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四十七歳、現役ラノベ作家。オリコンランカーだけれど生活はまだ会社員のままだ  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第27話 中間通過作の落選通知

 落選通知は、祝福よりずっと静かな顔で来る。


 もっとも、最近のwebコンテストには昔ながらの「落選通知」などというものは、ほとんどない。選ばれた作品が一覧で発表され、そこに自分のタイトルがなければ、それが結果だ。メールが来るわけでもない。誰かがわざわざ「今回はご縁がありませんでした」と言ってくれるわけでもない。ただ、画面の中に名前がない。それだけだ。


 それだけなのに、ちゃんと痛い。


 その夜、私は会社からの帰りの電車で、その痛みを受け取った。


 七時二十分発の電車。座れはしなかったが、ドア脇のスペースにどうにか身体を収め、吊り革につかまりながら私物のスマホを開いた。朝からずっと、今日は最終結果が出る日だということを意識しないようにしていた。営業管理課のフロアで、部長の確認を受け、榎本と見込みの線を擦り合わせ、三浦の文面を二度直し、本城の一覧を会議資料へ移し替える。そのあいだは、どうにか忘れたふりができていた。


 でも、帰りの電車まで来ると、もう誤魔化しようがない。


 私は投稿サイトのアプリを開いた。

 コンテストページへ飛ぶ。

 受賞作一覧。

 最終選考結果。


 スクロールする。

 タイトルを追う。

 知らない名前が並ぶ。

 知らない作品が並ぶ。

 そして、そこに私の作品名はない。


 それで終わりだった。


 私は一度だけ画面を閉じ、もう一度開いた。

 意味はない。

 見間違いを期待しているわけでもない。そんなことは分かっている。


 ただ、人間はこういう時、一度で終わらせることができない。

 もう一度見て、やはりないことを確認しないと、気持ちが追いつかない。


 やはり、なかった。


 中間までは行った。

 でも、その先には残れなかった。


 私はスマホを伏せ、窓ガラスに映る自分を見た。

 吊り革につかまる、疲れた中年会社員の顔だ。受賞を逃したweb小説の書き手の顔には見えない。いや、そういう顔というものがあるのかどうかも分からないが、少なくともこの車両の誰も、私が今ここで一つ静かに落選しているとは知らないだろう。


