第九章 首輪を欲しがる王女
古い街の記録庫で、ミリアたちは三日を過ごした。
街は、かつて契約術師たちの学都だったという。
今では人の住む家は少なく、崩れかけた塔と、半分埋もれた広場と、壁だけになった講堂が風の中に残っているだけだった。だが、石造りの記録庫だけはまだ立っていた。窓は細く、扉は重く、地下へ下りる階段は冷たかった。
そこには、古い契約の写しが眠っていた。
花嫁契約。
聖女契約。
忠誠契約。
王家の血契約。
山を封じる契約。
川を曲げる契約。
精霊と人間の間に橋をかける契約。
そして、橋だったものを鎖に変えた契約。
ミリアは、文字の海の中で何度も息苦しくなった。
契約とは、約束の形だ。
そう書かれている本があった。
約束は、人と人の間に橋をかける。
だが、橋の片側を誰かが握りしめたとき、橋は鎖になる。
その一文を読んだとき、ガルナはしばらく黙っていた。
ネリスは白蛇の姿で、ミリアの袖の中にいた。
首輪についての記録は、断片しかなかった。
古い名は「継承環」。
役目を次の者へ移すための環。
最初は、死にゆく守り手から次の守り手へ、力と記憶を渡すものだったらしい。望む者が受け取り、渡す者が認めることで、役目が移る。
そこまでは、橋だった。
だが、いつからか変わった。
役目は力になり、力は支配になり、支配は呪いになった。
誰かが欲しいと言い、持ち主が譲れば移る。
受け取る者の恐怖、後悔、怒り、逃げたい願いを食って、環は新しくなる。
橋は、鎖になった。
「だから」
記録庫の薄暗い机の上で、ミリアは呟いた。
「首輪は、救いの顔もできるんだ」
袖の中で、白蛇がかすかに動いた。
「はい」
ネリスの声は弱い。
けれど、前より少し近かった。
古い街へ入った日から、ネリスはほとんど白蛇の姿で過ごしている。少女の姿に戻れる時間は短い。それでも、ミリアが「消えないで」と言ったあの日から、ネリスは大丈夫ですという言葉を少しだけ減らした。
怖いときは、怖いと言う。
疲れたときは、眠りたいと言う。
それだけのことが、二人の間ではまだ新しかった。
ガルナは別の本を読んでいた。
読んでいるというより、睨んでいると言ったほうが近い。
「王家の血契約が出てきた」
ガルナが言った。
ミリアは顔を上げる。
「王家?」
「ああ。この国の古い契約だ。王の血を国境に結び、王家の者が代々その力を受ける。外敵を防ぎ、土地の霊脈を安定させ、飢饉や疫病の広がりを抑える」
「いい契約に聞こえます」
「最初はな」
ガルナは本を閉じた。
「だが、今はどうだろうな」
そのとき、記録庫の扉が叩かれた。
重い音が地下に響く。
ミリアは身を硬くした。
ガルナが立ち上がる。ネリスが袖の中で震えた。
扉が開き、灰色の外套を着た男が入ってきた。
年は四十ほど。腰には剣を帯びているが、騎士というより宮廷の使者に見えた。彼はガルナを見た瞬間、喉を鳴らしたが、逃げはしなかった。
「ミリア殿」
男はそう言った。
ミリアは眉をひそめた。
「私を知っているんですか」
「関所のセレナ隊長より報告が上がっております。白鐘の神殿の件も、すでに王都へ届いております」
「早いですね」
「王都は噂を食べておりますので」
男は深く頭を下げた。
「第一王女リュシエラ殿下が、あなた方にお会いしたいと仰せです」
ミリアはガルナを見た。
ガルナは面白くなさそうに目を細めている。
「断ったら?」
ミリアが聞くと、使者は少し困った顔をした。
「断ることはできます。ただ、殿下は古い契約について、あなた方が探しているものに関わる情報をお持ちです」
「首輪のことを知っているんですか」
男の視線が、ミリアの首元へ向かった。
布で隠している。
それでも、彼はそこに何かがあることを知っていた。
「おそらく」
彼は答えた。
「殿下ご自身も、契約に縛られておられますので」
*
王都へ向かう馬車は、静かすぎた。
使者が手配した馬車は広く、窓には厚い布がかけられ、座席は柔らかかった。だが、ミリアは落ち着かなかった。柔らかい椅子は、かえって身動きが取れないような気がした。
ガルナは向かいに座っている。
背の高い彼女には、馬車の中は少し狭い。金色の目は窓の外へ向けられているが、興味があるようには見えなかった。
ネリスは袖の中ではなく、ミリアの膝の上にいた。
白蛇の姿で、小さく丸まっている。馬車の揺れに合わせて、細い体がかすかに動く。
「王女って、どんな人だろう」
ミリアが呟くと、ガルナが答えた。
「人間だ」
「それは知っています」
