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ロキは散り、ジグルドは花開く  作者: 胡椒
ロキとジグルドは散る
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第17話 「『スイ』」

「うぅ、痛てて、」


目覚めの時は突如として訪れた。


とてつもない違和感と共に、アス・フェルムンドは体を起こす。


「……ん?」


久々の感覚、久々の呼吸、久々の……


「一体何がどうなってやがんだよ……。」


この瞬間、アス・フェルムンドは、アス・フェルムンドの”肉体”は目を覚ました。


「おかしい、なんで”俺”がこっちに……、」


それは突然の事だった。


何の前兆もなく……否、前兆はあった。


数年ぶりの自身とアスとの会合、アスの覚醒、そして何より――


「またあいつの仕業なのか?そうだとしてもおかしい、なんで、どうして……、この体は俺のものじゃないっ!俺が使っていいものじゃないんだ……。」


頭が疑問で満ちていく。


何度自問自答しようとも答えはわからない。


わかるはずもない。


なんせそれは自身が一番望んでいなかったこと、一度は逃れたこと、


久々の生の感覚……、それだけが目覚めたスイを困惑させた。


***


スイは一旦状況整理をしてみることにした。


「なんでこんなことになった……?あいつの精神面は戦いを見る限り大丈夫そうだった。何より今まであっちの世界で出会うことはあっても俺が体を乗っ取ることなんてなかったはずだ……。」


今までに起きてきた事象、スイとアスとの出会いから今に至るまでを事細かに辿っていく。


原因不明の肉体の乗っ取り、これまでとの相違点、アスの行方、


その全てが何かによるものなら、そう一つ一つ答えを導きだしていく。


「ああっ!駄目だ!手がかりが一切ない!」


万事休す、とはこのことだろう。


手がかりの一つもない以上、一先ずはこの肉体を使うしかないことを理解する。


それはつまり、スイはこれまでのアスを演じるということ、


「げっ……」


そう、演じなければならないのだ。


あの英雄に、毛嫌いしてきた、憎んだこともあった、自身が殺した英雄を、自身の手で再び生かさなければならない。


これは神のいたずらか、それとも魔人のお遊びか、なんて考えていると、一つの足音が近づいてきた。


どこか聞き覚えのある足音、懐かしく、思わず涙が溢れ出そうになる足音。


「アス、おはよう。」


その声に振り返ると、そこにはシュルフと少女が一人――


見覚えのある鮮やかな桃色の髪、整った顔立ち、柔らかい紫紺の瞳、そこにいたのは――


「セシリア……なのか……?」


見た目は違えどスイにはわかる。


ずっと会いたかった人、ずっと好きだった人、ずっと一緒だと約束した人、そしてなにより――


「セシリア……、俺、ずっと謝りたかったんだ。君は俺を好きだと言った……。それなのに俺は英雄の方がとか言い訳ばっかで、君との約束も果たせないような人間だった。だから……」


言葉を詰まらせながらも頭を下げ、謝罪の一言を、と思った時だった。


「えーっと、あなたは一体……、なんで私のことを?」


少女の瞳からは焦りと不安、そして疑問が感じ取られた。


そう、スイがどうしても会いたかった人は、どうしても謝りたかった人は、その場にいるようで、その場にはいないのだ。


そう、スイの知る彼女はもう、どこにも……


「そっか、そうだよな……。いや、ごめんなさい、人違いだったみたいです。」


絞り出した声、スイはそれだけ言って下を向いた。


もう何もかもわからない。


二週目の人生、うまく立ち回れると思っていた、何もかも上手くいって終わると思っていた。


――それは間違いだった。


――何も変わっちゃいない、もともと自分はこんな人間だ。


――最初から最後まで、生まれ変わっても結局は、”何も持たざる者”なのだと自覚する。


「アス様……」


名前を呼ばれた。


散々憎んで、恨んで、大嫌いで、でも大好きだった者の名を……生まれ変わって、初めてもらった贈り物を、自身を一番理解し自身が一番理解した他人の名を、呼ばれた。


スイの目線の先にはセシリアが困ったような表情で頬を掻いている。


「セシ……リア……、」


掠れた声で少女の名を呼んだ。


意味なんてものは特にない。


「アス様、あとでゆっくり、お話を聞かせてください。」


――セシリアの優しさに触れて思い出した。


「そうか、そうだよな、やっぱ、うん……、」


どうしても謝りたかった人はそこにはいない。


だが、どうしても会いたかった人なら、一生一緒にいたい人なら、自身の初恋の相手ならすぐそこにいる。


だからスイは決意する。


――もう二度と謝らず済むように、約束を果たせるように、そして今度こそ君が最後まで笑っていられるように……、俺はそのために戻ってきたんだ。


散々ひどい目にあってきたこの世界、何も持たず、生きた心地すらしなかったこの世界に今、もう一度生きる意味が生まれたようなそんな気がした。

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