 その匿名性が、少しだけありがたかった。


 若い頃なら、もっと劇的に落ち込んだかもしれない。

 受賞ページを見た瞬間に、喉の奥が熱くなって、家に着くまでに何度もスマホを見返して、風呂場か布団の中で「何が足りなかったんだ」と天井を睨んだだろう。


 今の私は、そこまで派手には崩れない。

 崩れないかわりに、鈍く深い。


 胸の奥に、重たい石みたいなものがひとつ置かれる。

 どこが痛いのか分からないまま、でも確実にそこにある感じ。


 たぶん、これが慣れたくなかった慣れなのだ。


     ◇


 最寄り駅に着くまで、私はスマホをもう見なかった。


 駅のホームに降りる。

 改札を抜ける。

 駅前のコンビニで牛乳と炭酸水を買う。

 家まで歩く。


 生活は落選と無関係に進む。


 それは残酷でもあるし、優しくもある。

 コンテストの結果に世界が付き合ってくれるわけではないからだ。だから、こちらもいつまでもその場に立ち止まってはいられない。


 家のドアを開けると、真由美がキッチンで味噌汁を温めていた。


「おかえり」


「ただいま」


「遅かったね」


「少しだけ仕事が押した」


 これは半分本当で、半分嘘だ。

 仕事は押した。

 でも、帰りの電車で立ち止まった時間のぶんだけ、私は少し遅くなっている。


 結衣は食卓で問題集を広げていた。私を見るなり、「牛乳ある?」と聞く。

 私はコンビニ袋を持ち上げる。

「あるよ」

「助かる」

 それだけの会話だ。


 こういう普通の会話に、今日は少しだけ救われる。

 受賞を逃した夜でも、牛乳は必要だし、味噌汁は温め直されるし、娘は模試の愚痴を言う。世界が大げさに壊れないことに、人は時々助けられる。


 食卓につき、味噌汁を飲む。

 熱い。

 でも、味はちゃんと分かる。


「今日はなんか静かだね」


 結衣が箸を持ちながら言った。


「いつも静かだろ」


「そういう静かじゃなくて」


 真由美がそこで口を挟む。

「たしかに、今日は少しだけ“考えごとしてる静かさ”」


 私は少し笑った。

「最近、家族が顔とか空気とか見すぎじゃないか」


「前から見てるよ」


 真由美は平然と言う。

 結衣も頷いた。


「お父さん、わかりやすい時あるもん」


「そうか」


「そう」


 そうなのかもしれない。

 私は昔、自分はもっと隠せる人間だと思っていた。会社でも家庭でも、内側の迷いは顔に出さず、必要な返事だけをして、平然と机に向かえる側の人間だと。


 だが、四十七歳にもなると、隠す力より、漏れる量のほうが少しずつ増えてくるのかもしれない。


 それでも、私は落選のことを言わなかった。

 中間までは行ったけれど、その先へ残れなかったこと。

 昨日まで少しだけ期待していたこと。

 その期待が、いま静かに潰れたこと。


 言えば真由美は話を聞いてくれるだろう。

 でも、今夜はまだ、その言葉を口にするところまで整理がついていなかった。


 中間通過は、祝福になりきらなかった。

 そして落選は、絶望にまではならなかった。

 その半端さが、いちばん説明しにくい。


     ◇


 食後、風呂を済ませ、書斎へ入った時には、もう十一時半を回っていた。


 遅い。

 会社員兼作家としては、いつもの遅さだ。

 でも今夜の遅さは、少しだけ重い。


 机の上には、相変わらず見本誌と会社の手帳と健康診断の紙が並んでいる。数日前までなら、この光景に少しだけ滑稽さを感じていた。今夜は、妙に現実的だった。創作も仕事も健康も、全部そのままこの机の上で混ざっている。


