第18話 偽の道
夜のうちに、三人は別の隠れ場所へ移っていた。
街の北の縁にある、廃材置き場の隅だった。
人目は少なかった。
その代わり、板の隙間から朝の冷えが入った。
朝、ロウは早く起きた。
キールは、台帳を抱えたまま眠っていた。
ニナの指は、眠っていてもキールの袖から離れていなかった。
ロウは、二人を起こさなかった。
廃材の影を出る前に、自分の足元を見た。
足跡は、消せる。
道は、消せない。
なら、道を増やす。
ロウは、自分の毛を一本抜いた。
胸の頁の近くではない。
腰の布の下に隠れていた、灰色の毛だった。
毛を、指の腹で挟んだ。
街の中に、半獣の子供は何人もいた。
鼠の匂いのする子もいた。
ロウは、その匂いが通る道を探した。
朝早く、市場の縁の路地に、鼠の匂いをした子供が二人いた。
一人は片方だけの靴を履いていた。
もう一人は、荷紐を歯で結んでいた。
ロウは、その子供たちの後ろから、影に沿って歩いた。
子供たちは、ロウに気づかなかった。
子供たちが立ち止まった場所に、ロウは毛を落とした。
商会の印のある荷車の横だった。
毛は、地面の埃の中で見えなくなった。
朝の埃は、毛を隠した。匂いまでは、隠さなかった。
離れる時、ロウは自分の足を、子供たちの足跡の上に置いた。
足の形は消えた。
匂いだけが残った。
ロウは、別の路地へ移った。
水路の縁では、泥の上に足を置いた。
橋の下では、濡れた石に毛を落とした。
ロウの道は、少しずつ、別の子供たちの道に混じっていった。
最後の路地で、ロウは、別の子供たちの声を聞いた。
「鈴の音、聞いたか」
「荷門のとこ」
「それで、検めが一度止まったって」
ロウは、足を止めた。
鈴。
荷門。
止まった検め。
ロウは、ミラの鍵束を思い出した。
あの鈴は、いつも先に鳴った。
ロウは、鈴のほうへ行かなかった。
今、撒いているのは、別の道だった。
廃材置き場に戻った時、日はまだ低かった。
キールは、起きていた。台帳は、布で包まれていた。ニナは、まだ袖をつかんでいた。
ロウは、何も言わなかった。
キールは、台帳を抱え直しただけだった。
ニナは、ロウの服を一度つかんだ。
指で確かめてから、放した。
昼が来た。
廃材置き場の遠くで、声が上がった。
子供の声だった。
「やめろ」
「行きたくない」
片方だけの靴が、地面をこすった。
ロウは、廃材の影から、目だけを動かした。
見えなかった。
声だけが、聞こえた。
片方だけの靴。
荷紐を噛んでいた子。
朝の鼠の子供たちだった。
引きずっている男たちの足音は、重かった。
ロウたちを追っていた足音だった。
ロウは、動かなかった。
キールの腕の中で、台帳の角だけが少し浮いた。
それでも、キールは立たなかった。
ニナは、ロウの服を、もう一度つかんだ。強くつかんだ。
ロウは、その手の上に、自分の手を置いた。
子供たちの声は、しばらく聞こえた。
それから、聞こえなくなった。
ロウは、廃材の隙間から、その音が消えた方角を見た。
何も見えなかった。
夕方になった。
ロウは、廃材の影で自分の手を見ていた。
朝、その指で毛を挟んだ。
その足で、別の子供の足跡を踏んだ。
ロウは、自分の指の腹をなぞった。
そこには、もう何もなかった。
ニナが、ロウの隣に座った。
ニナは、ロウの手を見ていた。
毛を抜いた指を見ていた。
それから、自分の手を、ロウの手に重ねた。
何も言わなかった。
ロウは、目を逸らした。
夜が来た。
廃材置き場の遠くで、犬が鳴いた。
二回。
三回目はなかった。
ロウは、犬が鳴いた方角を見た。
朝、子供たちが歩いた路地の方だった。
夜が深くなってから、ロウは廃材の影を出た。
犬が鳴いた方角へ戻った。
足音は、できるだけ殺した。
朝、毛を落とした路地だった。
検めの男たちは、もうそこにはいなかった。
子供たちも、いなかった。
ロウは、自分の作った道の上で、別の足跡を見た。
小さい足跡が二つ。
片方は、片足だけ深かった。
その足跡は、ロウの足跡の上に重なっていた。
ロウの足跡は、見えなかった。




