第53話 高梨は、二度目の読後で本気になる
十ページ、というのは微妙な枚数だ。
少なすぎて作品の全体はまだ見えない。
多すぎるほど長くもないから、熱の勢いだけで読めてしまう。
つまり、編集に送るにはちょうどいいようでいて、いちばん怖い分量でもある。
十ページで「続きが読みたい」と思ってもらえなければ、その企画はたぶん立ち上がっていない。
逆に、十ページで食いついてもらえたなら、まだ何者でもない状態の企画にも、少なくとも心臓はある。
私は金曜の夜、その“ちょうど怖い”十ページを前にしていた。
書斎の机。
デスクライト。
少し冷めた麦茶。
会社の手帳と見本誌と健康診断の紙。
いつもの並びの真ん中に、新企画『再構成_危ない案』の最新稿が開いている。
ホテルの夜から朝の電車へ、
本城の「悪い疲れじゃないですね」から「そこまで言わなくてもいいです」へ、
そこまでを飲み込んで、企画はようやく“人物が勝手に喋り始める”段階まで来ていた。
前より明らかに違う。
その感触はある。
だが、問題はそこからだ。
高梨へ送るのか。
まだ手元に置いておくのか。
私はカーソルを見つめたまま、しばらく動けなかった。
前回、高梨はこの企画の冒頭を読んで「前よりずっと“あなた”ですね」と言った。
あれは、かなり大きな肯定だった。
だが同時に、“もっと危ないところまで行っているぶん、先生ご自身が傷つく企画ですよね”とも見抜かれていた。
つまり、高梨はこの企画の良さだけではなく、危なさもちゃんと見ている。
いま送れば、たぶん前向きに読んでくれる。
でも同時に、かなり正確に刺してくるだろう。
とくに今回は、本城の気配をかなり近くまで混ぜてしまっている。
現実の人間そのものではなく、距離感だけを盗んでいるつもりだ。
つもり、だが。
近いものは近い。
私はその危うさを自覚したまま、ファイルをスクロールした。
主人公。
職場。
疲れ方を見抜く同僚の女。
ホテルの夜で受け取った見栄と惨めさ。
そして、それでも翌朝にはネクタイを締める男。
いまの自分にしか書けない。
少なくとも、そこまでは言っていいと思う。
だったら、送るしかないのかもしれない。
◇
私は結局、二十二時四十七分に高梨へメールを送った。
件名は簡潔に。
『新企画ラフ 続き(10p)』
本文は、できるだけ言い訳を減らした。
『お疲れさまです。
前回お見せした案の続きで、人物の輪郭が少し見えてきたと思う部分まで書きました。
まだかなり粗いですが、今の段階で一度見ていただけるとありがたいです。』
そこまで打ってから、最後の一文を足すか迷った。
少し現実に近すぎる気もしています。
それを書きかけて、私は消した。
それは高梨が読む前にこちらが防御を張る言い方に思えたからだ。
近すぎるかどうかは、高梨が読めば分かる。
先に自分で「危ないです」と言っておくのは、予防線にしかならない。
私は添付を確認し、送信した。
数秒後、送信完了の表示が出る。
この瞬間の、少しだけ胃が冷える感じは、いまだに慣れない。
何冊も本を出していても、
シリーズが続いていても、
編集と何年も付き合いがあっても、
新しい企画のラフを送る瞬間だけは、まだ少し新人みたいに怖い。
私はメールを閉じ、ノートパソコンを閉じなかった。
なんとなく、すぐには他のことへ移れなかったのだ。
書斎の静けさの中で、私はいま送った十ページのことを考えていた。
ホテルの夜の見栄。
若い受賞者への眩しさ。
営業の数字の目。
本城の問い。
あれら全部が、いまはもう“体験”ではなく“企画の材料”へ変わりつつある。
それ自体は作家として健全なのかもしれない。
でも同時に、かなり消耗するやり方でもある。
私はメモ帳を開き、一行だけ打った。
『書けている時ほど、自分の柔らかいところを削っている感じがする。』
打ってから、少しだけ苦笑する。
いかにも今の私が好きそうな文章だ。
でも、本音でもあった。
◇
高梨の返信は翌日の昼過ぎに来た。
土曜の午後だった。
私は真由美に頼まれてドラッグストアへ行き、ついでにトイレットペーパーと洗剤を買って戻ってきたところだった。リビングでは結衣がイヤホンを片耳だけ外して動画を見ていて、真由美はソファで通販の段ボールを開けている。
そういう、ごく普通の土曜の空気の中でスマホが震えた。
高梨。
その二文字が出た瞬間、私は手に持っていた洗剤を無意識にテーブルへ置いた。
「何?」
真由美が聞く。
「いや、ちょっと」
私は曖昧に返し、そのまま画面を開いた。
『読みました。
前回よりさらに良くなってます。かなり本気で面白いです。
人物の会話が自然で、主人公の“みっともなさ”がちゃんと魅力に変わり始めている感じがあります。
ただ、ひとつ大きく思ったのは、モデルが近すぎませんか。
たぶん、これ、先生ご自身がかなり傷つくタイプの企画ですよね。』
私はその文面を一度読んで、もう一度読んだ。
かなり本気で面白い。
主人公のみっともなさが魅力に変わり始めている。
モデルが近すぎませんか。
先生ご自身がかなり傷つくタイプの企画ですよね。
高梨らしいと思った。
まず褒める。
でも、褒めたまま終わらない。
いまこの企画のどこが立ち上がり始めているのかを言い、同時に、どこが危険なのかもきちんと指摘してくる。
私はその正確さに、少しだけ息を吐いた。
やはり見抜かれた。
本城そのものではない。
でも“職場で疲れ方の種類を見抜いてくる人間”の距離感が、現実へかなり近いことは、高梨にもすぐ伝わったらしい。