 私は椅子へ座り、しばらくパソコンを開けなかった。


 落選した。

 その事実をまず、自分の中で正しく受け取らなければならない気がしたからだ。


 若い頃の私は、落選するとすぐに理由を探した。

 文章力か。

 構成か。

 キャッチーさか。

 運か。

 編集部の好みか。

 自分のセンスが古いのか。


 でも、今の私はすぐには理由を掘れない。

 掘ればいくらでも仮説は立つ。

 だが、仮説を立てたところで、今夜のこの鈍い痛みはそんなに早く整理されないことも知っている。


 私はようやくメモ帳を開き、カーソルを点滅させた。


『また届かなかった。』


 まずそれだけ打つ。


 飾らない。

 分析もしない。

 ただ事実だけを書く。


 少しだけ間を置いて、もう一行。


『中間まで行けたのに、最後に残れない。何度もそこまでは行くのに、そこから先だけが遠い。』


 そこで、指が止まる。


 遠い。

 そうだ。

 賞そのものより、この“最後の数メートルだけ遠い”感じがつらいのだ。


 まったく届かないなら、まだ割り切れる。

 力不足です、と言い切るしかない。

 だが、中間までは残る。

 つまり何かしらは届いている。

 届いているのに、最後の一押しだけが足りない。


 その感覚は、創作を続けている人間にはかなり堪える。


 私はさらに打った。


『慣れたくなかった。でも、少し慣れてしまっている。』


 その一行を見つめながら、私は少しだけ笑った。

 笑うしかなかったのだ。


 慣れたくなかった。

 本当にそう思う。


 受賞を逃すたびに、毎回同じくらい痛い人間でいたかったわけではない。だが、少なくとも“ああ、またか”みたいな鈍い受け止め方はしたくなかった。


 それなのに今夜の私は、しっかり痛いくせに、どこかで「こういうこともある」と知ってしまっている。

 知ってしまっている自分が、少しだけ嫌だ。


 若い頃の落選はもっと鋭かった。

 今の落選は、静かに深い。

 どちらがましかは分からない。


     ◇


 私はしばらくメモ帳を見つめたあと、ふと『再構成_危ない案』のファイルを開いた。


 中間を通って落ちたコンテスト用の作品ではない。

 最近、会社の会議中に台詞が勝手に浮かび始めた新企画のほうだ。


 なぜそちらを開いたのか、自分でも少し不思議だった。

 落選した夜なら、落選した作品を見返すのが筋のような気もする。

 何が足りなかったのか、どこが弱かったのか、受賞作と並べてみるべきなのかもしれない。


 でも、今夜の私はそうしなかった。


 落ちた作品を見返すには、まだ少し生々しすぎる。

 代わりに、まだどこにも出していない新企画のほうへ手を伸ばしていた。


 そこに救いがある気がしたからだ。


 画面には、ここ数日で書き足した数ページ分の文章が並んでいる。

 粗い。

 危うい。

 今のシリーズより、明らかに温度が高い。

 でも、その粗さのぶんだけ、自分でも先を読みたくなっている。


 私は一行だけ読み返して、ふと気づく。


 落選したのに、

 まだこの企画の続きを書きたいと思っている。


 それは、かなり大きなことだった。


 賞を取れなかった。

 それでも、別の企画に対する熱は消えていない。

 中間通過作が落ちた夜にすら、私はまだ「次」を少し考えている。


 つまり、私の創作の芯は、賞だけで回っていたわけではないのだ。


 もちろん、受賞できれば嬉しい。

 できなかった今、悔しさもちゃんとある。

 だが、その悔しさがすぐに“もう書かなくていいか”へは繋がっていない。

 むしろ逆に、今夜の痛みごと次の企画へ流れ込みそうな気配がある。


 私は少しだけ背筋を伸ばした。


 そうか。

 これなのかもしれない。


 若い頃の私は、賞が取れれば人生が変わると思っていた。

 今も、それが変わるだけの力を持っていることは知っている。

 でも同時に、賞を取れなかった夜でも、新しい企画の続きを書きたいと思うなら、それはもう別の場所で創作が生きているということだ。


 私はメモ帳へ戻った。


『賞は取れなかった。でも、書く熱は戻ってきた。』


 そう打つ。


 それは、今夜の本音だった。


 悔しい。

 でも、熱は消えていない。

 むしろ、少しだけ輪郭がはっきりした気さえする。


 私はさらに打ち足した。


『たぶん、それだけはまだ失っていない。』

『結果が出ないたびに削れるものはある。でも、そのたびに別の企画の台詞が浮かぶなら、まだ完全には終わっていない。』


 そこまで書いて、私は静かに息を吐いた。


 今夜の痛みが消えたわけではない。

 落選は落選だ。

 中間通過作がまた最後で止まった事実は、明日の朝になっても変わらない。


 でも、今の私にはその事実だけが全てではない。

 その横で、別の話が少しずつ声を持ち始めている。


 受賞できなくても残る“書きたい”がある。

 それは、四十七歳の兼業作家にとって、案外かなり大きな救いなのかもしれなかった。


     ◇


 時計は零時を少し回っていた。


 私はその夜、珍しく数行だけ新企画を書き足した。

 量としては大したことがない。若い頃なら、その程度で書いたとは言えなかっただろう。


 でも、今夜の私には十分だった。


 落選を受け取った夜に、

 まだ別の話の続きを打てる。


 その事実は、賞を逃した痛みとは別の種類の手応えを残す。


 私はパソコンを閉じる前に、最後に一行だけ付け加えた。


『人生が変わるような受賞はまだない。けれど、落選した夜に次の一行を書けるなら、それもまた書き手の側の小さな勝ちなのだと思う。』


 少しだけ気障かもしれない。

 でも、今夜はこれくらいでいい。


 若い受賞者たちのように、人生変わりました、と明るく言い切ることはできない。

 会社も辞めていない。

 賞も取っていない。

 シリーズの次もまだ決まっていない。


 それでも、書く熱は戻ってきた。

 そのことだけは、今夜の私の中で確かだった。

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