38.曇りが晴れる日まで
暗殺者が本当に現れた。このことで王宮は大騒ぎになった。
すぐに王宮中の関係者を洗い出し、他に暗殺者が潜んでいないか捜査が始められた。結果として、他の暗殺者は見当たらなかった。
ルティアの身辺への警備はより厳しいものになり、しばらくは物々しい日々が続いた。この様子に王妃もルティアに手を出す余裕がなくなったと、そんな噂を聞いた。
暗殺を企てたデイリーはというと、尋問の末に処刑されたと聞いた。王族にとって重要な人物であるルティアを暗殺しようとしたのだ、それなりに重い刑になると思ったが、その通りになってしまった。
そのことで、ルティアは心を痛めた。事実を知って、自分を責めたのだ。曇った上に、他の事で心労がかさむルティアを見て、私も心が痛んだ。
これ以上、ルティアに辛い思いはさせたくない。だから、精一杯尽くすことにした。
「空気が気持ちいいですね。たまに、外でお茶会もいいです」
「そうね。色々と大変だったから、落ち着く時間があって良かったわ」
少しでもルティアの心を軽くさせたい。その思いで、王宮の中庭でお茶会を開いた。新鮮な外の空気を吸いながらのお茶会はとても清々しく、心が落ち着いていくのが分かった。
ルティアの顔も明るく、ここのところの心労が溶けていっているのが分かる。そんなルティアを眺めていると、手招きをされる。
「はい、どうしました?」
「マナ、私の膝の上に乗って?」
「えっ……でも……ここは人の目がありますし。自重されたほうが……」
中庭では人の目がある。そんな中で、メイドを膝の上に乗せるなど……。ルティアにどんな陰口を言われるか分からない。
遠慮がちにいうと、ルティアが頬を膨らませて不機嫌そうになる。
「いつもやっていることじゃない。なんで、出来ないの?」
「ですから、人目が……」
「そんなの見せつけているに決まっているでしょ。だって、マナは私のマナなんだから。他の人にも知らしめないと」
そんなことをしなくても、誰も私なんか取ろうと思う人はいないと思う。何とか説得しようとしても、ルティアはふくれ面をして不機嫌そうな態度を直さない。
こういうところが可愛いと思う。いつも優しいから、王女様みたいなちょっとした我がままをいう姿はつい許してしまいそうになる。
いや、もう許していた。
「人が来たら終わりですよ……」
そう、小さくため息をつくと、私はルティアの傍に寄った。すると、ルティアは私の体を軽々と持ち上げて、膝の上に乗せた。その瞬間、柔らかい足の感触が伝わってきて、気が緩む。
「ふふっ、やっぱりこうじゃないといけないわね。お菓子食べる? その前にお茶?」
「ここは部屋じゃないから、遠慮したいんですけど……」
「私にとってはここは部屋を同じようなものだわ。マナはどこにいたって可愛いマナなんだから」
そう言って、ギューッと抱きしめてくる。これは、何を言っても無駄だ。私は諦めて、ルティアの好きなようにさせた。
お菓子を食べさせられ、ゆっくりとお茶を飲まされる。至れり尽くせりとはこのことだ。こんな風に世話を焼かれると、自分がダメ人間にでもなってしまいそうだ。
すると、一羽の小鳥がテーブルに下りてきた。その小鳥に割れたお菓子をそっと差し出すと、ついばみ始めた。
「可愛いですね。癒されます」
その姿が可愛くて、思わずそんなことを言った。すると、私の体を支える手に力が籠る。
「……マナは私よりも、そんな小鳥がいいの?」
途端に、冷たく重い声が耳元に落ちてきた。ゆっくりと顔を寄せられ、頬にかかる吐息がかすかに震えている。
「……ねぇ、マナ」
低く、甘く、それでいてどこか壊れそうな声だった。
「今、癒されるって言ったわよね? あなたを癒すのは、私じゃないの?」
ルティアの視線が、小鳥へと向けられる。静かな問いだった。けれど、その奥には抑えきれない感情が渦巻いている。
「マナを癒すのは私よ。私しかありえない。だって、私はずっとあなたを見てきたもの。あなたが疲れている時も、辛そうな時も、全部……全部、私がそばにいたでしょう?」
腕がさらに強く抱き締めてくる。まるで、離れていってしまうのを恐れるみたいに。
「それなのに……そんな小さな鳥なんかに、癒されるなんて言うの? 許せないわ。マナを癒せるのは、私だけでいいの。私だけでいいのよ」
頬に手が触れる。擦り寄るように、ゆっくりと。
「ねぇ、マナ。あなたにとって、一番大事なのは私でしょう? 私は……あなたの唯一じゃないの? もしかして……私のこと、嫌いになったの?」
指先が私の手を絡め取る。逃げられないように、強く。
暗殺者がいなくなっても、傍にいても、尽くしても、ルティアは曇ったまま。今も不安に潰れそうになりながら、確認をしてくる。
この曇りの原因が自分で作ったと思うと、本当に心が痛くなる。あんなに眩しい笑顔を見せてくれる王女様だったのに、今ではすっかりと目が曇ってしまっている。
「……大丈夫ですよ」
だから、その心が晴れる日まで、私は何度でもいう。
「私の唯一はルティア様だけです。お世話をしてくれるのも、癒してくれるのも……全てルティア様ですから」
曇りのない笑顔で精一杯伝える。少しでも、ルティアの心が晴れるなら、どんなことでもしてみせる。
「私はルティア様のものです。ルティア様のために存在しています」
「……本当?」
「はい、嘘はついていません」
「あぁ、良かった!」
ルティアは安堵したように息を吐き、私の体を強く抱き締めた。腕に込められた力は相変わらず強いけれど、その震えは少しだけ収まっている。
「マナ……マナ……」
名前を何度も繰り返しながら、私の肩に頬を埋めてくる。その様子は、迷子の子供がようやく安心できる場所を見つけたみたいだった。その姿を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
――あぁ。やっぱり、私はこの人のためにいるんだ。そう思った。
ルティアが笑ってくれるだけで、こんなにも満たされる。安心してくれるだけで、自分の存在に意味があったと思える。
それはきっと、普通じゃない。でも、どうでもよかった。だって、私はルティア様に救われたから。
あの日、何も持っていなかった私に手を差し伸べてくれたのは、この人だった。居場所も、役目も、生きる意味も、全部与えてくれた。
だから。この人のために生きるのは、当然のことだと思う。最初は「恩返し」のつもりだったのかもしれない。救ってくれた王女様に、少しでも報いたい。ただ、それだけだった。
けれど。いつからだろう。それが、こんなにも大きくなってしまったのは。
今ではもう、恩返しなんて言葉では足りない。ルティア様のために生きることが、私の生きがいになっている。この人の笑顔を見るために動くことが、何よりも嬉しい。
この人に必要とされることが、何よりも幸せだ。だから、もしルティア様が私を求めるなら、私は何でも差し出す。
時間も、心も、人生も。全部。
それでいい。それが正しい気がする。だって、ルティア様は私にとって一番大事な人だから。世界の何よりも優先するべき存在だから。
そして私は、その一番の人の「一番」でいたい。ルティア様にとって、誰よりも大事な存在でいたい。他の誰でもなく。私だけが、特別でありたい。
そのためなら、何でもする。ルティア様が不安になるなら、何度でも言葉をかける。疑うなら、何度でも証明する。必要とされるなら、どこまでも傍にいる。
だってこれからも、ずっと一緒なのだから。ルティア様は私を離さない。そして、私もきっと――もう、この人から離れられない。
「マナ、大好きよ!」
「はい、私も大好きです」
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