誰が書いたのか
ここで、少しだけ筆を止めます。
作者は誰か。
もう、わかったでしょうか。
真壁がレストランで仕事をしていたことを、私は事実としては書いていません。
本人がそう言った、と書きました。
兄が死ぬ直前に何を思ったかも、書いていません。
知ることができないからです。
ただ、一か所。
台所で紬が、最後の一行に〈表札を叩き割った〉と書こうとして、やめたこと。
あれだけは、誰かから聞いた話でも、外から見えた動作でもありません。
口にしなかった。
紙にも残さなかった。
私は、自分以外の人間の心の中を、知っている事実のようには書かないと約束しました。
その約束を守っているなら、あの一文を書けるのは、言葉を思い浮かべ、捨てた本人だけです。
地の文の「紬」を、「私」に置き換えてください。
そうです。
この物語を書いているのは、蓮見紬です。
簡単だった、という方もいるでしょう。
構いません。
最後まで隠れていたかったのではありません。
見つけてほしかったのです。
では、そのことを踏まえて、真壁の言葉をもう一度読んでください。
——八時五十五分には出たから、その少し前。
——彼女は表札を裏返し、空いた面に自分の名前を書いた。
真壁は、あの文章を知っていました。
私が、あの夜九時十分に考えた文章を。
誰からも教わらず、どこからも書き写さず、たったひとりで考えた一行を。
その十五分以上前に、読んだと言ったのです。




