7 自室と辞令と問題児
「今日からこの部屋を使うといい」
とトルネライト団長が押し開けた扉の向こうには、それはもう広々とした空間が広がっていた。
翡翠宮2階、南側の角部屋。
大きな窓が2面にあり、一方はテラスに繋がっている。
ここが新米団員となった俺の自室、らしい。
どう見ても、幹部級の部屋だ。
俺なんか掃除用具入れで十分なのだが。
「突然玉座の間に呼び出されて広大な領地をもらった奴隷の気分ですよ、俺」
「うむ。この部屋の領主としてよく治めてくれ」
「貴様! 自室に団長を連れ込むとは! 万死に値する大罪だぞ! 僕は絶対にゆるさないからな!」
部屋の外から副団長殿がガーガーうるさい。
「それと、これを渡しておこう」
手渡されたのは認識票だった。
Cランクであることを表す銅製で、刻印された俺の名前の横にイカしたマークが入っている。
星を掴む鷹の爪。
そして、風を表す曲線。
「これ、団章ですね」
「うむ。我が『星風の団』の野心と団結の象徴だ」
「トラッシュハルトさん! わたしとお揃いですねっ!」
褐色のドッグタグを持ったシエが機嫌のいい幼女みたいに飛び跳ねている。
「無論、私もお揃いだ」
トルネライトも鎖骨のあたりに燃え立つような赤い認識票をさげている。
お揃いと言っても、団長様は緋姫魔鋼製だ。
塔の高層域から見つかった超・稀少金属。
Sラン冒険者の証である。
それはそうと、
「やけに準備がいいですね、団長」
部屋の割り当てにドッグタグの手配。
前もって準備していないとこうはならない。
「私には初めから君が入団するとわかっていた」
事もなげに言われた。
直感か。
そして、天啓であり、未来予知でもある。
Sランクスキルって本来このくらい滅茶苦茶であるべきなんだよな。
なんだよ、俺のSランスキル……。
「さすが団長です! おい、貴様も褒めろ! 言え、団長はさすがですと!」
部屋に上がり込んできたガーファスがやはりうるさい。
出てけ。
「それで?」
俺はおニューのドッグタグをつけて心機一転、みなぎる活力をにじませる感じで問う。
「右も左もわからないですが、やる気はありますよ。俺はこれから何をすればいいんですか?」
一般的に言えば、挨拶周りだろうか。
という俺の思考をトルネライトは感知したらしく、
「全団員が一堂に会すことはまずない。みな、塔の虫だからな。そのうち顔を合わせることもあるだろうから、そのときにでも挨拶してくれればいい」
とエスパーみたいなことを言った。
「君への辞令も用意済みだ」
「ふん!」
ガーファスが俺の胸に紙を押しつけた。
どれ、読み書きできますアピールのためにも音読してやろう。
「――『トラッシュハルト・オルデュールを本日付で第6パーティーの班長に任命す。』……あれ? 読めるのに意味がわからん」
いや、ホントにガチで。
「貴様! 『星風の団』が5つのパーティーからなるギルドであることは知っているな? このたび、あぶれ者を集めて6つ目のパーティーを新設することになったから、貴様をパーティーリーダーに任命してやる! わかったか!」
「……あぶれ者?」
「貴様がリーダーだと? ふざけるな! リーダーが貴様などに務まるものか! だが、団長の判断だから僕は大賛成だ! 頑張れ、貴様! 以上!」
以上じゃあるか。
肝心なことの説明をしろ。
なぜ、俺にリーダーなんて大層なものが務まると思う?
「勘だ!」
トルネライトが胸を張ってそう言った。
なるほど、勘か。
なら、もう納得するほかない。
問題は「あぶれ者を集めて」とかいう恐ろしげな響きのほうだ。
「いきなりパーティーリーダーに抜擢なんてすごいです! でも、トラッシュハルトさんほどの方なら当然ですねっ!」
シエが信仰にも似たキラキラの視線で下から照り付けてくる。
俺がどれほどの方だって?
「辞令にはシエの名前もあるな」
俺のパーティーのメンバーになるらしい。
ほかにも2人分の知らない名が班員として記されている。
「ふわあああああああぁあ――――っ!」
突如、素っ頓狂な声が上がり、白い閃光がトルネライトに突っ込んだ。
妹の高速タックルにも姉はまったく動じていない。
「トルネ姉さん、ありがとぉっ! トラッシュハルトさんのパーティーに入るっていうわたしの夢を叶えてくれて!」
そこ、ちょっと待て。
俺と同じパーティーという史上空前の罰ゲームが夢だったのか、お前。
熱あるのか?
