14.甘やかしな食事
「さぁ、マナ。今日は沢山働かせてしまったわね。ごめんなさい。きっとお腹が空いているでしょう? 一緒に食べましょう?」
気づけば、私はルティアの膝の上に座らされていた。逃げる間もなかった。
視線の先には、長いテーブルいっぱいに並べられた料理。香ばしく焼かれた肉料理、艶やかなソースがかかった魚、色鮮やかな野菜の盛り合わせ。甘い香りの菓子まで用意されている。
王女の食卓。それを、スラム上がりの私が一緒に囲む? 場違いすぎて、胃が痛くなる。
「あの……やっぱり私は、別の部屋で――」
「ダメ」
低く、重い声。腰に回された腕が、ぎゅっと強くなる。
「マナには、きちんとした食事を取ってもらわないと困るの。私だけがこんなものを口にしても、意味がないわ」
まるで言い聞かせられるように、じっくりとした口調で訴えられる。
「本当はね、もっと特別なものを用意したかったの。マナが今まで食べられなかったもの、見たこともないような料理を並べて、驚かせたかった。でも……これが今の私の限界」
睫毛が伏せられる。
「ごめんなさい。あなたにこれしか用意できなくて」
……え? 豪勢すぎるほど豪勢なのに。これしか?
「私と同じものを食べるのは嫌? 王女の施しだと思われるかしら。……それとも、こんな程度で満足すると思われたって、幻滅した?」
どんどん悪い方向へ転がっていく。
「やっぱり、私はマナに迷惑ばかりかけているのかもしれない。守るなんて言っておきながら、肝心なところで足りないのよ。もっと、もっとあなたに相応しい存在になりたいのに……どうして私は――」
「わ、わーっ!」
慌てて声を張り上げる。
「とっても美味しそうです! こんな素敵な料理、見たことありません! それに……ルティア様と一緒に食べられるなんて、今日はとっても良い日です」
両手を胸の前で握る。
「ありがとうございます。本当に、嬉しいです」
ルティアの言葉を止めるように、まっすぐ目を見つめる。
数秒の沈黙。そして。
「……そんなに、喜んでくれるの?」
ぱちり、と瞬き。さっきまで沈みかけていた瞳に、少しだけ光が戻る。
「私は、ただあなたを甘やかしたかっただけなのに……また一人で空回りしてしまったのね」
ふっと、柔らかく笑う。
「喜ぶマナは、本当に可愛いわ。素直で、真っ直ぐで……そんな顔を向けられたら、また何でもしてあげたくなるじゃない」
指先で、私の頬をつつく。
「今日はね、あなたに食べさせてあげるつもりだったの」
「え?」
「ほら、動かないで」
小さく切り分けられた肉が、フォークで差し出される。
「マナは今日は何もしなくていい。面倒なことは私に任せて。ただ口を開けて、美味しいって言うだけでいいの」
悪戯っぽく微笑む。
「あなたは頑張りすぎるもの。せめて食事くらい、私に世話を焼かせなさい。私に甘やかされるの、嫌じゃないでしょう?」
笑顔なんだけど、その圧が強い。まるで、逃がさないと言っているかのようだ。
「マナは私の大切な人なのだから。遠慮なんて、しなくていいの。……私だけの特等席で、ね」
膝の上に座らされたまま、逃げられない距離。豪華な料理と、甘い独占。さっきまでの重さとは違う、けれど確かに残っている熱を感じながら、私は観念してフォークを掴んだ。
口に運ぶと、表面は香ばしく、中は驚くほどしっとりしていて、噛んだ瞬間に肉汁がじゅわりと広がった。濃厚なのにしつこくなく、香草の香りがふわりと鼻に抜ける。
「……っ!」
思わず声にならない声が漏れた。美味しい。美味しい、美味しい……!
こんな味、知らない。思わず両手で頬を押さえてしまう。目が自然と見開いて、きらきらと輝いているのが自分でも分かる。
「ルティア様、これ……すごいです……! お肉って、こんな味がするんですね……!」
興奮気味にそう言うと、向かい……ではなく、後ろから抱き込むように座るルティアが、くすりと笑った。
「ふふ。大袈裟ね」
そう言いながらも、その声はとても柔らかい。私の反応を、逃さないようにじっと見つめている視線が分かる。
「そんなに美味しいの?」
「はい! とっても……!」
「そう。良かったわ」
その言葉は、ほとんど囁きだった。まるで料理の感想ではなく、私の喜びそのものに対する安堵みたいに。すると、不意にルティアの手が伸びた。
「次はこれにしましょう」
白身魚の皿を引き寄せ、丁寧に骨を取り除いていく。慣れた手つきで、綺麗に身だけを切り分けていく様子は、王女というより……どこか世話焼きのお姉さんのようだ。
そして。
「はい、あーん」
「えっ」
目の前に、フォークが差し出された。反射的に固まる。
「ル、ルティア様……?」
「食べさせてあげる。今日は、私が全部してあげる日よ」
にこりと微笑む顔は、甘い。逃げ道は、ない。
「……あーん」
恥ずかしさに顔を熱くしながら口を開くと、魚がそっと運ばれた。やわらかい。淡白なのに、上品な旨味が口いっぱいに広がる。ほんのりとした塩味と、溶けるような舌触り。
「……! こ、これも美味しいです……!」
思わず前のめりになってしまう。
「ふふ、慌てないで」
テンションが上がっているのが自分でも分かる。さっきまで遠慮していたのに、今はもう次が気になって仕方ない。
「次は……あれ、あのスープも気になります!」
指をさしてしまってから、はっとする。でも、ルティアは怒らない。むしろ。
「ふふっ、いいわよ。はい、あーん」
満足そうに微笑み、スープをすくったスプーンを寄せてきた。それを一口食べると、やっぱり美味しい。どれもこれも美味しくて、体が喜んでいる。
「マナが幸せそうで良かった。その幸せが私の手から生まれているのが嬉しい。もっと沢山良い思いをさせてあげるわね。マナが幸せでいっぱいになるまで、ずっと……」
そう言って、ルティアは微笑みながら私に食べさせてくれた。この時はルティアも満足そうにしてくれて、私も嬉しかった。
少しは心が軽くなったかな? そうだったら、嬉しい。




