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第21話 濡れない頁

ロウが鉄門から廃材置き場に戻った時、夜は終わりかけていた。


キールは、起きていた。ニナも、起きていた。


ロウが入ると、二人とも、何も聞かなかった。


ロウも、何も言わなかった。


ただ、台帳の包みに、一度目を置いた。


「動く」


ロウは言った。


キールは、頷いた。


ニナは、台帳の隅に手を添えた。


三人は、廃材置き場を出た。


朝の街は、まだ眠っていた。


ロウは、市場の縁の方ではなく、街の下へ向かう道を選んだ。


ヴェラの言葉が、頭の中にあった。


夜の買い手の荷は、近く出る。


ザハルの契約は、長くない。


近く。


長くない。


二つが重なる朝は、どこかで音が変わる。


その朝、街の音は変わっていた。


水路の階段は、街の北の隅にあった。


下りる前に、ロウは耳を澄ました。


子供の声がなかった。


鳥の鳴き声も、少なかった。


そして、足音が、少しだけ多かった。


東から、重い足音が二つ。


西から、揃った足音が複数。


北だけ、足音が空いていた。


ロウは、その空いた方角を見た。


ザハルの場所だった。


「下りる」


ロウは言った。


三人は、水路の階段を下りた。


水路の中は、暗かった。天井の隙間から、朝の光が、細く落ちていた。


水は、思ったより冷たかった。


膝の下まで来た。


キールが、台帳を抱え直した。


布の包みが、水に触れないように、胸の上まで持ち上げた。


ニナは、キールの後ろを歩いた。


ロウは、しんがりだった。


三人は、水路の下流へ走った。


階段の上から、重い足音が下りてきた。


夜の買い手の手の者の足音だった。


別の階段から、水を踏む音も来た。


揃った足音だった。


検めの男たちだ。


足音のない男だけは、上にいた。


ザハルは、水の中には入らなかった。


入る必要がなかった。


出口を見ればいい。


水路は、途中で分かれた。


二つの道があった。


右は、広い。左は、狭い。


ロウは、迷わなかった。


「左」


それだけ言った。


キールが、左へ折れた。ニナも、左へ折れた。


ロウは、最後に左に入った。


入ってすぐ、水位が、上がった。


水路の合流地点で、別の道から水が流れ込んできた。


水は、ニナの腰まで来た。


ニナの背は、ロウより少し高いだけだった。


水の力が、ニナを後ろへ引いた。


ニナは、キールの袖をつかんだ。


つかんだまま、足が浮いた。


袖が伸びた。


「キール」


ロウは言った。


キールは振り向こうとした。


だが、台帳が両腕をふさいでいた。


その時、敵の手が、水路の縁から伸びてきた。


重い足音の男の手だった。


男は、ニナを掴もうとした。


同時に、男は、台帳の布の角も掴んだ。


ロウは、走った。


ロウの足は、水の中で、思ったより速かった。


走るのではなく、跳んだ。


ニナの腕を、水の中から掴んだ。


引き上げた。


ニナの身体は、軽かった。


ロウの腕の中に、ニナが入った。


その瞬間、台帳の布が引かれた。


敵の手。


キールの手。


二つの手の間で、布が鳴った。


キールの指が、動いた。


考える前に、動いた。


布を開いた。


台帳の腹から、掴めるだけ頁を引き出した。


その束を、両手で裂いた。


台帳の綴じ目が、鳴った。


裂いた音は、水の音の中に消えた。


頁が、いくつか、空中に散った。


敵の手の中に、数頁。


キールの手の中に、数頁。


そして、水の中に、数頁。


敵は、自分の手に残った頁を見た。


少ない。


男は、もう一度手を伸ばした。


その上で、別の足音が鳴った。


商会の検めの男たちが、水路の上に着いた。


重い足音の男は、上を見上げた。


商会の検めの男たちと、夜の買い手の手の者は、互いを見た。


水路の中で、目がぶつかった。


その隙に、ロウはニナを抱えて、もう一つ奥の道へ入った。


キールも続いた。


水位は、まだ上がっていた。


三人は、水路のもう一つ低い枝に入った。


そこは、水が腰まで来ていた。だが、流れは緩んでいた。


ロウは、ニナを下ろした。


ニナは、ロウの腕にしがみついた。


しばらく、放さなかった。


ロウも、その手を、放させなかった。


キールは、その横に立っていた。


両手の中に、裂いた頁が、まだあった。


水で濡れていた。


キールは、その頁を、胸の前で握っていた。


何枚かは、キールの目が追った。


何枚かは、目が止まらなかった。


水で、文字が崩れていた。


水路の上で、足音が遠ざかっていった。


商会の足音も、夜の買い手の足音も、別々の方向へ動いた。


足音のない空白も、遠ざかった。


ザハルは、追ってこなかった。


ヴェラの言葉が、そこで初めて形になった。


水路の枝の奥で、三人は止まった。


水は、まだ流れていた。


ロウは、自分の胸に、手を当てた。


頁があった。


濡れていなかった。


胸の頁は、布の奥にあった。水は届かなかった。


ロウは、それを、確かめた。


そして、水路の中を見た。


裂けた頁が、水に運ばれて、下流へ流れていった。


何枚かは、岸に引っかかっていた。


何枚かは、水の底に沈んでいた。


キールの目は、沈む頁に貼りついていた。


番号。


印。


行き先。


ロウには読めないものが、そこにあった。


キールには、読めていた。


キールの膝が、一度だけ前へ動いた。


ニナの手が、ロウの腕をつかんでいた。


ロウは、まだ水から息を戻せていなかった。


キールの膝は、戻った。


その頁は、ゆっくり、水の底へ沈んだ。


キールは、自分の手の中の頁を、もう一度握り直した。


濡れていた。


読めるものを捨てた手だった。


キールは、何も言わなかった。


ロウも、何も言わなかった。


ニナは、ロウの腕を、まだ放していなかった。


ロウは、ニナの手の上に、もう一方の手を置いた。


水路の枝の奥は、暗かった。


光が、天井の隙間から、細く落ちていた。


その光は、水の上で揺れていた。


ロウは、自分の胸の頁を、もう一度確かめた。


セオの頁は、まだ濡れていなかった。


だが、水の底で、別の子供の番号が滲んでいた。


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