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第17話 足音のない追手

朝、ロウは三人で歩くのをやめた。


倉庫の裏の隙間に、キールとニナを置いた。


ニナの手が、ロウの服をつかんだ。


「戻る」


ロウは、その手を、ゆっくりほどいた。


「ここから動くな」


「散れ」ではなかった。


ロウは、もう、それは言わなかった。


キールは、何も言わなかった。台帳を、もっと深く腕の中に入れた。


ニナは、何か言いかけた。


ロ、の形だった。


ロウは、目を逸らした。


それから、倉庫の影から出た。


朝の街は、人で混んでいた。


商人が荷を出していた。子供が走っていた。荷馬が首を振っていた。


ロウは、その混みの中に入った。


肩を開く。目を上げる。足を止めない。耳を伏せる。


ロウは、できるだけそうした。


肩はすぐ縮んだ。それでも、止められずには歩けた。


街の音を聞いた。


足音は、たくさんあった。重い足音、軽い足音、荷を引く足音、子供の声に混ざった足音。


その中に、ロウは、足音の空いた場所を探した。


足音ではない。


足音が消える場所だった。


ロウは、それを耳で探していた。


通りの真ん中で、ロウは止まった。


子供の声が消えていた。


さっきまであった走り使いの笑い声が、ない。


別の方角で、鳥が一羽鳴いた。


だが、鳴くはずの屋根では鳴いていなかった。


ロウは、鳴いていない一角を目で探した。


そこに、人がいた。


人は、立っていた。


特別な姿ではなかった。


荷を運ぶ男のような外套を着ていた。背丈も、目立つほどではなかった。


ロウは、その男を知っていた。


足音のない男だった。


ロウは、目を逸らした。


逸らしてから、もう一度、目の端で確かめた。


男は、ロウを見ていた。


距離は、二十歩はあった。それでも、男の目がロウを見ていることは、分かった。


ザハルだった。


ロウは、ザハルの名前を声に出さなかった。


口の形も、見られる。


ロウは、向きを変えた。


走らなかった。走れば、見られた。


歩いた。


足跡を残せば、ザハルは読む。


ロウは石畳を選んだ。土を避けた。


水路の橋では、縁を歩かなかった。中央を歩いた。


人の足が、そこを何度も踏んでいた。


ザハルの足音は、聞こえなかった。


聞こえない足音は、追っているものとして数える。


ロウは、振り返らなかった。


ロウは、台帳のことも考えていた。


台帳には、夜の買い手の印があった。


昨日の男たちは、道を読めなかった。足音が荒すぎた。


なら、読んだ者がいる。


ザハルが、誰のために読んでいるのか。


それは分からなかった。


ただ、台帳の印と、あの足音のない男は、同じ道の上にいた。


ロウは、街の縁まで来ていた。


ザハルの気配は、まだあった。


ロウは、人の流れの一番濃いところで、足を止めた。


肩を縮め、しゃがんだ。


人の影が、ロウの上を流れた。


ロウは、その影の中で、息を浅くした。


足音は、聞こえなかった。


それでも、ロウは、誰かの目を、首の後ろで感じた。


人の流れが、一度動いた。


その動きの隙間で、ロウは、別の路地に滑り込んだ。


その路地は、商会の通りへ出た。


鳥の印が、店の上にいくつも並んでいた。


ロウは、そこへ入った。


危ない通りだった。


だが、危ない通りだからこそ、ザハルは入らないかもしれなかった。


商会の目が多すぎる。


ザハルの足音はない。だが、ザハルにも見られたくない場所はある。


ロウは、鳥の印の下を歩いた。


賭けだった。


商会の店主たちは、ロウを見なかった。


荷札を見ていた。


箱を見ていた。


銭を見ていた。


ロウは、その視線の下を抜けた。


抜けた先で、ロウは初めて振り返った。


商会の通りの入り口に、外套の男はいなかった。


ロウは、息を一つ落とした。


それが遅かった。


すれ違いざま、誰かがロウの肩のすぐ横を通った。


足音はなかった。


影だけが、肩をかすめた。


通り過ぎたあとで、声が落ちた。


「覚えが早い」


声は低かった。風よりも近かった。


ロウは、振り返らなかった。


振り返れば、見られる。


ロウは、歩き続けた。


足が、勝手に速くなった。


倉庫の裏に戻った時、日は、まだ高かった。


キールは、台帳を抱えたまま立ち上がっていた。


ニナは、その横で、ロウを待っていた。


ロウを見たとき、ニナは何も言わなかった。


ただ、手が伸びた。朝にほどいた場所を、もう一度つかんだ。


ロウは、その手をほどかなかった。


握った。


それから、キールを見た。


「動く」


それだけ言った。


三人は、倉庫の裏を出た。


別の場所へ向かった。


歩きながら、ロウは自分の足跡を考えていた。


石畳には、足跡は残らない。


土には、残る。


だから、石畳を選んだ。


だが、ザハルはそこも読んだ。


足跡のない場所を、選んだこと。


商会の印の下を、抜けたこと。


振り返るのを、一度だけ遅らせたこと。


全部、見られていた。


ロウは、消えなかった。


足跡は消せた。


道は、消せなかった。


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