6 宝の山
「入りたまえ。私の執務室だ」
とトルネライト団長が部屋に差し招き、
「つまり、この部屋こそ、我ら『星風の団』の司令塔というわけだ!」
とガーファス副団長が補足する。
「見ろ、ヒメロトゥリス式インテリアで統一されたこの空間を。なんと格式高い! 無駄な装飾を廃したシックな意匠と、整えられた執務机に団長のお人柄がよく表れていると思わないか? 思え! 思わねば、殺す! おい、窓の外を見ろ、貴様! 白の塔が見えるな? ここは本来、日当たりの悪い北向きの部屋だが、塔の白い壁面が第二の照明となり室内を照らしているのだ。完璧に計算された究極の美意識! 団長、さすがです!」
ずいぶんとやかましい補足だった。
「おしゃれな部屋ですよねっ!」
シエはというと、第三の照明みたいな笑顔を添えている。
「そうだな」
未だ困惑の渦中にある俺も多分な努力で微笑してみた。
だが、間違いなく第4の照明にはなっていないだろう。
俺はとにかく光らない奴なのだ。
「遠慮なくかけてくれ」
トルネライトに促され、俺は馬鹿高そうなソファーに腰を下ろした。
ビロード張りで、サラサラ。
しかも、隣に天使じみた白髪美少女が座って微笑みかけてくる。
なにこれ、いくら取られるお店?
「さすがにそろそろ真意を説明してほしいんだが」
紅茶と茶菓子まで出てきて、俺は長くなりそうな予感を存分に感じ、うんざりと切り出した。
執務机の向こうに座すトルネライトの表情は、背景の巨大なレフ板のせいで薄暗く見えている。
「真意も何もすでに伝えたはずだ。君には今日から私のギルドで働いてもらうぞ、ハルト」
「いや、だから、その心は?」
「君が欲しい」
「全然話が成り立たないな……」
「それは貴様のレベルが団長の足元にも達していないからだ!」
「そんなことありませんっ! トラッシュハルトさんは素敵な人です!」
「せめて一人ずつ話してくれ。頭がこんがら、がら、がるだろ。…………ほら、こんがらがった」
トラッシュハルトさん、あーんしてくださいっ、というシエの魅力的極まりない誘いを苦渋の想いで断り、俺は茶菓子を自力で口に放り込んだ。
高そうな味がした。
「もしかして、妹さんを助けたご褒美で入団の機会をくれている、とか? 俺はCランギルドからも見放されるような大ハズレ人材だ。与えられた機会を活かさない自信しかないのだが」
「君に興味を持つきっかけがシエだったのはその通りだ。しかし、選んだのは私だ」
「問題は俺のどこに選ぶに足るものがあるか、では?」
「さて、それは私にもわからない」
「え?」
「すべては私の勘だ! 私は直感で君を採ると決めた!」
トルネライトはすごく誇らしげに胸を張っている。
勘って……。
「おい、貴様!」
向かいに座るガーファスがレンズの奥から鬼みたいな目で睨んでくる。
「たかが勘と侮ったな? 団長の勘は絶対に当たる! 団長がおっしゃることに決して間違いなどないのだ!」
そう言われ、俺はトルネライトの二つ名を思い出した。
『天啓』――。
その名は、彼女が持つSランクスキルに由来している。
《レベラ・ディヴァイン/天啓洞察》というスキルに。
詳しいことは知らない。
なんでも感覚強化系のスキルで、直感がめちゃめちゃ鋭敏化されるとか。
それこそ、神の啓示と呼べるほどに。
未来予知にすら匹敵しうると噂好きの冒険者たちが熱く語っていた。
要するに、勘が絶対当たるのだ。
人生は選択の連続だが、そのすべてでことごとく正解を引き続けるスキルと考えれば、ヤバさがわかる。
「団長の勘は神の言葉そのものだ! つまり、団長が神だ! 僕は毎日崇めている! 貴様、我が神に逆らうならぶっ殺してやる!」
敬虔な眼鏡の徒が唾を飛ばしてくる。
まあ、なんだ。
スキルの効果だと言われれば納得するしかない。
鑑定系スキルの結果が「真」であるなら、どんなにガラクタに見えても、それはお宝なのだ。
すべてを見通すかのようなエメラルドの瞳が俺を見た。
「そういうわけだ。君もうちで星にならないか?」
「星になりましょうっ! トラッシュハルトさん!」
ちなみに、「星になる」は塔の高層域で死ぬことだ。
虹の橋を渡る的な。
「すげえ縁起でもないな……」
「貴様! 団長そのものが縁起だ! 撤回しろ!」
「では、うちで風になってほしい」
「風になりましょう! トラッシュハルトさん!」