「王族は、自分が人間だと忘れやすい」
「偏見ですか」
「経験だ」
ガルナは窓の外を見たまま言った。
「王の旗の下で、私の山は奪われた。王の名で、私は首輪をかけられた。王の血をありがたがる者に、ろくな思い出はない」
ミリアは何も言えなかった。
ガルナの怒りは、ただの偏見ではない。
彼女は実際に王の名で縛られた。
それでも、これから会う王女が同じだとは限らない。
そう思いたい。
だが、首輪が布の下でかすかに鳴った。
ちりん。
まるで、甘いものを嗅ぎつけた獣のように。
「反応してる」
ミリアは喉元を押さえた。
ネリスが膝の上で頭を上げた。
「王家の契約が近いのだと思います」
「王都はまだ先でしょう」
「血契約は、土地に広がっています。王都へ近づくほど濃くなるのかもしれません」
「ネリスは大丈夫?」
白蛇は少し黙った。
「少し、ざわざわします」
「ざわざわ?」
「首輪が、何かを聞いています」
ミリアは喉元を強く押さえた。
「何を」
「たぶん」
ネリスの声が遠くなる。
「似た声です」
ミリアは答えを待った。
だが、ネリスはそれ以上言わず、また丸くなった。
似た声。
首輪と王家の契約が、同じような声を持っているということだろうか。
誰か一人に役目を押しつける声。
自分から差し出せば尊いのだと囁く声。
救いの顔をした鎖の声。
ミリアは窓の外を見た。
王都の城壁が見え始めていた。
白い石の壁。
高い尖塔。
王の旗が風に翻っている。
美しい都だった。
だから、少し怖かった。
*
王宮は、光を集めるように建っていた。
白い石の階段。
金の縁取りをした扉。
水盤の並ぶ庭。
柱には蔦と星の模様が彫られ、天井には王家の歴史が描かれていた。
だが、ミリアはその美しさを見るほど、喉が苦しくなった。
首輪が反応している。
王宮の床にも、壁にも、天井にも、見えない契約の線が張り巡らされているようだった。白鐘の神殿ほど露骨ではない。だが、もっと古く、もっと深い。
ガルナも不機嫌そうだった。
「王の家は、どれも似た匂いがする」
「腐った蜜ですか」
「それに鉄を混ぜた匂いだ」
「嫌な表現を更新しないでください」
ガルナは少しだけ口元を上げた。
ミリアは緊張している自分に気づいた。
冗談に近い言葉を交わせるだけで、少し呼吸が戻る。
案内されたのは、謁見の間ではなかった。
王宮の奥、庭に面した小さな書室だった。
大きな窓から午後の光が入り、壁には本棚が並んでいる。机の上には地図と書類が広げられ、床には子供用の木馬が一つ、隅に寄せられていた。
そこに、王女はいた。
第一王女リュシエラ。
年は二十代半ばだろう。
銀に近い金髪を低く結い、濃い青のドレスを着ている。宝石は少ない。けれど、立っているだけで、部屋の中の光が彼女を中心に集まるようだった。
美しい人だった。
だが、ミリアが最初に見たのは、その美しさではなかった。
王女の首元だ。
細い金の鎖がかかっている。
その下、皮膚の内側に、赤い光を帯びた紋様が見えた。首に巻く輪ではない。喉から鎖骨へ、さらに胸元の奥へ沈んでいく血の文字のような模様。
王家の契約。
ミリアはそう思った。
王女はゆっくり頭を下げた。
「来てくださって、ありがとう」
その声は、低く澄んでいた。
王族らしい威厳はある。
しかし、どこか疲れていた。
「私はリュシエラ。この国の第一王女です」
「ミリアです」
「知っています」
王女は微笑んだ。
「白蛇を助け、魔物の首飾りを受け取り、売られそうな娘を救い、婚約を破棄された令嬢に手紙を書かせ、聖女契約を壊し、女騎士の誓約をほどいた旅の娘」
ミリアは顔が熱くなった。
「そんなふうに言われると、私がすごいことをしているみたいです」
「違うのですか」
「私は、いつも少し口を出しただけです」
「少し口を出す人が、世界には足りません」
王女は静かに言った。
その言葉は、褒め言葉のようで、どこか痛かった。
ガルナが前へ出た。
「王女。用件を言え」
使者が息を呑んだ。
だが、王女は怒らなかった。
「あなたがガルナですね」
「そう呼ばれている」
「かつてガルナ山にいた守りのもの」
ガルナの金色の目が鋭くなる。
「その名を、王宮で聞くとはな」
「王宮の記録にも、あなたのことは残っています。もっとも、記録には『山魔鎮定』と書かれていますが」
「気に入らぬ言葉だ」
「私もそう思います」
王女は答えた。
ガルナは少しだけ黙った。
リュシエラはミリアの袖へ視線を向けた。
「そして、あなたがネリス」
袖の中で白蛇が動いた。
ミリアは袖口を開けた。
