まで行きたいです」
「俺、昨日また例の配信のアーカイブを見たんですよ。キングルナホーンディア、やっぱりすごい迫力でした!」
「岳、あの映像何回見てるの?」
瑞希が呆れたように尋ねる。
「だってさ、十層のボスが一瞬で倒されるなんて、何回見ても信じられないだろ」
「それだけ、あの異常個体が規格外だったってことでしょ」
「分かってるって。でも、今度は俺たちがあのボスに挑むんだと思うと、燃えてくるんだよ!」
岳の言葉に、凛花も楽しそうに笑った。
「まずは十層まで辿り着かないとね」
映斗も、その配信を見ていた。アイドルが所属していたパーティーの配信中、第八階層に出現した異常個体が、十階層のボスであるキングルナホーンディアを一瞬で倒した事件。あの映像は、多くの視聴者に衝撃を与えた。
今は協会によって通常の状態に戻ったと確認されているが、だからといって油断はできない。映斗が掲示された注意事項を読み直していると、少し離れた場所から話し声が聞こえてきた。
「……なあ、あれって青梅の動画の三人じゃないか?」
「ああ、あのボス戦の。確か『蒼星』だっけ?」
映斗が顔を上げると、数人の探索者がこちらをちらちらと見ていた。
「……なんか、見られてません?」
岳も気づいたようだ。
「そりゃ、あれだけ動画が広まったらね」
凛花は楽しそうだが、瑞希は少し落ち着かない様子だった。
「分かってはいたけど、実際に見られると変な感じ……」
映斗も同じ気持ちだった。再生回数という数字では実感しにくかったが、動画を見た人たちが実際に目の前にいると思うと、不思議な感覚がある。
「それにしても、あの映像どうやって撮ったんだろうな」
「カメラマンも一緒にいるんじゃないか?」
そんな声まで聞こえ、映斗は思わず視線を掲示板へ戻した。
「山陰さん、今の聞きました?」
凛花が小声で尋ねてくる。
「……はい。ちょっと照れくさいですね」
「ふふっ、山陰さんも有名人ですね!」
映斗は苦笑した。映像を見てもらえるのは嬉しいが、こうして自分まで注目されることには、まだ慣れそうにない。
「さて、そろそろ作戦会議にしようか」
瑞希の言葉に全員が頷き、四人は掲示板の前を離れた。
◇ ◇ ◇
協会内の休憩スペースへ移動すると、岳が高尾ダンジョンの階層図をテーブルに広げた。
「じゃあ、どうやって十層まで行くか考えましょう!」
岳が第五階層を指さす。
「前に俺たちが行ったのは、ここまでだったよな」
「うん。あのときは異常個体の事件が起きて、探索どころじゃなくなったから」
瑞希の言葉に、凛花も頷いた。
「久世さんに『上へ戻れ』って言われたんだよね。あのときはびっくりしたなあ」
前回の高尾探索にて、第五階層にいた『蒼星』の三人は、そこで通りかかった久世恒一から撤退を指示され、探索を中断している。
「でも、今回は協会の調査も終わってる。だから、ちゃんと十層まで行きたいんだ」
岳が顔を上げた。
「青梅はもう攻略したし、高尾も攻略できれば、Dランクへの昇格審査を受ける条件が揃うからな!」
「まだ審査があるんだから、クリアしただけでDランクになれるわけじゃないけどね」
「分かってるって! まずはそこを目指そうって話!」
岳の言葉に、凛花も頷いた。
「私も早く十層まで行ってみたい!」
映斗は階層図に目を向けた。高尾は全十階層。『蒼星』の三人にとって、第六階層から先は未踏の領域になる。
「前に探索したときは、どんなところが大変だったんですか?」
映斗が尋ねると、瑞希が少し考えてから答えた。
「奥へ進むほど魔物の数が増えて、複数の方向から来られると対応が難しかったですね」
「私が先に気づいても、岳と瑞希の位置によっては、すぐに知らせた方がいいのか迷うこともあったし」
凛花も当時を思い出しているようだった。
「でも、青梅の映像を見てから、三人の動き方も少し変わったと思う」
瑞希が言うと、岳も頷いた。
「俺も、二人が動きやすい位置をもっと意識するようになったんだ。前に高尾へ行ったときより、うまく連携できると思う」
映斗は三人の話を聞きながら、青梅での戦闘を思い返した。岳が正面から敵を引き受け、瑞希が水魔法で援護し、凛花が隙を突く。三人の動きにはそれぞれ違った魅力があり、撮影するたびに新しい発見があった。
「六層から先は初めてだから、慎重に進もう」
瑞希の言葉に、岳と凛花も頷いた。
「凛花、索敵は頼んだぞ」
「任せて! でも、変な気配があったらすぐ止まるからね」
「もちろん。無理に進んだりはしないよ」
三人が攻略方針を確認したところで、瑞希が映斗へ向き直った。
