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第13話 次の一歩

 朝、枕元に置いていたスマートフォンが震えた。


 岳は布団の中から腕を伸ばし、手探りでそれをつかんだ。まだ眠気の残る目で画面を開くと、通知が何件も並んでいる。昨日の夜に投稿した動画へのコメントや、チャンネル登録を知らせる通知だった。


「ん〜? なんだ、これ」


 寝る前にも何件か通知は届いていたが、こんな数ではなかったはずだ。不思議に思いながら『蒼星』のチャンネルを開いた岳は、画面に表示された数字を見て動きを止めた。


「……三十万?」


 目をこすり、もう一度確認する。


 動画の再生回数は、三十八万回を超えていた。


 昨夜、寝る前に確認したときは、まだ百回にも届いていなかった。投稿したばかりなのだから、それが普通だと思っていたし、今回は山陰さんに撮ってもらった動画だから、いつもより多くの人に見てもらえたら嬉しい、という程度の期待だった。


 それが、一晩で三十万回以上も再生されている。


「いやいやいや、待て待て!」


 思わず声が大きくなった。画面を更新してみると、再生回数はさらに増えていた。コメント欄にも見慣れない数の書き込みが並び、チャンネル登録者数まで昨日とは比べものにならないほど増えている。どうやら表示の間違いではないらしい。


 岳はしばらく画面を見つめたあと、慌ててグループ通話を開いた。


 呼び出し音が数回鳴り、最初に瑞希が応答する。


『……岳? 朝からどうしたの』

「瑞希! 今すぐ俺たちの動画見て!」

『動画? 昨日のなら見たけど』

「そうじゃなくて、再生回数!」

『再生回数がどうしたのよ』


 そこで凛花も通話に加わった。


『おはよー。なに、二人とも朝から元気だね』

「凛花も動画開いて! とにかく早く!」

『えー、なになに? そんなに慌てて……』


 少しの間、二人がそれぞれ画面を操作する音だけが聞こえた。


『……は?』


 先に声を上げたのは瑞希だった。


『えっ、三十八万? これ、うちの動画よね?』

『ちょっと待って、なにこれ! めちゃくちゃ再生されてるじゃん!』

「だろ!? 俺もさっき起きて見たらこうなってて!」

『いや、どうして? 昨日の夜は全然だったでしょ?』

「それがわかんないんだって!」


 三人とも興奮しているせいで、会話がなかなか噛み合わない。


 岳はもう一度コメント欄を開いた。投稿した直後には知り合いの探索者からの書き込みが数件ある程度だったのに、今は見知らぬ人たちの感想が次々と増えている。


『ねえ、これ見て。誰かがボス戦の一部を切り抜いて投稿したみたい』


 瑞希の言葉に、岳は送られてきたリンクを開いた。


 そこには、フォレストウルフロードとの戦闘を短くまとめた動画があった。映斗が撮影した映像の一部で、岳たち三人が位置を変えながら攻撃をつないでいく場面だ。切り抜きには多くの反応が寄せられており、元の動画へのリンクも貼られている。


「これが広まったのか……」

『たぶんね。それにしても、こんなに見られるものなの?』

『すごいよね! あ、見て見て! あたしの動き褒められてる!』


 凛花の弾んだ声につられ、岳もコメントを読み始めた。


 そこには、三人の戦い方についての感想が並んでいた。大剣を使いながら仲間への攻撃も防いでいる岳の動きや、瑞希がほとんど間を置かずに水魔法を発動させていること。凛花が敵の攻撃を紙一重でかわし、隙を見つけて懐へ入り込む場面についても、詳しく書かれている。


「俺、そんなに防御してたっけ……?」

『してたじゃない。私が魔法を使う前にも、一回前に出てくれたでしょ』

「いや、あれは瑞希のところに攻撃が行きそうだったから……」

『それを自然にできてるのがすごいってことじゃない?』


 凛花に言われ、岳は動画を見返した。確かに、敵の攻撃に合わせて自分が前へ出ている場面がある。けれど、そのときは仲間を守ろうと考えたというより、目の前で起きたことに反応しただけだった。