白蛇がゆっくり顔を出す。
「首輪の精です」
ネリスの声は弱い。
王女はその小さな白蛇にも、きちんと頭を下げた。
「あなたにも、来てくださってありがとう」
ネリスは驚いたように固まった。
「私にまで礼を言うのですか」
「ええ」
「私は、呪いです」
「私も、似たようなものです」
王女はそう言って、自分の胸元に触れた。
赤い紋様が、皮膚の下で淡く光った。
「王家の血契約。国を守るため、王族の血に結ばれた古い契約です」
ミリアは王女を見た。
「国を守るため」
「はい。外敵の侵入を緩め、国境の霊脈を安定させ、疫病や飢饉の広がりを抑える。そう記録されています」
「いい契約に聞こえます」
「ええ」
王女は微笑んだ。
「記録では、いつもそうです」
その声に、苦さがあった。
彼女は机の上の地図を示した。
地図には国境線が引かれている。その線に沿って、赤い小さな印がいくつも打たれていた。
「この契約は、王家の血を持つ者に負荷を分けます。昔は王と王妃、成人した王子王女たちで少しずつ受けていたそうです。でも今、王は病に伏せ、王子は幼く、王妃は亡くなりました」
王女の指が、地図の端で止まる。
「私には妹が三人います」
扉の向こうから、子供の笑い声がかすかに聞こえた。
ミリアは書室の隅の木馬を見た。
「一番下は、まだ八つです」
王女は言った。
「しかし、王家の契約は年齢を待ちません。血を持つ者がいれば、負荷は流れます。最近、妹たちの体にも紋様が出始めました」
ミリアの胸が重くなる。
「それで」
王女は静かに言った。
「私は、あなたの首飾りが欲しいのです」
首輪が鳴った。
ちりん。
部屋の空気が、一瞬で変わる。
ミリアは首元を押さえた。
袖の中でネリスが苦しそうに身を縮める。
ガルナの目が細くなった。
「王女」
彼女の声は低かった。
「それが何か知って言っているのか」
「知っています」
リュシエラは答えた。
「誰かが欲しいと言い、今の持ち主が譲れば移る。前の持ち主は自由になる。次の持ち主は縛られる。呪いは新しい持ち主の恐怖や後悔を食べて力を取り戻す」
ミリアは息を呑んだ。
「どこで」
「王宮の禁書庫です」
王女は言った。
「継承環。役目を集め、次の器へ移す古い環。今では呪いと呼ばれていますね」
「知っていて、欲しいと言うんですか」
「はい」
王女は一歩近づいた。
「私がそれを受け取れば、王家の契約を私一人に集められるかもしれません」
ミリアは言葉を失った。
「妹たちを自由にできます」
王女の声は震えていなかった。
「私の体に王家の契約を集め、国境の負荷も、霊脈の痛みも、血の重さも、すべて私が受ける。そうすれば、妹たちはただの王女でいられる。政略の道具にも、契約の器にもならずに済む」
首輪が、布の下で熱を帯びた。
強い望み。
はっきりした願い。
自分から差し出される首。
首輪にとって、これほど甘いものはないのだろう。
ミリアは息が苦しくなった。
「あなたは」
ミリアはやっと言った。
「それがどういうことかわかっているんですか」
「わかっています」
「たぶん、一生外れない」
「構いません」
「苦しいかもしれない」
「今も苦しいです」
「死ぬかもしれない」
「王家に生まれてから、私はずっと少しずつ死んでいます」
その声は静かだった。
だから、余計に怖かった。
王女は覚悟している。
誰かに無理やり言わされているのではない。
騙されているのでもない。
呪いだと知り、危険だと知り、それでも欲しいと言っている。
これまでの誰よりも、条件に近い。
ミリアが譲れば、首輪は移るかもしれない。
自分は自由になる。
王女は妹たちを救えるかもしれない。
国も守られるかもしれない。
悪い取引ではない。
その言葉が、どこかで聞こえた気がした。
セレナも同じことを言った。
悪い取引ではない、と。
「私は」
王女は続けた。
「逃げたいわけではありません。国を捨てたいわけでもない。私は王女です。国を守る役目があります」
「役目」
ミリアはその言葉を繰り返した。
「はい」
「妹さんたちは?」
「守りたい」
「国は?」
「守りたい」
「あなた自身は?」
王女は黙った。
その沈黙に、ミリアは胸が痛くなった。
「あなた自身は、何を望んでいるんですか」
リュシエラは少しだけ微笑んだ。
「その質問は、贅沢ですね」
「贅沢?」
「王家の者には、あまり許されない問いです」
「許されないだけで、答えがないわけじゃない」
王女はミリアを見つめた。
その瞳は、疲れていた。
けれど、澄んでいた。
