先生らしい結末
救急隊と警察官が相次いで到着した。
修一は病院へ運ばれ、紬もそちらへ向かった。
搬送先で医師から告げられたのは、死亡の知らせだった。
紬が家へ戻ったとき、日付は変わろうとしていた。
玄関には見知らぬ靴が増えていた。
書斎へ続く廊下に、警察官が立っていた。
個別に事情を聞かれたあと、紬は居間へ戻った。
犬飼、夏帆、真壁も、そこで待っていた。
誰も食卓の椅子には座っていなかった。
真壁が紬に向かって、深く頭を下げた。
「僕が残っていれば」
紬は返事をしなかった。
「九時にここを出て、坂の下のファミリーレストランに行ったんです。会社へ送るメールを片づけていて」
真壁は財布からレシートを出した。
「九時四十分に会計をしました。そのあと車で電話を何本かして、十時に戻ってきた。それだけなんです」
犬飼は差し出されたレシートを見た。
「店へ入ったのは、何時ですか」
「九時五分か、十分くらいです。そこまでは覚えていません」
犬飼はレシートを返した。
「警察には?」
「同じように話しました」
真壁が、廊下の方を見た。
「裏口、鍵が掛かっていなかったそうですね」
「兄が出入りするので、家にいるあいだは開けていることが多いです」
紬が答えた。
「道路から回れましたね」
犬飼が言った。
「はい」
「じゃあ、誰かがそこから」
「それも含めて、調べているんでしょう」
犬飼は言った。
「私たちにも、ずっと互いを見ていたわけではない時間がありますから」
真壁は口を閉じた。
窓の外では、まだ雨が降っていた。
真壁が紬へ向き直った。
「紬さん。これだけは、伝えておきたいんだ」
紬が顔を上げるまで、彼は待った。
「先生、ちゃんと最後まで書いてたよ」
紬は、何も言わなかった。
「最後のページがないって聞いたけど、未完成じゃない。僕が読んだ。君は、それだけでも知っておいた方がいいと思って」
「……いつですか」
「家を出る前。先生と書斎にいたときだよ。八時五十五分には出たから、その少し前」
「そこで、最後まで読んだんですか」
「うん」
紬はテーブルに置いた指をそろえた。
「最後の一行を、覚えていますか」
真壁は小さくうなずいた。
「いい文章だったからね」
それから、少しゆっくりと口にした。
「彼女は表札を裏返し、空いた面に自分の名前を書いた」
夏帆が顔を上げた。
真壁は紬だけを見ていた。
「先生らしい、やさしい結末だったよ。壊すんじゃなく、書き直すんだ。あれが最後の一行として残ってよかったと思う」
紬は動かなかった。
テーブルの上で、右手の親指だけが、人差し指の側面をこすった。
そこには、小さなインクの染みがあった。
「八時五十五分には、その文章を読んでいたんですね」
犬飼が尋ねた。
真壁が彼を見た。
「そう言っています」
「時刻の記憶が曖昧なら、そう言ってください」
「家を出る前です。それは間違いありません」
紬が椅子を引いた。
真壁の視線が、彼女の手元へ落ちた。
「どうしたの」
紬は答えず、台所の方を見た。