『瑞希もすごい言われてるよ。魔法を出すのが速いって』

『……それは読んだ。でも、普通に使ってるだけなんだけど』

『普通じゃないって書いてあるじゃん』

『だから、それがよくわからないのよ』


 瑞希は困ったように答えた。自分たちの戦闘を褒めてもらえるのは嬉しい。けれど、見知らぬ人たちから、これまで意識したこともなかった部分を次々に評価されると、どう受け止めればいいのかわからなくなる。それは岳も同じだった。


「なんか……すごいことになっちゃったな」

『うん。嬉しいんだけど、ちょっと落ち着かないかも』

『わかる。昨日まで普通だったのに、急にこんなに見られてるんだもんね』


 凛花の声にも、いつもの明るさに混じって少しの戸惑いがあった。


 岳は画面を下へ動かし、さらにコメントを読んでいく。すると、三人の戦い方とは別に、撮影について触れている書き込みが目についた。


「……あ、山陰さんのこともいっぱい書かれてる」

『ほんとだ。カメラマンがすごいって』

『ドローンじゃないのかって言ってる人もいるね』


 凛花が笑う。


『山陰さん、あたしたちと一緒に走って撮ってたのにね』

『しかも、あのボス戦でしょ。普通に考えたら、あんな位置から撮れないと思う』


 瑞希の言葉に、岳もうなずいた。


 映斗が撮影している姿は何度も見ている。自分たちが走れば一緒に走り、戦闘が始まれば邪魔にならない場所へ移動する。それでいて、完成した映像では三人の動きが途切れることなく映っていた。


 最初は、腕のいいカメラマンなのだと思っていた。けれど、こうして他の人たちの反応を読むと、自分たちが考えていた以上にすごいことをしていたのかもしれない。


「山陰さんにも教えなきゃ!」

『そうね。まだ知らないかもしれないし』

『岳、電話してみたら?』

「うん、そうする!」


 三人の通話を終えた岳は、連絡先から映斗の名前を選んだ。呼び出し音を聞きながら、何から話そうかと考える。結局、相手が出るまでに言葉はまとまらなかった。


『はい、山陰です』

「山陰さん! おはようございます!」

『おはようございます、岳くん。どうかしましたか?』

「俺たちの動画、今すごいことになってるんです!」

『……動画ですか?』

「再生回数が三十八万回を超えてるんですよ!」

『えっ?』


 電話の向こうで、映斗が驚いた声を上げた。


『三十八万……ですか?』

「はい! 昨日の夜は百回くらいだったのに、朝起きたら急に増えてて!」

『ちょっと待ってください。今、確認しますね』


 岳は電話を耳に当てたまま、しばらく待った。


『……本当だ。すごいですね』


 映斗の声には、はっきりと驚きが混じっていた。


『コメントもたくさん来てますね。岳くんたちの戦い方、かなり評価されてますよ』

「そうなんです! 俺たちもさっき読んでたんですけど、自分じゃ気づかなかったことまで書かれてて」

『岳くんの大剣の使い方も、瑞希さんの魔法も、凛花さんの動きも、映像でちゃんと伝わったみたいですね』


 その言葉を聞いて、岳は嬉しくなった。映斗は自分の撮影が褒められていることより、三人の戦いが評価されたことを喜んでいるようだった。


「でも、山陰さんのこともめちゃくちゃ話題になってますよ!」

『俺のことですか?』

「はい! どうやって撮ってるんだとか、動きがわかってないと無理だとか!」

『そんなことまで……』

「やっぱり山陰さん、すごいんですね!」

『いえ、俺は撮りたい場面があったら、そこに移動してるだけなので……』


 いつもの控えめな返事だった。岳は思わず笑ってしまう。


「それがすごいんだと思いますよ!」


 岳の言葉に、映斗は思わず苦笑した。


『ありがとうございます。でも、俺としては三人の戦いがたくさんの人に見てもらえたことのほうが嬉しいですね』

「俺たちも嬉しいです! 本当に、山陰さんに撮ってもらってよかったです!」

『そう言ってもらえると、俺も嬉しいです』


 その後も岳は興奮した様子でコメントの話を続け、映斗は時折笑いながら耳を傾けた。ひとしきり話したところで、岳は瑞希たちにも改めて連絡すると言い、二人は電話を終えた。


 映斗はスマートフォンを手にしたまま、改めて動画のページを開いた。再生回数は、岳から聞いた数字よりも増えていた。


 コメントを読み進めると、三人の実力についての感想に混じって、カメラの動きに言及するものがいくつも見つかった。次に誰が動くのか、最初から知っているような撮り方だという意見もある。