「私は、庭で妹たちと菓子を食べたい」
彼女は言った。
ひどく小さな願いだった。
「春には花を摘んで、夏には水盤に足を入れて叱られて、秋には落ち葉を集めて、冬には暖炉の前で本を読みたい。国境の痛みが胸に刺さる夜に、一人で地図を見るのではなく、眠りたい」
ミリアは何も言えなかった。
「でも、それはできません」
王女は静かに続けた。
「だから、妹たちにそれを残したいのです」
首輪がまた鳴った。
ちりん。
今度は甘く、低く。
ミリアは唇を噛んだ。
渡せばいいのか。
この人は覚悟している。
妹たちを救おうとしている。
国も守ろうとしている。
自分から犠牲になると言っている。
リィナのように勘違いしているわけではない。
ロゼリアのように価値を取り戻したいのでもない。
イリゼのように幼いころに選ばされたのでもない。
セレナのように別の首輪を救いだと思っているのとも少し違う。
王女は、わかっている。
それでも。
「誰かが自分から首を差し出したら」
ミリアは言った。
「縛っていいの?」
王女は答えなかった。
代わりに、横に控えていた老臣が口を開いた。
「本人が望んでいるなら」
その声は、穏やかだった。
白い髭の老人で、ずっと壁際に立っていた。王女の側近なのだろう。顔には深い皺があり、目には理性の光があった。
「殿下はご自分の意思で仰せです。国を守り、妹君たちを守るため、自ら選ばれた。尊い覚悟です」
尊い覚悟。
ミリアは、その言葉にぞっとした。
美しい言葉だった。
そして、首輪の好きそうな言葉だった。
「私は」
ミリアは首飾りを握った。
「そうやって騙されたんだよ」
部屋が静かになった。
王女がミリアを見る。
老臣も口を閉じる。
ガルナは何も言わない。
ネリスが袖の中で身じろぎした。
「私は、ネリスを助けたいと思った。ガルナが苦しんでいるように見えた。みんな助かると言われた。自分で欲しいと言った。だから、形式だけ見れば、私も望んだことになる」
ミリアの声は震えていた。
「でも、本当に何を受け取るのかは知らなかった。知らないまま、優しさや心配や、助けたい気持ちを使われた」
ネリスが小さく震える。
ミリアは続けた。
「王女さまは知っているのかもしれない。でも、それでも、妹さんたちを守りたい気持ちを、首輪が食べようとしているのは同じです」
老臣が眉をひそめた。
「旅の娘よ。殿下の覚悟を愚弄するか」
「違います」
ミリアは言った。
「愚弄したくないから、首輪に渡したくないんです」
王女の表情が揺れた。
「あなたは、私の願いを否定するのですか」
「否定しません」
「なら」
「でも、あなた一人に全部を集めるのは違う」
「それでは妹たちが」
「妹さんたちは、本当にそれを望んでいるんですか」
王女は息を止めた。
「幼いのです」
「だから?」
「契約の重さなど、わかるはずがありません」
「わからないまま背負わせるのは違う。でも、わからないからといって、全部あなたが背負っていい理由にもならない」
ミリアは一歩近づいた。
「それも、誰か一人に役目を押しつけることです」
「私は押しつけられていません」
王女の声が強くなる。
「自分で選んでいます」
「そう見える」
ミリアは言った。
「でも、選択肢がそれしかない場所に立たされて、それを選ぶことは、本当に自由なの?」
王女の顔から、血の気が引いた。
そのとき、扉の向こうで小さな声がした。
「姉さま」
リュシエラが振り返る。
扉が少し開いていた。
そこに三人の少女が立っている。
一番上は十四歳くらい。
次は十二歳ほど。
一番下は、王女が言っていた通り、八つくらいだった。
三人とも金色の髪を持ち、白い服を着ている。
そして、喉元や手首に、薄い赤い紋様が浮かんでいた。
王女の妹たち。
「入ってはいけないと言ったでしょう」
リュシエラの声が初めて乱れた。
一番上の少女が前へ出た。
「聞こえました」
「エルナ」
「姉さまが、また私たちの分まで受けようとしている」
エルナと呼ばれた少女の声は震えていた。
でも、目は逃げていなかった。
リュシエラは苦しそうに言った。
「あなたたちは知らなくていいのです」
「知りたい」
「エルナ」
「知りたいです。知らないまま守られるのは、怖い」
その言葉に、ミリアは胸を突かれた。
知らないまま守られるのは、怖い。
それは、知らないまま犠牲にされることと、少し似ているのかもしれない。
二番目の少女が、小さな声で言った。
「姉さまが夜に泣いているのを知っています」
末の少女が言う。
「胸が痛いとき、姉さまの部屋の灯りがつくの」