「それもなんか死にそうな響きだな……」
「貴様! 団長と風になりたくないのか!? 僕はなりたいのに!」
うるせえな、眼鏡。
「ハルト」
トルネライトが少し空気を変えるように言った。
「これは君にとっても大きな機会のはずだ。しかるに、君は乗り気ではない。君の決断を掣肘している要因はなんだ? ぜひ聞かせてくれ」
「それは……俺が役立たずだからだ」
「ふむ」
「より正確に言うなら、ゴミの山だからだ」
ゴミを100個集めたらゴミ山になる。
マドルギスの言い分は正しい。
まさしくその通りだ。
「私はそう思わない」
トルネライトは真っ向から、よどみなく言い切った。
「冒険者なんてやっていると、絶体絶命の場面など珍しくもない。そんなとき、たいてい明暗を分けるのは極々小さな要素だ。1本のナイフ、1粒の小石。何が我が身を助けるかわからない」
「……」
「君が持っている無数のスキルは、その1つ1つが可能性だよ。100通りもの可能性。いざというとき、それだけの選択肢がある。これは得難い才能だ」
「そうだ! 貴様はゴミじゃない! 自信を持て! 貴様は見どころのある奴だ!」
「あー、ガーファス。ちょっとうるさい。それとお前、俺のこと嫌いなんじゃなかったか?」
「嫌いだ! だが、団長が見込みありとおっしゃるなら僕はそれを信じる! そのうえで、やはり貴様など嫌いだ! 殺す!」
「ああそう……」
冒険者たちの憧れ、トップギルドのツートップにここまで言われても、俺の腰は重いままだ。
「俺はゴミだよ。それも山のような。自虐ネタとかじゃないぞ? 事実を言っている。実際、俺は第2層にすら尻込みするような雑魚だ」
「それはソロならば、だろう。冒険とは仲間とともに行うものだ」
トルネライトは相変わらず、何かを確信したようなまっすぐな目をしている。
俺はそういう目、嫌いだ。
やればできる奴の目だから。
「おのれ貴様! 団長に公然と低頭させておきながら断るなどありえないことだぞ! 殺す! もう決めた! 殺してや――ウアッ!?」
掴みかかってきた怒れる眼鏡が肩透かしでも食らったみたいに床に転がった。
俺が《体をぬるっとさせるスキル》を使ったのだ。
今の俺はウナギ人間だ。
「そら見ろ。君は我が団の副団長を転ばせてみせた。そうそうできる芸当ではない」
トルネライトは自説が証明された学者みたいな顔をしている。
「ぅ……、ぅぅ……っ」
いつの間にか、横でシエが泣きべそをかいていた。
アングリー眼鏡が怖かったのだろうか。
と思ったが、濡れた青い目は俺を見つめて揺れていた。
「ゴミなんて言わないで……。トラッシュハルトさんはわたしの憧れだもん。すごいんだもん。そんなこと言わないでください」
小さな白い手が、俺の手に重ねられた。
「トラッシュハルトさんは宝の山です。たくさんのスキルを使いこなして、わたしを助けてくれましたから」
膝の上で握りしめていた俺の手から、ほどけるように力が抜けていく。
それを感じながら、俺はこわばっていた肩をゆるめた。
「勝負あったかな」
とトルネライトが微笑む。
どうもそうらしい。
宝の山だなんて言ってくれたのはシエが初めてだった。
この子、まじ天使だ。
もう逆に死神まである。
安らかに逝けそうな気がする。
「トルネライトさん。いや、団長」
俺は背筋を伸ばし、まっすぐな目ってやつを柄にもなくやってみた。
「俺でよければ使ってください。一人じゃ2層にも上れない雑魚だが、あなたならこんな俺にもカチリとハマるポジションを用意できるでしょう。そのときは全霊で応えさせてもらいます」
翠玉の瞳がきらりと輝いた。
「ハルト、君はいずれ高層に至る冒険者となるだろう。私の直感がそう言っている」
「き、貴様! いずれ高層域に来るのか!? 団長の足を引っ張ることは僕がゆるさないと知れ! わかったか!」
「トラッシュハルトさぁーんっ!」
がばっ。
眼鏡がうるさいのはともかく、天使が抱き着いてきた。
すごくいい匂いがする。
ホントいくら取られるんだ、この店……。
「トラッシュハルトさんと同じギルドなんて、わたし嬉しいですっ! これから一緒に頑張っていきましょうね!」
あ、もう、俺、すごく、頑張る。
この天使が同僚なら一生タダ働きでも文句なしだ。
というわけで、俺はSランク冒険者ギルド『星風の団』の一員となった。