 映斗としては、三人の動きを見ながら、次にどこへ移動すれば撮りたい映像が収まるのかを考えていただけだった。特別なことをしているつもりはない。


 ただ、ボス戦の途中から連携が急によくなっているという書き込みには、少しだけ手が止まった。中には、戦闘音に紛れて誰かの声が聞こえるのではないか、と考察している人もいる。


「……そこまで見てる人がいるんだ」


 映斗は小さくつぶやいた。


 あのとき、思わず岳たちに声をかけてしまったことを思い出す。


 撮影に使用しているマイクは指向性が強く、基本的にはカメラを向けた先の音を拾うようになっている。加えて、映斗自身も撮影中の呼吸や声が録音に入り込まないよう、角度やタイミングを意識してカメラを回していた。そのため、あのときの声も、完成した動画では戦闘音に紛れてほとんど聞き取れないはずだった。


 実際、コメントを読んでも、何が聞こえたのかまでは意見が分かれている。それでも、わずかな音の違いに気づく人はいるらしい。


 映斗はしばらく画面を見つめていたが、やがて三人の戦闘を褒めるコメントに目を戻した。


 岳の大剣が敵の攻撃を受け止め、瑞希の水魔法がその動きを妨げ、凛花が隙を突いて飛び込む。自分が見ていた三人の姿が、こうして多くの人にも伝わっている。そのことが、何より嬉しかった。



◇ ◇ ◇



 数日後、映斗は駅の近くにあるカフェを訪れていた。


 以前、『蒼星』の三人と完成した動画を確認した店だ。窓際の席に目を向けると、先に到着していた岳が大きく手を振っている。


「山陰さん! こっちです!」

「お待たせしました」

「いえ、俺たちもさっき来たところです!」


 映斗が席に着くと、瑞希と凛花も笑顔で迎えてくれた。今日は岳から、動画の反響や今後の活動について一度話したいと連絡をもらっていた。注文した飲み物が届くまでの間も、話題は自然と動画のことになった。


「結局、あれからもずっと増えてるんですよ」


 岳がスマートフォンを見せてくる。再生回数はさらに伸びており、コメント欄にも新しい感想が寄せられていた。


「最初は嬉しかったんですけど、最近はちょっと数字を見るのが怖くなってきました」

「岳、最初の日なんて数分おきに確認してたもんね」

「だって気になるだろ!」

「気持ちはわかるけど、見たところで何か変わるわけじゃないでしょ」


 瑞希に言われ、岳は苦笑いした。凛花は楽しそうに二人を眺めていたが、やがて映斗へ顔を向けた。


「山陰さん、あの動画のおかげで、あたしたちのこと知ってくれた人がすごく増えたんです。ありがとうございます」

「いえ、俺は皆さんを撮影しただけですよ。見てもらえたのは、三人の戦いがよかったからだと思います」

「またそういうこと言う」


 凛花が笑うと、瑞希もうなずいた。


「山陰さんの映像じゃなかったら、あそこまで伝わらなかったと思います。少なくとも、私たちが今まで配信していた動画とは全然違いましたから」

「そう言ってもらえるなら、撮影した甲斐があります」


 映斗は少し照れながら答えた。


 しばらく話しているうちに、岳が思い出したように姿勢を正した。


「そうだ。山陰さん、高尾ダンジョンのことって知ってますか?」

「高尾ですか?」

「はい! 立ち入り制限が解除されたんです!」


 その名前を聞いて、映斗は以前の出来事を思い出した。高尾ダンジョンでは、通常とは異なる魔物が確認され、探索者協会によって立ち入りが制限されていた。異常個体(イレギュラー)を巡る騒ぎがあったことは、映斗もよく覚えている。


「解除されたんですね。調査は終わったんですか?」

「そうみたいです。協会の発表だと、最下層まで調査が終わって、今は異常個体(イレギュラー)が確認される前の状態に戻ってるらしいです」


 瑞希が補足する。


「通常の魔物の出現状況も確認できたそうです。だから、一般の探索者にも開放するって」

「なるほど……。それなら、また探索できるんですね」

「はい。それで俺たち、次はもう一度、高尾に挑戦しようと思ってるんです!」


 岳の声が少し弾んだ。


 高尾ダンジョンは全十階層。最下層の十階層にボスが出現する、Eランクのダンジョンだ。青梅よりも階層が多く、最下層まで攻略するには、それだけ長く探索を続けなければならない。


