第18話 「ここからが本番」
「で、あなたはどちら様?」
セシリアがその場を後にしてすぐ、スイはシュルフから問い詰められていた。
というのもシュルフは朝のアスの態度に対し違和感を持っていた。
シュルフは腐ってもアスの母親なのだから当然だろう。
否、シュルフはれっきとした母親だ。
確かに面倒見の良さや家事の出来具合といった意味ではあまりいい評価はできない。
だが、シュルフはシュルフなりに自身の母親として出来ることを少しでもアスには与えようとする、いくら忙しくても朝と夜には必ずアスの顔を見るべく家へと帰り、寝ているその無防備な顔をツンと触ってくれる。
そんなシュルフに対し腐った親という評価をスイは付けられなかった。
スイは知っている。
親が誰しも自分のことを愛してくれる訳じゃないことを。
スイは知っている。
彼女がどれだけアスのことを考え、愛しているのかを。
スイは知らない。
親の温かみを、親の愛を、親のすごさ偉大さを。
一度目の人生では触れることの出来なかったものに触れた。
それはスイの想像の何十倍もすごく、偉大なものだった。
故にスイは何故自身がアスではないとバレたのかわからなかった。
――動揺した。
自分がだれかと聞かれたその瞬間、スイは何も答えられなかった。
――一体何と言い逃れすればよいのだろうか、勘づかれていたのか、いつ、確信している?
そんなことばかりが頭を過ぎる。
自分自身が一番困惑している。
唐突な肉体の主導権の交代、セシリアとの再会、そして今、いろいろなことが起きすぎて収集がつかなくなっていた。
そんなスイに、様々な問題に一気に直面し、頭を抱え悩むスイに、シュルフは一言。
「もう、困った子だわ……。多分あなたも、いろいろ大変なのね……。」
それは紛れもなくスイへ向けて放たれた一言だった。
たった一言、アスではなく、スイへ向けて……
「へ?」
正直驚いた。
アスはどこへ行ったのか聞かれるわけでも、お前は誰なのかと再度問い詰めるでもなく、ただシュルフは■■ていた。
「ふふっ、驚いた?私はアスの母親、だからあなたの事情も知らずにさっさとアスに戻って頂戴、なんて言うわけないでしょう。」
シュルフは笑いながら言った。
スイには理解できない。
なぜ彼女がそこまでこの状況を冷静でいられるのか。
理解できない、理解しがたい。
なぜシュルフは自身を――
「だってその体を産んだのは私で、そんなになったのも私達のせい、でしょう?」
――何も言えなかった。
違うと一言言うことさえ躊躇ってしまった。
言わなかったのではない、言えなかったのだ。
スイ自身もアスの体に転生したこと自体が理解不能だ。
だからただ安易にそれは違うと言ってしまうことはスイにとっても周りにとっても”リスク”のあることだとスイはわかっていた。
「まあ、そんなことはどうだっていいのだけどね。」
「へ……?」
またもや拍子抜けなことを言い出すものだから思わずスイも抜けたような声が出てしまう。
「だってそうでしょう?あなたがどうであろうと、あなたは……、あなた達は私の息子なのだから。」
懐かしい感覚、落ち着く感覚がスイを襲う。
――何も出来なかった、何も言ってあげられなかった、後悔ばかりが募った人生。
悲劇で埋め尽くされたスイの一度目の人生、その始まりは親からだった。
親に捨てられ、餓死寸前のところを育ての親に拾われた。
だが実際のところ、スイは親の温もりを知らなかった。
もちろん、育ての親であった二人はとても優しく、本当に血のつながった親のように愛してくれていたのはスイも重々承知だ。
だが、スイの中でそれは本当の親とは呼べない存在だった。
――今更だが馬鹿だったと思う。
二人はしっかりと自身を愛していた。
だがスイにとってはそんなことはどうでもよくて、ただ、ただ――
――そうか、俺は……、俺は本当の親から愛されたかっただけなのに……。
そう、スイは自身を産み落とした親からの愛を求めていた。
決して不可能なことだとしても、スイはそれを求めていた。
当時のスイは二人が自身を甘やかすのには何か親とかとは違う別の感情があるからだと思っていた。
だからこそ、二度目の人生、初めて触れたはずの親の温もりが懐かしく感じたのは……
「ずっと、ずっとそうだったんだ……。俺は馬鹿だなぁ……。」
シュルフの胸の中、スイは本当の意味で自分の人生のリベンジが始まったことを理解した。
――次もし会うことがあれば、二人に改めて礼を言いたいな……。