それはそうだろう。
自分で読んでも、かなり生々しかったのだから。
「いい返事?」
真由美が箱を畳みながら聞いた。
私はスマホから顔を上げた。
「……いい返事ではある」
「ではある?」
「褒められてるけど、危ないとも言われてる」
真由美は少しだけ笑った。
「じゃあ、いい返事なんじゃないの」
その言い方に、私は少しだけ救われる。
そうかもしれない。
危ないと言われるのは、少なくとも“何も立っていない”企画ではない証拠でもある。
つまらない案に対して、人は“危ない”とは言わない。
私はスマホへ視線を戻し、高梨の文面の後半を読み直した。
先生ご自身がかなり傷つくタイプの企画ですよね。
そこだけ、妙に残る。
傷つく。
たしかにそうだ。
若い頃なら、傷つくことと書けることをもう少し短絡的に結びつけていたかもしれない。削るほど本物になる、とか、自分を出すほど強い、とか、そういう危うい思い込みがあった。
今はもう少し現実的だ。
傷つく企画は、本当にきつい。
夜に会社の疲れと一緒に持ち帰るには重い。
家庭の静かな空気の中で、自分の見栄や惨めさを掘り返し続けるのは、単純に消耗する。
でも、それでも。
それでも、いまの私にはその方向のほうが明らかに書けている。
そこが問題だった。
◇
私は高梨へ、少し時間を置いてから返信した。
『ありがとうございます。
やはり近いですよね。自分でもそれは感じています。
ただ、今のところ、その近さがないと人物が立たない感覚もあります。
もしよければ、どの距離までなら魅力として残せるか、一度ご相談したいです。』
送信してから、私はスマホを伏せた。
結衣がイヤホンをずらしてこちらを見る。
「仕事?」
「半分仕事で半分仕事じゃないやつ」
「いちばん面倒なやつじゃん」
そう言って彼女はまた動画へ戻った。
私はその雑な言い方が、少しだけ好きだった。
半分仕事で半分仕事じゃない。
たしかにそうだ。
商業として見れば仕事だし、でもいまやっていることはまだラフの段階で、もっと私的で、もっと危うい。
真由美が段ボールをまとめながら言う。
「近いって、現実に?」
「うん」
「じゃあ、そりゃ面白いでしょ」
私は思わず笑った。
「簡単に言うな」
「でも本当でしょ」
本当だった。
現実に近い。
だから痛い。
でも、だから面白い。
その単純なことを、私はずっと技術や構成や市場性の話へ置き換えて遠回りしていたのかもしれない。
◇
午後の遅い時間、高梨からすぐに返事が来た。
『はい、かなり大事なポイントだと思います。
近いから悪い、ではなくて、“近いことが読者にとってただの生傷に見えるか、ちゃんと物語の魅力に変わっているか”の線引きだと思っています。
今の稿は、かなり魅力側へ寄ってきています。
なので、怖がりすぎなくて大丈夫です。』
私はその一文を見て、ソファへ浅く座ったまま少しだけ目を閉じた。
近いから悪い、ではない。
生傷に見えるか、魅力に変わっているか。
それが、いま必要な整理だったのだろう。
モデルが近い。
現実が近い。
だから危ない。
その認識まではもうあった。
でも、その危なさを全部削ってしまうと、また以前の“悪くないけど弱い”企画へ戻る。
問題は危なさそのものではなく、危なさが物語へ変換されているかどうかだ。
私はその考え方に、かなりはっきり救われた。
そうか。
近さを消すのではなく、近さを魅力へ変えるところまで書けばいいのだ。
それは簡単ではない。
でも、少なくとも方向は見えた。
◇
夜、書斎へ入ると、私はすぐに新企画を開いた。
今日は現行シリーズの続きをやるべきかとも少し考えたが、もう無理だった。
頭が完全にこちらへ向いている。
しかも今日は、高梨の返事がかなり大きかった。
かなり本気で面白い。
みっともなさが魅力へ変わり始めている。
怖がりすぎなくて大丈夫。
その三つだけで、ここ数週間の停滞がかなり遠く感じられる。
私は最新稿を開き、本城の気配を借りているあの女の場面を読み返した。
たしかに近い。
でも、ただの観察ではなく、もう少しで“物語の役割”へ変わりそうなところまで来ている。
なら、もう一歩だけ行ける。
私は人物メモへ新しく一行を足した。
この女は主人公を見抜くために存在するのではない。
主人公が“見抜かれてしまうくらい、現実で揺れている”ことを見せるために存在する。
そこまで書いて、私は深くうなずいた。
そうだ。
主語が逆だったのだ。
この女を魅力的にしよう、
謎めかせよう、
意味深にしよう、
そういう方向へ行くと、たぶんただの“都合のいい観察者”になる。
そうではない。
主人公のほうを追い詰めるために、現実側からの圧として彼女が必要なのだ。
それが分かると、会話の置き方が少し変わった。
私は本文へ戻り、数行だけ書き換えた。
女の台詞を減らし、主人公の受け止め方を少しだけ増やす。
すると、不思議なくらい息が通る。
近さが、ただの生傷ではなく、ちゃんと緊張感へ変わり始める。
私は書きながら、自分でも少し震えるのが分かった。
これだ。
この感触だ。
自分を削る。
でも削るだけではなく、その削れ方がちゃんと読者の“次が気になる”へ変わる感じ。
ホテルの夜で見た見栄や惨めさも、
本城の問いの近さも、
いまやっと同じ方向へ流れ始めている。
私は最後にメモ帳へ、短く残した。
『近すぎる現実は、切り傷にも武器にもなる。
違いは、そこにちゃんと“続きを読みたい”が生まれるかどうかだ。』