「山陰さん、撮影するうえで何か希望はありますか?」
「そうですね。できれば、移動中も少し撮っておきたいです。戦闘だけじゃなくて、凛花さんが索敵しているところや、三人が相談しているところも残したいので」
「えっ、私の索敵も?」
凛花が目を丸くする。
「はい。戦闘が始まる前に何を見て、どう動いているのかも、映像にすると面白いと思うんです」
「へえ……。そういうところも撮るんですね」
瑞希も興味深そうに頷いた。
「確かに、私たちは凛花が索敵しているとき、細かい動きまでは見ていないですからね」
「じゃあ、格好いいところ撮ってくださいね!」
凛花が笑う。
「はい。頑張ります」
映斗が答えると、瑞希が少し真剣な表情になった。
「でも、山陰さんも無理はしないでください。危ない場所では撮影より安全を優先してくださいね」
「はい。気をつけます」
映斗は素直に頷いた。撮影中の安全を気遣われることは以前にもあったが、今は同じ目標に向かう仲間として言われているのだと思うと、少し嬉しくなる。
その後も四人は、休憩の取り方や持ち物について話し合った。第六階層以降は未知の領域になるため、状況によっては無理をせず引き返すことも確認する。映斗も撮影機材の予備バッテリーや記録媒体を多めに準備することにした。
「山陰さん、荷物が重かったら言ってくださいね。俺、持てますから!」
岳が言う。
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
「岳、自分の大剣もあるんだから、無理しないでよ?」
凛花がからかうように笑うと、岳は胸を張った。
「これくらい平気だって!」
そんな三人のやり取りを眺めながら、映斗はメモを閉じた。
以前なら、三人の探索予定が決まったあとで、自分が撮影に同行できるかを確認する形だった。けれど今日は、最初から四人の予定として話が進んでいる。誰かが特別にそう宣言したわけではない。三人とも、ごく自然に映斗の都合を尋ね、必要なものを確認してくれた。
その何気なさが、映斗には嬉しかった。
「よし! これで準備は大丈夫そうだな!」
岳が満足そうに言った。
「じゃあ、明日は予定どおり集合ってことで!」
「うん。遅刻しないでよ、岳」
「しないって!」
「山陰さんも、明日はよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」
映斗が答えると、凛花が楽しそうに笑った。
「四人で高尾攻略、頑張りましょう!」
◇ ◇ ◇
その日の夜、映斗は自宅の机に撮影機材を並べ、一つずつ状態を確認していた。
カメラ本体に異常はない。レンズの汚れを拭き取り、予備バッテリーの充電状態を確かめる。記録媒体の空き容量も十分だ。普段から繰り返している作業だったが、今日はいつもより少しだけ気持ちが弾んでいた。
机の端には、昼間の作戦会議で書き込んだメモが置かれている。高尾ダンジョン、全十階層。今回の目標は、第十階層のキングルナホーンディアを討伐することだ。
映斗はメモを眺めながら、青梅で撮影した三人の姿を思い浮かべた。高尾では、どんな戦いを見せてくれるのだろう。
「……楽しみだな」
小さく呟いたところで、スマートフォンが震えた。『蒼星』の連絡グループに、岳からメッセージが届いている。
『明日は絶対、十層まで行きましょう!』
『無理はしないこと。それが一番大事だからね』
『分かってるって!』
『山陰さん、明日も格好よく撮ってくださいね!』
画面に並んだやり取りを見て、映斗は思わず笑みを浮かべた。三人がどんな顔で話しているのか、容易に想像できる。
以前なら、撮影を頼まれたときに返すような言葉を打っていたかもしれない。けれど、明日は仕事として三人についていくのではなく、同じパーティーの一員として高尾へ向かうのだ。
映斗は短い返事を入力した。
『はい。明日は四人で頑張りましょう!』
送信すると、すぐに岳から返事が届いた。
『もちろんです!!』
映斗はスマートフォンを机に戻し、最後にもう一度カメラを確かめた。
良い映像を撮りたい。その気持ちは今も変わらない。ただ、明日の探索には、それだけではない楽しみがある。
岳と瑞希と凛花。三人と一緒に、今度は『蒼星』の一員としてダンジョンへ向かう。
映斗はカメラを丁寧にバッグへ収めると、明日の出発を楽しみにしながら、部屋の明かりを落とした。
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