病院行け。
ついでに、団長と眼鏡も頭が大丈夫か診てもらえ。
「しかし、あぶれ者か。俺がリーダーに選ばれるくらいだもんな。ほかのメンツは俺以下確定なんだろうな」
「察しがいいな。その通りだ。シエを含めて問題児ばかりだ」
トルネ姉さんは胸のあたりにある白い頭をなでながら、少し肩をすくめた。
「みな、素養はピカイチなのだが、いかんせん様子がおかしくてな」
「わー、会うのが楽しみだー(棒)。……あ、でも、シエは問題児ではないでしょう?」
「ハルト、君は我が妹の愛くるしさに幻惑されているだけだ。一度、フラットな境地でよく見てみるがいい」
きらきらきらー!
俺を見上げる、煌めくサファイアの瞳――シエ。
うん、俺なんかを大絶賛する子がまっとうな神経の持ち主であるはずがないね。
「妹御は天然系なんですね、よく言えば。悪く言えば、アホと」
「うむ。正直、一人で外出させるのも躊躇われるレベルだ」
でも、大丈夫。
俺はその純真さに救われた。
シエには一生ありえないレベルのピュアでいてほしい。
「ねえッ! 今誰かあたしを呼んだかしら?」
どこからともなく、そんな声がした。
そして、がしゃあああんん、と。
窓ガラスを突き破って何か飛び込んでくる。
キラキラする破片の中をダイナミックな姿勢で飛ぶそいつは、――猿。
……みたいなナリの少女だった。
ちなみに、割れたのはテラスじゃないほうの窓。
足場などなかったはずだが。
どうやって飛び込んで来やがったんだ、こいつは……。
「あいや、すまぬ。遅れ申した。この上は腹を切って詫びる所存にござる」
ドアのほうから、もっさりしたものが入ってきた。
ペンギンだった。
のっし、のっし。
見上げるほどにデカイ。
異国風の衣装を着流し、トサカを妙ちくりんな形に結っている。
そして、くちばしにはキザったく楊枝をくわえている。
「拙者の所属パーティーが決まったと聞き及んでござる。貴公が班長殿でござるか?」
なにより、しゃべっている。
ペンギンが、だ。
ほのかに香る獣臭……。
とても着ぐるみには見えない。
何かのスキルか!?
「たしかに、あー、様子がおかしいですね……」
俺、こいつらを従えて塔に挑むのか?
近所にお使いに行くのも無理そうな件について。
「お手並み拝見といったところかな」
トルネライトはどこか面白がるふうだ。
この状況を直感はなんと言っているのだろう?
「ときに、ハルト」
ふと、突風が吹いた。
そんな気がした。
居合わせた全員が絶句している。
そして、血の気が失せた顔をしている。
俺は自分の首筋に触れていた。
斬られた、と思ったからだ。
斬首された、と。
誰にって、トルネライトにだ。
そのトルネライトは腰の剣に触れてすらいないのだが、俺はそう感じた。
そう錯覚するほどの殺気を彼女が飛ばしてきたのだ。
「……えっと、なんです?」
「君とシエが手を繋いで塔から出てきたのを見たという者が複数いてな」
「で、姉的には気が気でないと?」
「うむ。まあ、そんなところだ」
「あれは痛みを消すスキルを使っていただけですよ。触れている間しか効果がないので、手繋ぎデート風だったわけです」
「そうか。誤解が解けてなによりだ。色恋沙汰は時としてパーティーを破綻させる。気をつけねばな」
忠告めいたことを言っているが、その実、トルネライトは他人の恋路に興味があるようには見えない。
何か別の目的で殺気を飛ばしたらしい。
つか、殺気ってどうすれば飛ばせるんだ?
腹筋から声を出す感じでいけるのか?
「……君はやはり異常だな、ハルト。私の殺気を浴びて動じているように見えない」
「めっちゃビビり散らかしてますが?」
「それは心の表層に起きたさざなみでしかない。目の奥、深層意識の君は私を微塵も恐れていない」
それも直感でわかるのか?
俺には抽象的すぎてよくわからんが。
「Sランクスキル持ちはみな、何かが欠如していると聞く。さて、君は何が欠けているんだろうね。――まあ、頑張ってくれ」
俺の肩をぽんと叩き、トルネライトは疾風のように去っていった。
ガーファスがやや青い顔で続く。
後には、問題児3人とポンコツ班長が1人、そして、言いようのない空気と、散乱したガラス片が残されたのだった。
とりま、片付けるか。




