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この物語の作者を当ててください  作者: 週休七日


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3/7

表札

 九時十分。


 紬は台所の小さな作業台に、二百一枚目の原稿を置いた。


 居間からは、夏帆と犬飼の話し声が聞こえていた。

 昔の刑事ドラマに出てくる取調室と、本物の取調室がどれだけ違うか、という話だった。


 紬は台所の引き戸を閉めた。


 原稿の最後には、こう書かれていた。


 ——それから、彼女は夫を許した。


 その下に、修一の赤い字があった。


 〈これで終わり。紬、清書〉


 紬は新しい原稿用紙を取り出した。


 右肩に「201」と書く。

 本文を写す。


 夫の嘘を暴いた女が、長く暮らした家に戻ってくる。

 玄関には、夫の名前だけが書かれた表札が掛かっている。


 そこまで写して、ペンが止まった。


 表札を叩き割った。


 その一文が頭に浮かび、消えた。


 口には出さなかった。

 紙にも、一文字も書かなかった。


 壊して終わるのも、違う。


 紬は最後の行に、ゆっくりとペンを走らせた。


 ——彼女は表札を裏返し、空いた面に自分の名前を書いた。


 句点を打った。


 台所には紬しかいなかった。

 閉じた引き戸の向こうで、犬飼が何か言い、夏帆が笑った。


 紬は古い原稿を折り、作業台の引き出しに入れた。

 新しい一枚を、コーヒーの盆と一緒に持ち上げた。


 九時十五分。


 書斎のドアをノックすると、すぐに返事があった。


「できたか」


 紬は盆を机へ置いた。

 原稿を差し出した。


 修一は最後の行を読んだ。


 しばらく、黙っていた。


「変えたのか」


「はい」


「清書を頼んだんだけどな」


「私は、こっちを書きたいです」


 廊下の向こうで、居間のドアが開いた。


「先生、十時までに終わります?」


 夏帆が顔を出した。


「終わるよ。あと少し」


 その隣に、犬飼も立った。


「警察への取材なら、今夜はここまでですよ」

「深夜料金になるのか」

「腰が痛くなるんです」


 修一が短く笑った。


 紬が書斎を出ようとすると、背中に声がかかった。


「紬」


 振り返ると、兄はまだ最後の一行を見ていた。


「……これなら、表紙も変えないとな」


 紬は、ドアのところで立ち止まった。


 修一は原稿を机へ置いた。


「明日、ちゃんと話そう」


 それが、紬と交わした最後の会話だった。


 居間へ戻ると、時計は九時二十分を指していた。


 三人は、夏帆が持ってきた書店用の紹介文を読み始めた。

 犬飼が事件の説明に使われている言葉を一つ直し、夏帆が、その言い方では本が売れそうにないと抗議した。


 途中、夏帆の携帯電話が鳴った。


「店からです。ちょっと失礼します」


 夏帆は居間を出て、玄関の方へ向かった。

 戻ってきたのは、五分ほどあとだった。


 犬飼も一度、洗面所を借りると言って席を立った。


 紬はコーヒーを淹れ直すために台所へ行った。

 ポットを持って戻ると、犬飼は自分の椅子に座り、夏帆が紹介文の一節を読み上げていた。


 居間にいるあいだ、書斎は見えなかった。

 廊下を隔てたそのドアは閉じていた。


 十時になっても修一が来なかったので、三人で書斎へ向かった。


 ノックには返事がなかった。


 ドアには、鍵が掛かっていなかった。


 そして、最初の場面に戻る。


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