王女は唇を噛んだ。
「あなたたちを巻き込みたくなかった」
「もう巻き込まれています」
エルナは言った。
「王家に生まれたから。血契約があるから。でも、姉さまが黙って全部持っていこうとするなら、もっと巻き込まれます」
老臣が慌てて前へ出る。
「姫君方、これは殿下と客人の」
「黙って」
エルナが言った。
幼い顔に似合わない強さだった。
「私たちの血の話です」
老臣は言葉を失った。
王女は妹たちを見つめていた。
その目に、初めて迷いが浮かぶ。
ミリアはネリスを袖から出した。
白蛇はミリアの手の上で小さく丸まっている。
「ネリス」
「はい」
「王家の契約、見える?」
白蛇は王女と妹たちを見た。
「見えます」
声は弱い。
しかし、はっきりしていた。
「血が、一本の川のように繋がっています。王女さまに太く、妹さまたちに細く。けれど、奥では同じ場所へ流れています」
「同じ場所?」
「玉座の下です」
王女の顔が変わった。
「玉座」
「そこに、契約の核があります。王家の血を土地に結ぶ石。たぶん、古い環の術と近いものです」
ガルナが低く言った。
「玉座そのものが首輪か」
リュシエラは目を伏せた。
「王家の血契約は、戴冠の間にあります。王が即位するとき、玉座の下の血石に触れる。そこから契約が流れます」
「そこへ行きましょう」
ミリアは言った。
老臣が顔色を変えた。
「なりません。戴冠の間は王族以外」
「私は王族です」
エルナが言った。
「私も」
二番目の少女が言う。
「私も行く」
末の少女が姉の袖を握る。
リュシエラは三人を見て、苦しそうに目を閉じた。
「だめ」
「姉さま」
「危険です」
「姉さま一人が危険なところへ行くのはいいの?」
末の少女の言葉に、リュシエラは何も言えなくなった。
ミリアは王女を見た。
「一人で行かないで」
その言葉は、誰に向けたものなのかわからなかった。
王女へ。
ネリスへ。
ガルナへ。
自分へ。
リュシエラは長い沈黙のあと、ゆっくり頷いた。
「戴冠の間へ」
*
戴冠の間は、王宮の中心にあった。
広い円形の部屋だった。
高い天井には星と蔓の紋様が描かれている。中央には石の玉座が一つ。白い石でできているが、座面の下だけが赤黒い。血が石になったような色だった。
王女と妹たちが入ると、玉座の下の血石が光り始めた。
ミリアの首輪も反応する。
ちりん。
ネリスが苦しそうに身を縮める。
「大丈夫?」
ミリアが聞くと、白蛇は小さく首を横に振った。
「大丈夫ではありません」
「よし」
「よし?」
「ちゃんと言ったから」
ネリスはかすかに笑った。
ガルナが玉座を見上げる。
「ひどいものだな」
「何が見えるんですか」
ミリアが聞くと、ガルナは金色の目を細めた。
「根だ」
「根?」
「玉座から、床へ、壁へ、この宮殿へ、王都へ、国境へ。血の根が伸びている。美しく飾ってあるが、これは巨大な首輪だ」
王女は玉座の前に立った。
「私は、ここで十六のときに契約を受けました。父が病に倒れ、母が亡くなったあと、誰かが受けなければならなかった」
「誰が決めたのですか」
ミリアが聞く。
「臣下たちです。神官も、術師も、父も、私自身も」
「あなた自身も」
「はい」
王女は静かに言った。
「私は国を守りたかった」
「今も?」
「今も」
「妹さんたちも?」
リュシエラは三人を見た。
妹たちはそれぞれ、不安そうにしている。
けれど、逃げようとはしていない。
「守りたい」
王女は言った。
「でも、守ることと、私一人に集めることは同じではないのですね」
その声は、まだ揺れていた。
ミリアは頷いた。
「たぶん」
「たぶん」
王女は少し笑った。
「あなたは正直ですね」
「よくわからないことが多いので」
「それでも、わからないと言えるのは強いことです」
老臣が後ろから焦った声を出す。
「殿下、血契約を乱せば、国境が揺らぎます。どうかお考え直しを」
「考えています」
リュシエラは振り返った。
「今、初めて」
老臣は黙った。
王女は玉座の血石に手を伸ばした。
その瞬間、赤い光が彼女の腕を這い上がった。
妹たちの紋様も同時に光る。三人が小さく呻いた。
ミリアの首輪も熱を帯びる。
王家の契約が動き出している。
「ネリス」
ミリアは手の中の白蛇に言った。
「何をすればいい」
「契約の言葉を探してください」
「言葉?」
「どんな契約にも、最初の言葉があります。そこに橋だったころの形が残っているはずです」
ミリアは玉座を見た。
血石に文字が浮かび上がっている。