「高尾を攻略できたら、俺たち、Dランクへの昇格条件を満たせるんですよ!」

「ああ、Eランクダンジョンを二つ攻略する、という条件ですね」

「そうです! 青梅はもう攻略してるので、あとは高尾をクリアできれば!」


 岳は嬉しそうに笑った。


 EランクからDランクへ昇格するには、Eランクダンジョンを二つ攻略した実績が必要になる。条件を満たしたあと、探索者協会の審査を経て、正式に昇格が認められる仕組みだ。


 『蒼星』はすでに青梅ダンジョンを攻略している。つまり、高尾を攻略できれば、次のランクが見えてくる。


「すごいですね。皆さん、もうDランクを目指すんですか?」

「もちろんです! いつまでもEランクのままじゃいられませんから!」

「岳はちょっと気が早いけどね。高尾は青梅より階層が多いし、準備はちゃんとしないと」

「わかってるって!」

「ほんとかなあ」


 凛花が笑い、岳が不満そうに口を尖らせる。


 そんなやり取りを眺めながら、映斗は三人が次の目標に向かって動き始めていることを嬉しく思った。青梅で初めて撮影したときから、三人は十分にいい動きをしていた。高尾では、また違った戦いが見られるかもしれない。


「そういえば、山陰さん」


 瑞希に声をかけられ、映斗は顔を上げた。


「青梅の動画、私たち、あれから何度も見返してるんです」

「そうなんですか?」

「はい。最初は単純に、自分たちの戦いがあんなふうに映ってるのが面白かったんですけど……見返してると、いろいろ気づくことがあって」


 瑞希はテーブルの上で指を組んだ。


「例えば、ボス戦で私が魔法を使おうとしたとき、岳と凛花がどこにいたのか。戦ってる最中は、自分の前にいる魔物を見るので精一杯なところもありますから」

「ああ、それは俺も撮りながら考えていました。三人の位置が重なると、誰が何をしているのかわかりにくくなるので」

「そうなんです。動画で見ると、私がもう少し位置を変えたほうがよかった場面もあって。次はそこを意識してみようかなって」

「俺もあります!」


 岳が身を乗り出した。


「自分じゃ攻撃してるつもりだったのに、動画で見ると意外と防御してる時間が長かったりして。あそこで別の動き方もできたんじゃないかって、瑞希たちと話したんです」

「岳、動画止めるたびに『ここ、もう一回見よう』って言うんだもん」

「凛花だって何回も戻してただろ!」

「だって、あたしが避けたあと、二人が何してたのか気になったんだもん。戦ってるときって、後ろまでずっと見てられないし」


 凛花はそう言ってから、映斗を見た。


「山陰さんの動画だと、あたしが見てなかったところも映ってるんですよね。ああ、あのとき岳がこっちに動いてたんだ、とか。瑞希が魔法を準備してたんだ、とか」

「皆さんの動きがわかるように撮りたかったので、そうやって見てもらえるのは嬉しいです」


 映斗は素直に答えた。


 自分が撮影中に考えていたことが、完成した映像を通して三人の役に立っている。それは、いい映像が撮れたときとはまた違う喜びだった。


「それに、山陰さんと一緒に探索してると、普段とは違うことにも気づけるんですよね」


 岳が言った。


「この前のボス戦も、山陰さんが声をかけてくれたとき、すごく動きやすかったんです。あとで動画を見て、ああ、あの位置に移動したから瑞希の魔法が通ったんだなって」

「……あれは、撮影の都合でお願いしただけですよ」

「でも、俺たちにとってもよかったんです」


 岳は当たり前のことのように言った。


 瑞希もうなずく。


「山陰さんが見ているものと、私たちが戦いながら見ているものって、少し違うんでしょうね。だから、映像を見返すと新しい発見があるんだと思います」

「そうそう。それに、あたしたち、まだまだ強くなれると思うんだよね」


 凛花はストローを指先で回しながら、楽しそうに笑った。


「今の自分たちをこうやって見られるなら、もっと強くなったときの動画も見てみたいなって」

「……なるほど」


 映斗は三人の顔を見た。岳は真剣な表情でうなずいている。瑞希も凛花も、次の探索を楽しみにしているのが伝わってきた。彼らにとって、撮影した動画はただ配信するためのものではなくなっているらしい。