古い文字だ。ミリアには読めない。
「ガルナ、読める?」
ガルナが目を細める。
「一部だけだ」
「読んで」
ガルナは低く読み上げた。
「王家の血は国の境となる。王家の心は民の盾となる。王家の痛みは土地の痛みを受ける。王家の者は、国のために」
そこで、ガルナは言葉を切った。
「どうしたの」
「文字が削られている」
「削られている?」
ミリアは近づいた。
確かに、血石の一部が不自然に削れている。後から刻み直されたようにも見える。
ネリスが白蛇の姿のまま、細い声で言った。
「下に、元の文字があります」
「読める?」
「少し」
ネリスは苦しそうに身を伸ばした。
「王家の者は、国のために……ではなく」
白蛇の声が震える。
「国と共に」
部屋が静かになった。
「国と共に?」
リュシエラが呟く。
ネリスは続けた。
「最初の契約は、王家が国を一人で背負うものではありません。王家と土地と民が、互いに力を巡らせる契約だった。王家の血は境となるのではなく、境を結ぶ。王家の心は盾となるのではなく、民の声を聞く。王家の痛みは土地の痛みを受けるのではなく、土地の痛みに気づくための印」
ミリアの首輪が激しく鳴った。
ちりん、ちりん、ちりん。
嫌がっている。
この契約も、昔は橋だった。
そして、誰かがそれを鎖に変えた。
王女は血石を見つめていた。
「では、私たちは」
声が震える。
「国を背負う器ではなかったのですか」
「最初は」
ネリスは言った。
「違ったのだと思います」
老臣が膝をついた。
「そんな。王家は代々、この契約を」
「代々、削られた言葉を読んでいたのでしょう」
ガルナの声は冷たかった。
「王家に国を背負わせれば、民は楽だ。臣下も楽だ。誰か一人に国を着せれば、他の者は温かい」
老臣は言葉を失った。
王女は妹たちを見た。
「エルナ」
「はい」
「痛い?」
エルナは少し迷い、頷いた。
「痛いです」
二番目の少女も言った。
「私も」
末の少女は泣きそうな顔で、姉の手を握った。
「姉さまも痛い?」
リュシエラは目を閉じた。
「痛い」
初めて、そう言った。
その瞬間、血石の光が揺れた。
ミリアは王女の横に立った。
「言ってください」
「何を」
「あなたの言葉で」
白鐘の神殿で、イリゼに言った言葉を思い出す。
あなたの言葉で。
王女は血石に手を置いたまま、息を吸った。
「私は、国を守りたい」
赤い光が強くなる。
「妹たちを守りたい」
さらに強く。
「でも、私一人が国になる契約は、いらない」
血石に亀裂が入った。
老臣が叫んだ。
妹たちが息を呑む。
ミリアの首輪が熱くなる。
ガルナが前へ出た。
「まだだ」
「何が」
「王女一人の言葉では、また一人に押しつけることになる」
ミリアは妹たちを見た。
「あなたたちも」
エルナが頷いた。
彼女は震えながら、姉の手に自分の手を重ねた。
「私は、知らないまま守られたくありません」
二番目の少女も手を重ねる。
「私は、痛いときは痛いと言いたいです」
末の少女が最後に小さな手を伸ばした。
「私は、姉さまとお菓子を食べたい」
その言葉に、王女の目から涙が落ちた。
血石の亀裂が広がる。
だが、その奥から黒いものが滲み出した。
ミリアは身を引いた。
それは影だった。
血石の亀裂から、細い黒い輪のようなものが浮かび上がってくる。首輪に似ている。だが、もっと古く、もっと冷たい。
輪の奥に、目のようなものがあった。
見られている。
ミリアは直感した。
首輪の根源に近い何か。
継承環が呪いへ変わった、その奥にいるもの。
誰か一人へ役目を集め、押しつけ、次の犠牲者へ移す仕組みそのものを喜ぶもの。
それが、こちらを見た。
声がした。
言葉ではない。
だが、意味だけが喉に入ってくる。
よい器だ。
ミリアの首輪が激しく鳴った。
よい器が、四つ。
いや、五つ。
いや、もっと。
王女。
妹たち。
ミリア。
ネリス。
誰を器にする。
誰に集める。
誰が欲しがる。
誰が譲る。
ミリアは喉を押さえた。
息ができない。
ネリスが悲鳴を上げる。
白蛇の体がミリアの手の中でほどけかけた。
「ネリス!」
ミリアは彼女を胸に抱えた。
ガルナが巨大な影を広げる。
「下がれ!」
黒い輪の影が、王女たちへ伸びる。
王家の契約を再び一人へ集めようとしているのだ。
王女は妹たちを庇おうとした。
「だめ!」
ミリアは叫んだ。
「また一人で前に出ないで!」
リュシエラの体が止まる。
その一瞬の代わりに、ガルナが前へ出た。
巨大な影の腕で、黒い輪を掴む。
じゅ、と焼ける音がした。
ガルナの喉の古傷が赤く光る。
「ガルナ!」
「少し熱いだけだ」
「絶対嘘!」
「だいぶ熱い」
ガルナは歯を剥いて笑った。
「だが、こういうものを掴むのは慣れている」
彼女は黒い輪を押さえ込む。
ミリアは王女たちを見た。
「言い直して」
「何を」
「一人じゃなくて」
王女は涙を拭い、妹たちの手を握った。
「私たちは」
彼女は言った。
「国と共にある」
エルナが続ける。
「国を一人で背負わない」
二番目の少女が言う。
「痛みを隠さない」
末の少女が、泣きながら叫ぶ。
「姉さまを一人にしない!」
その瞬間、血石が砕けた。
赤い光が部屋中に広がった。
だが、それは爆発ではなかった。広がった光は王女一人に集まらず、床へ、壁へ、窓の外へ、庭へ、水盤へ、王宮の外へと流れていく。
王家の血だけでなく、土地へ戻っていく。
契約が、少しだけ元の橋へ戻ろうとしている。
黒い輪の影が裂けた。
ガルナが吠える。
ネリスがミリアの手の中で白く光る。
ミリアの首輪も、割れるような音を立てた。
ちりん、ではない。
悲鳴に近い音だった。
黒い輪の奥の目が、ミリアを見た。
覚えた。
そう聞こえた。
ミリアの背筋が凍る。
次の瞬間、影は血石の奥へ引き戻され、消えた。
戴冠の間に、静けさが戻った。
王女たちは床に膝をついていた。
妹たちは泣いている。リュシエラも泣いていた。けれど、胸元の赤い紋様は薄くなっていた。消えたわけではない。だが、一人だけを焼くような光ではなくなっている。
ミリアは手の中を見た。
白蛇が動かない。
「ネリス」
呼ぶ。
返事がない。
「ネリス!」
白蛇の体が、かすかに透けている。
ミリアは息が止まりそうになった。
やがて、とても小さな声がした。
「聞こえています」
ミリアはその場に座り込んだ。
「返事してって言ったでしょ」
「はい」
「遅い」
「すみません」
「謝らないで」
「はい」
ネリスの声は弱かった。
でも、あった。
ガルナも膝をついていた。
手のひらから黒い煙が上がっている。喉の痕も赤くなっていた。
「ガルナ」
「生きている」
「それは見ればわかります」
「なら聞くな」
「痛い?」
「痛い」
ミリアは少しだけ驚いた。
ガルナが素直に言った。
「痛いんですね」
「痛いものは痛い」
「よし」
「何がよしだ」
「ちゃんと言ったから」
ガルナは一瞬、妙な顔をした。
それから、低く笑った。
「おまえは、時々わけのわからぬところで満足する」
「大事なところです」
王女がゆっくり立ち上がった。
妹たちの手を握ったままだった。
「終わったのですか」
彼女は聞いた。
ガルナが首を横に振る。
「終わってはいない」
ミリアも頷いた。
「契約は壊れたんじゃなくて、形が変わったんだと思います」
ネリスが弱い声で言った。
「血石は砕けました。でも、王家と土地の橋は残っています。今は、王女さま一人に集まっていない」
リュシエラは胸元に触れた。
「痛みが、遠い」
エルナが言う。
「私も、少しだけ感じる。でも、怖くない」
二番目の少女が頷く。
「みんなで持ってるみたい」
末の少女は姉に抱きついた。
「姉さま、死なない?」
王女は妹を強く抱きしめた。
「今は、死なない」
「ずっと」
「ずっとは約束できない」
リュシエラは涙を流しながら微笑んだ。
「でも、一人で死にに行くのはやめます」
ミリアはその言葉に、深く息を吐いた。
老臣は床に膝をついたまま、砕けた血石を見ていた。
顔は青ざめている。
「この国は」
彼は呟いた。
「どうなるのです」
リュシエラは彼を見た。
「私たちだけで決めない国にします」
老臣は顔を上げる。
「殿下」
「王家が国を背負うのではなく、国と共にある。そういう契約だったのでしょう」
王女はミリアを見た。
「簡単ではありませんね」
「たぶん」
「民は不安がるでしょう。臣下は反発するでしょう。妹たちも痛みを知ることになる」
「はい」
「それでも」
王女は妹たちの手を握り直した。
「私一人が美しい犠牲になるよりは、ましです」
ミリアは首飾りに触れた。
首輪は静かだった。
いや、静かすぎた。
先ほどの黒い輪の影。
あれが、こちらを覚えた。
それはたぶん、見逃してよいものではない。
*
その夜、ミリアたちは王宮の客室に泊められた。
広すぎる部屋だった。
天蓋つきの寝台、厚い絨毯、銀の水差し、香の焚かれた暖炉。何もかも立派で、ミリアはどこに座ればよいのかわからなかった。
結局、窓辺の床に座った。
ガルナは寝台を見て、「柔らかすぎる」と言い、壁際の椅子に座った。