 自分たちの戦いを振り返り、次の探索へつなげるためのもの。その映像を撮っているのが自分だと思うと、映斗は少しくすぐったい気持ちになった。


「高尾でも、いい映像が撮れそうですね」


 思わずそう口にすると、岳がぱっと顔を上げた。


「そうですよね!」

「青梅とは魔物も違いますし、十階層までありますから。三人のいろいろな場面を撮れると思います」


 映斗は以前訪れた高尾ダンジョンの景色を思い返した。


 青梅とは異なる環境で、三人はどんな戦いを見せてくれるのだろう。以前は撮影する機会のなかった場面も、今度なら映像に収められるかもしれない。そう考えると、自然と次の撮影が楽しみになってきた。


「山陰さん」


 岳の声に、映斗は顔を上げた。


「はい?」

「今日、今後の活動について話したいって連絡したじゃないですか」

「はい。高尾ダンジョンのことですよね?」

「それもあるんですけど……実は、もう一つ話したいことがあって」


 岳は瑞希と凛花に目を向けた。二人は顔を見合わせることもなく、静かにうなずいた。その様子を見て、映斗は少し首を傾げた。


「何でしょう?」

「俺たち、青梅で山陰さんに撮ってもらって、本当によかったと思ってるんです」

「ありがとうございます」

「最初は、ちゃんとした映像を撮ってもらえたら嬉しいなって思ってました。でも、実際に一緒に探索して、完成した動画を見て……それだけじゃないってわかったんです」


 岳は言葉を選びながら続けた。


「自分たちの戦い方も、今まで気づかなかったことも、山陰さんの映像を見て初めてわかったことがたくさんありました」

「私も同じです」


 瑞希が口を開く。


「自分たちの動きをあんなふうに見返せるのは、すごく勉強になりました。これから高尾に挑戦するなら、なおさら大切だと思います」

「それにさ」


 凛花が少し身を乗り出した。


「あたしたち、これからDランクになって、次はCランクになって、その先も目指して。そうやって強くなっていくところを、山陰さんに撮ってもらえたら嬉しいなって」


 三人の言葉に、映斗は自然と笑みを浮かべた。


「そう言ってもらえるのは、本当に嬉しいです。俺も、皆さんがこれからどんなふうに戦うのか、撮ってみたいと思っていました」


 岳の表情が明るくなる。


「本当ですか!」

「はい。青梅でも、まだ撮りきれていないと思う場面がたくさんありましたし……」


 そこまで話して、映斗はふと気づいた。岳がいつもより真剣な顔をしている。瑞希と凛花も、こちらをじっと見ていた。


「……あの、どうかしましたか?」


 岳は一度だけ息を吸った。


「山陰さん。俺たち、これからも一緒に探索してほしいんです」

「はい。次の高尾ダンジョンの撮影でしたら、ぜひ――」

「高尾だけじゃないんです」


 岳の言葉に、映斗は口を閉じた。


「高尾を攻略したあとも、Dランクになったあとも、俺たちがもっと強くなっていくところを、山陰さんに撮ってほしいんです」


 瑞希が続ける。


「もちろん、撮影だけをお願いしたいわけじゃありません。一緒に探索して、一緒に映像を見返して、これからのことを考えていけたらって思っています」

「山陰さんと一緒だったら、もっと楽しくなりそうだしね」


 凛花が笑った。


 映斗は三人を見つめた。これからも撮影を頼みたいという話なら、理解できる。高尾の攻略を撮ってほしいと言われれば、喜んで引き受けたいとも思っていた。けれど、三人の話はどうやらそれだけではないらしい。


 岳は背筋を伸ばし、まっすぐに映斗を見た。


「山陰さん」

「……はい」

「俺たちのパーティー『蒼星』に、正式に入ってもらえませんか?」


 その言葉を聞いた瞬間、映斗は何も言えなくなった。


 正式に、パーティーへ。


 それは、撮影の依頼とはまったく違う申し出だった。


 頭の中に、ふいに別の四人の顔が浮かぶ。何年も一緒にダンジョンへ潜り、撮影を続けてきた『風翔』の元・仲間たち。そして、最後に高城玲から告げられた言葉。


 あの日、自分はもう必要ないのだと知った。また同じことになったらどうしよう。そんな考えが頭をよぎり、映斗はすぐに返事ができなかった。


「……あの、俺でいいんですか?」


 気づけば、そんな言葉が口から出ていた。


「俺は探索者として戦えるわけじゃありませんし、できることといえば、皆さんを撮影することくらいで……」

「それがいいんです!」


 岳が、映斗の言葉を遮るように答えた。


「俺たちは、山陰さんに撮ってほしいんです。他の誰かじゃなくて、山陰さんに!」

「そうですよ。山陰さんの映像を見て、自分たちの戦い方について新しい発見がありました。それに、一緒に探索していて、とてもやりやすかったんです」


 瑞希が穏やかな声で続ける。


「それに、山陰さんと一緒にいると楽しいですしね。これからも一緒にダンジョンに潜りたいって、あたしたち三人とも思ってるんです」


 凛花も笑顔を向けてくれた。


 映斗は三人の顔を順番に見た。誰も、映斗に戦うことを求めていない。三人が望んでいるのは、これまでと同じように、自分たちの姿を撮影してほしいということだった。


 けれど、単に撮影を依頼したいだけでもない。これから先も、一緒にダンジョンへ潜りたい。自分たちが強くなっていく姿を、映斗に撮り続けてほしい。三人は、そう言ってくれているのだ。


 映斗は膝の上で握っていた手を、ゆっくりと開いた。


 以前のように、また誰かの邪魔になってしまうかもしれない。そんな不安が完全になくなったわけではない。それでも、青梅ダンジョンで一緒に探索した時間や、完成した動画を見て喜んでくれた三人の姿を思い出すと、不思議と気持ちが落ち着いていった。


 何より、映斗自身も思っていたのだ。この三人が、これからどんな探索者になっていくのか。その姿を、もっと撮影してみたいと。


「……ありがとうございます」


 映斗は三人に向かって、ゆっくりと頭を下げた。


「俺も、皆さんと一緒に探索したいと思っていました。これからも、三人の戦う姿を撮り続けたいです」


 顔を上げると、岳が期待に満ちた表情でこちらを見ていた。


「じゃあ……!」

「はい。俺でよければ、ぜひ『蒼星』に入れてください」


 一瞬の沈黙のあと、岳が勢いよく立ち上がった。


「やったあっ!」

「ちょっと岳! 声、大きい!」


 瑞希が慌てて注意すると、岳は周囲の視線に気づき、照れくさそうに座り直した。


「す、すみません……。でも、嬉しくて!」

「あはは! 岳、顔真っ赤!」

「凛花だって笑ってるだろ!」

「だって嬉しいもん!」


 凛花はそう言って、改めて映斗に向き直った。


「山陰さん、これからよろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「私からも、よろしくお願いします。これからは同じパーティーの仲間ですね」


 瑞希の言葉に、映斗は小さくうなずいた。


 同じパーティーの仲間。


 その響きは、思っていた以上に胸に残った。


「よし! じゃあ、まずは高尾ダンジョンですね!」


 岳が嬉しそうに言う。


「絶対に攻略して、Dランクになりましょう!」

「だから、まだ攻略できるって決まったわけじゃないでしょ」

「わかってるって! ちゃんと準備するよ!」

「山陰さんもいるんだし、いいところ見せないとね!」


 三人の楽しそうなやり取りを聞きながら、映斗も自然と笑みを浮かべていた。


 次の高尾ダンジョンでは、どんな映像が撮れるだろう。岳の大剣も、瑞希の水魔法も、凛花の素早い動きも、今まで以上に魅力的に撮影したい。三人が成長していく姿を、一つでも多く映像に残していきたい。


 そして今度は、一度きりの撮影依頼ではない。これからは『蒼星』の一員として、三人と一緒にダンジョンへ潜るのだ。


 映斗はテーブルを囲む三人を見渡し、改めて口を開いた。


「皆さん、これからよろしくお願いします」


 三人が笑顔で応えてくれる。


 その光景を眺めながら、映斗は次の探索が待ち遠しくなっていた。

読んでいただきありがとうございます。

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