ネリスは白蛇の姿のまま、ミリアの膝の上で眠っている。
眠っている。
生きている。
ミリアは何度もそれを確認した。
「王女に渡せば」
ミリアは小さく言った。
「私は自由になれたかもしれない」
ガルナが目を向ける。
「そうだな」
「王女も、妹たちを守れたと思った」
「思っただろうな」
「国も、しばらくは安定したかもしれない」
「かもしれぬ」
ミリアは首飾りに触れた。
「それでも、渡せなかった」
「後悔しているか」
「してる」
ミリアは正直に答えた。
「でも、渡さなかったことは後悔していない」
「また、それか」
「はい」
ガルナは少し笑った。
「ややこしい娘だ」
「知っています」
膝の上で、白蛇がかすかに動いた。
「ミリア」
ネリスの声がした。
「起きてたの」
「少し」
「寝てていいのに」
「あなたが、寂しそうな声を出したので」
ミリアは言葉に詰まった。
「出してない」
「出していました」
「蛇に言われるの、悔しい」
ネリスは小さく笑った。
声だけの笑いだった。
ミリアは白蛇の背をそっと撫でた。
「ネリス」
「はい」
「あの黒い輪、見た?」
白蛇の体がこわばった。
「見ました」
「あれは何」
少し沈黙があった。
「わかりません」
「首輪の作り手?」
「それに近いものかもしれません。あるいは、作り手が残した意志。契約が鎖になることを喜ぶもの。誰か一人へすべてを集めたがるもの」
ミリアは喉元を押さえた。
「目をつけられたよね」
「はい」
ネリスは小さく答えた。
「たぶん、あなたを覚えました」
「どうして私」
「あなたが、何度も首輪の流れを止めているから」
ガルナが低く言った。
「リィナ、ロゼリア、イリゼ、セレナ、王女。首輪が欲しかったものを、おまえはことごとく渡さなかった。今日は王家の血契約まで戻した」
「私だけじゃありません」
ミリアは言った。
「王女も、妹さんたちも、ガルナも、ネリスもいた」
「そうだ」
ガルナは頷いた。
「だから、あれにとってはさらに腹立たしいだろう。一人に集める仕組みを、複数で壊したのだからな」
ミリアは窓の外を見た。
王宮の庭には灯りが揺れている。
遠くで、王女の妹たちの笑い声が聞こえた気がした。
気のせいかもしれない。
でも、そう聞こえたことにした。
「私」
ミリアは言った。
「王女さまが首輪を欲しいと言ったとき、少し腹が立った」
「なぜ」
ガルナが聞く。
「きれいだったから」
「きれい?」
「自分を犠牲にして妹たちを守るって、すごくきれいに聞こえた。周りの人も、尊い覚悟だって言った。私も一瞬、そう思いそうになった」
ミリアは首飾りを握った。
「でも、それが怖かった」
ネリスが静かに聞いている。
「きれいな犠牲は、止めにくい。本人も誇りを持ってる。周りも感謝する。だから、誰もそれが首輪だって言わなくなる」
白鐘の神殿のイリゼもそうだった。
聖女。
器。
清らかな役目。
言葉が美しければ美しいほど、そこにある鎖は見えにくい。
「私は」
ネリスが小さく言った。
「あなたに、きれいな言葉で首輪を渡しました」
ミリアは白蛇を見た。
「みんな助かるって?」
「はい」
「うん」
「それも、きれいな言葉でした」
「そうだね」
「ごめんなさい」
ミリアは少し息を吐いた。
「今は、謝ってもいい」
ネリスは驚いたように顔を上げた。
「いいのですか」
「わからない。でも、今のは受け取る」
ネリスはしばらく黙った。
「ごめんなさい」
「うん」
それだけだった。
許しではない。
けれど、拒絶でもなかった。
ガルナが窓の外を見ている。
その横顔は静かだった。
「次は」
ミリアは言った。
「あの黒い輪のことを調べないと」
「そうだな」
ガルナが答える。
「古い街へ戻る?」
「戻る前に、王宮の禁書庫を見る。王女が許すだろう」
「また本ですか」
「本は嫌いか」
「嫌いじゃないけど、首が痛くなります」
「首輪のせいか」
「本のせいです」
ガルナは少しだけ笑った。
ネリスも、ほんの少し身じろぎした。
ミリアは膝の上の白蛇に布をかけた。
今夜だけは、少し眠れそうな気がした。
首輪はまだ外れない。
ネリスもまだ弱い。
黒い輪のような何かに、目をつけられた。
問題は増えた。
それでも、王女は一人で首を差し出さずに済んだ。
妹たちは、知らないまま守られることを拒んだ。
王家の契約は、少しだけ橋へ戻った。
そのことを、今夜は覚えておこうと思った。
ミリアは窓の外の月を見た。
月はまだ、輪には足りなかった。
でも、欠けている月にも光はあった。




